魔法手帖百二十一頁 薔薇と獅子
再び、レーブル・タンナ・ローゼ武具店。
実に一週間ぶりですね!!
濃すぎる日々を送っているせいか、随分と時間が経ったような気がしていましたが。
前回と同様に獅子と薔薇の描かれた扉を開ける。
「こんにちはー、レーブルさ…」
…パタン。
「エマちゃん、どうした?」
「…眩しすぎて。」
「は?」
私の不自然な動きに構うことなく、サリィちゃんが扉を開ける。
「ああ、ローゼさんね。こんにちわ!!」
納得したような声と共に頷き、店内へと入っていく。
あのきらびやかな光の降り注ぐ中を進むなど、なんと神経の太…強い子だ。
それを茫然と見守るだけだった私も、(比喩でなく)よい香りに誘われ店内へと足を踏み入れる。
そこには、一輪の薔薇とも例えて過言ではないほどに美しい人が立っていた。
それも口元には美しいを通り越した、神々しいまでの笑みを湛えて。
「エマちゃん、この店の共同経営者であるローゼさんだよ。」
紹介を受け、その方の笑みが深まる。
まるで精密な女神の肖像画を眺めている気分。
なるほど、レーブルさんの同僚は女神様でしたか。
…この世界の創造神様。
何万分の一ぐらいで構いません。
この方の美しさを分け与えてください。
「えっと、お約束として、今何してるか突っ込んだ方がいい?」
「邪魔しないで。今真剣に拝んでいるところだから。」
サリィちゃんの呆れた声など今の私にはどうでもよいのです。
どうかご利益がありますように。
「思いは届いたかな?お嬢さん。」
ローゼさんは私が目の前で超がつくほど不振な行動を取っているにも関わらず、その事には触れてこない。
あえて触れたくなかったのか?
だけど女神様のような容姿であるローゼさんの生の声を聞いて我に返る。
かすれた低い声。
高めの音域にある女性の声とは質が違う。
もしかして男性でしたか。
声質って骨格に由来するものと思っていたから、この女性的な容姿から男性的な声が聞こえてくると正直違和感すら覚える。
もちろん不愉快という質のものではないが、意外性が半端ないですね。
「すみません、驚いてしまって。」
「かまわない、そして許そう。万民皆そんな反応だから気にしなくていい。それも全て私の美しさが罪なのだから。ああ、創造神様、まるで慈愛の雨のように罪をバラ蒔く私の存在をお許しください。」
…。
無言のまま、ものすごい勢いでサリィちゃんを振り向く。
「ローゼさん、今日も元気だね!!」
「え、でもこれって…」
「大丈夫、慣れれば、ただの挨拶だから。」
「え、でも慣れ…」
「慣れるから。」
台詞被せてきた上に、きっぱり言うね!!
そうか…見た目は超がつくほど極上だが、中身が残念なんだ、うん。
そういう人が一定の割合でいると思った方がいいんだな。
…創造神様。
うっかりにも限度がありますよ?
「ローゼ、お客様かい?おや、エマか。丁度良かった、完成したよ。君の注文。」
奥の扉を開け、レーブルさんが顔を出す。
相変わらずワイルドな雰囲気が素敵ですね!!
レーブルさんはローゼさんを邪魔とばかりに店の奥へと追い立て、空いた席に私達を案内してくれる。
それからテーブルの上に、布に包まれたものを置いた。
布を外すと、現れたのは黒一色の装飾に包まれた短刀。
柄の部分には頼んだ魔紋様が刻まれている。
色を差してはいないため、よく見れば模様があるのかな、という程度のシンプルなもの。
うん、簡素で品のよい仕上がりですね。
魔石を装飾に取り入れて普段はそこに魔力をストックしておくという使い方があると聞いていたから、もしかしたらそういう装飾品がついているかもと思っていた。
注文の時に渡した魔紋様のから媒体としてだけ使いたいという私の意図を汲み取ってくれたようです。外装はシンプルな方が媒体としては使いやすいものね。
さすが職人さん。
「装飾にお金をかけない分、邪魔にならない程度の機能を柄と鞘に追加しておいた。自己修復に、硬化、あとはうちの店の最新技術を一つ。」
レーブルさんの後ろから追い出されたはずのローゼさんが顔を出す。
ん?とっておき?
「魔力の生成。」
空気中から魔素を吸収する。
そして所有者の魔力に馴染むよう、魔力を生成、失われた魔力を勝手に補充してくれるそうだ。
私の場合、魔法手帖に魔力を貯め、魔紋様を発動させることで補充する仕組みにしたけど、こちらは使用者の魔力が失われた事を探知して自動的に補充してくれる。
ちなみに自己修復も硬化も自分が吸収した魔素で補ってくれるそうだから、使用者の負担にはならないとのこと。
なんて献身的な媒体でしょう!!
「難点は所有者の魔力が一気に減ったとき、全てを満たすことは出来ないというところかな。貯められる魔力はその武具の持つ器によるから、それを越えるぐらい減ってしまった時は増えるのが体感でわかるくらい緩やかになるから気を付けて。それからこの媒体を使用している最中に、もし所有者の魔力が無に近い状態になった場合は、自らの機能の維持を放棄して残魔力全てを所有者に渡す設定となっているから、そうなったときにこの媒体は非常に脆く、壊れやすい。最悪、壊れて二度と使えなくなる可能性がある。」
そこまで所有者に尽くすか。
できる限りゼロにしないように気を付けよう。
ちなみにこの刀が収納にある状態でゼロに近い状況になっても影響はないそうだ。
「さて、説明は大概終わったね。実際に手に持って、剣を抜いてごらん?」
レーブルさんに促され、鞘から刀を抜くと刃の部分に炎のような波紋が浮かぶ。鍛冶の守護者である火の神に敬意を表して"焔"と名付けたのだけれど、名付けは媒体の特性にも影響を与えたようだ。
「どの属性とも馴染むが、特に火属性と相性がいいようだね。」
名は、体を表す。
まだ使ったことのない火属性。
今後、お世話になるかも知れないし、使い方くらい慣れておかないとな。
柄を握ってみる。
見た目は滑らかだが、汗で滑らないように僅かな凹凸のある素材を使っているらしい。元いた世界にある素材だと鮫の皮のようなざらつきがある。
しっかりと握り、柄の魔紋様に魔力を流す。
「"接続"。」
僅かに魔力が吸われる気配がする。
こうして接続する限り、少しずつ魔力を消費する仕様だ。
柄に刻まれた魔紋様の効果は魔法手帖への"接続"。
この媒体を通じて、魔法手帖に紡いだの魔紋様を検索、発現そして発動させるもの。この国で魔法手帖を持つものは"魔法紡ぎの女王である"と宣伝するようなものだから、これを通じて魔法手帖の力を使えば目眩ましになるかなと思ったのですよ。
毎回魔法手帖の代役として愛用のまな板を登場させるわけにもいくまい。
それにしても。
光を受け、鈍く輝く刀身を眺める。
…どんな使い勝手なのだろうな。
魅入られたように短刀から視線を外さない私の姿に、レーブルさんの口角が上がる。
「使い勝手が気になるなら、練習してみるかい?」
「お店の中にあるのですか?」
「ちょっとした庭があるんだよ、狭いけどね。自分達の鍛練に使う場合が多いけど、武具を試してみたいという客には特別に貸し出してるよ。」
「確かにいろんな種類の武具が一杯ありますからね。」
一通り眺めて、満足する。
…ちゃんと鑑定も使ってみました。
汎用品から一級品まで揃ってて、品数も多くて面白かったです!!
「満足した?」
「はい!!ありがとうございました。」
ローゼさんの含みを持った問いにも満面の笑顔で答える。
鑑定していいですか、とは聞きませんよ?
売り物は鑑定して良し悪しを判断されるのが当然。
個人の持ち物ではないし、鑑定されたくなければ隠しておけばいい。
「で、どうだい?練習場で使ってみる?」
「はい、よろしくお願いします。」
そんなわけで媒体を抱え、いそいそと練習場へとついていく。
とはいっても、裏口の扉を開けた先にある、広い中庭のような場所だったが。
「さあ、どうぞ。」
「ありがとうございます。」
レーブルさんと、ローゼさん、サリィちゃんの見守る中で媒体の魔紋様に魔力を流す。
「火属性 範囲"小"。」
魔力が一定量吸収されたところで魔紋様が発現する。
まるで媒体を包み込むように、ゆらゆらと揺らめく。
熱を伴わない、炎の輪舞。
なんと美しい。
思わず広角が上がる。
そのまま媒体を横に振るい、土壁に掛かる的へと叩きつけた。
ドン!!
大きな音と共に煙が上がる。
あとには小さな凹みと、焦げ跡が残った。
予想よりも大きな音。
被害を与える規模も想定よりはずいぶんと広いみたいだ。
たぶん想像よりも実際の効果の方が高いと想定しておいた方がいいのかも知れない。
「興味深いね。」
ローゼさんの一言に我に返る。
私の視線を受け、彼の女神のような笑みが一層深まる。
「この店の役割分担で私は装飾の担当なんだ。今まで受けた大抵の注文では、そうだった。私は趣味がいいから。でも君の注文はレーブルが全て引き受けた、それも装飾まで。それは何でだろうな?」
「ローゼ、それは説明しただろう?彼女の選んだ商品は師匠が遺していった媒体のひとつだから私が最後まで造り上げたいのだ、と。」
「うん、言ったね。でもそれが全てではない。」
値踏みするような視線。
容姿が際立って美しいからこそ余計にそう思わせるのか。
不穏な気配を感じて、さりげなく、サリィちゃんが私とローゼさんの間に割って入る。
「それを知ってどうするんです?」
「うん?何も?使い勝手について何か要望があれば聞くが、その程度だ。」
私の問いにローゼさんは不思議そうな顔をする。
不穏な空気が霧散した。
あれ?魔法紡ぎの女王がどうとかないの?
「深読みするほどの何かがあるようだが、そういう事情にはあまり興味がないのだよ。しいていうならその装飾を使用して不具合がないかというところが気になるくらいかな?」
貸して、そう言うとローゼさんは装飾をじっくり観察する。
「無駄のない、いい装飾だ。腕を上げたね、レーブル。」
再び手元に戻ってくる武具。
うん?問題なしってことかな?
「すまないな、エマ。彼は自分の仕事に誇りを持っているから、私に領分を侵されたと感じて機嫌が悪いようなんだ。お客にこういうことを言うのは気が引けるんだが多目に見てやって欲しい。今回は見せられなかったけど、彼、腕はいいから。」
レーブルさんがすまなそうな表情で眉を顰める。
なるほど、職人さんの誇り、ですか。
今回はたまたま虫の居所が悪かったということかな。
「大丈夫ですよ、その代わりもうちょっとここで練習させて下さい。」
「かまわないよ。帰るときは声を掛けて。」
そのとき、店頭からレーブルさん達を呼ぶ声が聞こえる。
しかもずいぶんと賑やかなようだ。
「珍しいな、武具を求める客が数組重なるなんて。」
「あ!!たぶんですね、ヨドルの森に魔物が増えてるかららしいですよ?さっきまでカイロスさん達と狩りの練習に行ってきのですけど、緊急事態だからって中止になりました。」
「もっと詳しく教えてくれ。」
「ルイスさんが『見慣れない魔物がいる』って言ってました。槍蛇と…青黒い毛皮に硬い爪を持ったイタチモドキ、そして…ワイバーン。たぶん、沼地から追われてきたのではないかと。」
「槍蛇、アークバンク、ワイバーン、追われてきたということは…大変じゃないか!!」
勢いよく扉を開け、レーブルさんは店に戻っていった。
残された格好のローゼさんの表情は真剣なものの、慌てている気配はない。
「お店に戻らなくてもいいんですか?」
「販売は彼女の領分だ。呼ばれない限り手は出さないよ。それよりも練習はいいの?」
ローゼさんが新たな的を指し示す。
じっくりと観察されている感があってやりにくいけど…まあいいか。
「じゃあ、次に水。」
「よっ、待ってました!!」
ローゼさんから妙な合いの手が入った。
すごく、やりにくい。
そう思ったとき。
「君の名前、エマだよね。」
「あ、はい。名乗ってなかったですね、すみません。エマと申します。」
「こちらこそ。薔薇というのは仕事の時に使う名だから、本名は別にあるんだ。そっちも教えようか?」
薔薇ですか…またぴったりな名を。
「いえ、イメージにぴったりなのでローゼさんと呼ばせていただきます。」
「ちなみにレーブルは獅子だ。これも仕事用だけどね。」
これまたイメージにぴったりな名ですね。
そうか、入り口の獅子と薔薇の意匠はお二人の仕事用の名前からつけたのですか。
なんでも冒険者時代につけた名を、そのまま店の名前にしたのだとか。
「ねえ、エマ。君はオリビアの店の従業員だよね。」
「はい、そうですよ?どうかしました?」
「うちも魔紋様を武具に刻むときには買いに行くんだ。君も魔紋様を紡いだりするのかな?」
「まだ練習期間中ですが。」
「そう、なら今度私のために魔紋様を紡いでよ?」
「は?」
手を差し出し、この手を掴んで!!とばかりにアピールするローゼさん。
警戒心通り越し、呆れ返ってサリィちゃんが動けないなど、ある意味最強だ。
キラキラとバックにエフェクトが舞っているような気がするんだが、ここって二次元じゃないよね?
というか、ま、眩しくて…直視できない…。
「ええと、ご注文ということですか?」
「そう、今度魔道具を作ろうと思うのだけどね、そこに刻む魔紋様が欲しい。君が紡いだ魔紋様がね。」
慈愛に満ちた女神のような笑みを浮かべ、欲望まっしぐらな台詞を吐くローゼさん。
どう判断すべきなのだろうか。
私を知らなくて頼んでいるのか、私の全てを知って頼んでいるのか。
「雇用主に相談してください。彼女が私への注文を管理していますから。」
素っ気ないような回答だけど判断に迷うときはこれに限る。
すみません、オリビアさん。
また巻き込みました。
「なら、お詫びに今度一緒に食事でも…」
バーン!!
けたたましい音と共に再び扉が開き鬼の形相のレーブルさんが怒鳴る。
「遊んでるんじゃないよ!!ローゼ!!倉庫から矢と弦のストック持ってきな!!」
転がるように倉庫の方へと駆けていくローゼさん。
何の詫び?とつっこむ間もなく事態は急変した。
サリィちゃんと顔を見合わせる。
ここでも邪魔になりそうだし、帰りますか。
遅くなりました。
キリのいいところで切ったので、ちょっと中途半端かも知れませんが…
楽しみ下さい。




