魔法手帖百十九頁 あの人の名前、狩りと助っ人
「あの人の名前ですか?」
何故そんなことをと表情を伺えば、思いの外真剣な眼差しとぶつかった。
何らかの理由があってロイさんには価値ある情報ということだろうか。
「何で知りたいのかについては、聞かない方が良さそうですね。」
「そうだな。その代わりと言ってはなんだが、俺も全部話せとは言わないぞ?」
ニヤリと笑うロイさん。
…ですよね、当然バレますよね。
どうせバレるなら巻き込んでしまえばよかった。
「お前、紙とペン持ってるか?」
「はい、ありますよ。」
収納から紙とペンを取り出す。
それを受け取ったロイさんは何かを記すと紙を四つ折りにする。
それからロイさんは私にペンを返し、それを指に挟んで見せる。
「ここに情報屋の名前を書いてある。お前も奴の名前について知っていることを別の紙に書いてくれ。」
「それを交換ということですね。」
互いの紙に記されるのは人の名前。
紙に書くのは口に出して伝えることはリスクが伴うから。
どちらが、ではなくどちらの名もということか。
「私の場合、姓は不正確なんですけどいいですか?」
「構わない。『天体に繋がる名』というのがわかれば十分だ。」
緊張のせいか、確認した記憶はあるんだけど正直貴族の姓は長いなと思った記憶しかない。
オートだかエーデだか…その後に続く言葉に覚えがない。
だけど名前の方はわりとしっかり覚えている。
紙に書いて同じように四つに折った。
「じゃあ、交換な。」
するりと指先から紙が抜かれて、代わりにロイさんが持っていた紙が挟まれる。
あとで確認しようとそのまま収納にしまう。
同じくロイさんもポケットにしまったようだ。
「今確認しなくていいんですか?」
「急いで確認したところで、何かが変わる訳ではないからな。」
ロイさんは先程までの熱意とは裏腹に冷たく言い放つ。
一瞬にして見知らぬ人へと変わったかのようだった。
思わず言葉が口から溢れ落ちる。
「良い名前ですよね。」
「…何がだ?」
「彼の名前です。この国の紋章が月を用いているせいか、わりと星の呼び名に関わる名前を持つ人が多いですよね。その中でもこの星の名前は一際目立つというか、深い意味を持ってるような気がしました。」
駆ける天馬を導いたとされる双星。
彼らが道を誤ることのないようにと目印にしたと伝えられる一際輝く星があった。
羅針星。
天駆ける船の星図の一部とも言われるその星は地上からもよく見える。
そのため、方角を知りたい者にとっては重要な役割を果たすとされた。
その星にあやかって付けられた名に込めたのは、おそらく他者の導きとなる生き方をして欲しいという願い。
「あんなことをした人ですが…昔は傍らに幸せを願ってくれる人がいたんでしょう。…もしその人が今回の騒動のことを知ったらと思うと、なんか悲しいですね。」
「そう、だな。」
ロイさんがわずかに表情を歪める。
苦いものを飲み込むような表情には覚えがあった。
飲み込んだものは、心の痛み。
それがわかるということは、彼にも気にかける家族がいるのかな?
「そろそろ狩り場が見えてきたぞ。」
カイロスさんの声に思考が中断される。
狩り場は川の流れが緩やかな場所で動物達がよく集まる場所らしい。
今日は主に野生の鹿やウサギを狩るとのこと。
鹿やウサギを狩って平気なんて女子としてどうよと思われるかもしれないが、カワイイ生き物と空想の世界で戯れる時代はすでに卒業しました。
更なる高みを目指し、一つステージを登った私が求めるのは、肉を美味しく食するために切磋琢磨する人生です!
カモン!!未知なる食材!!
鹿のお肉に、ウサギのお肉…やっぱり煮込みがいいかな?
自然の与えてくれる機会に感謝しつつ、カイロスさん達の後を追う。
水場である川の側で助っ人さんと合流する予定なんだそうだ。
さてどんな人だろう?なんて思っていた私の前で、その人物は親しげにカイロスさん達と挨拶を交わし、見慣れた茶色の髪がこちらを振り向く。
いつもと変わらない笑みを浮かべて。
「やあ、エマ。先日はカロンのせいで話が途中になってごめんね?」
をう。
…ルイスさんでした。
前回会ったときに色々うやむやにしたまま別れたからなんとも気まずい。
「キグウデスネー。」
「いつも変なところで遠慮するから勝手に手伝いに来たよ。」
視線を逸らすと頭上から僅かに笑いを堪えた気配がした。
そっと視線を合わせる。
ルイスさんの、いつもと同じ柔らかい笑顔。
手のひらが優しく頭を撫でる。
「…ありがとうございます。」
あれ、でも助っ人って…?
「人数が減っただろう?ちょうど手伝いが欲しいと思っていたからルイスに声を掛けたんだ。彼なら狩りの手伝いをしたこともあるし、君の担当らしいから君も知ってる人間だし都合がいいと思って。」
こちらの事情を知ってか知らずか、ヨーゼさんがのんびりとした口調で説明してくれる。
ちなみに本日のルイスさんの日当は私の保護者ということで組織から支出されるとのこと。
遠慮する隙もなかった。
「さあて、君の練習に付き合おうか。ちゃんと厳しく指導するからね。少しでも早く一人前になって心置きなく狩りが出来るように。」
「…お手柔らかに願います。」
ルイスさんの表情が先日極限まで私を追い詰めた師匠に限りなく近い。
まさかの命の危機、再び?
よし、見なかったことにしよう!!
さ、さあ、気を取り直して…獲るぞ、食材!!主に肉!!
一方、その様子を見守る外野はといえば。
「…もしかして、これはアレか?」
「まあ、気付きますよね。アレですよ。」
独特の雰囲気に、感ずるものがあったのだろう。
サリィが男性陣に向かい指先で軽くとんとんと自身の首の辺りを叩く。
全員の視線がエマの首の辺りへと向かう。
エマの首に揺れるネックレス、その先に繋がる石の色。
「「「あ~~~~…。」」」
納得する男性陣と苦笑いを浮かべるサリィ。
喜ばしい事だろうが、一抹の不安もよぎる。
彼らの脳裏に浮かぶのは五年前に異世界から呼ばれた少女との顛末と男達の末路。
だが、皆、一斉に首を振った。
「彼女は………まあ、大丈夫じゃないか?」
「うん、ないない。心配ない。そのつもりなら頼りないふりとかするよね?積極的に僕たちの前で狩った獲物を捌くんだよ?しかもすごく楽しそうに。むしろ僕たちより捌くの上手ってどうなんだろう?」
乾いた笑い声をたてる蒼の獅子の二人。
ロイは疑いもしない彼らの姿に苦笑いを浮かべる。
「そう思わせといて、実は演技でした!!というオチじゃないのか?」
「ないですね。彼女、思ってることが顔に出るタイプじゃないですか。以前、ダングレイブ商会を引っ掛けた時なんて『殺られる前に殺る!!』といわんばかりの悪い表情してましたよ。それを知っている人間からすれば、今の彼女、どう見えても純粋に喜んでいる表情じゃないですか。」
「そう思わせておいてだな、彼女実はすごい演技力を秘めているかもしれないぞ?元来、女性は秘密主義だからな。」
「どうですかね?ロイさん、考えすぎじゃないですか?魔紋様の腕前は確かに目を見張るものはありますが、それ以外は普通の子ですよ。むしろ五年前の彼女の方が目立ってませんでしたか?…いい意味でも、悪い意味でもですけど。」
「そう…なんだよな~、本当にそうなんだよ。どう見ても普通過ぎるんだ、彼女。」
ロイは苦笑いを浮かべる。
地味な容姿に、目立たない性格。
だからこそ、次代の魔法紡ぎの女王とは思えないし、思われない。
ある方面から見れば彼女は逸材だった。
「五年前の彼女なんて、あとから聞いた話だと随分とあからさまだったようですよ。初めのうちは愛想良くしてましたけど、しばらくすると冒険者なんて興味もないとばかりに素っ気ない態度だったようですからね。実際、踏み台にされた二人なんて最後は口も聞いてもらえなかったようですし。」
「ああ、あいつらか。今はどこにいるんだ?」
「今は見かけませんね。ルイスに聞けば詳細はわかるかもしれませんけど、彼らからすれば身内の恥じゃないですか。名前すら口にしませんけど…たぶん地位を落として他国の支部にでも飛ばした、とかじゃないですか?」
「…まあ、落とし処としてはそんなところか。」
視線をエマに戻す。
今はルイスに大人しく説教されているようだ。
殊勝な表情からは女王としての威厳なんて欠片も伺えない。
あれが盾を従えるなんて本当に出来るのだろうか?
「ルイスのやつ、人当たりはいいけど意外と警戒心が強いから、今まで不用意に近づいてくる人間には明らかに一線を引いてたのにな。それが随分と積極的に関わろうとするからどういうことかと思えば…そういうことか。」
「彼なりに『悩んで何周もした』結果らしいですよ。」
「だがアレはアレで楽しそうだな。よし、あとでからかってやろう。」
「ロイさん、馬に蹴られますよ?」
「その程度では死なんぞ?俺は身体強化出来るからな。」
「比喩ですよ、マトモに返さないでください。」
カイロスのツッコミにもめげず興味津々とばかりに見守る先では、あっさりと二人の時間は終わったらしい。
「あら?もっとこう、がっとか、ぎゅっとかあると思ったのに。ルイスさん、紳士ですねー。」
「一応、仕事中だぞ、今は。」
サリィの残念そうな呟きに、ロイは苦笑いを浮かべた。
皆の方へエマがウキウキとした表情で近づいてくる。
なぜか所々に肉とか、食材という単語が聞こえる気がするのだが…。
…食い気が勝ったということか。
なんか色々残念な子だ。
二人が近づいて来たところで、カイロスが皆へ聞こえるように声をかける。
「よし、皆集合しろ。手順と役割分担を説明するぞ。」
キリのいいところで投稿しました。
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