甘美なる檻 sideルメリ
残酷な表現があります。
また、それを想像させる行があります。ご注意下さい。
ブレストタリア聖国領ソル。
「…なんて醜い景色。」
ルメリは窓の外に広がる茶色く濁った景色を眺める。
緑豊かな宝石と、讃えられた面影は一切無い。
やがて、どこからともなく流れてきた霧が茶色く濁った景色を覆い隠す。
深く、ため息をついた。
要請に応える形で体を酷使した。
結果、日が昇ってから起き出したにも関わらず、体力も体内を巡る魔素の量も戻ったとは言い難い。
起点の魔紋様『豊穣の礎』は、植物の生育に干渉する。正確には品質の向上と、生産量の増加。土属性とも、木属性とも相性が良く農業地帯にあっては、まさに神からの贈り物と呼ぶに相応しい力だ。
「…私に相応しい立場を得たと思ったのに。」
この家にはかつて自分より歳上で実子である娘がいた。
それに対して自分は養女。
本来であれば肩身の狭い思いをするはずなのが全く逆であった。
使用人のように扱われる実子。
神からの贈り物のように丁重に扱われる養女。
高度な魔紋様を紡げぬ者など不要。
魔法紡ぎの名家と呼ばれるに相応しい歪さであった。
ルメリの両親は、国境にある森に近い場所で農業を営んでいた。
二人とも魔法の存在や魔法紡ぎのことをあまりよく知らない平民の一般家庭に育ったので、ある日突然、森から戻ってきた我が子が起点の魔紋様を発現させ未知の力を操るようになったことに驚愕した。
彼らは平静を装いつつも、まるで娘が別人となったかのように感じたようで彼女を怯え恐れた。
それでも必死で愛そうと努力する善良な人達であったが、その努力は、彼女の起点の魔紋様の存在が村長に知られたことで終わりを告げる。
村長は掟に従い、速やかに領主の館へと届け出た。
それがありふれた起点の魔紋様であれば有事に呼び出しが掛かる程度のことであったのが、非常に稀な高位の魔紋様であることが判明したことで、運命は一変したのだ。
ある日、森から帰ると古く崩れそうな自宅に横付けされた、鈍く光輝く馬車の姿があった。
豪奢でありながら頑丈に出来たそれは、長い年月を使い込まれたものならではの品格が漂う。
午後の光が差し込む家の中で、影を背負い項垂れる両親の前に座っていたのが、当時、領主としてソルを治めていた養父、テオドール・ルブレストだった。
『すでに話はついた。ルブレスト家の栄えある"聖女"として当家に迎え入れたい。』
厳かに告げられた、転機。
なんて素晴らしい響き…私は聖女と呼ばれるのね。
迷うことは全くなかった。
笑みを浮かべ、頷く。
『さあ、おいで。君の新しい名前はルメリだ。領館では君の家族が美味しい料理を用意して待っているよ。』
後ろなんて振り向かなかった。
だって、彼らは私に似合わないもの。
そして扉がしまる前、卓上へ硬貨の詰まった袋が置かれる音がした。
ほら私は彼らに売られるのよ。
おあいこでしょう?
今後一切、薄情なんて言わせないわ。
領主の館についた私はまさに聖女のごとく丁重に扱われた。
見たことのない豪華な食事をとり、湯槽に張られた湯には香油と特産である色とりどりの花が浮かべられる。
衣装部屋には着るのに迷うほどのたくさんの衣装と、装飾品の数々。
そして、かしずく使用人達と身の回りの世話をしてくれる侍女達。
何一つ、文句などなかった。
一から教育を施されることも、厳しい先生に叱られることも全く苦にならない。
これから聖女に相応しい所作を身に付けるのだもの、当然だわ。
磨かれた後の容姿の美しさに持ち前の器用さも有利に働いて、あっという間に回りの人間を味方につけた。
やがて、彼らに称賛されることが増えていく。
『神からの贈り物にふさわしく、聡明で美しい』と。
だからあの女の存在など全く気にならなかった。
視線の片隅を忙しなく通りすぎていくことはあっても、向こうから係わってくることはなかったから。
いつも視線を下げ、俯き、暗い表情のまま通り過ぎる。
使用人よりも、更に下の存在として扱われている少女。
侍女よりも質素な服。
髪は常に煤けて、邪魔になる後れ毛を纏めた布からこぼれる銀の髪の色は白髪にも見えた。
真正面から顔を合わせたことはないけれど、あれなら容姿もたいして美しくもないに違いない。
家同士の繋がりのために嫁に出しても恥ずかしくない程度の教育は受けているようだが、平凡な容姿と同様に成績も凡庸だと聞く。
このままなら同じ場所に立つこともないだろう。
そう安堵していた矢先の、月の輝く美しい夜のことだった。
少し手こずる内容の宿題を片付けるために遅くまで起きていた日。
皆が寝静まった後の水場を誰かが使う音がした。
深い意図もなく、窓から外を覗く。
翻る、金の光の束。
それが月光に照らされた人の髪と気付き、気配を消しながら部屋を出て、音のする方へとそっと近づく。
あれは誰?
暗闇の中で透けるような肌の色が白く輝く。
ちょっと見ただけでも神々しいまでに美しい少女の存在がそこにあった。
水場で体を清めていたのは皆から蔑まれていた実子、クリスティーナだった。
意外な事実に、木の影で呆然と立ち尽くす私の脇を、着替えの済んだ彼女が早足で通り過ぎていく。
しばらく無言のまま、呆然とし佇むうち、心に怒りが湧き上がる。
嫌らしい。
自分の美しさを知りながら、敢えて目立たぬように装うなんて。
きっと他の人間を…私を見下しているに違いないわ。
彼女より優れた魔紋様を紡げる私を見下すなど許されない。
だから家族が彼女を嫌い、追い出すように仕向けた。
実のところは、彼女が勉学に人一倍秀でていたとしても関係ない。
先生方には家族に知られぬよう厳しく採点するようお願いした。
皆、喜んで協力してくれたわ。
『神からの贈り物である貴女の願いを叶えられて光栄です。』とね。
この家の娘として私は誰よりも美しく、聡明でなくてはならないの。
だって私は選ばれた者なのよ。
私はこの物語のヒロインなんだから。
私の本当の名は別にある。
容姿は国境の森で取替えた。
彼らが対価なしで取り替えてくれると言うのだから、嫌がる理由はないでしょう?
今までの容姿に不満はなかったけれど、ちょっと目立ち過ぎると思っていたから丁度良かった。
相手は森に食べ物を取りに来ていた少女。
彼女と容姿を取り替えた途端に"魔法紡ぎ"としての能力を授かった事には驚いたわ。
さすが、乙女ゲームのキャラとなれば非現実的なことが起きるものね。
彼女の両親が『別人のよう』と最後まで怯えていたけれどそれは正解だったわけ。
かつての自分の容姿をした少女は彼らに誘われ、森の奥へと姿を消した。
彼らが安全なところまで連れて行くと言ってたわね。
その間に、私は彼女の記憶を辿って家に帰った。
驚く程ボロボロな家だったけど、彼らが暫くの辛抱だからと、迎えが来るまで待てばいいからって教えてくれた。
『君の瞳は美しいね。その瞳をより輝かせるために、素敵な情報をあげよう。』
サポートキャラである彼らのくれた情報に、ほとんど間違いはなかった。
王国ではハッピーエンドにはなれなかったけど、バッドエンドから第二章が始まると聞いたから我慢した。
だってその方がドキドキするでしょう?
それにしてもハーレムかなと思ったら、年下の魔法使いと騎士との恋が上手くいかなかったのは残念だった。
年下クンとはどこかで分岐を間違えたようで最後までイベントらしいイベントがなかったし、騎士団長の息子にいたっては寡黙なイケメンと想像してたら、噂で容姿が熊のようにむさ苦しい男だと聞いたので手を出すのは止めた。
ゲームの世界だから、きっとバグのひとつなのかもね。
それでも楽しくて贅沢な思いをたくさんしたわ。
王子様と、宰相の息子、伯爵家の遊び人、商才豊かな彼と学者の卵と。
ふふ。容姿も整ってたし、皆が揃って私の奪い合いをするような展開で幸せな時間だった。
それに比べて、ソルにはいいオトコがいない。
ここの跡継ぎは私に夢中だけど宗教にどっぷり漬かっているし、次男は体が弱いし何を考えているかわからない。
しかも二人共に容姿は普通だ。
好きでもない相手に扱き使われることほど、苦痛なことはないわ。
ほら、いまだって。
「ルメリ!こんな時間まで、寝ていたのか!?いつまでそんなだらしない格好をするつもりだ!」
確かに日が昇っても寝間着姿でいるなんて褒められたことではないけど、それもこれも発育の良くない苗を育て、芽吹かない種を発芽させるために力を使い続けているせいなのに。
そして私が黙っていると二言目には必ずこう言うのだ。
「聖女様は朝日の昇る前から神に祈りを捧げていらっしゃると聞く。同じ神からの贈り物と呼ばれているというのに、恥ずかしくはないのか!」
聖女は、聖女様は。
思わず口から言葉が滑り落ちる。
「では、そちらの聖女様のお力を頼りにされたらいかがですか?」
「…!!そんなことが簡単に出来るはずがないだろう!」
「私だけでは力不足のようです。それにルブレスト家はこれだけ身を削って多額の寄付を行っているのですもの。きっとお優しい聖女様ならソルの現状にお心を痛め、再び力を貸してくださるはずではなくて?」
あれだけの権勢と、豊かな財を誇ったルブレスト家も今では風前の灯火だ。
先ずは装飾品や衣装を手放した。
続いては使用人の数を減らし、田畑を整理し、更には家の宝もいくつか手放したらしい。
その資金は全て家の存続と聖女への多額の寄付のために使われている。
…そもそもあの聖女。
わずかに唇を噛む。
正直、あの時私もそうではないかと思ったのだ。
一見、頼りなくも見える佇む姿。
忌々しいほどに澄んだ声。
そしてあの、ベールからわずかにこぼれ落ちる金の髪。
クリスティーナではないか、と。
あの場では、恐ろしくてそんなこと言えなかったけど。
それを口に出した養父が、罪人として別邸に監禁されたから。
あの誇り高い人が、まるで罪人のように扱われていると聞く。
養母は館の自室に引きこもったままだ。
何がこの若き当主の逆鱗に触れるかわからないからと使用人達も皆遠巻きに見ている。
そばにいて、何やら画策しているのは教会から遣わされた信者ばかりだ。
今も彼の後ろで、どろりとした視線を私に向けていた。
彼らと目があった瞬間、背筋に悪寒が走る。
…気持ち悪い、この人達。
身の危険を感じて踵を返した。
誰かが、私の手首を掴む。
そして信者の一人が拘束するように私を押さえ付けた。
向かい合うように立つ、彼の顔が歪む。
「ルメリ、これ以上収穫量が減ると寄付が賄えなくなる。だから君の力が必要なんだ。彼らが力を貸してくれるそうだから、豊穣の女神とも呼ばれる君の力を今以上に振るって欲しい。」
力をって、え?
引きずられるように、部屋へと連れて行かれる。
「そんな、待って!!」
「大丈夫だよ、ルメリ。苦しいことではないそうだから。ただ少しだけ、振るうことの出来る力を底上げするそうだ。聖女様が仰られているそうだから間違いはない。」
聖女が…クリスティーナが、私に、何を?
視線を泳がせながら満面の笑みを浮かべる若き当主の姿に違和感を覚える間もなく、口を塞がれ、引きずられるように部屋へと押し込まれた。
扉が閉まる直前に誰かの声が届く。
「愛してるよ、愛らしく、そして愚かなルメリ。」
なんで、なんでこんなことに?!
どこで選択を間違えたの?
彼らの言うとおりにしたのに。
い、いつ助けに来てくれるのかしら?
ねえ、誰か助けて!!
誰か…。
派手な音をたて、部屋の扉が閉まった。
ーーーーーーー
領館に、部屋の明かりが灯る頃。
不気味に静まり返る領館を見上げる一対の影があった。
『楽しかったね!!』
『うん、楽しかった!!』
無邪気な子供の声。
『もう壊れちゃったかな?』
『うん、たぶんもう壊れちゃったね!!』
雲の切れ間から、月の光が下界を照らす。
まんまるの穢れないまでに澄んだ月の光に照らされた彼らは二人共、大人の姿をしていた。
『新しいおもちゃを見つけたから、もういらないね。』
『うん、新しいおもちゃを見つけたから、もういらない。』
『どうする?どちらで遊ぶ?』
『どうする、どうする?』
『お話してみようか?』
『でも片方には光の大精霊がついてるよ?』
『バレちゃうかな?』
『バレちゃうかもね!!』
弾けるような笑い声の後、発した二人の声は成熟した男性のものだった。
「先ずは聖女に接触してみよう。彼女が踊ってくれるのなら、力を貸してもいい。」
「この世界は楽しみが多くて困るな。退屈なあの世界と大違いだ。」
「全くだね。」
「でもその前に対価だけは貰っておこうか。完全に壊されてしまう前に。」
笑みを交わし、二人は姿を消す。
やがて館に魔力が満ち、弾けた。
そして後日。
館は大混乱に陥ることとなる。
未知なる力により魔力を底上げされ大量の魔素を集める力を得たルメリだったが、なんと魔紋様を紡ぐことが出来なくなっていた。
なぜなら彼女の起点の魔紋様が発現しなくなったから。
この日を境に、"神からの贈り物"とも"豊穣の女神"とも呼ばれたルメリは、
魔紋様を紡ぐ力を永遠に失ったという。
賛否両論ありそうな展開になりました。
この設定は割と初期の頃から考えていたのですが、どこに挿入するか迷っていたお話でもあります。
お楽しみいただけると嬉しいです。




