魔法手帖百十八頁 内訳書とソルの異変、サンドイッチと情報交換
「情報屋か?心当たりがないわけではないが…急にどうした?」
「私もたまには遠出したいので、他国の様子について知りたいのですよ。」
差し出したサンドイッチを受け取り、かぶりついたロイさん。
聞かれた時のためにと、事前に考えてきた理由を答える。
この人に嘘は通用しない。
だけど言わないだけなら、たぶん大丈夫…かな?
おはようございます。
本日は水の日。
そう、お休みを利用しての狩りの日ですよ!!
前回御曹司に吹っ掛けられたあれこれで、問題ある依頼人のレッテルを貼られただろうと思っていた私なので、依頼を受けてくれる冒険者の方はいないのではないかと思ったのですが、サリィちゃんと紹介所に行ったところ意外な結果が。
なんと三組も私の依頼を受けてもいいと申し出があったそうだ。レベッカさんも心配してくれたらしく『よかったわね!!』と素敵な笑顔を見せてくれました。
先日の件、巷ではダングレイブ商会の御曹司が酔った勢いで新人の(ここ大事!!)冒険者に絡んだ一件として認識されているそうなので寧ろ私は被害者の扱いなんだとか。
しかも御曹司は日頃の行いのせいで、ないことないことの枝葉が広がりすぎて別の物語が出来上がっていました。
なんと私は恐怖のあまり、その場で泣き崩れ、後日失踪したらしい(笑)。
それを知らなくて、オリビアの店のセール広告を貼ってもらいにパン屋さんへ行ったら、おじさんから盛大に心配されてしまった。
『なんでも御曹司は女性なら誰かまわず言い寄っていたそうだからな。きっと君も言い寄られて、それを断ったから恨みを買ったと思ったのだろう?かわいそうに…』と。
言い寄られて?
振ったと?
…。
何で私にダメージが入るのか、誰か教えてください。
それにしても結構派手にやり返した覚えがあるんだが、被害者…そう、被害者か。
冒険者同士でも先輩が新人に対して嫌がらせをする、なんていう状況もあるそうだからその派生とでも思われたのだろう。
日頃の行いって本当に大事だよね。
さて、そんなわけで無事に依頼を受けてくれた本日の先生はと。
「あ、カイロスさん?おお、ヨーゼさんも!」
蒼の獅子のお二人でした。
連絡事項もあるし、ちょうどよかったですね!!
何より元気そうなお二人の姿にちょっと安心しました。
聞けばラシムさんが手を回してくれたらしく、彼らも問題なく冒険者稼業が続けられているらしい。
ダングレイブ商会はラシムさんが頭取となり事業の方針を一新した。
今までは多少強引な手段を使ってでも店を増やし商圏を拡大していくというやり方だったそうだが、いくつかの売り上げの良い店舗だけを残して店舗を閉鎖、その代わり新たなサービスを打ち出して新たな顧客を得る方針へと切り替えた。
なかなか評判がいいそうで、失った信頼を取り戻しつつあるそうだ。
そして今のところ頭取と御曹司が辞めたことによる影響は出ていないらしい。
どれだけラシムさんに頼って運営してたのかがよくわかるよね、うん。
そして建前上は自分から辞めたとされる元頭取と御曹司…こっちにも元がつくのか、の二人はあの一件の後、散々オリビアの店とダングレイブ商会を貶めようとしたらしいが誰も取り合わなかったらしい。
それどころか今までの恨みを晴らすかのように行く先々で報復を受けたらしく結構酷い目にあったそうだ。
今は身を隠しているそうだが、別口で何か企んでいるかもしれないとのことで身辺には気を配るようオリビアさんから言われている。
それはさておき。
「…といった内容でダングレイブ商会から補償の話がきているのですが、どうします?」
今、蒼の獅子のお二人の前に、ダングレイブ商会から届いた補償に関する書面を広げています。
簡単な謝罪と当日の補償…ブラックマーナガルムに対処した報奨についても触れている。
まさにあの面会で話した内容そのままですね。
この書面ですが、後日商会からオリビアの店経由で届きました。
実はあの後気がついたのだけど、思えばこの蒼の獅子に関する補償の件は口約束だけでしたよね。
あの状況で反故にするとは思えないけれど、契約内容をあちらの都合のいいように解釈するということはあるかもしれない。
その事に気が付いて顔色を悪くしたちょうどそのタイミングで手元に届きました。
…わりと本気で店に盗視盗聴の魔道具がないか確認しましたよ。
結果、それらしきものはなかったですが。
とはいえ、この書面とは別に同封されていた私信に『これは貸しですよ』と書いてあったことには戦慄した。
たぶんわざと言わなかったんだな、あのとき。
そしてまんまと策にハマったと。
…あの人の取り立て、厳しそうだな。
若干遠い目をした私に僅かばかりの同情の目を向けてくれるカイロスさん達。
ええ、たぶんご想像の通りです。
そのまま色々察してください。
「うちとしてはありがたい話だが…内訳を、となると自信がないな。」
「書類書くの苦手ですか?」
「そうなんだよ。」
カイロスさんもヨーゼさんもそういう作業は苦手なんだそうだ。
というよりも冒険者という職種自体、活字には馴染みがないらしい。
だから紹介所の人が代わりに書類を調える訳か。
「ならばレベッカさんに相談してみま…」
「それは俺がやろう。」
後方から声が掛かる。
この登場の仕方はもしかして…。
「ロイさん!!」
「おう。お前達、そこでちょっと待ってろ。」
片手をあげて挨拶を返してくれたロイさんは、打ち合わせ用のテーブルから離れ、紹介所の窓口から紙とペンを借ると、さらさらと紙にペンを走らせる。
やがてレベッカさんと何事か打ち合わせた後、テーブルへと戻ってきた。
そして紙を皆に見えるようテーブルの上に置く。
「当日の収支はこんな感じだろう。足りないものはあるか?」
「…ないと思います。本当ロイさんこういうの得意ですよね、助かりました。」
カイロスさんが紙を確認して答えた。
ヨーゼさんも頷いているところを見ると問題はないようだ。
「失礼かとは思うのですが、後学のために見させてもらってもいいですか?」
他人の領収書を覗き見るような行為だからね。
でも冒険者という仕事の内情を知るには良い機会だと思うのですよ。
恐る恐るだったが聞いてみると意外にもすんなり皆頷いてくれた。
一応、ロイさんからは『内訳書の書き方は人それぞれだから参考にするだけにしろよ?』と釘を刺されたけどね。
きれいに分類され書き分けられた内訳書を上から順に確認していく。
当日の収入が左側、支出が右側か。
これを下書きなしで書いたことが信じられないクオリティの高さですね。
ありがとうございます!!
勉強になりました!!
しかし手書きであんな短時間にこのレベルの内訳書が書けるなんて、よっぽど冒険者として内情を知り尽くしている人か、普段からこういう書類を見慣れている人なのかな?
色々と裏のありそうな人だし、ただのいい人というわけではなさそうだ。
私の思いとは別のところで、カイロスさん達とロイさんのやり取りは続いている。
「レベッカに話を通しておいた。この内訳書だが正式な書類に仕立ててもらった後、紹介所経由で商会に提出しろ。一応商会も体制が変わったとはいえ、皆がお前達に好意的とは限らないからな。途中で改竄されてお前達に不利な状況にならないよう紹介所を間にはさんでやり取りすればいい。そうすればこの契約には紹介所の保証がつくから商会側も下手な小細工が出来ないだろう。それから手続きに関する事務手数料は支払い金から引いてもらうようにしておいた。そうすれば残務処理も紹介所が手配してくれて、お前達は手続きが済んだ後の残額を受け取ればいいだけだからな。」
「流れはわかりました。それでどのくらい処理に時間がかかるものなんですか?」
「こればかりは相手次第だからな。商会が早く事態を終息させたいと思うのなら近日中には支払ってくれるだろう。」
「そうですか…。」
ちょっと残念そうな表情を浮かべるカイロスさんとヨーゼさん。
ん?何か早急にお金が必要になる状況があるということでしょうかね?
「どうした?お前達は順調に依頼をこなしているだろう?何か急に必要なものがあるのか?」
同じく不思議に思ったのだろう、ロイさんの質問にカイロスさんが答える。
「実は俺達、聖国にしばらく行ってこようと思うんです。」
国名を聞いて、心拍数が上がる。
シロからお使いの顛末を聞いた後だから余計過敏になっているのかもしれない。
黒天使の、聖女としての所業。
混沌としたあの国へ、なぜ。
「多数の魔物が出るそうなんです。」
聖国はロソ、ソル、ルオと呼ばれる三領地があって、その領地に小さな町や村が点在している。ゲイルさん情報だと古語で「知」を意味するロソと呼ばれる領地が経済と学問の中心地だ。
ルオは「美」を意味し風光明媚な観光都市でソルは「豊穣」を意味し聖国の食糧庫という位置付け。
今回作物が育たずに歴史的な不作となったのがソル、そして魔物が出ているのもまたソルなんだそうだ。
ただ、魔物の被害は徐々に広がっているそうで隣接するルオの一部地域にも被害が出始めているとのことだった。
「ですがソルは聖女の浄化によって作物が実る土地へ戻ったと聞きましたよ?」
その結果、久しぶりに市場にはソル産の作物が並び、大輪の花が並んだ。
作物については味が今一つのようだけど珍しい種類の作物もあるから、それなりに贔屓の人がいるようで直ぐに完売となっていた。
今は次回の入荷を待っている状態なんだそうだ。
「それが一度収穫した場所にはなかなか作物が育たないそうなんだ。」
心配そうな声でヨーゼさんが呟く。
その言葉に違和感を覚えた。
「なかなか作物が育たない?普通はそうですよね。」
種を植えて、実るまで待って収穫する。肥料を追加したりはするけれど、基本は自然の育むままに育つ。
だからこの国では作物が多く収穫されるこの時期に自然へ感謝する意味合いで収穫祭というお祭りをやるのだと思っていた。
「あの領地は別だよ。今"豊穣の女神"とも呼ばれる女性がいるからね。」
何でも領主が養女として迎えた少女は『豊穣の礎』と呼ばれる起点の魔紋様を持つ稀有な存在であったらしい。
起点の魔紋様が持つ効果は"植物への作用"。
この魔紋様の効果でソルは自然の摂理に反し、年に何度も同じ作物が収穫できるようになったという。
それって作物の成長を促し、成長を早めているということなのかな?
その他の領地については収穫までのサイクルはこの国と同じだとのことだから多分そうなのだろう。
それが聖女の作物を収穫し終わった後に種を蒔いても植物がなかなか育たない。
例えば今までは魔紋様を使った土地に種を蒔くと直ぐに芽吹いた。
それが全く芽吹かない。
何度も魔紋様を使ってやっと小さな芽が出る。
今にも萎れそうな、弱々しい芽が少しだけ。
それが全ての畑で起こっているのだそうだ。
「そして更に魔物の被害。あの領地は今大変らしいんだよ。」
再び聖女を呼んで浄化してもらうという案も出ているらしい。
「それでカイロスさん達があの国に向かうのは魔物狩りのためということですか?」
「そういうことだ。この国は結界があるから外からの魔物は侵入できないし、国内でもヨドルの森とかダンジョンのような魔素の濃い特殊な場所にしか現れない。だけど今のあの国なら他の仲間もいるし、思わぬ大物が狩れるかもしれないからな。今この国にいて腕に覚えのある冒険者は、皆あの領地に向かうことを検討していると思うぞ。」
冒険者としては、稼げるのだからそういう場所へと向かうのは当然のこと。
だけどロイさんだけは浮かない顔をしている。
「お前達もか。この時期一斉に居なくなるのは、まずいな。」
「ロイさん?」
「ん?ああ、いやこちらのことだ。それでいつ出立するんだ?」
「…本当はエマの依頼が終わったら直ぐにでも向かいたいのですけどね。」
急にカイロスさんの言葉の歯切れが悪くなる。
「もしかして、治癒と回復の魔紋様が原因か?」
「そうなんですよ。最近品薄が続いていたんですけど、ここにきて一気に需要が上がったからか、どの店も入荷があっても直ぐに売り切れてしまう状況が続いているんですよ。うちは治癒も回復もある程度は出来るヨーゼがいますけど、万が一のために準備しておきたいかなと。」
治癒と回復の魔紋様の品薄については、オリビアの店も状況は同じだった。
オリビアの店は品揃えがよく、上質な分、価格帯としては高めだ。
それでも同業者やお客様からの注文で売り切れとなる日がある位なのでそれだけ状況は深刻なのだろう。
当然のように聖国内も品薄状態なのだとか。現地で手に入る見込みがないからこちらである程度揃えてから向かいたい、多少高値でも手に入れるつもりだから資金も持っておきたいと。
そうなると一番の問題は回復と治癒の魔紋様がいつ手に入るのか。
とりあえず今の自分に出来ることは、オリビアさんに相談して明日の修繕の予定を仕事に振り分けることくらいかな…そう思った時だった。
「そういえば、エマは治癒の魔紋様の予備を持ってたよね?貰ったって。あれ、オリビアの店で手に入るの?」
ヨーゼさんが尋ねてくる。
ああ、カイロスさんが怪我したときに使った魔紋様のことかな?
「あれは練習というか、売り物にならなかった商品を分けてもらったものですよ。」
ちょっと理由としては苦しいかな?
でも『魔力を空にするために私が紡いだ残り物です』とは言えないものな。
「あれ、今持ってたりする?」
「あるにはありますけど…。」
「売って!!」
パチンと両手を合わせてお願いのポーズをするヨーゼさん。
まあそうなりますよね…。
どうしようかな…適当な値段つけて売ったとなるとオリビアさんに迷惑掛かるし。
お二人が誰かに漏らすということはなくても、向こうで入手困難な治癒の魔紋様を使えば嫌でも目につくだろう。
そこで入手先を聞かれて答えられなければ、変な疑いがかけられるかもしれない。
悩む私の頭上から、救いの声が降りてきた。
「エマから店へ話を通してもらえばいいだろう。それでオリビアの店に買いに行く。店の提示した価格で買えば正しくお前達のものだし、エマも店に迷惑をかける心配をしなくていいだろう。」
「サリィちゃんはどう思う?」
「うん、それがいいと思うよ。こういう状況だし、オリビアさんも理解してくれると思う。私もお友達に練習で作った魔紋布を値引きして売ったことあるもの。」
なるほど、お友達価格ということですね!!
あれは建前上私の知り合いが練習として紡いだものということになっている。
だからそれを買い取ったとしても、びっくりするような高値にはならないはずだ。
ロイさんの説明にヨーゼさんは頷く。
安堵した笑みを浮かべ、今週のどこかでお店に買いにいくと約束してくれた。
帰ったらすぐにオリビアさんに話しておかないとな。
それから契約書を交わし、狩り場へと移動する。
今回は彼らとは別に助っ人が後から来るらしい。
その分の費用は要らないそうだから大助かりですね!!
そして今日は前回よりヨドルの森の深いところを目指すそうだ。
うーん、怖いですが、楽しみです!!
どんな魔物のお肉が手に入るのかな?!
「あ、午後は早めに切り上げてください。」
「かまわないが、どこかへ寄るのか?」
「武具店に寄りたいです。」
ルイスさんの家へ、サナに預けた書籍の様子を見に行って、レーブル・タンナ・ローゼ武具店に武具の仕上がりを見に行くつもり。
本日の予定を話ながら移動していると、途中で盛大にロイさんのお腹が鳴った。
なんでも今日は慌てていて朝御飯食べそびれていたようです。
なんと、それは切ないですね…!!
収納からサンドイッチを取りだしロイさんに渡す。
そこで色々詳しそうな彼ならと、思い立ったところで冒頭のやり取りとなった訳です。
先頭にカイロスさんとヨーゼさん、少し遅れてついていくサリィちゃんの後ろから二人ゆっくりと歩く。
「ふうん…わかった。いいだろう、あとで紹介しよう。」
「ありがとうございます!!」
あっさりと頷いてくれたロイさんの様子に安堵する。
なんと紹介状も書いてくれるそうです。
よかった、そう安心したのもつかの間。
「その代わり、条件がある。」
「交換条件ですか?」
「俺も欲しい情報があるんだ。それはたぶんお前しか知らないことだ。」
情報には、情報を。
そこは理解できるが、私にしか知らないことって?
ロイさんは静かに口を開いた。
「先日の騒動でトーアと名乗った人物の、本当の名を教えて欲しい。」
遅くなりました。
お楽しみいただけると嬉しいです。




