幕間 善と悪②
堂々とした態度と予想外の台詞。
皆唖然とした表情を浮かべ、その場に沈黙が落ちる。
「私はこの領地に自らを騙り罪を犯した人物の調査へ出向いたのです。そして願いを叶える対価として魔物の駆除を申し出た。ですから罪の精算や善行なんて知りませんし、関係ありませんよ。」
「そんな屁理屈を。」
「魔石がどの程度採取できるかは運だと聞いています。だから採れた魔石の扱いについては、私と領主様とで交わした取引にも含まれておりません。それならば魔石を得る権利のあった冒険者の皆様の要請で私が分前の割合を決めたとしても何の問題があるのです?」
「だから彼らにとっては討伐は善行。その結果である魔石を領館が得ることは当然のことなのだ。」
「善行が討伐そのものなのであれば、魔石は報酬として冒険者の方が得ても構わないでしょう?その後でお布施として魔石を納めるかはその方々の自由というものでは?…それにしても私の故郷でお布施とは自発的に行われるものであって、他者から後付で強要されるものではないと思っていたのですが、こちらの世界では随分と違うようですね。」
不思議ですね、そんな表情で首を傾げる彼女に不愉快だという表情を見せる領主。
彼女の台詞を聞いて一部の信者が微妙な表情をしてはいたが口は噤んだままだ。
それもそうか。
俺はため息をつき、彼らの代わりに口を開く。
「こちらの世界のお布施も貴女の故郷と同じで自発的に行われるものだ。」
俺の台詞に領館の人間が、ぎょっとした視線を向ける。
『何言ってるんだよ』っていう副音声が聞こえる気がするが、それはこちらの台詞だ。
「彼女の言葉を否定しなければ、他国に教団はお布施を強要しているととられますよ。」
それこそ、我々が信仰する教えを貶めるような行いではないか。
領主と領館の人間もそれに気づいたのか視線を逸らす。
品位と、品格。
教団が重んじる体面に反することとなるだろう。
わずかばかりの援護ではあったが彼女は驚いたような表情を見せる。
なるほど、思っていることが顔に出やすい質なのか。
彼女は深く笑みを浮かべると、俺や他の冒険者の方を向き目の前に積まれた魔石の山を示す。
「ならば遠慮なく分配を説明しますね。まず回収した魔石を私が考えた割合で三つの山にしました。冒険者の皆さんは山を二つ選んでください。私は皆さんが受け取った残りの魔石の山を分前としていただきます。」
「それでは領館の取り分がないだろう!!」
「お布施を納めるのは自主的に、ですよね?それともやはり強制的に収めるものという解釈でしょうか?」
「そ、それは。」
慌てたように叫ぶ領主や憤る領館の人々を一瞥すると少女は微笑む。
一変した空気に皆の視線が彼女へと注がれた。
明確に少女の纏う気配が変わったのを感じる。
別人という程ではないが内側に潜んでいた何かが顔を覗かせたよう。
それは悪しきものなのか。
それとも善きものなのか。
もしくは似て非なる何かか。
どちらにしても触れることは憚られる、そんな気配がした。
「な、なんだ!!言いたい事があるなら言ってみろ。」
「領主様は冒険者の方々に領内の魔物を討伐すること以上に、何を望んでいるのです?」
「一体、何のことだ?」
「彼らは領主様の配下ではないと聞きました。つまり自分の収入で生計を立てている。そんな彼らへ自分達のために利益を手放せと言うのですか?一方的な献身は搾取されているのと同じです。搾取でないというのなら、ソルの領地と領民のために命を懸け、傷付いた彼らに、善行の対価として何を支払うつもりなのですか?」
「対価などという、そんな欲にまみれた考え方が誤りなのだ。彼らは尊い使命を背負い役割を果たした。その崇高な行いに対価など必要ない。彼らのような神の戦士は対価など求めないのが正しい在り方なのだ。」
その言葉に俺は思わず天を仰ぐ。
ああ、彼らは完全に道を誤ったのだ。
我々は聖職者ではない。
教団の庇護にない神の戦士には日々の糧が必要なのは当たり前の事だろう。
人の営みがあってこそ、魂は救いを求め、拠り所として信仰を求める。
日々の暮らしが成り立たなければ神の救いなど気にする余裕すらなくなるだろう。
追い詰められ、生きるためと選ぶ道が正しいとは限らない。
彼らのような偽善的な思考が時に悪を選ばせることがあるのだ。
「ありがとう、もういいよ。」
憮然とした表情を浮かべた少女の肩を叩く。
俺は彼女に笑いかけると、分前を話し合う仲間達の顔を見回す。
まだ合流してから日の浅い者もいたが、全てを話さなくとも、何となく通じるものがあったようだ。
皆真剣な表情を浮かべ頷いた。
「我々はこの一番大きな山と、次に大きな山を選ぶ。」
「それでは私はこの一番小さな山の魔石を分前としていただきますね。」
「な、なんだと!!領主に楯突いた挙げ句、ルブレスト家の意向に逆らうとは!!」
これではどちらが悪がわからないな。
激高した領主様を見て内心は苦々しく思いながらも俺は恭しく頭を下げた。
「そのつもりはございません。ですが貴方様からすれば取るに足らない額であろうとも、我々が日々暮らしていく糧として必要なのです。ですから二つの魔石の山のうち小さい方を私達のもの、大きい山の方をお布施として領主様へ納めさせていただきます。どうか我々にも神のご慈悲を分け与えてはいただけませんでしょうか。」
二つの山を比べれば、量の差は一目瞭然。
冒険者が受け取る量の二倍はあろう魔石の山を前に、領主はそれまでの態度を一変させ、鷹揚に頷く。
全てではないものの、何の苦労もなく大量の魔石が手に入るのだ。
しかも冒険者の側からお布施として納められたのだから後ろ暗いことは何もない。
領主の口元は喜びを隠せず、ほんのりと緩んでいた。
「よかろう。最初から余計な前振りなどせずに、そのように申し出ていれば私の手を煩わせることもなかっただろうに。私とて領地を守るために戦った神の戦士達の功績に報いぬつもりはない。そなた達のお布施の申し出はありがたく受け取ろう。ブレストタリアに繁栄を。そして汝らに幸いのあらんことを。」
余計な前振りがあったからこそ、我々が魔石を手に入れる機会が生まれたというのに。
領主は取り繕うような笑みを浮かべ自分達の分の魔石を回収すると速やかに立ち去っていく。
思いの外、引き際が良かったのは今更ながら他国の冒険者が参加しているという状況を思い出したからだろう。
他国に領主として慈悲深い態度を示す良い機会とでも思ったのか。
それとも敵視する国を代表するかのような少女に、これ以上関わると面倒だと思ったからか。
俺は予定通りに事が運んだにも関わらず、暗い気持ちを隠せなかった。
テオドール様であれば、このような事態は起こらなかっただろうに。
かつての領館には厳しいがきちんと評価を与えてくれるテオドール様を慕う有能な部下が揃っていた。
それはあの方が仕事には厳しいけれど部下の働きに対する報酬は惜しまない人であったからだ。
だからまさか跡継ぎである若き領主が我々にとって報酬である魔石を取り上げるとは予想していなかった。
今やこの領地に残るのは、経験の浅い愚かな領主と、取り巻きである教団から派遣された信者、そしてあわよくばおこぼれに預かろうとする欲深い使用人か行く宛のない者達しかいない。
ソルの地は、まるで悪の巣窟のような場所になってしまった。
そして再び豊かな実りを取り戻しても、その豊かさが続くとは思えない。
なぜなら彼らは自分達が一番損をしていることに気がついていないのだ。
彼女が魔石を分ける前に話していた昔話を思い出す。
『私のいた世界の昔話に"大きな葛籠"と"小さな葛籠"が出てくるお話があるんですけどね、あ、葛籠は背負う紐のついた四角い蓋付きの箱のことで、荷物を入れて運ぶときに使います。そのお話の応用です。』
昔話に忍ばされていたのは、無慈悲な行いをしないよう、そして欲張るものではないという教訓。
大きな魔石の山には二級品以下の質の悪い魔石を。
中くらいの魔石の山には一級品や、二級品を。
魔石に限っていえば、量より質が重要だ。
質の悪い魔石を大量に売るよりも、少量でも質の良い魔石を売る方が実入りがいい。
彼女は嵩張るだけで大した利益にならない魔石を選んで領主へ押し付けたのだ。
『見た目で輝きが違うからバレてしまうといけませんよね!!』
小さいものと、中くらいの魔石の山を積む前に、嬉々として下敷きにした紙には魔紋様が記されていた。
その上に魔石を置き、紙に魔力を流すと石の輝きが失せる。
俺だけに聞こえるような小声で、"偽装"したのだと彼女は言った。
見ている者がいない事を確認して魔石の山から石を一つ取り上げる。
途端、手の中で再び輝きを取り戻す魔石。
「不思議なものだな。」
「その魔石の山をどんなふうに分配するのです?」
興味津々といった彼女の声で我に返る。
「国を出て一番近い…帝国か、王国にある紹介所で纏めて換金してもらう。それを分配しようと思う。」
ソルにも紹介所はあるが、そこで換金するとせっかく誤魔化した価値の違いがバレてしまう。
だから違う国の紹介所で何回かに分けて換金しようと考えていた。
「そうですか。…ああ、領館の皆様には申しそびれてしまいましたが、"集束"の魔法は効果の範囲が限定的なんですよ。だから今回集められない魔石があそこに残ってしまったようでして。」
彼女が指差す先にあるのは、魔物が湧いて出た森。
「森で偶然見つけた方が拾ったとして、何か問題あります?」
「ないな、全く。」
「ついでにお伝えすると王国と聖国の間を阻む沼地の周辺では魔物が大分駆除されていると思われますよ?王国の腕に覚えのある冒険者の皆さんが沼地まで遠征して魔物を狩ったと聞いてますから。」
「商売上手だな、君は。」
俺が苦笑いを浮かべると、彼女はニヤリと笑う。
…意図的にではないだろうが、ほんといい性格してるよな。
確かに、少女の放つ白い光は何度か森へと届いていた。
彼女の言うとおりなら森の中に魔石が落ちている可能性は十分にある。
そして魔石を回収しながら森を抜けると、帝国よりも王国の方が圧倒的に近い。
懸念する沼地の魔物も数が少ないのならなんとか王国の国境まで辿り着けるだろう。
そうして我々が王国で換金すれば質の良い魔石は王国のものとなり、市場が活性化する事になる。
「魔石を愛用する師匠がいましてね、質の良い魔石が手に入るなら喜ぶんじゃないかなと思いまして。」
「買い占めたりはしないのか?」
「そういうのを嫌がる思考をする人ですから。」
その人物は傲慢にみえるくらいの自信家で誇り高い人なんだそうだ。
そして魔法紡ぎの師匠としてはとても優秀だが、甘えを許さない厳しい人物らしい。
修行の辛い日々を思い出したのか、彼女の視線は何処か遠くを眺めている。
…応援しかできないが、がんばれ?
「そういえば、貴女に謝らないといけないな。」
「何をです?」
「初めは浄化を成したのは聖女様だと思っていた。だから君が現れて動揺してしまった。」
聖女ではないというだけで彼女が悪意を持って近づいたのではと、一方的に疑ってしまったのだ。
ただ彼女が魔法紡ぎの女王と呼ばれ、異世界から呼ばれた少女だという肩書きだけで判断した。
彼女自身の事を何も知らないというのに。
「聖女だから美しく清らかっていうイメージも大事ですからね。ただ聖人や聖女という肩書きを持ったら人間が皆清らかで美しいというのなら、生まれてくる子供に肩書きを与えてあげればいいと思いませんか?そうすれば、皆肩書きに相応しく清く美しく成長するわけで悪人や凡庸な人間は一人としていなくなるじゃないですか。彼らの言う通り、肩書きが人間性に直結するというのなら聖国は文化として積極的に取り入れるべきでしょうね。」
「すごい極論だが…何かされたのか?」
「怒ってはいませんが容姿と能力を結びつけて散々貶された後なので、素直になれないだけです。」
それを怒っているというんだよ。
聖国の人間は美しいとされる聖女様を天使と崇めているから、必要以上に貶したのだろう。
彼女の黒髪黒目は色味として地味だけど、普通に可愛いと思う。
何がそんなに気に入らなかったのか。
「それを聞いたら余計に力を貸してくれた事に驚いたよ。」
「単に利害が一致しただけですよ。それがなければ、敵となる可能性もありましたし。」
「ならば利害が一致した事に感謝しなければ。君を相手にするのは何かと面倒な気がする。今も我々には話していない大人の事情、なんかもありそうだしな。」
「あーっと、そんなことはありませんよ。」
彼女は気まずそうな視線を魔石の小さな魔石の山へと向ける。
やっぱり表情に出るんだな。
思わず笑いがこぼれた。
彼女の教えてくれた昔話にでてくるツヅラのお話。
欲張りなお婆さんがもらった大きなツヅラには物の怪や虫などの悪しきもの。
優しいお爺さんの選んだ小さなツヅラには目のくらむような金銀財宝。
では、更にもう一つ、もっと小さなツヅラがあったとしたら?
ちゃっかりと自分の利益を手にした、しっかり者の年下の少女。
俺には弟しかいないからわからないが妹がいたらこんな感じだろうか。
「もう出発されますか?」
「そうだな、怪我人の治療が先だが、それが終われば速やかに出発したい。この際だからじっくりと森を散策したいからな。」
「散策、良いですね!」
本音を言えば、気が変わった領主や領館の人間が強引な手口で再び魔石を取り上げようとするのを避けたいからなのだが、あえて言わなくてもわかっているだろう。
動けない程ひどい怪我をした仲間以外は一先ず他国へ移動する事で同意している
残す仲間もギリギリまで治療し、なるべく早く合流できるようにする予定。
この地にこれ以上滞在しても何一つ得することがないからだ。
視線の端では仲間達が嬉しそうに袋へ魔石を詰めている。
善悪など、立ち位置でこんなにも簡単に姿を変えるのか。
聖国にとっては国の象徴となる聖女を騙る悪しき存在。
だが我々にはとっては奪われた糧を分け与えてくれた善きものであった。
惜しむらくは彼女が聖女様と違い"それらしい"容姿ではないことだろうか。
だからこそ今まで誤魔化し守られてきたのだろうが。
ふと、彼女が嬉々として"偽装"という作業に勤しむ姿を思い浮かべる。
…まさかこの姿も偽装した後、ということはないだろうな?
黒い笑みを垂れ流しているような彼女の様子に首を振る。
いや、ない。
これが天の御使だということは絶対にない。
とはいえ、結果的には助かったし、助けられた事実に間違いはなかった。
「貴女には謝罪を。そして仲間の分まで感謝を伝えたい。」
「いいえ、お互いさまですから。それに悪しき存在と呼ばれている私を信じてくれたからこそ成り立った取引です。こちらこそ、ありがとうございます。」
「ああ、そういえば名前すら教えていなかったな。私の名は…。」
そこで彼女は自身の口元に指を添える。
「この国にいる間は、聞かれても名乗らないように言われているのですよ。名は身体を縛り、魂を縛るもので、どんなふうに利用されるかわからないからだそうです。だから貴方の名前も聞きません。聞いたら教えなくてはならないじゃないですか。」
ずいぶんと律儀な考え方をするのだな。
それにあれだけ自信たっぷりに語っていた彼女が、困ったような表情をすると一層幼く見えるから不思議だ。
彼女が慕う師匠とやらも、弟子にこんな表情をされたら放ってはおけないと思うかも知れない。
それでより一層指導に熱が入ると。
なんだ、本人が気付かないだけで自業自得か。
「かまわないよ。では機会があれば王国で会おう。」
「はい!ああ、それではこちらを特別に餞別としてお渡ししておきますね。」
収納から取り出したのは紙の束。
記されていたのは治癒の魔紋様。
「魔力を流す時に"対象者"と言ってから、その方の名前を呼ぶと効果が発動します。」
「いいのか?ここまでしてもらって。」
「できれば全員連れて聖国を出たいのでしょう?」
台詞は優しさに満ち溢れているんだがな。
思わず残念なものを見る目になったのは許してもらいたい。
ほくそ笑む顔が、それだけではないと言っているようにしか思えない。
そしてそっと近づいた彼女が耳元で囁く。
「それ、肉体の欠損も治しますから使う場所と相手には気をつけてくださいね。」
「はあ?!」
「追加でご購入を希望される場合はパルテナにある『商店黒龍の息吹』までご連絡ください。」
さらりと言い置いて侍女を連れ彼女は領館へと戻っていく。
商売に結びつけた辺りは、本当ちゃっかりしているな。
俺は思わず苦笑いを浮かべた。
深い笑みを浮かべた表情の彼女は、善きものなのか、悪しきものなのか。
彼女が魔法紡ぎとして評価されるまでに成長した要因は、良くも悪くも自身の欲望に忠実であったからだろう。
少女の小さな背中を見送りながら、やっと納得がいった。
最も人間らしい存在である彼女に善悪の区別など無意味である、と。
思ったよりも遅くなりました。すみません…
お楽しみいただけると嬉しいです。




