魔法手帖百三十ニ頁 魔石と因果応報、取引の申し出と座敷童子
『他者を知ろうとしない。その行いは罪深いものである。故に汝らは自らと同様に他者を愛することを学ばなければならない。それこそが富や繁栄という葉を繁らせる根幹となるだろう。』
ー『ブレストタリア聖国建国記』よりー
金の繭が消えたあとには、鈍い光を放つ黒曜石のような魔石がひとつ残されていた。
輝きや硬度から、それが上質なものであることは鑑定を使わずともわかる。
魔石を拾い上げ、領主様に差し出す。
「これは貴方のものです、領主様。」
「いいのか?」
「彼女が貴方へ遺したもの。それを奪うほど私は欲深くありませんよ。」
「そうか…すまなかった。」
視線を魔石に落としたまま、告げられたのは謝罪の言葉。
根は素直な人なのだろう。
だから求められるがままに全てを差し出した。
「彼女は私に何か言い残したか?」
「…いいえ、何か言ったかも知れませんがよく聞こえませんでした。」
「そうか、それなら仕方ないな。」
なんだか可哀想になって思わず嘘をついてしまった。
素直に伝えても良かったけれど、自力でどうにかできるものでもないし。
それに伝えたとして、今更彼女の願いが叶うわけでもない。
領主様は魔石の存在を確かめるように何度も手で握る。
手の中にある魔石は、彼女が人から魔物となった証。
だがそんな忌まわしい過去をものともしないほどに人を魅力するような逸品だった。
彼女自身、良い意味でも悪い意味でも魅力的な女性だったのだろう。
未知の力を借りていたとしても、それだけで数多の男性が虜になるとは思えない。
「それにしても凶暴な魔物から採れた魔石は本当に素晴らしいですね。実物を見たのは初めてですが、それを寄付されれば聖女様はさぞかしお喜びになられるでしょう。」
場違いなほどに明るい男性の声が唐突に響いた。
一瞬にして場の空気が凍りつく。
ですが私はすでに学習済み。
空気を読まない人というものは、どの世界にも一定数存在するのですよ。
視線の先をたどれば使節団の男性が子供のように無邪気な視線を魔石に注いでいた。
彼は単純に知らなかっただけだろう。
女性がどうして魔物になったのか、を。
そして彼女を魔物にした魔紋様が誰から与えられたものであるかを。
領主様は唖然とした表情を見せた後、湧き上がった怒りを抑えるような低い声で応じた。
「なぜこれを聖女に寄付しなければならないのか。」
「なぜって…先程領主様は冒険者達におっしゃられたそうではないですか。『魔石はお布施だ。お布施はありがたく受け取り、罪なき人々の幸せのために使われなくてはならない。』と。ならば人々のために尽くされている聖女様へ寄付されるのが善行ではないですか。」
困惑した表情を浮かべる彼の言葉に、黙り込む領主様。
因果応報。
それは行いの報いが自分に返ってくること、だったかな。
彼が領主である以上は、愛する者の形見であっても『復興の資金とするため』に魔石を手放さなくてはならないだろう。
結局、彼自身の行いが自分の首を絞めることになってしまったのだ。
この結果に、彼はどう思うのか。
…気になるところではあるんですけどね。
一つため息をつく。
正直言って、巻き込まれ組としては一刻も早く帰りたいのですよ。
師匠の方を向けば珍しくいい笑顔を浮かべて私の方を見ていた。
表情だけでなく、『やれ。お前なら空気を読まずにやれる!!』という副音声すら聞こえる。
いや、確かに今の私の立場なら多少は空気読まなくても許されそうですけれども。
ちらりと棟梁達の様子を確認する。
領館の騒動があって下手に動かせば巻き込まれる可能性もあり、彼らを動かせなかった。
この場に留まっても、今以上の治療はできないと言われているからね。
治療班の皆様の深刻そうな表情は変わらない。
よし、もう十分に耐えた。
遠慮なく場の空気をぶった切ろう。
「あの、ひとついいでしょうか。」
ただし礼儀として挙手は忘れません。
何事かと振り向くソルの人々に対し当然の権利を主張する。
「王国へ帰りたいのですが?」
魔石の行方や諸々の後始末の結果は知りたいが、これ以上は棟梁達の体調が心配だ。
だが、思いの外、使節団長は頑なだった。
「何を勝手なことを…事情聴取のために残ってもらいたい。」
彼の視線が、ちらりと領館の方を向く。
地下から突き上げられ入り口付近を破壊された結果、領館は今にも崩れ落ちそうだ。
その原因を作ったのは魔物だが、魔物に食われ亡くなった人というのが使節団の一員らしい。
報告をしなければならないので、その作業が終わるまでこの地に残って欲しいそうだ。
でもそれ、完全に聖国側の都合ですよね。
そのせいで棟梁達が亡くなったとしたら、どんな言い訳をするつもりだろう。
師匠が口を開く。
「我々は十分に協力した。これ以上の協力が必要とは思えないが?」
「確かにそのとおりだが、そもそも王国の人間が『私がやった』といって領館へ出頭しなければこんなに事態が混乱しなかったのではないか?」
迷惑かけたのは王国の民なのだから協力しろということかな?
一部そのとおりなんだけど、その時点で大して調べもせず不審な点を都合よく無視して騒ぎ立てたのは聖国の落ち度だ。
だから私達は原因を調べるために、この地へ足を運ばざるを得なかった。
仕方ないので後始末は自分達でという当たり前のことを、師匠が淡々と説明している。
うん、あまりの迫力に使節団長は反論どころか相槌すら打ててない。
彼としては帰国を許せば後で自分が責められるかもしれないから、責任をなすりつける相手が見つかるまでこの地に私達を留めておきたいのかもしれないけど、それは彼の都合であって私達の都合ではない。
今更ですが我々を巻き込んだ事を後悔してもらいましょう。
さて、帰る前に情報収集しましょうか。
ぼんやりと領館を眺める領主様へ声を掛ける。
今なら色々話してくれそうだ。
「領主様、手短にすませますので、お話を伺ってもいいですか?」
「なんだ?」
「貴方も王国の二人の精神状態を調べたのですよね?」
「そうだ、一応確認はした。」
「その時に何かおかしいと判断させるものはありませんでしたか?」
「なぜそう思う?」
「ずっと気になっていたのです。使節団長は私に『精神干渉の魔法を使って操り人形にでもしたのだろう』と言った。つまり何かの魔法の痕跡が彼らの体に残っていたのではないかと。ではその痕跡とはいったい何か。」
私が犯人として疑われる理由、それはひとつしか思い浮かばない。
「彼らの身体に魔紋様の影響と思われる跡が残っていたのではありませんか?」
「…そのとおりだ。うっすらとだが、身体に紋様の跡が残っていた。時間が経つと体に吸収される特殊な液を使っているようでほんの一部分しか読み取れなかったが、その跡から精神に干渉する魔紋様の一種だと判断した。」
魔紋様の及ぼす効果が限定的であること、その特性を活かして狙った人物に、魔紋様の効果を掛ける。思い返せば、ダンジョン内でディノさんが攻撃を受ける羽目になった魔石の一件とたぶん根は同じ。
…今思うとあれはそれが可能であるか試す実験だったのかもしれないな。
だとすれば本当に迷惑な話だ。
「わずかに残っていた起点の魔紋様の跡は闇属性。あの時はそれを施したのは君だと思っていたから、紡ぎ手の癖などはあまり気にはしていなかった。」
「…魔紋様に詳しいですね。」
「ルブレスト家は魔法紡ぎの名家と呼ばれている。私も風属性ならば高位の魔紋様を紡ぐことができる。それに跡継ぎとして魔紋様を判別する勉強は随分とさせられたから、ある程度なら効果を読み解くこともできるのだよ。」
「ならばなぜ彼女に施した魔紋様が危険なものと気づかなかったのです?」
「言い訳に聞こえそうだが、気付かないうちにすり替えられたとしか思えない。」
領主様は手のひらに握る魔石を握りしめ深くため息をつく。
「私が見せられた魔紋様は体力を増し魔素を集めやすくする程度の効果しか紡がれていなかった。多少は器の拡張にも影響を与えるかも知れないが、効果だけ見れば気休め程度でしかないものだったよ。当然、魔物に変化するような効果は紡がれていない。だから彼女に施しても良いのではと思ってしまった。」
「直接彼女に施す場面を見ていないのですね?」
「私はルメリが嫌がる様子を見せたから怖気づいた。直接手を下したのは信者の何人かだ。彼らはすでにこの地を離れているから確認は出来ないが…きっと彼らも騙されていたのだろう。それか、もうすでに口封じをされている可能性すらある。」
思わず眉を顰めた。
他者を愛することを教えるこの国では、何故だろうか、人命の価値が非常に軽い。
「愚かだと思うだろう?すり替えられるとも知らず悪しき効果を持つ魔紋様を彼女に施した。」
「では、見せられた魔紋様の控え等も当然…。」
「ない。見本として渡された魔紋様は焼き捨てるよう指示されていたからだ。」
貴重なもので、人目に晒したくないからという理由だったらしい。
ということは彼女に施した魔紋様がどんなものか確認できないばかりか、すり替えられたという証拠もないということか。
それどころか、この場に証言できる信者がいない以上、黒天使が領主様に魔紋様を渡したという事実すら確認できない。
状況証拠だけを見ると領主様が彼女に魔紋様を施し、それが原因で彼女が亡くなったというだけ。
黒天使が関わったという部分がすっぽり抜けている。
「完全に嵌められましたね。何か恨みを買うような覚えはありますか?」
「全く記憶にないのだが…。」
視線の先では、怪我人を輸送するための魔道具に乗せられた棟梁達が治療を受けながら護衛に付き添われ転移の魔紋様へと向かっていく。
やっと帰れるのか、そう安堵した私の耳が領主様の口から溢れた言葉を拾う。
「我が父の予想は正しいかもしれない。」
「領主様?」
「彼女が…、いや何でもない。確認してみないことには正しいことは言えないからな。」
少し離れた場所から師匠が手招きする。
彼の向かいには真っ白く灰になった使節団長の姿があった。
燃え尽きましたか。
…師匠、アナタ喜々として追い込みましたね?
「帰るぞ。」
「あ、はい。それでは領主様、教えてくださってありがとうございます。」
「君こそ気を使ってくれてありがとう。」
そう言って笑った領主様の顔は寂しそうだった。
ええと…気を使ったことといえば、彼女の捨て台詞をわざと言わなかったことでしょうか?
表情に出たのか領主様が頷く。
顔にでてたとか…今更ですか、そうですよね。
「では失礼します。」
「ああ、…さようなら、元気で。」
「はい、領主様も。」
二度と会うことはないと、そんな気配を感じさせる別れの言葉。
領館へと戻る領主様の重い荷を背負ったような足取りは、すでに茨の道を歩きだしているようにも見えた。
「お嬢様、お待たせしました。」
入れ違いになるようにしてグレースが戻ってくる。
「おつかれさま。大丈夫だった?」
「はい、多少移動する分には問題ないようです。」
「そう。彼の持つ情報はどんな感じ?」
「紙に綴ってまいりました。」
渡された紙に記された情報にざっと目を通す。
うん、リスクを負う価値はあるな。
「師匠、取引の申し出です。価値があると判断されたなら連れて帰れますよ。」
「…どこで手に入れた。」
「館の中にいた人物からです。今は外へ一時的に避難しています。なんでも、やつれた感じの若い男性らしいですよ。」
「条件は?」
「『情報を渡す代わりに、ここから連れ出して欲しい』。」
「すでに条件を満たしているじゃないか。」
「はい。だから連れて帰るかは師匠の判断です。不要と判断されたら、グレースが安全な場所へお連れします。」
「連れて帰りたい場合は?」
使い捨ての魔紋様を師匠の前で揺らす。
「現在、避難してもらっている箱ごと転移させます。行き先は王国側の転移の魔紋様の近くです。」
「いつの間に転移の出口を置いたんだ?」
「気付いていたでしょう?この首に巻くものが不在だったこと。」
師匠は精霊の気配に敏感だ。
例えばシロが身じろぎしたり、違う部屋にいるグレースが茶器を扱うだけでも反応している。
そんな彼がシロの不在に気付かない訳はない。
とんとん、と首に巻き付く白い毛皮の背中に触れる。
先程までは起きていたけど、今は夢の中のようだ。
むにゃむにゃ言いながら尻尾の先を抱えて眠っている。
ずいぶんと頑張ってもらったからね。
私が王国の謁見の間で使節団長に罵られていた頃。
シロは先乗りしてせっせと仕込みをしていました。
常に監視されている私の代わりに、万が一のときのための転移先の確保と、私の到着するタイミングに合わせて魔紋様に魔力を流す作業をしてくれましたよ。
おかげで絶妙なタイミングで豊作の瞬間を迎えることができましたよ!!
シロ曰く、こういうときのために自ら望んで襟巻きに変化しているのだとか。
そう、シロが私の首に巻き付くのは魔力を吸い取るためだけではない!!…はずなんだが。
どう考えてもそれが目的としか思えないのだよな。
今もウフウフ寝言を言いながら順調に魔力を吸い取っている。
ちょっと!!光属性は昼間の光合成で充分魔力賄えるでしょうに。
「ちなみに彼の名前は聞いていませんよ。」
「この精度で聖国の情報を知ることができるのは領主に連なる者だろう。若い男性で領主でもないというのなら、謎に包まれた次男しかいないな。」
なかなか面白いものを見つけたと師匠は口角を上げる。
お土産の一つも持ち帰らなければ、王様に怒られそうだものね。
お役にたてたようで何よりです。
「どんな人なんですか?」
「幼い頃から体が弱いという理由で引きこもっているが、あのルブレスト家が手放さなかったというだけで察することはできるだろう。珍しい起点の魔紋様を持っているらしい。」
「珍しいですか?」
「噂だがな。上手く使えば"家に繁栄をもたらすもの"となり、下手に扱えば"富を奪うもの"となる、と言われる類のものらしい。」
家にあれば繁栄を、去ればその家は没落する。
まるで座敷童子のような人だな、そんな風に思った。
「…ちなみに家が壊れかけているのに家人が誰も彼を救出しないのは下手に扱ったこととなるのでしょうか。」
「まあ、そうなるだろうな。ならば我が国がありがたくいただいて帰ろう、"繁栄"を。」
グレースが一礼すると敷地の奥へと戻っていく。
師匠がそっと教えてくれた。
彼を助けたということで、王様からご褒美貰えるかもだそうだ。
早速恩恵がありましたね!!
…でも箱というか、檻に閉じ込めているのだけど大丈夫かしら。
『富や繁栄の葉を繁らせた彼の者の起点の魔紋様の名を『四つ葉』と呼んだ。』
ー『ブレストタリア聖国建国記』よりー
お待たせしました。
やっと王国に帰れます。
事後処理と、伏線回収を頑張ります。




