幕間 善と悪①
聖国の各領において、王国の評価は最低だ。
五年前の騒動で王族が国としての価値を落としたからということもあるが、そもそも建国以来、何かと聖国と王国は張り合い、仲が良くないと聞いている。
俺は冒険者として護衛や魔物討伐で王国に出向き、民と触れ合う機会があるため、彼らが聖国で語られるような愚鈍で醜悪な性を持つ民族であるは思わない。
だが閉鎖的なこの地に住む聖国の民は王国の人間を『清らかなる者を堕落させる魔性を持つ』と今だに信じているようだ。
そして最近新たに噂となっているのが、聖国の"聖女"と王国の"次代の魔法紡ぎの女王"の存在。
王国では"次代の魔法紡ぎの女王"と呼ばれる人物が紡いだ魔紋様が評判となっていた。
起点の魔紋様は、かつて聖国で聖女と呼ばれていたアリアドネ=ルブレストの発現させたとされる"アリアの花冠"。
王国は当初彼女の意思を尊重しその存在を秘そうとしたそうだが、魔法紡ぎとして働き始めた彼女の紡ぐ魔紋様は本人の想像以上に評判となり、新人らしからぬ技量と共に他国へ知られる存在となった。
このため今後は積極的に彼女を登用し国の発展に寄与してもらうよう方向転換することとしたらしい。
そしてその状況を面白くないと思っていた聖国は当初彼女の存在を無視していた。
だが徐々に彼女の紡ぐ回復や浄化の魔紋様が評判となり、聖女の再来か、とも囁かれるようになると今度は一転して彼女の存在を否定し彼女を登用しようとする王国の態度を批判した。
彼女は魔法紡ぎの女王を騙る偽者であり人々を堕落させる悪しき存在である、と。
そしてそれを裏付けるようにもう一つの噂が流れた。
次代の魔法紡ぎの女王は五年前の騒動を起こした少女と同じ異世界から呼ばれた者だと。
それを聞いた聖国の人間は俺同様に皆思ったことだろう。
まさに元凶と呼ぶに相応しい存在に愚かな王国は懲りもせず騙されている。
彼女の存在をもって、あの国は完全に滅びるだろうと。
「なんとしても食い止めろ!!」
突然一夜にして豊かな実りを取り戻したソルの大地。
それに浮かれる間もなく森から大量に湧き出た魔物が食べ物と人の気配に引き寄せられ領地のある方向へと移動する。
冗談じゃない。
蘇った豊かな実りは人々の希望だ。
それを踏みにじられる訳にはいかない。
だが、いかんせん、相手の数が違いすぎる。
こちらを十とするなら、相手は倍もしくは、三倍だ。
腕に覚えのあるはずの冒険者達が傷付き、倒れていく。
その血の匂いに誘われ、森の奥から湧き出るように数を増やしていく魔物達。
追い詰められた自分達のすぐ背後には、黄金色の穀物を揺らす大事な畑があった。
踏み止まるように皆が一斉に隊列を組み、魔法を放ち、剣を振るう。
…だが長くは保たないかもしれない。
疲れから隊列が崩れた隙をついて魔物が畑になだれ込もうと勢いを増す。
もう持ちこたえることは出来ない、そう思われた瞬間。
白い光が視界の全てを包む。
あまりの眩しさに思わず目を閉じる。
何かの術が発動し、それに巻き込まれた。
そのことだけははっきりと理解ができる。
ああ、俺は死ぬのか。
そう思わせるような圧倒的な力を肌で感じ、一気に脱力した。
ところが光は自身をすり抜け霧散する。
まるで"標的ではない"と判別したかのように。
その代わり最前列で猛り狂う魔物を白い光が焼き尽くした。
光に包まれた巨体が一瞬にして解けていく。
何度も放たれる白い光。
その度に頭数に関係なく同じ種だけが例外なく姿を消した。
人型をとる種の魔物も混じっていたが誤ることなく白い光が燃やし尽くす。
「なんという不思議な力だ。」
暴力的なまでの威力を持ちながら、理性を宿す。
死の恐怖にさらされているというのに、なぜこんなにも安らぐのだろう。
周りを見渡せば仲間達もまた同じような表情をしていた。
教団の教えにある"神の戦士"となるが如き高揚感は、言葉にし難いほどの幸福を与えた。
恐らく光の発する先には聖女様がおわすのだろう。
この国を厄災から救うために力を振るうとされる聖女様。
きっとこの危機を察して王都から飛んできてくださったに違いない。
その聖女様のお姿を一目見たいと白い光の発せられる先にある領館を振り返る。
距離がありながら、なぜかはっきりと見えた。
魔法紡ぎが魔紋様を紡ぐ時に放つ光り輝く糸。
その金の糸の輝きに踊る漆黒の髪。
あれは聖女様ではない?!
驚きのあまり足が止まる、その隙をつくように魔物が襲ってきた。
やられたと思った瞬間、目の前にいた魔物が派手にふっ飛ぶ。
「なっ?!」
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ。」
声の出処は侍女服を身に着けたうら若い女性、しかも美人。
前線には相応しくない容姿ながら、その実力は桁違いだった。
一見すると、ただ拳を振るっているように見えるが、恐らく身体強化と属性魔法の合わせ技だろう。
あっという間に形勢は逆転した。
彼女の的確なサポートもあるが、全ては領館の前に佇むあの黒髪の人物が放つ魔法のおかげ。
やがて数を減らした魔物は森の奥へと姿を消した。
様子を見に森へと分け入った仲間が満面の笑みを浮かべ勝利を告げる。
仲間の雄叫びが響き渡った。
こんな圧倒的な力でねじ伏せるような討伐は経験がない。
再び視線を領館の前へと向ける。
「あの人物は、一体…。」
「我が主ですわ。」
「…貴女の主は、一体何者なのか?」
「望むように世界を変える力を持つお方です。」
俺の口からこぼれ落ちた声を、彼女の耳が拾ったのは偶然だろう。
彼女は主と呼ぶ人物の方へ視線を向け嬉しそうに答える。
その言葉に思わず顔をしかめた。
この国では世界の在り方に干渉することは悪とされているからだ。
「…その思想は悪であろう。」
「失礼ながら、あの方の価値を測る基準は聖国の皆様には馴染まないものと思います。『混沌から光と闇が生まれ、やがて光と闇から垂れた雫が天と地を生み、分かたれた』。あの方の力は世界の根源に近いもの。それより遥か後、人の世へ神が授けたとされる善悪の概念では正しく測れない存在なのです。」
他国に古くから伝わるという神話を引用する彼女。
それもまた、悪しき思想である。
そう断ずる一方で疑念を抱く自分がいた。
ならば魔物を消し去り領地の実りを守った白い光は何だというのか。
主の命を受けたとはいえ、命を懸け、無関係の土地を守り抜いた彼女の献身を悪と呼ぶのか。
熱狂する仲間をよそに、彼女は母性すら感じさせる穏やかな笑みを浮かべる。
その静謐な佇まいは、宗教画に描かれるような神の使いが如き美しさだった。
だからだろうか。
再びこの場所を去ろうとする彼女を呼び止めたのは。
口から滑り落ちたのは思いとは全く別のものであったけれど。
「それで貴女の主の分前はどうするつもりだ?」
「不要です。我が主は別のものを欲しております故。」
「だが、それだと我々がこれらをすんなりと受け取る訳にはいかなくなるのだが。」
きっぱりと断る彼女に示すようにして、問題のものに視線を向けた。
それは地上に散らばる数多の魔石。
白い光が蹂躙した後の大地に残されたものだ。
浄化の効果による恩恵を受け、一般に流通するものよりも明らかに上質となったそれは、この地を襲った魔物が大型で尚且つ凶暴であったことの証でもある。
「我々は紹介所を通すことなく討伐隊に参加した。だから収入は討伐した魔物の素材や魔石しかない。通常なら肉体に残る武器の痕跡から誰が倒したか判断がつき、素材や魔石はそいつのものになる。だが今回は魔法の効果で魔物の肉体が残っていないから武器の痕跡から誰が倒したかわからないんだ。そのような場合、冒険者の流儀では最も活躍した人物が取り分の割合を決めて良いことになっている。」
あくまでも変則的な冒険者同士のルールのため、取り分の割合について数値の決まりはないが、大抵の場合、互いに損をしない程度の割合に分けるべしとされている。
もちろん全てを貰っても構わないが、そうすると他の冒険者から強欲だの空気読めない奴などと手酷く評価され、冒険者としてやっていくことが難しくなるそうだ。
引退する者ならいざ知らず、そうでないならある程度の取り分で妥協し皆で分け合うという成熟した精神が求められるというわけだ。
「つまり今回の場合は、我が主に割合を決める権利があると。」
「そういう事になる。」
「もし、断ればどうなりますか?」
「誰がどのくらい倒したのかわからない以上我々で決めると争いの元になる。そういう場合は第三者、例えば領主に判断を仰ぐことになるのだが…。」
「気が進まないご様子ですね。」
「今の領主はとにかく金が欲しいのだ。これ幸いと全て巻き上げるだろうな。」
何度目かの討伐で大量の魔石が手に入った時のことだ。
分配を巡り話し合う我々の前に、突然姿を現した若き領主。
驚き、戸惑う彼らに淡々とした表情で言い放った。
『復興の資金とするため、お布施を回収する』と。
呆然と立ち尽くす冒険者達を横目にさっさと魔石を回収すると何も言わず立ち去った。
命を懸け戦った彼らを讃える言葉もなければ、労ることもない。
それどころか権力にものをいわせ取り上げた。
領地を守るため資金が必要なのは我々も同じなのに。
それでも復興のための資金として必要だと言われてしまえば苦しむ領民の前でそれ以上揉める姿を見せるのもはばかられた。
しかし今回は状況が違う。
田畑は豊かな実りを取り戻し討伐による収益を見込んだ他国の冒険者も集まっている状態だ。
そこで同じことをすれば完全に冒険者達はソルを見限るだろう。
だから領主にこの魔石の存在を気付かれないよう速やかに分配するのが得策なのだ。
「そういう事情がお有りなのですね。かしこまりました、主に報告してまいります。」
やがて彼女は主と呼ぶ存在を連れて戻ってきたのだが。
彼女が主と呼んだのは黒髪に黒い瞳を持つ少女。
異世界から呼ばれた者の特徴を持つ人物で、且つ魔紋様を紡ぐ者。
しかもあれだけの力ある魔紋様を紡ぐ力量を持つとされるのは、聖女様を除いて一人しかいない。
「…貴女は、魔法紡ぎの女王。」
何故ここに、という言葉を飲み込む。
彼女は今王国の庇護下にある。
依頼を受け、領館に捕らえられている犯人の様子を見に来たというところだろう。
すぐに彼女を巻き込んでしまったことを後悔した。
きっと異世界から呼ばれた少女は我々を狡猾な方法で騙し、魔石を取り上げるに違いない。
自身の読みの甘さに血の気が失せる。
だが少女は一通りの話を聞くと予想外の言葉を告げた。
「たぶん魔石の件は、もう領館にバレてますよ。」
「なんだと?」
「前回のパターンと同じ手口です。よくお仲間を確認してください。怪我をされた方以外で姿の見えない方はいませんか?」
「まさか…。」
「こちらの情報を流す人物がいたのではありませんか?だから前回は知らせた訳ではないのに領主様が介入した。今回もそうなのであれば、間もなく現れると思いますよ。」
何ということだ。
見渡せば確かに見知った顔が足りない。
少女に指摘されるまで気が付かなかった、そのことが悔やまれる。
また善行という大義の名のもとに、全てを奪われるのか。
大地を輝かせる魔石の質とその価値に浮かれる仲間達を見回す。
彼らに渡せる魔石はないと知れたら…ソルの地を助けてくれる他国の冒険者はいなくなるだろう。
冒険者は聖職者と違い、寄附で生活を賄うことはできない。
日々の暮らしを支える糧を自身の命を懸け稼いでいるのだ。
その対価を奪われるなど、我々に死ねというのと同じこと。
ため息をついた俺を観察していた彼女が再び口を開く。
「どうです、私と取引しませんか?」
「何をいきなり。」
「今の状況だと確実に魔石は没収されるでしょう。だから逆にこちらから誘導してみてはいかがでしょうか。例えば、こんな感じで。」
彼女が耳元で囁く。
悪しき存在と呼ばれるに相応しい、非常に魅力的な申し出だった。
「上手くいくと思うか?」
「貴方達だけだと難しいでしょうね。ですが私達の存在があるなら交渉の余地はあるかと。」
「貴女の目的は?」
「実験用の魔石が欲しいからです。それとちょっとした意趣返しですね。」
にやりと笑い、悪びれることなく心中を口にする彼女。
その表情からは嘘偽りは伺えない。
それどころか意趣返しができる状況を心から喜んでいる。
…領館の奴ら、何したんだ?
少なくとも怒らせない程度には気を使うべき相手だろうに。
「わかった、それなら頼む。」
「他の方の意向は確認しなくてもいいのですか?」
「彼らはこんな状況になっていると知らないんだ。だから最低限の説明で済ませたい。」
「可能な限りそうなるように努力しますね。それではます魔石を一纏めにする作業を行うという説明を彼らにしていただいていいですか?速やかに作業を終わらせるには騒ぎになると困りますので。」
「ああ。」
とりあえず、怪我人は除いた討伐隊の仲間に簡単な説明をした。
少女は侍女に指示して実際の回収作業の手順を見せてくれる。
仲間達は魔石の存在に喜んだものの、疲れた体に鞭打つような回収作業については内心嫌であったようで、彼女の申し出は非常に喜ばれ歓迎された。
『集束。』
侍女が発動した魔法によって一箇所に纏められる魔石。
魔石だけで大人の男達の身長を軽々と超える小山ができた。
誰かの唾を飲み込む音がする。
それを再び彼女の指示で、侍女が魔法を発動し二つの魔石の山に分けた。
そして小さな山の方から魔石を分けて更に小さな山をもう一つ。
こうして彼女は大、中、小、三つの山を作った。
ちょうどその時、領館の人々が到着する。
一団の最後尾に隠れるようにして先程まで共に戦っていた二人が敵となり姿を現す。
これが平等と博愛を掲げる教団の信者の姿か。
俺はひっそりとため息をついた。
領館の人間達はギラギラと欲にまみれた瞳を忙しなく魔石の山へと注ぐ。
それから怪訝そうな視線を俺に向けた。
「これは?」
「冒険者の流儀により、最も功績のあった者が分前を分配しました。」
俺はそう言って、少女の方を向く。
彼女はにこりと笑った。
年頃の少女が浮かべるような可憐な笑みではなく、悪そうな笑顔であることが非常に残念だ。
「冒険者の流儀?ああ、一番功績を上げたものが分配をするというやつか。そんなものは関係ない。この領地で取れた魔石はこの領地のものだ。」
「それは驚きですね。その理屈なら、この領地が魔物で溢れた時は領館の兵で対処すべきでしょう?貴方達は今まで何をしていたのです?冒険者の皆様には、きちんと手当を支払いましたか?それとも事前にそのような契約を交わしていたとか?」
少女は俺の方を向く。
俺は首を振った。
目の前に魔物が現れ人を襲う。
その状況下で契約など交わす余裕はない。
「お前は何もわかっていないのだな、愚かな少女よ。彼らは自らの罪を精算するための善行をこの地で行ったのだよ。だからこの魔石はお布施だ。お布施はありがたく受け取り、罪なき人々の幸せのために使われなくてはならない。」
契約がないことを利用し、自身に都合のよい理屈を当たり前の事であるかのように語る若き領主。
また、善行という大義名分を持ち出すのか。
やはり駄目かと思いつつ、少女の方をちらりと向く。
「そんなもの、私には関係ありませんよ。」
彼女はしらっとした表情で言い切った。
遅くなりました。
長くなったため、前半として区切りました。
お楽しみいただけると嬉しいです。




