回想 とある喜劇の舞台裏③
『あの領地は別だよ。今"豊穣の女神"とも呼ばれる女性がいるからね。』
ヨーゼさんの言葉が脳裏に浮かぶ。
領主が養女として迎えた少女は"豊穣の礎"と呼ばれる起点の魔紋様を持つ。
この魔紋様の効果でソルは自然の摂理に反し、年に何度も同じ作物が収穫できるようになった。
年に何度も収穫していれば、それは養分も足りなくなるよね。
養分が足りなければ魔力で育つといっても限度があるだろう。
あくまでもそうじゃないか、というレベルの話だけど、現実にひ弱な芽しか育っていないようだから当たらずとも遠からずではないかな?
「実りを取り戻すなら、この点も改善する必要があるのではないかと思いますよ。」
『一時的な豊作である状況を作るだけではないの?』
木の大精霊様の言葉に頷く。
「私が豊作である状況を演出するのは一度きり。次はありません。再び作物が順調に育たない恐れがありますが皆様がそれでよいのならばやりませんよ。」
『…いいわけがないだろう!!』
唸るような土の大精霊様の声。
土の魔力が足りないからと、眷属のために何度か力を振るったらしい。
『人間の所業に振り回され、挙げ句土地を穢されて、許せるわけがないだろう!!』
お怒りですね。
グラリとわずかに地が揺れる。
おっとっと、困りますよ!!
慌てて師匠が一段強く結界を張り直した。
『落ち着け、土の。人間に気付かれる。』
水の大精霊様の声に、揺れが止まった。
辺りの気配を伺うも家の灯りがつくことはなかった。
一安心したところで、再び声を掛ける。
「土の大精霊様、この事を聞いた上で人間に指示されるのは納得がいかないでしょう。もうお帰りいただいても…。」
『いや、協力しよう。だから思慮の浅い奴らに思い知らせると約束しろ!!』
「いえ、あのですから状況は変化するものなので、お約束はできませんて、さっきから…。」
『さあ、何をすればいい!!土に関することなら何でもできるぞ!!地面割るか?』
「割らないでください、絶対に!!」
お願いだから人の話聞いて。
そして師匠、『頭沸いてるのか』は口から出ちゃだめなやつ!!
だけど、ごめんなさい、私もたぶん沸いてると思う。
とはいえ、せっかく意思表示してくださったのだ。
殺る…失礼、やる気に満ち溢れた土の大精霊様へ作業をお願いしました。
そして作業が始まった…にも関わらず、辺りを静寂が包み込む。
師匠の霧に似せた結界が漂う中、ぼうっと突っ立っている人間二名、大精霊三体。
何をすることなく、足元を眺めるだけの時間が過ぎる。
「…土の大精霊様。作業進んでますか?」
『順調だ、だから任せておけ。』
「…ハイ。」
一応説明すると、お願いしたのは畑に森の土を混ぜるという作業。
少なくとも森は土の色が普通のようだから養分はありそうだからという理由です。
念のため、撹拌という作業をしてくれる魔紋様を紡いできたのだけどね。
効果としては森の土の一部を持ってきて畑に置き、撹拌する。
強めの風が吹いて土が移動し、地上で小さな竜巻を起こし更に混ぜ合わせるイメージでしょうか。
実演して見せたら皆様から『無駄に器用』とか、『魔紋様の無駄使い』と言われた。
いいんですよ、望む結果が得られれば。
それを土の大精霊様が『土の下で森の土と撹拌すれば良かろう』と言われまして、確かにそうなのでお願いしたら、『役に立つ者がいる』とのことで眷属の皆様を動員していただけました。
そして現在は土の下で眷属の皆様が作業中、と。
音はかすかにする…気がする。
振動…もあるかもしれない。
だが視界では作業状況が全く見えなかった。
ただ何もしない時間が過ぎていく
なんというか、こう…。
『…地味だとか思っただろう。』
鋭い、土の大精霊様。
何でも土に関する魔法は余程大掛かりなものでなければ、わりと地味らしい。
視線を泳がせたところで水の大精霊様にバラされた。
『顔に出てるよ、魔法紡ぎ殿。』
「大切な作業をお願いしている立場で、そんな失礼なこと思うわけがございません。」
ほんのぽっちりくらいしか思ってませんよ、ええ、その程度ですとも。
それに地味と呼ばれる悲しみは理解できますからね。
暇つぶしに、今まであった切ない地味エピソードを披露したら土の大精霊様に激しく共感された。
それどころか最後には『我が同士』とまで呼んでいただいた。
光栄だ、ものすごく光栄なのだが。
喜んでは負けな気がするのは何ででしょうね?
『ならば我が同士に眷属を紹介してやろう。』
微妙な気持ちにも気付かず、ウキウキと土の大精霊様が声を掛けてくださる。
意外と気さくな方でした。
しかも、これから紹介してくれる種は器用な子が多いので、たまになら彼らにお使い頼んでもいいそうだ。
ありがとうございます、それは助かりますね!!
どんな子だろうな…と足元を眺めていると、突然土が盛り上がる。
「…クゥ。」
呼吸音とも思えるような、小さな鳴き声。
手のひらサイズの茶色いボディー、糸のように細い目、両手を土の上に出して僅かに首を傾げる。
あれ、こんな生き物見たことあるような。
「…モグラ?」
『クゥだ。普段は土の中で生活している。』
なるほど、この世界のモグラモドキはクゥと呼ばれる生き物なのですか。
じっと見つめていると、へにゃと頭を下げる。
よろしく、と言われているような気がしますね。
なんだろう。
このゆるい感じが癒やされますね。
一緒に縁側で日向ぼっこしたい感じだ…うん?陽射しは…やっぱり苦手ですか、そうですか残念です。
「お嬢様、うわき。」
「違うから。そして危ないからシロには言わないようにね、絶対に。」
「…ますます怪しい。」
「うん、君達は生き物との出会いを全てその方向に結びつけるの止めようか。」
うっかりでも言わないように釘を刺しておいた。
シロが誤解して殲滅でもしたら土の大精霊様が悲しむじゃないか。
そして私もせっかく出会えた茶飲み友達をいきなり失うのは切ない。
挨拶を終えたクゥは再び土の中へ戻っていった。
『あと、虫系と軟体動物系がいるが、紹介するか?』
「いえ結構です。」
ごめんなさい、そこまでは踏み込めないです。
というよりも親しくできる勇気がございません。
そうして作業を始めてからおよそ二時間後。
『それなりに混ざったようだな。』
足元を見ながら土の大精霊様が頷く。
作業は終了した…らしい。
進行状況が見えないからね、ここは土の大精霊様のお言葉を信じるしかあるまい。
『今度は私達の出番かな。』
「お話したとおり、種は蒔いても芽吹かないようにしていただきたいのですが…できます?」
『できるよ、気持ち的には物足りないけど…まあ事情もわかるから仕方ないね。』
木の大精霊様が足元に置いた袋に詰まった種を両手で握る。
『"良い種は、実る種。在るがままに、在るべき場所へ。"』
古語だろうか。
耳慣れない言葉を唱えた後、種に息を吹きかける。
種はまるで意志があるかのように、風に乗って畑までたどり着くと自ら土へと潜り込んだ。
『息吹、という言葉があるだろう?息を吹き込むことは魂を込めることと同じ。私が息を吹き込んだ種は私の支配下にある。だから君の魔紋様の効果を受けない限り、私の命なくば"芽吹かない"よ。これでいいかい?』
「おお、すごいですね!!ありがとうございます!!」
『これでいいのなら、よかった。おや、種が喜んでる。土が柔らかくて気持ちがいいって。』
嬉しそうに木の大精霊様が言った。
それから後ろに立つ翡翠色の瞳を持つ少年…二十三階層の主さんへと視線を向ける。
『君も知っているなら、やってごらん。』
「はい、大精霊様!!」
彼は頷いて種を受け取ると同じように唱え、息を吹きかける。
それを何度も繰り返した。
まずは麦の種が植え終わり、野菜、果実、次は野草の種、そして最後には花の種を植える。
後半の野草や、花の種は用意したものだけでなく精霊達が持参したものを増やして植えてもらった。
お気に入りのお庭や花畑があるそうで、それがなくなったことを寂しがっていたそうだ。
取っておいた種は彼らなりにいつか浄化されたら植えようとしていたものらしい。
嬉しそうに息を吹きかけ、望む場所に植えている精霊達は、皆とても幸せそうだ。
「良かったですね、皆さん嬉しそうだし。」
「安心するのは早いぞ。樹木は手付かずだ。」
『大丈夫だよ、魔法紡ぎ殿。それは我々も手伝える。』
「ありがたいですけど…いいのですか?」
『浄化されたからね。樹木は意外としぶといんだ。命が尽きる前なら成長を助ければいい。』
枯れてしまえば助けられないけれど、それでも残ったものは救えるのだそうだ。
種を植え終えた精霊達が今度は樹木に息を吹きかけ、優しく樹皮を撫でる。
残念なことに助けられなかった樹木は、土の大精霊様が土へと還した。
養分となり、残った仲間達の糧となるように、と。
やがて樹木はかつてのような色と艶を取り戻した。
思いの外、助けられた樹木が多かったようだ。
枝葉を伸ばせば以前の森のような姿を取り戻すだろう、とのことだった。
「今は休眠中だよ。冬の間、春を待つように芽吹きの時を待っているところ。」
翡翠色の瞳を輝かせ、二十三階層の主さんが嬉しそうに報告してくれる。
その頭を木の大精霊様が優しく撫でた。
「いいな、素敵な師弟関係ですね!!」
「弟子の出来がいいからな。」
「…あの、師匠。発言をお許しいただいてもよろしいですか?」
「今更だな。まあいい、言ってみろ。」
「思い返せば師匠は新人時代から私にものすごく厳しかったですよね。ド素人相手に大人気なかったとは思いませんか?」
「新人ならではの可愛げがなかったから全く悔いはないな。…ああ、そうか。なんなら今からでも優しく導いてやろうか?」
師匠は極上の笑みを浮かべ、私の腰に手を回し引き寄せる。
そしてついでのように怒れるグレースの鉄拳を軽く振った手で結界を張り、余裕を持って弾き返した。
整った造作の顔と、銀とも青とも見える淡い色合いの瞳が目前にある。
その冷たい容姿と強引な仕草は一般的な淑女の皆様なら悶絶する破壊力なのでしょうが。
背中を悪寒が走った。
…私、このまま消されるんじゃないだろうか。
本能が告げるままに腰の手を振り払い、がばりと土下座した。
「今までどおりでお願いします!!」
「遠慮するな、俺は優しいぞ?」
「せめてひっそりと存在することぐらいは許してくださいませんでしょうか?!」
「ん、その程度でいいのか?」
ですからね、どこまで殺る気でした?
危なかった。
淑女の皆様が、うっかり師匠の毒牙にかかる前に闇属性の本性に気付かれることを祈ります。
だけど好きな人の前では上手く包み隠しそうだよな、この人。
貴族のご令嬢の皆様や、城勤めの侍女さんの前では物腰柔らかい紳士らしい。
それにお付き合いされている方はいなくとも、一応偉い人のようだし、婚約者候補くらいはいるんじゃないだろうか。
「師匠、その無駄な愛想は婚約者さんに向けてください。」
「なんだいきなり。俺に婚約者はいない。」
「でも候補くらいいるでしょうに。」
「俺は特殊な事情があるからな。」
首から下がる王家の鎖が揺れる。
なかなか踏み込みにくい話題なんだよな、それ。
「師匠、その王家のく…。」
「魔法紡ぎ殿、終わったよ!!」
翡翠色の瞳を輝かせ二十三階層の主さんが駆け寄ってきた。
周りを色とりどりの羽を持つ蝶の群れが付かず離れず飛び交う。
完全に彼らへ馴染んだようですね。
ダンジョンで闇の属性を持っていたなどとはにわかに信じがたい変貌ぶりだ。
「ありがとう。そういえば名前教えてないね?」
「ううん、いいよ。今はその方が都合がいいみたいだから。」
うん?都合が?
笑顔に邪気はないが、…まあいいかな、それならそれで。
見上げれば白く淡く地平線が染まる。
間もなく、夜明けだ。
『では最後は私が。』
水の大精霊様が唱え地の彼方に手をかざすと、ザッとかすかに水の音がした。
やがて霧のような小さな水の粒が舞い降り、地を濡らす。
恵みの雨として紛い物でない本物の霧が辺り一面を覆った。
『離れた場所にある池から水を借りてきました。時折、こうして水分を足すことをお約束しましょう。』
「ありがとうございます。では私から皆様にお礼を。」
思わぬ助力に甘えて、作業を任せきりであったことを思い出す。
回復の魔紋様を紡ぎ発動させる。
優しく降り注ぐ雨に、回復の効果を付与させた。
余すところなく皆の元へと届くように。
『まさに慈雨ですね。』
水の大精霊様が笑みを浮かべる。
やがて天を仰ぐ視界の端に朝日が写った。
二十三階層の主さんを書籍に戻し収納に仕舞う。
「色々と助かりました!!ありがとうございます。」
『こちらこそ。上手くいくように祈っているよ。』
あとは、その日を待つだけ。
本当に上手くいくといいなあ。
土の大精霊様の期待値が高すぎる。
師匠が結界を解除し、私が欠伸を噛み殺しながら転移の魔紋様に魔力を流したところで。
夜が明けた。
遅くなりました。
お楽しみいただけると嬉しいです。




