魔法手帖百二十四頁 師匠と精霊、タミヤ食堂
城に転移したところ、師匠が待っていた。
…特に連絡してないのだけど?
「ストーカ」
「俺がすでに意味を知っていて、それでもあえて言ったと捉えていいな?」
だから頭をわし掴もうとするの止めてもらっていいですか?
逃げようと思った瞬間、見慣れた背中が私を庇う。
グレースだ。
「我が主に手を出されるなら、お覚悟を。」
そう言いながら魔力を拳に纏わせる。
だからなんで拳で語り合おうとするかな?
「師匠、すでにご存知だと思いますが、侍女のグ…。」
「…やれるものなら、やればいい。」
言葉の途中で不穏な気配を感じ師匠に視線を向ける。
言葉のままに、醒めた視線でグレースを見つめる師匠。
その視線に込められた感情の名は嫌悪。
そして深い憎しみと、怒り。
「俺に手が届く、その前に跡形もなく消し去ってやる。」
膨れ上がる魔力。
グレースは平然とした表情で私の前に立ち塞がったまま。
体が自然と動き、二人の間に割って入る。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!?どうしたんです?」
そもそもこの人が私の前で感情を露わにすること自体が珍しい。
それも憎しみや怒りなどという負の感情であることが意外だった。
残念侍女認定されているグレースだけど、オリビアさん曰く侍女としての振る舞いは完璧らしい。
となると私の知らないところで礼を失したとは考えにくい。
「以前からグレースのことを知っているとか、ですかね?」
「いいえ。それはあり得ません。最近、エマ様のお部屋でお会いしたのが初めてですわ。」
それは、確かにそうだろう。
彼女は元々シルヴィ様の書籍として仕舞われていたのだ。彼女が人化してダンジョン内を彷徨いた時期があったとしても魔力切れを起こす前で、本人曰くそれは随分昔の事らしい。
だとすれば、師匠の負の感情には何の意味があるのか?
「師匠、どうしたんですか?」
もう一度、問うてみる。
師匠がひとつ息を吐いた。
「なんでもない。ちょっと混乱しただけだ。」
ついてこい、そう言うと扉を開けて出ていく。
少し距離をおきながら、その後ろ姿を追う。
思えば前回部屋に来たときもシロや彼女に素っ気ない対応だった。
そのわりに決して視界から外すことはなく、私の紹介を受けても気を許すことはない。
師匠、もしかして精霊が苦手なのかな?
状況によってはグレースを書籍の姿に戻して収納にしまう方がいいかも。
勢いで消し去られては困るものね。
案内されたのは城内の一室。
おそらく客間のひとつなのだろう。
格調高い家具や部屋の造りからそう判断した。
一通り、服や備品が揃っている。
…ダンジョンの部屋の時もそうだったけど、食事さえなんとかなれば暮らせるというパターン多いな。
しかも王城だ。ここなら食事すら望み通りに提供されるだろう。
至れり尽くせり。
今日の晩御飯何かな?
「城に滞在する時はこの部屋を使ってくれ。」
「先程の部屋は?」
「俺の執務室に繋がる部屋だ。さっき出てきた部屋にあるもうひとつの扉を開ければ執務室がある。」
「間違えて、うっかり開けてしまったらすみません。」
「開けても構わないが見てはいけないものが見えてしまうかもしれないぞ?」
珍しく師匠が笑みを浮かべる。
なんでですかね、全くときめかないばかりか背筋が凍るのですが?
きっとエゲツない実験とか、実験とか、実験してるのだろうな。
開けないように心掛けよう。
これ以上の刺激はいりません。
さて、そろそろ本題に入りますか。
「明日一日不在にします。ちょっと用事が出来まして。」
「念のため、どこに行くのか聞いてもいいか?」
「ナイショです。」
ニコッと笑ってみる。
師匠がため息をついた。
「相変わらず考えている事がダダ漏れだな。どう考えても無茶する気だろう。」
まあ、バレますよね。
「ちょっと色々仕込んで来ます。使わずに済めばいいな、とは思いますが念には念をと思いまして。状況によっては、あと一日不在にするかも知れません。」
そう言って転移の魔文様を設置する。
この部屋を第二の拠点にしようと思うのだ。ダンジョンだと主様の力が強すぎて転移に制限がかかってしまうから移動に支障があるのですよね。
「この城の結界は当然師匠が紡いだのでしょうから、私を制限から外して下さい。」
スパッと、お願いします!!
師匠がそれはそれは深いため息をついた。
「いいだろう。」
「ありがとうございます!」
「その代わり、俺を連れて行け。」
「ええっ!でもそれだと連絡要員がいなくなりますので不都合が。」
「俺を連絡要員扱いするのはお前位だ。連絡要員は別に頼むから大丈夫。それより自分が国の今後を左右する存在となったことに早く慣れろ。単独行動は基本禁止だ。身に危険が及ぶ可能性がある。」
「グレースがいますよ?」
「許可できない。」
きっぱりと言い切る師匠。
わりと強制力の高い言葉を使うけれど異世界人の呪い、発動しないのかな?
しばし無言のまま、見つめ合う。
そこまで言うのなら仕方がないか。
「なら一緒に来てください。お願いします。」
別に見られて困るものではないからね。
知らないほうが精神衛生上よろしいかなと思っただけで。
「いつ出かけるんだ?」
「お夕飯食べたら速やかに移動したいです。」
「まだ夕飯には早い時間だぞ?」
「食いはぐれるわけにはいかないのですよ!!」
食事は心の安定剤です。
師匠は暫し考え込むと言った。
「なら、あそこに行ってみるか。」
「どこですか?」
「今はまだ秘密だ。」
からかうように言って師匠が小さく笑う。
「ついてくればわかるよ。」
ーーーー
導かれるままに城を出て、城下町を歩く。
アントリム帝国の時も思ったけど、城を中心とした町並みにはその国の特性がよく現れる。
帝都は勢いがあり、華やかで活気ある反面、どことなく忙しない印象だった。
対して王都は忙しないながらも、どこか朴訥として優しい印象を与える。
ただゆったりとした空気の中に、パルテナよりももっと顕著な暗い影を感じるのは気のせいではないだろう。
争いが起こるかもしれない。
噂のもたらす影響は人が集まる場所ほど闇が深まる。
「ヨドルの森の件も、今回の噂の出処と関わりがあるでしょうね。」
ヨドルの森の一件は、師匠もすでにディノさん経由で知ってはいたけれど、聖国で行われたソルの浄化の儀式については商家経由でのおおまかな情報だけで詳細は知らなかった。
それは不作の影にあった禁忌の魔紋様の存在についても同様。
「お前の情報網、意外と役に立つな。」
「集め方は企業秘密ですけどね。」
情報を集めてくる存在が人間ではありませんからね。
目の付け所どころか、見えている世界も違いますから。
でもね、グレース、私の後ろで『ふふ、所詮は若造』とか言ってドヤ顔しても無駄ですからね。
聞こえないどころか、本人の視界にすらおさまってませんよ。
そうして歩くこと、体感で十分位。
「着いたぞ。」
「おおっ!これは…!」
店の外装や造り自体は一般的なもので特段珍しくもない。
木製の看板を屋根に掲げていて、そこには確かに"タミヤ食堂"と書いてある。
そして軒下には一際目を引く存在が。
赤提灯だ。
大きさのある提灯の表面には漢字で"田宮"と書いてある。
やっぱり田宮さんでしたか!!
ガラリ。
くーーっ!!
入り口が引き戸になっているのが素敵です!
「こんばんは!!」
宵の頃、店内をほのかに照らす薄暗い明かりに癒やされますね。
「いらっしゃい!って、ええっ!君、もしかして。」
笑顔から一転、驚いた表情を浮かべる。
厨房から顔を覗かせたのは、見知らぬ男性。
でも容姿の特徴は見慣れた黒髪に黒い瞳を持つ。
漢字といい、間違いなく同郷の人だろう。
「うわ〜。本当に異世界から呼ばれた人って他にもいるんだ。はじめまして、田宮です。もしかして日本人?」
「当たりですよ。エマと申します。」
「それは君の名前かな?」
「ええ、名前の方ですよ。漢字だと『恵麻』と書きます。」
空間に指を踊らせて漢字を書いて見せる。
タミヤさん…田宮さんは私と師匠をテーブルに案内しながら笑みを浮かべた。
「久しぶりに漢字の話をした。やっぱり無条件に話が通じるっていうことは嬉しいものだね。」
「そうですね!!」
世界を違えた者同士だからこそわかる感情。
この世界に来て出会った人は優しい人が多かったから、皆それぞれ私に向き合おうと、理解しようと努めてくれた。
その事にはとても感謝しているけれど、やはりどこかで相手が理解出来ないと説明を諦めていた場面がなかったわけではない。
だから説明なく分かり合えることが、そういう配慮をしないで済むということが、どれだけ気楽なことか今更ながらに思い知らされる。
人懐っこい笑顔を見せた田宮さんが今度は師匠に視線を向けた。
「前に貴方が言っていたのが彼女なんですね。それで今日はその話をしにいらしたのですか?」
「いや、店を案内するついでに夕飯を食べに来ただけです。」
「毎度ありがとうございます!注文はいつもと同じでいいですか?」
「俺はいつものでお願いします。」
師匠の愛想がいい…そうしていると冷たい雰囲気が和らぐから淑女の皆様が騒ぐのも頷ける。
「君は何にする?うちの看板メニューは定食なんだ。ハンバーグ、とんかつ、唐揚げから主菜を一品選んでそこにご飯かパンが付く。ご飯なら味噌汁、パンならスープがサービスでついてるよ。それから今日の日替わりは生姜焼き定食だ。」
「生姜焼き定食で!!」
即答しました。
たまにとてつもなく食べたくなる時があるんですよ!!
しかもご飯にお味噌汁付き。
完璧です。
「あいよ!」
田宮さんが軽く返事を返して、直ぐに厨房へと戻る。
やがて生姜焼きの良い香りが辺りに漂った。
ああ、匂いだけでも幸せ。
待つ間に店内を見渡せば、ポツリポツリとお客さんが座っている。
満員御礼というわけではないけれど客足は途絶えない。
なかなか繁盛しているようですね。
「はーい、お待たせしました。」
料理が運ばれてくる。
醤油の芳ばしい香りに、ほんのり生姜の香りがして食欲をそそりますね。
いただきます!!
「おいしい…。」
生姜の香りと肉の甘みが口一杯に広がる。
程よく焦げ目が付き食感も柔らかい。
生姜焼きは焦がしすぎたり、固くならないように焼くのが難しいのだ。
お肉は仕入れの状況により魔物の肉が使われる時もあり、それはそれで味わい深いものだけど、やはり飼育された豚肉の方が柔らかく仕上がるらしい。
勉強になりますね。
ふと師匠の方を向くとハンバーグを頼んだようで、時折ソースをパンに浸しながら食べている。
「それにしても、師匠。美味しいものを食べてるはずなのに無表情てなんですか?」
もっとこう、食べられる喜びというか、美味しいという満足感を全面に出しても罰は当たらないと思いますよ?
「表情を作るのが面倒くさい。」
ニコリともせずに言い放つ。
師匠、さっきの愛想の良さはどこへ?
「美味しいは、美味しいのですよね。」
さっきの田宮さんとのやりとりから察するに彼はこの店の常連さんのようだ。
城でも十分に美味しい食事は提供されるだろうに。
「食事を美味しいと思うようになったのは、この店で食べるようになったからかもな。」
今までは余裕がなくて、食事の時間さえ満足に取れなかった。
多少余裕が出来たときに、噂に聞いたこの店へ足を運んだのだという。
「もっと小さい頃はどうだったんですか?美味しかった料理とか記憶にありません?」
「…覚えてないな。」
子供の頃に覚えた味というのは成長したとしても忘れないものもあるという。
そんな意味合いで尋ねたのだけどね。
さっきまで僅かながらも残っていた表情が一気に抜け落ちる。
彼に言われなくとも触れてはいけない事に触れたのだろう事は想像できた。
しばし無言のまま、料理を口に運ぶ。
「どう?頑張って故郷の味に近づけたつもりだけど。」
気がつけば、師匠の席には田宮さんが座っていた。
師匠は連絡したい事があるからと少し前に席を外したらしい。
「美味しかったですよ!!特にお味噌汁が絶品でした。よくあれだけのものが作れましたね。麹とか、酵母でしたっけ?そういうものは簡単に手に入れられないじゃないですか。」
「それは運が良かったんだよ。そもそもコメを手に入れられた時点で米麹が手に入る可能性があった。そしてそれだけではなくてね、なんとその地域にはすでに味噌蔵があったんだよ。誰が作ったと思う?」
彼の笑みが深まる。
瞳に浮かぶ、同情と共感。
この意味は今のところ互いにしかわからないだろう。
ああ、そういうことか。
「異世界から呼ばれた人、我々の先人達のひとりが遺していったものだそうだ。」
今は帰れる手段ができたからそこまでの渇望はないけれど、帰ることができないとなればどうするか。
帰る手段を求め続けるか、もしくは自国の文化を再現しようとするか。
「今も体にいい食べ物として、僅かながら作られているものを分けてもらってきたんだよ。」
その結果、彼等は大なり小なりこの世界の文化に変化をもたらす。
魔法が飛び交う世界で、体に良いものを選ぶという考え方が受け入れられているのが意外だ。
回復魔法をかければ元通り、ではないのかな?
「回復や癒やしの魔法使いや魔紋様の紡ぎ手は国から手厚く保護されるからね。小さな町や村には滅多にいない。だけど誰だって健康で長生きしたいと思うだろう?だから彼らは生活水準の許す限り、自分達で健康な体を維持しようと工夫する。」
今年は花の咲く頃にまた買い付けに行くんだと嬉しそうに微笑んだ。
「帰りたい、とは思いませんでしたか?」
ここに来て一年後まで、彼に元の世界へと帰る手段があった。
永遠に帰り道を失うとわかっていて、それでも帰りたいとは願わなかったのか。
「両親や弟に元気だと伝える手段がないことは確かに辛いことだと思うけれど、思いの外、この世界は暮らしやすかったから、三ヶ月後にはこの世界で暮らすことに決めた。それから各国を巡って、元いた世界では飲食店で働いていたからスキルもあったし、料理の腕を磨いて二年後にはこの国に戻り店を開いた。旅する中で食材を集めたりもしたよ。その中には、さっきの味噌みたいに異世界から呼ばれた人達が残していったものもあった。探せばもっとあるかも知れないよね、そういうものが。」
今、彼はこの世界で異世界から呼ばれた人達が遺したものや知識を集めることをワイフワークとしているという。
彼等の残したものや知識から、どんな人物で、いつの時代から来た人なのかを探ろうとしているらしい。
「そうすれば、どんな人物が異世界から呼ばれたのか、どんなルールで選ばれるのかわかるかも知れないと思ってね。」
すごいなあ、と感心する。
この世界に呼ばれた時は二十歳を過ぎてはいたそうだけど、それでもいきなり魔法飛び交う異世界だ。
戸惑うこともあっただろうに。
「君は帰るつもりなのかな?」
「今はそのつもりでいます。」
私の回答に田宮さんは、考え込むような表情を見せる。
やがて私の耳元で囁くように言葉を紡ぐ。
厳しく、ある一面ではとても正しい現実を。
それは私が目を逸していた事でもあった。
思わず彼から視線を外す。
注文を受けた田宮さんは席を立ち、入れ替わりに師匠が座る。
「エマ、話は出来たか?」
「はい。また来ると約束しました。」
「…そうか。」
気を使って席を外してくれていたのだろう。
私の態度に訝しげな表情を見せながらも師匠は頷く。
立ち上がり、お会計を済まして戸に向かう。
「ありがとうございました!!」
お店の戸を開けて出ていく私の背中に田宮さんの声が聞こえる。
振り向くと口の動きだけで『ガンバレ』と言われた。
手を振り返し、笑みを浮かべる。
今は、そうだな。
大切なのは私の居場所を守ること。
これからのことは、まだ迷う時間がある。
「それでエマ。どこへ転移するつもりだ?」
師匠の問いに、魔紋様を取り出す。
この転移の入口の魔紋様は対となる出口の魔紋様がある。
設置された場所は国境の先にあった。
「予想されているでしょう?あの場所ですよ。」
ブレストタリア聖国領ソル。
そして旅立って一週間。
あれこれ下準備を終えた私と師匠の元に知らせが届いた。
ヨドルの森の魔物騒動は一先ず収束したこと。
そしてソルの地を穢した犯人として、ファーガルさんと棟梁が捕らえられたということ。
ちょっと急ぎ足ですが、お楽しみ頂けると嬉しいです。




