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エル・カダルシアの魔法手帖  作者: ゆうひかんな


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魔法手帖百二十頁 罠とウサギ、唐揚げと聖国の食糧問題


集合した場所は水場の見える岩の脇。


カイロスさんの説明によると、本日私は狭い場所で効率よく狩りをするための訓練をするそうだ。

目標は売り物になる状態でウサギと鹿を捕らえること。

水場とはいえ、短い時間では数える程の動物しか来ない日もあるから確実に捕らえることが重要なんだとか。

カイロスさんとヨーゼさんが指導してくれて、ルイスさんとロイさんが見張り、サリィちゃんは私の護衛、と。


岩の影から様子を伺っていると、数匹のウサギが水場へと近づいてきた。

おお、幸先がいいです!!

使い捨ての魔紋様まもんように魔力を流す。

魔法ではなく魔紋様(まもんよう)を使うのは今回は罠として使えるか試してみようということになったからだ。

近くに水があるから水属性、土属性、風属性あたりの魔法が便利らしい。

水属性…実はちょっと使ってみたかったのだよね。


水属性、効果の範囲は中程度。


「よく狙えよ?」


カイロスさんの声に頷く。


「座標 "目視"。」


細い水の矢が水場から延びて一匹ずつ貫いていく。

無事に四匹を捕らえることができたようだ。

ちなみにもう二匹いたようだが、それには逃げられた。


視界に捉えられなかったんだよね。


逃げた二匹は空気の玉のようなものをぶつけてヨーゼさんが捕らえる。

水に貫かれたウサギのうち二匹は即死、もう二匹は深手を負っているが、まだ息はあった。

ナイフで止めを指し、四匹とも血を抜いたものをカイロスさんに渡す。

出来が良ければ紹介所経由で買い取ってもらい、出来の悪いものは夕飯のおかずになる予定だ。


別の魔紋様まもんようを取り出し、その効果で水の流れを操ると血を洗い流す。

血の跡を水で清めておかないと、臭いで予定外の大型動物が近付いてくると困るからだ。

ついでに風属性の魔紋様まもんようで空気も洗浄する。

花の香りつき…は、やりすぎだよね。


なんだか今日は獲物の数が多いらしい。

そのあと、鹿を二頭、ウサギを二匹狩ったところで、一旦お昼休憩となった。


「全体的に作業の手際がいいね。随分と逞しくなったものだ。」


お昼ご飯の準備をしているとルイスさんが隣に座る。

見張りの間に狩りの様子を見られていたらしい。


「血を見ることに抵抗はないの?」

「抵抗ないと言えば嘘になりますね。最初は解体するときなんて吐きそうになりましたから。だけど慣れてきたのか、今はもう抵抗感があまりないです。」

「慣れって言うけど狩りに来ること自体まだ二回目だろう?」

「ですが、考えてみれば当たり前のことですから。今まで見えていなかっただけで。」


肉体に深く傷が付けば、大量の血が流れるもの。

そして死ねば自然のサイクルに従って他者の糧となり再び自然に還る。

商店街ので肉を購入する場合、肉の塊として売られていることが多い。

原型を留めていないから買う時に抵抗はないけれど、あれが生き物の形のまま売られていたら、一瞬ためらうことだってあるだろう。


生きていたものを殺さねばならぬことへの罪悪感。

それでも人は生きるために命を奪う。

その奪った命を自身が糧とするために。


「命を奪い、その肉体を糧とすることで自分の生命活動が維持できる。そのために必要な最低限の行為にまで抵抗を覚えるほど、私は清らかではありませんよ。」


生きていくために必要なこと。

それすら否定することは偽善というものだ。


「そうだけど、…でもそれは。」

「大丈夫ですよ、それでもやってはいけないことがある、についてはちゃんと理解してますから。言ったでしょう?『最低限(・・・)必要な』行為に抵抗を覚える訳ではないと。」


裏を返せば、抵抗を覚える行為だってちゃんと存在する。

心配そうに表情を歪めたルイスさんへ笑みを浮かべて見せた。


「大丈夫。血を見ても、生き物の命を奪っても私は私のままでしたから。」


劇的に何かが変わったわけではない。

ただ、出来ることが増えただけ。

収納から皿に盛った状態のおにぎりを取り出す。


「このお米だって血は流れなくても命の一つでしょう?」


気付けば、根底にあるのは同じこと。

だから単純に見えていなかっただけだと思うのだ。

自分が命を奪うことで、生きているという現実を。


「まだ、狩りを続けるつもりなのかい?」

「そうですね、私の胃袋が未知なる食材を求めている限り!!」


そこまで無理しなくてもいいのにと、言いたそうなルイスさんの視線を受けつつ笑って受け流す。

だってこんな異世界に来て狩りをするなんて機会、二度と来ないかもしれないもの。

どっちにしても生きるために食べるなら、この世界にしかないような、珍しくって美味しいものがいいじゃないですか。

力説したら、ルイスさんがちょっと笑った。


エマらしいね、と。


おにぎりの他に卵焼きや唐揚げを取り出す。

この唐揚げは試行錯誤をした力作です!!

小麦粉と、味付けは塩と醤油と料理酒、そして市場で偶然手にいれたショウガのようなもの(黄色ではなくて、皮の中身は赤でした!!)を使ってみました。

調味料はなくとも味は悪くないのですが、それぞれの分量を自分のこのみに合わせるのがやっぱり難しくて。

そして二度揚げってホントに重要な工程でした。

この二度目に揚げる温度と時間を会得するまでに結構かかりましたね。

夕飯にも何度も登場し、お店の皆さんにも協力してもらった結果、無事に満足のいく味と揚げ具合にたどり着きました。

収納から取り出した揚げたての唐揚げを皆に配る。

おお、良かった。無事に美味しいと誉めてもらえましたよ!!


唐揚げを一つ頬張る。

溢れる肉汁に笑みが溢れる。

うん、頑張った甲斐がありましたね。

味わいながら思ったのはさっきの会話の続き。


私が狩りにこだわるもう一つの理由。


それは未だに確信が持てないでいるから。

どうしてもそうせざるを得ないとなったときに…私に、人が殺せるのか、ということを。


この場では、そこまで言わないけどね。

どこまでも優しいこの人(ルイスさん)を悲しませたくはないから。


「エマ、この唐揚げをもう少しくれないか?」


ロイさんが空の皿を差し出した。


「はいどうぞー。」


お皿にいくつか載せて渡せば嬉しそうに頬張る。

唐揚げって皆好きだよね、作って正解だった。思わず頬が緩むのを感じながら、彼の食べる様子を見守っていると私の視線にロイさんが気付く。


「うん、どうした?」

「美味しそうに食べてくださるの、嬉しいなって思いました。」


途端にロイさんがにこりと笑う。

長い髪の隙間から存外に優しい視線が覗く。


「エマはかわいいな。いっそ俺の嫁になるか?」

「はい?」


ブッ、ゲホゲホ!!

誰かの盛大にむせる音がする。

しかも複数。


「え、ロイさんたぶん結婚してるか、好きな人いますよね?大丈夫ですか?そんなこと冗談でも言っちゃって。」

「確かに若いときは結婚してたが死に別れて今は独り身だ。」

「っと、すみません。」

「いや謝ることはないぞ?そもそも話を振ったのは俺だ。」


結婚している男性や、好きな女性がいる男性は独特の佇まいがあるから結構わかるものなんですね。

そうか、ロイさん、愛しの奥さまと死に別れてから独身貫いてる訳か。


「で、なんでなんです?」

「なんでとは?」

「ロイさん、理由もなくそういうこと言う人じゃなさそうだから。」

「可愛くて料理上手なところに惚れた、じゃだめか?」

「ダメですね。理由になってません。」


視線から判断するに、六割がわからない理由、二割が心配してて、一割が興味、一割が打算といったところか。誤差はあるかもしれないけど、どちらにしても本気ではなさそうだ。


「愛しの奥さまに免じて聞かなかったことにしておきますね。」

「結構本気だったのに。」


にっこりと微笑んでおく。

嘘つけ、全然残念そうじゃないじゃないか。

しらっとした表情で唐揚げを頬張るロイさんの皿に一つ追加してあげる。

唐揚げ食べ放題だと思ったのに、とか、選んだ理由食い気だったんですか!!

サリィちゃん、『お母さんが胃袋掴むの大事って言ってたよ』とか励ましてくれたけど、胃袋だけ(・・)を掴んでもダメだと思うの。

こんなやり取りはあったけれど、和やかな雰囲気で食事の時間は続く。


そして皆がある程度食べ終わったのを見計らって今後の予定を確認することになった。

なんでもルイスさんに気になることがあるのだとか。


「動物だけでなく、魔物の数が多い?」

「それも普段見かけない種の魔物が交じっていた。」


カイロスさんの言葉にルイスさんが頷く。

収納から何頭か魔物の遺骸を取り出して見せてくれる。

蜥蜴と蛇を足したような容姿の鋭い牙を持ったヘビモドキに、青黒い毛皮に硬い爪を持ったイタチモドキ、そして…小型の竜?


「それぞれ槍蛇、アークバンク、それからワイバーン。」


飛竜、というとワイバーンかな…と思っていたが当たっていた。


「地上では、特にこの槍蛇が厄介だ。音もなく忍び寄って獲物の背後からこの鋭い牙で突き刺す。毒も持ってるからな。」


怖すぎるのですが。


「…よく無事でしたね、ルイスさん。」

「うん、草の間からひょっと顔を出したんだ。普通は木の上とかに居て獲物を襲うのだけど、その余裕もなかったのかな?」


ちょっと抜けてる個体だったとか?

カルロスさん達も何度か見掛けたことがあるそうなんだけど、基本沼地の近くの薄暗い場所を好んで生息する魔物なんだそうだ。

だから川の側とはいえ、日中の明るい時間帯に現れること自体が珍しいことらしい。


「沼地の近くを好む、ということはこの先に沼地があるのですか?」

「ああ、聖国寄りの国境付近にな。この沼地が魔物の宝庫で、よくその周辺を彷徨いているから聖国からの旅人は迂闊に王国へは近付けない。迂回して帝国経由で入国するしかないんだよ。」

「だけど、沼地から森までは随分と距離があるよ?なぜこんなところまで…。」

「…意外と根は一つかもしれんな。」


カイロスさんとヨーゼさんの言葉に、答えたのはロイさんだった。


「聖国の食糧問題だよ。」


聖国内で徐々に食糧を中心として物価が高くなるということが起きているらしい。

原因は聖国領ソルの歴史的な不作とされる。

不作とは、つまり植物が育たないということ。


「植物というものは、なにも我々が口にする農作物だけではない。当然自生する動物達の餌となる植物も含まれる。とすれば、餌がない状況で動物はどうするか…新たな餌場を求め、移動する。先ずは、小動物から、次はその小動物を餌とする大型動物が餌を求め移動する。そして、そのあと。」

「…大型動物を追って魔物が現れる。」

「随分と情報は制限されているようだが、ソルの不作は想像以上に深刻なのかも知れない。」

「そしてヨドルの森周辺は魔物の出現数が増えて危険度が増すと。」


なるほど、そう考えれば確かに根は一つだ。


「ソルの不作は、そんなに深刻なんですね。」

「天候によってどうしても不作の年というものはあるもの。それは運としか言いようがないな。だが…感覚からして今年の状況は納得いかないものがある。」


厳しい表情で答えるロイさん。


「何でですか?」

「聖国の他の地域は全て豊作に近い収穫高だからだ。」


うーん。そう言われると、確かにいくら広大な領地を持つからとはいえ、その地域だけがピンポイントに不作と言うの不思議だ。


「とりあえず、エマの訓練はここまでにしよう。」


カイロスさんの言葉に皆頷く。


「この場所で学ぶべきことは学べたということもあるが、ヨドルの森周辺の狩り場については危険度が上がった。今は初心者が近付く場所じゃない。」


ちなみに槍蛇は中級以上、ワイバーンに至っては上級者からということだ。

確かに全くもって歯が立ちませんね!!


「エマはこのあと予定があると言っていたから丁度良いだろう。」

「皆さんはどうされるんですか?」

「俺達はルイスの獲物を持って領館へ相談にいく。場合によっては有志で討伐隊を組むことになるかもしれんな。」


そういう厳しい表情のロイさん。

腕に覚えのある冒険者は聖国へ向け旅立つ準備を進めていると聞く。

どれだけの人数が集まるのか。

場合によってはロイトやゲルターの力を借りるかもしれないと言っていた。


ルイスさんの動きも慌ただしくなってきた。

こうなると私の出番はないに等しい。


「じゃあ、本日はここまでですね。ご指導ありがとうございました。」


速やかに危険地帯から撤退しよう。とりあえず、手持ちの回復と浄化の魔紋様まもんようをルイスさんに渡す。


「後はお任せしますね。」

「ありがとう、エマ。助かるよ。」


そう言うとルイスさんは軽く頭を撫でる。

どうか皆、無事でいてくれますように。


「エマちゃん、これからどうする?」

「先ずは武具店に寄って話を聞いてくる。そのあと、サナのところに寄ろうかな。」


サリィちゃんと予定を打ち合わせ、その場から退避する。

ヨーゼさんが真剣な表情で魔道具を使い領館に連絡をいれる姿を横目に。


「…力不足だよね。」

「エマちゃん、人間は万能ではないよ。過ぎたる部分も持てば、その分、足りない部分も生ずる。それは当たり前で恥じることではないと、お父さんが言ってたよ。だからエマちゃんは今出来ることをすべきじゃないかな?」


サリィちゃんの言葉が心に響く。


「ならば出来ることをしよう。」


出来るなら魔紋様まもんようの発動を補助してくれるという媒体を手に入れたい。

だから一刻も早く、『レーブル・タンナ・ローゼ武具店』へ。



そこで想定外の『依頼』を受ける羽目になるなんて思いもしなかったけれど。









遅くなりました。

お楽しみください♪

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