魔法手帖百二十二頁 希望と虚無、忘れられた実験の残骸と、よくない噂
数刻たった、店内。
「よし、売り切った!!」
「じゃあ、もう力尽きていい?」
「体力ないね、本当に。」
「繊細なんだよ私は!!」
満面の笑みを浮かべるレーブルの隣でへたり込むローゼ。
それから名残惜しそうに扉の先を見る。
先程まであの場所にいたエマの様子を思い浮かべる。
「彼女、帰っちゃったよね…。」
「ああ、あのあとすぐにな。」
「レーブルずるいよ!!前回も今回も彼女に私を会わせないようにするなんて。彼女のための作品なら、心を込めて作りたかったのに…利益度外視で!!」
「だからダメなんだ。いくら相手がオリビアの店の期待の新人だからといっても、客は客。ちゃんと対価に見合うだけのものを渡さないと互いの信用に傷がつく。」
「それだけじゃないでしょう?わかってるんだから。彼女が次代の魔法紡ぎの女王だ。」
「ローゼ、いつ気付いて…さっき魔紋様を見たのか?」
「バッチリ。目に焼き付けた。」
レーブルは深々とため息をつく。
まったく。だから関わらせたくなかったのに。
「ほんと魔法紡ぎと聞くと人が変わったように夢中になるのだから。」
「だって起点の魔紋様がアリアの花冠なんて魔法紡ぎの憧れだよ?ああ、彼女が魔法を紡ぐ様を一度で良いから見てみたい。」
ローゼは麗しい顔にうっとりとした笑みを浮かべ微笑む。
「確かにオリビアの店の取引先にはアリアの花冠を持つ魔法紡ぎがいるとされているけれど、彼女ではないかもしれないだろう?魔紋様だって、その別の人物からもらったのか、買ったのかもしれない。」
「いや、彼女がその魔法紡ぎだ。」
「なぜそう思う?」
「勘だな。私の優れた嗅覚がそうかぎ分けたのだよ!!」
…犬か?
レーブルは言葉を飲み込む。
彼は"魔法紡ぎ"が大好きなのだ。
特定の人物が、というよりも彼らが紡ぐ魔紋様が、というべきか。
魔法紡ぎからの依頼というだけで利益を考慮せず対価以上の素材を使ってしまう。
だから彼に彼女の仕事を任せなかったのだ。
「君だって今回の仕事はずいぶん気合いが入っているじゃないか。」
「師匠がずっと気にしていたからね。"エスペランサ"と"ナーダ"の行き先を。」
希望と虚無。
媒体一号、媒体二号と呼ぶのは気の毒だからと師匠によって仮の名をつけられた二本の媒体のうち一本がエマの手元へと渡り"焔"と名付けられた。
「不思議だよね。仮の名とはいえ、属性が全く付与されていない媒体を"希望"と呼ぶなんて。」
「所有者の属性に合わせて変化する媒体なんて希望そのものじゃないか。」
「そう考えると虚無は…まあ確かにそうかな。所有者が媒体に合わせることになるのか。属性と魔力に恵まれていないと使いこなせないどころか、媒体に使われることになりかねない。」
ローゼの問いに、レーブルは頷く。
"虚無"は聖属性を除く全ての属性が付与されている。
しかも所有者の不得手な属性を補助し力を嵩上げしてくれるので、全ての属性で最上位に近い魔法の力を振るうことができるという。その半面、嵩上げする対価として大量の魔力を食う。
この媒体を所有したものは、不得手な属性を使う場合、媒体に大量の魔力を捧げなければならないのだ。
『相反する効果を持つものをと造ってはみたが、とんだ問題児が出来てしまった。』
苦笑いを浮かべながらも両方の媒体を愛おしそうに眺める師匠の姿が脳裏によみがえる。結局あの人が生きている間は売れなかった。
両方とも媒体としては優秀だが使う相手を選ぶため売れ残ってしまったのだ。
「稀少である鋼の属性を持ち、且つ火属性を持つなんて鍛冶職人になるために生まれてきたような人だったよね。」
「エマは運が良かったと言うべきだな。職人気質だったからこそ、こんな作品が生まれた。利益を追求するならこんな売りにくい作品を作るよりも汎用性のある武具を作った方が儲かるものね。」
聖属性に対応できる器を持つ媒体など、各国の宝物庫に眠っているといわれる数点の伝説の武具ぐらいしか聞いたことがない。もしエマの所有する媒体の価値を国が知れば、召しあげてでも手に入れたいと願うほどのものだ。
「もしかすると"ナーダ"の方も近いうちに売れるかもしれないな。」
「何でそう思うんだい?レーブル。」
「師匠が言っていたのだよ。対となる武具は互いに引き寄せ合うのだそうだ。片方のいる場所へ、もう片方が寄り添うように共にあろうとする。エスペランサが"焔"となり世に出ていっただろう?だからもしかするとナーダもかな、って。」
「誰もこの存在を知らないのにかい?」
「そういうものなんだろうね。」
カタリ。
「おや、ローゼ。店頭に誰か残っていたかい?」
「いや、誰もいなかったと思うが。」
ふわりと空気が動いた気がしたのだが。
振り向くが店には誰もいなかった。
「変だね。誰かいたと思ったのに。」
ーーーーー
武具店を経由してルイスさんの家へ向かう。
家主さんの一人が目下ヨドルの森で対応中だから、ダメかなと思いつつもサナに連絡をいれてみた。預けた書籍の状況が知りたかったのだよね。
魔道具で連絡をしてみると今日はお休みをとっていたそうだ。
『貴女が休みだから連絡がありそうな気がしたのよ。』
サナさん、その気遣いに惚れてしまいそうです。
一応ヨドルの森の状況を伝えてみたが、こういう状況の場合、サナも戦力外なんだそうだ。
『私の細腕で武器とか振り回せるわけないでしょう。』
ですよね。
魔法なら応戦できないでもないが『そっちの魔法には長けてない』らしい。
サナにも苦手なことがあるんだね、というと苦笑いしていた。
そんなわけで事前に予定を確認したので遠慮なくお邪魔した。
「こんにちわー。」
家の扉をノックはするものの誰も出てこない。
試しにとノブを回してみるとすんなり開いた。
不用心だよ、サナさん。
勝手知ったる元下宿先なので二階のサナの部屋に向かう。
「サナ、いる?」
一応ノックしたんだけどね。
扉を開けて、固まる。
部屋には昼下がりの柔らかい光が差し込んでいた。
その光に照らされ一対の男女の姿が浮かび上がる。
片や明るい色合いのワンピースに身を包んだサナ。
髪がそよ風に揺れ、褐色の肌がほんのり上気している。
片や全体にアンバランスで繊細な雰囲気をあたえる少年。
可愛いと形容される顔立ちに笑みを浮かべ、サナの足元に膝をついている。
風で軽やかにウエーブを描く茶色の髪が揺れ、手にはサナに摘み取ったばかりと思える花の束を捧げている。
少年の形の良い唇が言葉を紡いだ。
「これを、美しい貴女に。」
それからサナの指先に唇を寄せた。
…パタン。
「エマちゃん、どうした?」
「…眩しすぎて。」
「は?」
がっくり膝をつき、項垂れる私。
創造神様、私にはどんな試練が足りないのでしょうか?
隣の芝が青く見えるのではなくて、隣の芝だけ青いってどういうことなのですか?
怪訝そうな顔をしたサリィちゃんがサナの部屋の扉を開ける。
「あれ、サナちゃんお友達来てたの?予定があるなら出直そうか?」
彼女は普通に踏み込んでいった。
お友達…そういえばどこかで見たことあるような…?
部屋の中からは、サナとサリィちゃんの会話が聞こえる。
「ううん、大丈夫よ。いらっしゃい。」
「お邪魔します。エマちゃん、入って大丈夫だって。」
「そういえば、さっき扉の近くでエマの声がしたような気がしたのだけど。」
「扉の裏あたりで変な動きしてる。悪いものでも食べたのかな?」
「気を付けなきゃダメよって言ったのに、全く。」
ちゃんと肉は焼いたのか、とか、魔物のつまみ食いとかっていう声が聞こえるが全然違うからね!!味見はしたけどロイさん監修の元、許可もらってから焼いて食べたもんね!!
とりあえずこれは言っておかないと。
ズバンと音を立て扉を開ける。
「サナは年下が好きなんだね!!」
「開口一番何言ったかわかっているんだろうなバカ娘。」
「ふざけました、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいい。」
直後廊下の壁に突き刺さる工具。
顔の数ミリ横を通っていくなんて信じられないくらいの精度ですね!!
サリィちゃん、『おしい』ってどういうことさ!!
そして立ち上がった少年と、バッチリ目が合う。
「ああ、僕を治してくれたお姉ちゃんか。」
安堵したような笑顔。
ん?治した?
透き通るように硬質な翡翠色の瞳と見つめ合う。
あれ、やっぱりこの子、どこかで?
"魂と、記憶はそのままに。
魔人から、精霊体へと。"
「二十三階層の主さん…。」
意識を失う前に見えた少年の姿。
確かに、彼に似ているけれど。
こんなに早くダンジョンの外で人化出来るほどに回復できるとは。
「ちゃんと直ったわよ。書籍としても精霊体としても。面白いものを見せてくれたから、わざと言わなかったことについては許してあげるわ。」
サナがソファに肘を付き、からかうような笑みを口元に浮かべる。
まさか、それって。
「"木"という稀少な属性を持つ書籍の精霊体。植物魔法という植物がより育ち易い環境を整えたり、新たな植物を生み出すことが出来る者。彼らの力はとても有用なのよ、人にとっても、それを管理する国にとってもね。人が生きていく上で食糧に関わる問題は常に優先順位が高いから。」
サナが姿勢を崩したまま歌うように言葉を紡ぐ。
それすらも優雅な仕草に見えるのは血のなせる技なのだろうか。
アントリム帝国で"毒姫"と、"悪役令嬢"と呼ばれていた、当時の名残か。
「エマ、何で私がこの子の秘密に気がついたか。それはこれが帝国でも忘れられた実験の残骸だからよ。」
少年の姿が消え、翡翠色をした表紙の書籍へと姿を変える。
「技術としては、そんなに古くはないの。せいぜい数百年といったところかしら?母方の実家が残した書籍が書庫にあってね、その一つに記されていた。書籍を器に精霊の魂を封じ込め使役しようという実験ね。」
封じ込め、使役する。
まるで石化精霊のような。
「元は王国のダンジョンの魔物を参考にしたようだわ。書籍を器とし大量の魔素を餌として実体を得る。これを精霊に応用して行おうとしたようなの。彼らを国の望むように使役することができれば、食料問題だけでなく、国力全体を上げることが出来るわ。」
「その計画が頓挫した理由は?」
「記述によると、器となる書籍はあっさり完成したようね。それだけでなく、剣や盾、宝飾品、美術品など候補となる器は用意ができた。だけどね、その先が上手くいかなかったの。その結果、中止となり、実験自体が忘れられようとしている。」
視線は私に固定したままサナの指先が書籍をなぞる。
「彼らにはどうしても叶わなかったそうよ…"器に精霊の魂を宿らせること"が。」
器に魂を宿らせる…例えば、私が二十三階層の主さんの魂を繋ぎ合わせ、新しい器に吹き込んだように。
思わず天を仰ぐ。
気がつかないところで、また自分の利用価値を上げていたとは。
しかも良くない方向に。
サナが書籍を私に渡す。
「店主さんに伝えて。『魔道具、確かにお返しします』と。」
彼女はあくまでも魔道具を預かったという事にしてくれるようだ。
それは帝国には言わないし、バレていないと言いたいのだろう。
一つ頷く。
「それから貴女の欲しがるだろう情報をひとつ。この国の周辺国では良くない噂が流れているそうよ?」
「どういった噂なの?」
「"聖国領ソルの不作は王国が呪ったせいだ"という噂ね。」
「また根も葉もないことを。」
「貴女だって情報操作の重要性には気がついているでしょう?聖国内ではこう囁かれはじめているそうよ。"呪いを正すには、呪った側である王国を倒すしかない。開戦もやむを得ない"とね。」
なるほど、やっと繋がった。
国同士の戦争を起こす気なのか黒天使は。
「聖国の第二王子が帝国の令嬢と婚約し関係が深まった一方、王国とは和平条約が結べていない。現状のままなら帝国が聖国の味方をすることは明白。そうなれば王国と関係の深い近隣国だって味方でいてくれるかわからないわ。このままだと不味いことになるかもしれないわよ。」
サナは軽く眉を顰める。
「情報ありがとう、相談してみる。」
嫌な予感がした。
あの黒天使は私を狙っている。王国を中傷する噂に"魔法紡ぎの女王が関与している"と尾ひれがつくのは時間の問題だろう。
そうなれば他国が私を見る目は一層厳しくなる。
下手をすれば私を排除する方向に動くかもしれない。
それだけは避けたかった。
「あ、そういえばサナ。帰る前に一つに、お願い事していってもいい?」
「いいわよ、何か作りたいの?」
「こんな魔道具が欲しいのです。」
機能を書き込んだ設計図モドキを渡す。
急ぎではないけれどと前置きしたら、じゃあ時間があったらねと約束してくれた。
その時突然鳴り響く、通信用魔道具の音。
「はい、サナです。人手が足りない…魔道具の修理ですね。すぐ森へ向かいます。」
ここも忙しくなるのか。
邪魔になりそうなので帰りましょうか。
遅くなりました。
お楽しみいただけると嬉しいです。




