魔法手帖百二十六頁 皇帝陛下の視察、商人さんと女王を騙る者
思ったことは、ただ一つ。
「あの〜皇帝陛下、なんで貴方がここにいるんですか?」
はっ、いけない。
彼が皇帝陛下だって事をバラしちゃったよ。
無意識のうちに口から出ちゃったのだからしょうがないよね、うん。
皇帝陛下は麗しい顔立ちに、とってもいい笑顔を浮かべた。
「君が聖国に調査へ向かうと聞いたから、面白そうだから来てみた。」
「いや、確かにラシムさんに声は掛けましたけど?」
借りが負債となる前にと思い、オリビアさん経由で『魔法紡ぎの女王に興味あるなら来て』とこっそりお誘いはしましたが、なんで一番偉い人も一緒に来てるんです?
目の錯覚かと思って二度見しちゃいましたよ!!
当のラシムさんは他の商人さんグループに混じって手を振っている。
この場に商人さん達がいるのは、オリビアさんに信用のおける人達へ事前に声を掛けてもらっていたから。
対価は『魔法紡ぎの女王が紡ぐ魔紋様を他国で販売する権利』。
オリビアの店は魔法紡ぎの女王が紡ぐ魔紋様を扱ってるから信憑性のある情報と判断してもらえるかなと、この場にお招きいたしました。
当日居合わせることが条件だから、彼らは賭けに勝った人というわけですね。
おめでとうございます。
たぶん損はさせませんよ?
「…それで、なぜ貴方がこちらに?」
すっかり表情の抜け落ちた顔で、私が数分前に問いかけた質問を繰り返す使節団団長。
信じたくないというその気持ちは、痛いほどわかりますよ!
皇帝陛下は邪気のない顔で、にっこりと微笑む。
「視察に来たんだ。」
「おいでになられるという連絡を受けていないのですが。」
「うん?数時間前にジョルジオ王子には連絡したよ?」
「す、数時間前!非常識ではありませんか!!」
一般的に貴人が正式に国を訪問する際は少なくとも数ヶ月前までに日程を伝えることとされているらしい。
でもこの人の場合はちょっと違う。
「お忍びだからね。忙しい時期だから気を遣わせないように配慮した。ちなみに貴方は知らないかもしれないけど、ジョルジオ王子が我が国の侯爵令嬢を迎えに来たときは連絡があって数時間後に来たよ。それとも自国の王子は良いけど他国の皇帝はダメという意味と解釈していいのかな?」
「い、いや。そういう訳ではなく。」
「ジョルジオの元に遊びに行こうとしたら、商人から彼女がこの場所に来ると聞いてね。会いたいなと思ってたから会いに来たんだ。」
「そうですか。では挨拶も終わられたようですし、私の部下が城までご案内いたしましょう。」
「案内はいらないよ。この国に用事があって私の部下が滞在しているから彼に迎えに来てもらうつもりだから。それよりも、貴方がその手に握るもののほうが興味あるかな。それ、罪人を拘束するための魔道具だよね。何に使うの?」
皇帝陛下が笑みを浮かべながら使節団団長の手に握られた魔道具を指差す。
「こ、これはですね。」
「『聖国に入国したいなら』私がこれを付けるよう説明を受けました。なんでも『この国の決まり』だそうですよ。王国にはない決まりなので戸惑いまして、この方に詳細をお尋ねしたところです。」
使節団団長が使った言葉をそのまま引用しました。
だってそう言ったのだもの。
「それは驚いた!!我が国にもそのような決まりはないな!この国の決まりでは、私もその魔道具を付けなくてはならないことになる。それはさすがに遠慮したいのだが…。」
「もちろんです!!これは罪人に付けさせるものですから。」
さも私に咎があるとばかりに睨みつけてくる使節団団長。
皇帝陛下は私を見て首を傾げる。
「君は何か罪を犯したの?」
「禁忌の魔紋様を使ってソルの不作を招いた主犯に疑われてます。再三やっていないと言っているのですが、残念なことに全く信じていただけないようです。」
「ほう、この国では罪を犯していないと主張する者に、自我を奪う魔道具を付けさせる決まりなのか!!これは大変だ。すぐにジョルジオに確認をして国民に周知せねば。事件に巻き込まれてからでは遅いからね。」
慌てた様子で連絡用の魔道具を持ってくるように指示を出す皇帝陛下。
遣り取りを聞いていた商人さん達も騒然となる。
そうそう、問題はそこですよ!
疑わしいという理由だけで自我を奪われ自白を強要される可能性が出てくる訳ですから。
場合によっては罪をなすりつけられる可能性すらありますよね。
「い、いえ!これはその…私の勘違いだったようです。お騒がせして申し訳ございません。」
「そう?勘違いなら仕方ないね。勘違いは誰にでもあることだから。」
寛大な態度を示しつつも醒めた視線を向ける皇帝陛下。
かわいい振りしてるけど、さすが一国の主だけある。
それに、お仕事には厳しいようですね。
さて。
「勘違いということは、私はそれをつけなくても入国出来るということでいいですね?」
使節団団長の手元にある魔道具を指差す。
彼は無表情のまま瞳にだけ憎悪を滾らせ魔道具をしまうと、今度は空の手をそのまま私の方へ差し出した。
「ならば女王の証とされる魔法手帖を預からせて貰おうか。下手に暴走でもさせれば国民の命に関わる。これについては武器と同じだから、そういう物は取り上げるのに許しはいらないと各国共通で認識されている。」
「なら仕方ないですね。」
確かに魔法手帖は私の武器だ。
師匠の方を向けば無表情のまま頷いているから嘘はないだろう。
収納から赤い表紙の魔法手帖を取り出す。
離れた場所から『あれが魔法手帖…』というつぶやきが聞こえる。
商人さん達も皇帝陛下も興味津々という表情を見せた。
そして魔法手帖を受け取った使節団団長は口元へ微かに笑みを浮かべる。
「下手な真似したら命が危ういと思え。」
魔法手帖を部下に渡し、小さな声で私に吐き捨てると、無言のまま、ソルへ転移するらしき魔紋様へ向かい歩いていく。
さて、それではついて行きますか。
「はい、それでは皆様もどうぞこちらへー。」
私の声に使節団団長はギョッとした表情で振り返る。
「調査に向かうついでに、他国から来た商人の方々がソルの状況を確認されたいそうなのでサルト=バルトニア国王が許可されたのですよ。そのお手元にある書状にはちゃんと記されています。」
今回使節団が王国に来た理由は私の連行のためだけではない。
聖国上層部がしたためた王国宛ての抗議文を携えてやって来ていたのだ。
当然お返事が必要なわけで、内容はおおよそ謁見の間で王様が語っていた内容と同じ。
なんでも優秀な補佐官のしたためた"傑作"だそうで、『付け入る隙間など空気すらない』と本人が大絶賛だったとか。
本人が絶賛…ま、まあいいか。
付け入る隙間がないならそれで。
「それに貴方達の語る、再びソルを襲ったという不作の惨状を見てもらう良い機会でしょう?」
彼らは皆、ラシムさん以外は他国の商人さん達だ。
情報として持ち帰れば盛大に広めてくれるだろう。
そして他国では聖国に同情する声が高まり、付随して王国を糾弾する声が高まる、と。
脳内の計算式が採算の取れる数字を叩き出したのだろう。
無事に皆さんも転移の魔紋様に乗ることが出来た。
って、ん?
隣を見れば護衛を従え、しっかり私の隣を確保した皇帝陛下の姿があった。
辺りをの視線を気にしつつ、コソコソと話しかける。
「ええと?陛下?」
「他人行儀だね?陛下じゃなくて、ファルクと呼んでよ。」
「いや、どちらかといえばまだ他人寄りの立ち位置だと思うのですが。」
「せっかく会いに来たから、まだ離れたくないのだよ。ダメ?」
貴方、かわいいこと言ってますが絶対そんな純粋な理由じゃないでしょう。
帝国が魔法紡ぎの女王と親しいことをアピールしつつ、商人さん達経由で他国の上層部に対し牽制。
私が王国と仲違いを起こしたら速やかに帝国へと移住させられるでしょうね。
帝国では私の回復や浄化の魔紋様が人気だという。
市場も活性化するだろうし、利益も生む。
金の卵を産むガチョウか、黄金の林檎のなる木と同じ扱い。
そんなかわいい顔しても絶対に騙されませんよ!!
…はっ!!もしかして私がかわいいもの好きだっていう情報、漏れた?
「恐れながら、王都へ向かう魔紋様はあちらですが?」
自然な流れで乗ってきたから、しばらく気付かなかったのだろう。
使節団団長が皇帝陛下に脇から恭しく声をかけた。
指差す先には使節団の数名が魔紋様の側で困り顔で立っている。
皇帝陛下の行動が読めなくて困っている感じでしょうか。
「ああ、彼らには私の部下が来たら待っているように伝えてもらうように手配して。」
「貴方様は、ソルへ向かわれるということでしょうか?」
「うん、そう。視察だからね。」
「ですが…。」
「ねぇ。」
一瞬にして空気が変わった。
更に何かを言おうとした使節団団長が口を噤む。
「確かにお忍びだとは言ったけど、身分を偽ってはいないよね?そして貴方には、その私の行く先を決める権限があると?」
口調は柔らかいのに、聞く人の心を萎縮させる。
ああ、彼はやはりかわいいだけの人ではない。
その誇り高き魂は確かに全てを何かに捧げた人のもの。
大切とするもののために別の何かを捨てる覚悟を持てない私は、たぶん彼には敵わない。
「ですが万が一があるといけません。」
それでも使節団長は憂える態度を崩さない。
そして、ちらりと私を見る。
あくまでも危険人物扱いは変えないと。
ならば、そろそろ言い返してもいいかな。
「貴方は謁見の間で言いましたよね、私のことを『女王を騙る罪人』と。たとえ魔法手帖を持っていたとしても貴方の中では私は偽物なのでしょう?その私の何を恐れるのです?」
そして彼自身が魔法手帖を取り上げた。
さあ、私の何を恐れる理由がある。
思わず口角があがった。
暁の光が私の背後から宵闇を押し上げる。
使節団団長が初めて、真っ直ぐに私の瞳を見返した。
憎しみの奥に浮かぶのは、恐れ。
「これはなかなか興味深いね。」
「あまり虐めてやるな。」
楽しそうな皇帝陛下の声と、ため息をつく師匠の声が重なる。
予想外の展開に戸惑い、魔力を流すことを躊躇う係の人達の代わりに、私が魔力を魔紋様に流す。普通はこの人数だと複数の担当者が分担して流すそうだが、この程度なら私一人の魔力で充分。
「では、行きましょうか。ソルへ。」
彼が恐れるもの。
それは私の中にある『理由のわからない何か』。
それに今更気が付いたとしても、もう遅い。
いつもより短めですが、キリがいいので投稿します。
お楽しみいただけると嬉しいです。




