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エル・カダルシアの魔法手帖  作者: ゆうひかんな


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魔法手帖百三十一頁 震える繭と、ただ幸せに笑って

長くなりそうなので途中で切りました。

不愉快な表現を含む箇所があります。ご注意ください。


師匠の魔力の糸で紡がれた繭は白い光を放ち、日の光に照らされ輝いて見えた。

彼女の姿がこれ以上人目に晒されないよう、透過性のない繭…結界で包んだのだろう。


通常、張られる結界は無色透明。

そこにあることを気付かせない事が重要だから。

だからこそ、結界の見かけを繭になぞらえたのは意図的だろう。


繭から採れる糸が絹となり、ソルの領地を潤した品であったことは誰もが知っている。

現にあれだけ恐ろしいものを見たはずの人々が、わずかだが表情を変えた。

忌避感が和らいだのか、少しだけ彼らの表情が緩む。


本当は気遣いのできる優しい人なのだろうけれど。


師匠の表情を伺うも相変わらずの無表情。

もう少し愛想が良くても罰は当たらないと思うのだけどな。


落ち着いたところで見渡せば、あの男はすでに姿を消していた。

人がばらけた状態でどれだけ探しても見つからないというのは逃げたということなのだろう。


「おつかれさまでした、師匠。怪我はありませんか?」

「怪我はない。お前も大丈夫か?」

「大丈夫ですよ。結界のおかげです。ありがとうございました。」


師匠は無表情のまま頷くと、一段声のトーンを落とした。


「彼女がお前と話したいと言っている。」

「…わかりました。」

「彼女と話せるのか!?ならば私が彼女と話す!!」


その声に人々はぎょっとしたような視線をこちらへ向ける。

…こういう空気読めない人ってどの世界にも一定数いるんだな。

自分が彼女に何をしたのか、胸に手を当ててよく考えてから発言しようよ領主様。


「貴方ではなく、彼女とだけ話したいそうだ。」


冷たく言い放つ師匠。

取り付く島もない、というのはこういう状況を指す。


「そんなはずはない!!彼女は私を愛していた。だから最後に何かを伝えようとする相手は私しかいない、そうだろう?」

「…。」


バカですか、この人。

思わず口から出掛かった言葉を飲み込む。

この状況で不敬罪が成立するとは思えないが、何とか踏みとどまった自分が偉い。

皆さんも微妙な表情で視線を逸している。

その表情になる理由はわかりますよ!!

話せばわかり合えるとは到底思えませんものね!!


「領主様のせいで魔物になったというのに愛が残っているとは考え難いのですが?」

「私が悪いのではない!!あんなことになるなんて思いもしなかった。」

「では誰が悪いというのです?」

「それは…あれを用意したのは別の人間だ。」

「誰なんです?」

「それは、その…。」 


領主様の視線が泳ぐ。

皆が口を噤み、下を向いた。

その態度から言わなくてもわかる。


「なるほど、相変わらず好き勝手しているようですね。」


たぶん黒天使だろう。

彼女の全世界を憎んだような瞳の色を思い出す。


「話は戻りますが、他人に貰った術を施すよう指示をしたのは貴方ですよね。それについて本人の承諾は得たのですか?」

「…。」

「その状況で彼女が貴方を信頼しているとは思えないのですが。」

「だが、あの時は最善だと思ったのだ!!魔力さえあれば、彼女はもっと魔紋様まもんようが紡げる。そうすれば収穫量も上がり、再び彼女と共に豊かに暮らせると思った。私はただ、…彼女には昔のように笑っていて欲しかっただけなんだ。世界を明るく照らす太陽のような彼女に戻って欲しかっただけなんだよ!!」


ただ幸せに笑っていて欲しかった。


だとすればなんとも皮肉な結果だ。

愛のために、愛する人を失うなんて。


こういうやり方しか選べなかったのかな。


根底には愛があったのかもしれないけれど、

巻き込まれた当事者にしてみればそれで全てが許せる訳ではない。

そういう感情があることを私は知っている、そしてそれはたぶんこの人も…。


「御領主。人として許せることと許せないことがあるのは当然のこと。今の貴方は彼女に“自身を許すことを強要している"のと同じ。愛しているのなら、彼女の望むようにしてあげてはいかがだろうか。」


いつもと同じ(・・・・・・)師匠の表情からは心の動きは読めなかった。

だからこそ、いつもとは様子が違うような気がした。

彼の無表情はそういう意味で非常にわかりやすいのかも知れない。


「領主様。彼女が貴方を愛しているのなら、いつまでも貴方の記憶の中では美しいままでいたいと願うのではないでしょうか?同じ女性としてはそう思います。たとえこのまま…二度と会えないとしても。」

「…な、なぜ!?」

「貴方もご覧になっただろう。彼女は完全に魔物となったのだ。浄化しなければ救うことはできない。」

「だが聖…教団なら救うことができるはずだ!!」

「本当に救ってくれると信じられますか?」


すがった相手に裏切られるなど信じたくないという気持ちは理解できる、だけど。

自身を陥れるようなまねをした者を再び信じることが出来るのか。

領主様の表情が歪む。


「それは…。」

「そう思うのなら彼女をこのままにして私達は王国へ帰ります。」


師匠に視線を向けると頷いてくれた。

私達の立場でできることはしたのだ。

それでも自分達で後始末をするというのであれば、こちらとしては全く問題はない。

師匠は領主様にポケットから取り出した文書を広げる。


「それではこちらの身柄引き渡しの文書に署名をしていただき…。」

「…浄化、してくれ。」


蚊鳴くような小さな声だったけれど確かに私達へと届いた。


「…よろしいのですね?」

「彼女がそれを望むなら…彼女の望むままに。」

「謝罪以外で何か伝えたい事はありますか?」

「愛している、と。」

「わかりました。そう伝えますね。」


膝をつき項垂れた領主様を残して繭へと向かう。


「声は聞こえても繭を開くことはできない。そういうふうに紡いだから。」

「ええ、なんとなくわかります。」


できないことは"できない"と指定し魔紋様まもんようを紡ぐ。

できる事しか発現しないし、紋様に現れるだけだから、魔法紡ぎ同士だからこそわかる情報とでもいうべきだろうか。


繭へと手をかざす。

彼女の巨体をどのように納めたのかわからないが、繭の大きさは想像よりも小さかった。

それとも本当は小柄な人で…魔物になったせいで大きく見えていただけなのか。

そして表面のわずかな揺れは繭の中で蛹が呼吸を繰り返しているようにも見える。

今はまだ生きているという証に、これからのことを思うと胸が痛む。


「はじめまして。」


なんと声を掛けたらいいのか。

迷ったところで当たり障りのなさそうな挨拶を選んだ。


声が聞こえたのか、繭がふるりと揺れる。

聞こえてきた声はくぐもったものだったが、結界越しでも内容はきちんと聞き取れたみたいだ。


「貴女は異世界から呼ばれた人?それとも転生者とか?」

「ある日突然境界を踏み越えたような感覚があって気がついたらこの世界にいました。」

「異世界から転移したキャラの一人としてありがちなパターンね。」

「それで貴女は何者なのですか?」

「私はこの物語のヒロインよ。選択肢を間違えたみたいだけど。」


繭の中で笑ったような気配がした。

自嘲気味な台詞が虚しく響く。

ヒロインに、選択肢ね。

この感じ、なんとなく相手が誰かわかった気がする。


「もし人違いならすみません。五年前、王国を賑わせたお嬢様でしょうか?」

「…そんな昔だったかしら?あんまり覚えていないわ。」


肯定するわけではなく、否定するわけでもない。

だからこそなんとなく察した。


たぶん彼女だろう。


少し離れた場所にいる師匠の様子を伺う。

無防備な私を守るように、人々の視線を遮っていた。

そして会話は聞こえてはいないのか、私に背を向けたままだ。


「どうしてこんなことになったのですか?」

「簡単には説明できないわね。色々あったから。」

「では、これからどうしたいですか?」

「その前に貴女は何者なの?リアンがアンドリーニ以外を守るなんて、私は見たことないわ。」

「私は魔法紡ぎなのですよ。押しかけ弟子とでもいうのでしょうか?勝手に彼を師匠と呼ばせてもらっています。」

「強引にせまればよかったのね。失敗したわ。」

「そういうタイプなんでしょうか?私にはよくわかりませんが。」

「ふうん、良い子ちゃんね。」


空気が変わる。

語り口は柔らかいまま、言葉の選び方に棘があった。

優しい声音で嫌味を言うなんて器用な人だ。

これをされたら当人は棘に気付いても周りはそれに気付かない、なんてこともあるかも知れない。


だけどこの状況になったところで、それを言われてもね。

さすがにサポートキャラと名乗った者達も助けにこないだろう。


「かまいませんよ、その認識で。この状況では些末なことですから。」

「本当よね。私、魔物まで堕ちるとは思わなかったわ。これはバッドエンドの結末なのかしら?それとも新たなお話の始まりなの?」

「貴女が望むように思っていてください。」

「ねぇ、リアンは?彼にも私は救えないの?」

「私と話す前に直接話されたのでしょう?それが全てです。」

「運がないわ。サポートキャラは肝心な場面でいなくなるし、婚約者は頼りにならないし。」

「そういえば、婚約者さんから伝言を預かりましたよ。」

「どんな?」

「『愛している』と。」

「バカな男ね。私が彼を愛しているわけないじゃない。」

「伝えたい言葉はありますか?」

「私を今すぐ人間に戻して。それから出直してこい、と伝えておいて。」

「辛口ですが、納得ですね。」


思わず口元に苦笑いが浮かぶ。

緊張感のない言葉のやり取り。

それは彼女がまだこの状況をゲームの続きと思っているからだろう。

だけどこれから何が起こるのか憂うことがないということは幸せなことかもしれない。


「そろそろ結界が保たなくなる。」


師匠の囁くような声が耳元で聞こえた。

間もなくやってくるのはゲームに例えるなら、"リセット"の時間。


「早くリセットしたいわ。この身体、気持ち悪い。」

「最後にひとつ聞かせてください。この世界は本当にゲームなのですか?」

「教えないわ。ライバルには情報を与えないのが定石よ。」

「それは…サポートキャラの人達も尽くす甲斐があったでしょうね。」

「あの二人?どうだか。肝心な時に役に立たない男なんていらないわ。」

「そうですか。ああ、そろそろ時間のようです。」

「次は間違えないわ。絶対ハッピーエンドを目指すの。」


「それなら"次はどうか素敵な恋を"。」


敢えて乙女ゲームの一場面にありそうな言葉を選んだ。

『彼女の望むままに』と願った人がいたから。


繭の上からもう一層、結界を紡いで囲う。

浄化にともなう痛みはないように願い、紡いだつもりだけど念のため。

それから浄化の魔紋様まもんようを発現する。


そして魔力を注いだ。


私の紡いだ結界の中で金色の光に包まれていく繭。

まるで産まれる前に戻るかのように無に還っていく。

ゆっくりと形を失いながら浄化されていく穏やかな様子に安堵する。


彼女の魂が向かう先には何があるのだろう。

転生し新たな人生を歩むのか、それとも…ただ無に還るのか。


『やっとイベントが始まったわ!!』


領館から飛び出した彼女が私達の姿を見て口にした台詞がこれだ。

ここがゲームの中だろうが外だろうが関係ない。

彼女は現実ではなく想像の世界を生きている。  


それ故に、彼女の魂はもうこの世界には戻れないだろう。

彼女は望んでいるかもしれないけれど、現実を生きられない彼女にはその方が幸せだ。


それでも次こそは成就して欲しいと願ってしまう。

愚かと切り捨ててしまうには、彼女の命はあまりにも儚い。


やがて震えるようにして繭は完全に形を失い、消えた。






初期の頃から考えていた場面です。

こうして退場した彼女はまた新たな世界に転生、以降乙女ゲームのような世界を次々と渡り歩き、登場人物として場を混乱させる役を担う、それが彼女に与えられた罰、だけど本人は全く気づいていない、みたいな裏設定を考えていました。


※一部時系列を修正しました。すみません。

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