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エル・カダルシアの魔法手帖  作者: ゆうひかんな


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回想 とある喜劇の舞台裏②


「完璧ですね。」

「これだけ空気が変わると気付く者も出てくるんじゃないか?」

「大丈夫ですよ。聖女が目の前で行った大規模な浄化に対してでさえ反応が鈍かったらしいですから。」


一夜明けて、再びソルの地。

あの後、お城へ戻って師匠は部屋で仮眠、私はダンジョンの部屋でしっかりと眠りました。

いやー、睡眠って大事ですね。

お肌もこころなしかツヤツヤしてますよ!!

さて本日のお仕事は、と。


『こんばんは。魔法紡ぎ殿。』

「あ、水の大精霊様。浄化、おつかれさまでした。」

『貴女の働きのおかげで大した手間ではなかったよ。』


曇りのない涼やかな声にうっとりする。

思えばシロや主様ぬしさまも美声だった。

精霊は皆、綺麗な声をしているのかな?


「精霊は声や歌で生き物を従わせる。だから力が強い者ほど、好ましいと思われる声を発することができるようになっているらしい。」


師匠の説明に納得する。

うーん、だとするとシロはもっと好かれても良いはずでは?


「光のは自業自得です。冗談混じりに脅かすのですよ。本人は本気ではないのですが幼い精霊には、その辺りの機微が理解できなくて。」

「怖がられている訳ですか。納得しました。」


…シロさん、貴方は好きな子ほど、からかっちゃうタイプなのね。

それで遠巻きにされてしまう、と。

難儀な性格をしてるよね…モテそうなタイプなのに。

それにしても。


「よく私がシロのこと考えてるのがわかりましたね?」

『顔に出てますよ。』


精霊にも丸わかりらしい。

どうしよう、もう言葉なんか話さなくても通じるレベルじゃないか、これ。


そっと涙を拭わなくても良いよ、グレース。

そして私が渡したハンカチで鼻かまない!!

グレースから、お気に入りのハンカチを奪い返そうと手を伸ばしたところで、頭上から声が降ってくる。


『水の、そろそろ我々の事を紹介してくれないか?』


見上げるとずいぶん高い位置に頭がある。

全体に角張った体躯を持ち、肌の色は褐色。

堂々とした立ち姿は山がそこにあるかのような圧倒的な存在感を示す。

ゴツゴツとした顔立ちの男性と視線が合った。


「岩?」

『いっ?!』

『ブッ!!』


岩…のような容姿の男性が崩れ落ち、並んで立つおっとりとした優しそうな雰囲気の男性が吹き出す。

ご、ごめんなさい。

使う言葉間違えたかも?!


いわおのような人です、すみません!!」

「言い換えた方も微妙だ。」


師匠、冷静にツッコミ入れないで。

今私に必要なスキルはフォローりょくだから。


その人は再び膝から崩れ落ちた。

そしてもう一人、吹き出した男性は全体的に柔らかく、どちらかといえば少年のような幼さを残す人。

うーん、この感じどこかで見たような?


『二人共、彼女が例の魔法紡ぎですよ。』

「はじめまして、名前は…っと、好きに呼んでください。」


水の大精霊様の台詞から、今回も名乗らないほうがいいと判断した。

大精霊様はわずかに頷くと、今度は二人の方を手で指し示す。


『岩のようなのが土の大精霊、もう一人が木の大精霊ですよ。』

『言うな!!』


水の大精霊様が、うっすら笑みを浮かべながら教えてくれた。


失礼しました、土の大精霊様。

そしてもう一人の方は、木の属性を持つ方ですか!!


「ちょうど良かったです。ご紹介したい者がいるのですよ。」


収納から翡翠色の表紙を持つ書籍を取り出す。

たちまち人型をとる姿に木の大精霊様が目を見張る。


『君は…?』

「初めてお目に掛かります、木の大精霊様。書籍の精霊体で貴方の眷属です。」


練習したとおりの口上を述べ、グレースに教わった礼の姿勢をとる。

なんというか、慣れない感じが初々しくて新鮮ですね!!

木の大精霊様は嬉しそうに目を細める。


『うん、よろしくね。人型を取れるだけの力がある眷属は少なくなったから純粋に嬉しいよ。』

「今回彼に手伝ってもらいたくて借りてきました。」

『植物を育てる力が必要、ということかな?』

「うーん、それもあるのですけれど。聞いてみたら知っている(・・・・・)ということですので。」


木の大精霊様が首を傾げる。


『知っているって、何をする気だい?』


彼に視線を向けると、こくこくと頷いた。

たぶん見てもらったほうが早いですね。

収納から取り出した種を一粒渡すと彼の両手が種を握り込む。

そしてほんのりと光を帯びた手が開かれると、そこにあったのは…。


手のひらから溢れるほどに増えた植物の種だった。


『…そんな古い魔法、すでに失われていると思ってたのに。』


心底驚いた表情を見せる木の大精霊様。

わかります、私も別の意味で驚きましたよ。

種を増やすいい手がないか参考までに聞いただけなのに『やってあげる』なんて言われたんですから。

しかもできたし。

育ててみた結果、質に問題なし。

必要な対価は魔力のみ。

嬉々として種を量産しましたよ!!


「畑の土を整えたらこちらで用意した種を植えて、後は待つだけです!!」

『魔法紡ぎ殿、君はこの地に再び実りをもたらそうというのかい?その行為が、君と敵対する国を利することになるかも知れないというのに。』


水の大精霊様の言葉に頷く。

だけど私がやろうとしているのは再びこの地に実りをもたらすだけではない。


「ただし発芽してから実るまでを制御します。」


まずは土壌を整え、そこに種を蒔いておく。

その時がきたら発芽させ、一気に成長させる。

麦畑には、金の穂を揺らす麦を。

森には季節にふさわしい実りを。

黒天使がろくでもない対価を捧げて演出した景色と違い、本来の姿に近い状態で実らせる。

目的はただ一つ。


「豊作ではなく、不作という状況の方が演出だったと思わせるためです。」


聖女が起こした奇跡という名の演出。

浄化した地で一斉に茂る草花に実る作物と果実。

実らせることができるなら、逆に荒れ果てたように見える状況を作り出すことも可能ではないか。

そう思わせることが目的だ。あれだけ不作と大騒ぎしたのだ、調査に行ってみたら豊作でしたとなれば今度は聖国自身に疑いの目が向くだろう。


「それには第三者の立場である他国の人へ再び実りを取り戻した大地を見せる必要があるんですよ。ただ浄化し作物を生やすだけならソルの農家さんに刈り取られて終わりですから、わざわざソルに作物を実らせる意味がありません。」

『そんなにうまくいくのかな?』

「確かに予測できない部分もありますけどね。でも精霊の皆様に損はないのでは?呪いは浄化され、豊かな実りのある土地が取り戻せる。ただ少し、待つだけです。」

『待つ時間を二週間位までと期限を切ったのは?』

「王国に良くない噂が流れています。国としても対応せざるを得なくなってきたようで、近々他国の地質調査専門の方をお招きしてソルへ調査に入るそうなんですよ。」

『その時に合わせて、ということ?』

「そうなります。一応、お世話係として私も同行する予定ではありますが、私がその場で何かをする予定ではありませんよ。」

『では、誰がどうするのです?』

「誰が、については状況により判断しますが何をするかについては、やってみせますね。」


収納から魔法手帖を取り出す。

その間にグレースが地面にいくつかの種を植えた。


「成育促進 範囲"最小"、座標"目視"」


魔法手帖のページが開かれ、流した魔力で魔紋様まもんようが発動する。

金色の粒子が地表へと降り注いだ。


ポン。


小さな薄緑色の芽が顔を出す。

やがて芽はするすると茎を伸ばし、小さな膨らみが幾つもできて…。

その膨らみが黄金色に熟したところで成長が止まった。

合わせて五本の麦が実ったまま揺れている。


「こうやって、魔紋様(まもんよう)の力を借りて成長を促します。対価は魔力だけ、一応実った麦も検証しましたが、問題なく芽が出ましたし、増やして実食しましたけど味も栄養価も普通の麦でした!!」


やっぱり食べてみないとね!

食べちゃだめかどうかの判断がつかないじゃないですか!

自信を持ってお勧めしたのに、一斉に皆が黙り込む。


「…普通は食べる前に、もう一段階あるもんじゃないか?」

「採れたては新鮮ですよ、それでもダメですか?」


おや?

師匠が呆れた表情を私に向けていますがなんでですかね?

と、とりあえず説明を先に進めましょう。


「当日は発動直前まで魔力を貯めた魔紋様まもんようを、その場にいなくても問題のない誰かに渡して発動してもらいます。どうしても魔紋様まもんようを発現する際に明るい金色の魔力の光が見えてしまうので、それは朝日が昇るタイミングに紛れるようにこちらで調整します。」


人目のない時間帯となると早朝か、夜。

夜の間では視覚的に豊作である景色が見えないから効果は薄い。

だから狙い目は早朝、しかも朝日が昇ったあと。


『…確かにこちらにも利はあるようだが、我々に人の子の事情など関係がない。もし、自信がないだけの時間稼ぎなら、種を渡して立ち去るがよい。あとは我々の力でやる。』


それまで黙って聞いていた土の大精霊様が厳しい表情でこちらを見下ろしている。

人の事情など興味がないのだ、間違いなく視線がそう物語っていた。

苦笑いを浮かべ黙ったままの水の大精霊様と興味津々という表情でこちらを眺める木の大精霊様。


なるほど、試されてますか、私。

本当にこの世界は私を試すことばかり起きる。

面倒だけど、この世界の流儀なら仕方がない。


「そうですね。状況によっては任せした方が楽でしたが、今の状況ですと何も手を打たないのは悪手です。」

『ほう、どういう事だ?」

「このままいくと王国は聖国の望み通りに戦わざるを得なくなる。その場合、真っ先に王国が狙う場所はどこでしょう?聖国の場合、王都だけではないのでは?…例えば無事に実りを取り戻した国の食糧庫であるソル辺りなんてどうでしょう?」


土の大精霊様の片眉が不愉快そうにピクリと上がる。


シロを見て、なんとなくわかった。

彼らは眷属を率先して守ろうとする。


最後まで言わずとも理解できるはずだ。

戦争によって大地が傷付く事を、そして愛する者がさらに傷付けられる辛さを。


「それにソルの状況を放置して、聖国が戦を仕掛ける理由に想像がつきませんか?」


答えは簡単だ。

戦争によって王国にある農耕の盛んな地域を奪うため。

ソルを捨てて、新たな食糧庫となる王国の穀倉地帯を手に入れるために。


「だから聖国の戦争推進派はソルが荒れていても気にしないのです。むしろ好都合なのですよ。」


そして人口の増加により王国の食糧が不足すれば今度は王国を拠点に他国を侵略すればいい。

王国の民を使い戦争を仕掛ければ恨まれるのは王国で聖国ではない。

理不尽でも人の持つ感情とはそんなものだ。


「そしてその場合、今回のような禁忌の魔紋様まもんようが使われない保証はないのです。豊富な魔力を持つ、使えそうな人間が王国にはいるのですから。」


大精霊様達の視線が師匠の方を向く。


魔法紡ぎとしては、本当に不本意だろう。

でも現実は残酷なものだ。

特に彼の場合は王家の鎖によって約定に縛られている。

王のいのちを盾に魔紋様まもんようを提示され、協力を迫られたら従わざるを得ないかもしれない。

それどころか王国の力を削ぐために、王国の各領地へ魔紋様まもんようを使われる場合だってある。


「私の浄化が通用しない場合、シロが…光の大精霊が力を振るうことになるでしょう。皆さんもある程度はご存知でしょう?彼が力を振るうリスクを。」


シロの全力がどの程度か知らない。

でもグレースが箱から溢れた浄化の光を太陽のようだ、と称したことを考えるとそれに近いレベルなのだろう。

太陽に焼かれた大地に残る命はあるのだろうか。


「私の元いた世界には"敵の敵は味方"という素敵な言葉があります。どうでしょう、力を貸していただけませんか?」


何かをしてもらおうというわけではない。

むしろこれ以上何もしなければそれでよい。


彼らにとって、たいした負担にはならないはずだ。

そういう意味で協力をお願いしたのだけれどね。


『全く、だから…は嫌なのだ。』

「ええと、すみません。土の大精霊様。途中がよく聞こえなかったのですが?」

『なんでもない。それで、なにを手伝えばよいのか?』

「…手伝ってくださるのですか?」

『乗りかかった船だ。その代わり、ちゃんと争いを収めろ。』

「状況は常に変化するもの。お約束はできませんが全力を尽くします。」

『なんでこう毎度口が達者な女ばかりが王国には生まれるのだ!』

『君は口下手だからね、弁の立つ女性には弱い。』


土の大精霊様がボヤくのを聞いて、水の大精霊様が笑う。

すみません、つい熱くなりまして。


「それにしても君は随分と王国を大切に思っているんだね。」


やはり自分を保護してくれた国だからかな、そう木の大精霊様が呟く。

うーん、まあそれもないわけではないのですけれど。


「残念ながらそんな高尚な理由ではありませんよ。」

『ん?なら君がここまで力を尽くすのはなぜだい?』

「単純においしいものが食べたいからです。」

『『『はっ?』』』

「どこにというわけではないのですが、おいしいものを食べに旅行へいきたいのですよ。そのためには身の安全をある程度は確保した上で、心残りなく満喫できる環境を自力で整える必要があるんですよ。例えばこの世界にある珍しくて、しかもおいしい食材、それを食べるためなら持てる力を尽くすことに悔いはありません!!」


どーん、と。

おや、場が静まり返りましたね。

どうせ綺麗事なんぞ並べても顔に出るのだ、無駄無駄。

それなら本心を熱く語って無理矢理納得させる。


グレースがそっと涙を拭う。

満面の笑みを浮かべ、『お嬢様、図太く成長されましたね!!』とか言われたが褒めてるの、それ?


「第一、迷子の私に高い次元の使命なんぞ求められても困ります。」

『…なんかこう、いろいろと察したよ、王国の魔法紡ぎ殿。』

「普段からこんな感じだ。」


水の大精霊様が憐れみを込めた視線を師匠へと向ける。

師匠はといえば今更だとでもいうように全く動じる気配がない。

地味に傷付くのですが、気の利いたフォローはできないのですか?


「まあ、それでこそ我が師匠ですよね。」

「それよりも早く作業に取り掛かったらどうだ?」

「っと、いけない。そうですね、では土壌を整えるところから始めましょうか。」

「…なんだ、耕せばいいのか?」

「それもあるのですが。一つ気になることがありまして。畑の土の色、普段からこんな感じなのでしょうか?」


実はずっと気になっていたのだ。

ソルの畑の土はまるで砂のような薄いベージュ色だった。

最初見たときはそんなものかと思っていたのだけれど、森の土はと確認すれば、ちゃんとした土色つちいろをしている。


「師匠にも確認したのですが農耕地の視察でこのような土色は見たことがないそうです。」


なら、なぜだろう。

試しにとパルテナで農地を耕すおじいさんに聞いてみたら事もなげに答えた。

『色が薄いのは土に養分が足りていないからだよ』と。


「それで思い出したのです。"豊穣の女神"と呼ばれている女性のことを。」



遅くなりました。

お楽しみいただけると嬉しいです。

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