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エル・カダルシアの魔法手帖  作者: ゆうひかんな


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幕間 残された者が思うこと

エマが転移した後の、執務室では。



「なんとも…賑やかな女性だな。」

「言い直さなくてよいですよ。執務室だというのに騒々しい事この上ない。」


苦笑いを浮かべるアンドリーニに対して、憮然とした表情を見せるのは少女が師匠と呼ぶ少年。

彼…リアンは彼女に渡された焼いたケーキを眺めた。

彼女に細やかな気遣いを求めるのは酷というものだが、万事雑すぎる。

皿に盛られただけの状態で収納されていたそれは、彼女の言うとおり、仄かな酒の香りが漂う。


「だが確かに政治には向かないな。思ってることがすぐ表情に出る。」

「貴族の子供の方がもっと上手く隠せていますね。」

「だが分かりやすくていい。それから我々へ不必要に干渉しないのも印象が良いしな。それならそれで、彼女とは持ちつ持たれつのよい関係が築ければ十分じゃないか?本人もそれを望んでいるようだし。」


彼女に内心熊さん呼ばわりされていたなど露知らず、現在は騎士団副団長を務めるベルナードが皿に盛られたケーキをつつく。


「良い香りだ。一口いただこうじゃないか。」


パクリ。

端をちぎり、躊躇いもなく口に運ぶその姿にリアンは溜め息をつく。


「お、なかなかいけるぞ。甘さは控えめで口の中に程よく酒の香りが広がる。」

「毒でも仕込まれていたらどうするんですか。」

「酒で消毒されているから問題ないだろう。」

「酒は酒、毒は毒です。もう少し緊張感を持ってくださいよ。王の警護のかなめは貴方なんですから。」

「俺は酒と共に死ねるなら本望だ。それに王は毒を判別し、解毒する魔道具を所持している。もちろん俺もな。お前が心配しすぎなんだよ。」


ポンポンと頭を軽く叩かれ、その手を嫌そうに振り払うリアン。

ベルナードはそれを更にからかう。


「昔は撫でられて嬉しそうな顔をしてたのに、可愛いげがなくなったものだ。」

「幾つの歳のことですか!嬉しそうにした記憶なんてありませんよ!!」


珍しく感情を露にするリオンを眺めながらアンドリーニは笑みを溢した。


「懐かしいな。五年前の騒動がある前は、いつもこんな感じだった。」


視線が向かう先は、普段リアンの席がある辺りと、扉を隔てた先にある別室。

まるでそこに誰かがいて、その誰かと笑みを交わすかのように微笑んで、目を細める。


「この椅子には父が、お前の席には兄上が座られていた。少し離れた場所には代々宰相となる者の席があって当時はロランが座っていたな。それからあの別室には兄上の補佐をしていた者の席と我々の席があって、護衛官を勤めていたベルナードはこの部屋を警護しながら俺やお前を今みたいにからかっていた。」


一つ、息を吐く。


「当時と今とで随分と変わったものだ。」


動かせる人員も集まる情報の数も、それを動かす顔触れも、何もかも。


「…一先ず、これを預けてきます。」


リアンは王の視線の先にある別室の扉を開けると待機していた執事に皿ごと渡す。

奥には補佐官室の面々が血走った目で文字と数字がビッシリ埋まった書類と格闘していた。

自分もあんな表情で書類と格闘しているのかと思ったら、彼らに対して妙に親近感を覚える。

そして別室の…現在は補佐官室と呼ばれる部屋の主はといえば、書類から視線を外すことなく次々と部下に書類と仕事を振り分けていた。

淀みなく、そして的確に。

経験に裏付けされたその能力は自身が憧れ、求めるもの。


やがて部屋の主はひくりと鼻を動かすと、視線をあげる。

執事が仕舞おうとしていたケーキが目についたようだ。


唇の端が軽く上がる。

立ち上がると執事に話し掛けつつ、ハンカチで手を拭き皿に手を伸ばした。

何事か言われて固まった執事の手元から皿を受けとるとケーキの端をちぎる。


パクリ。


「うん、旨いな、これ。」

「…だから貴方も警戒心がなさすぎですよ、テスラ補佐官。」

「大抵の毒に耐性はついています。もちろん酒にも。だから問題ないですよ。」


さらっと言って、後ろを振り向くと補佐官室の面々(執務室では彼等のことを"補佐官室の愉快な仲間達"と呼んでいる)に向かって言った。


「おい、事務官見習いの諸君。王が頑張っている君達に差し入れだそうだ。甘いものが食える奴は手を挙げてみろ。」


躊躇うことなく、すらりと全員の手が挙がる。

全員甘いもの好きのようだ。


「俺は執務室で決裁をいただいてくるから、仕事の間に休憩しながら食っていいぞ。ああ、書類は汚すなよ?汚した奴はこの案件の担当に回すから覚悟しておくように。」


彼は一際うず高く積まれた書類を指差す。

皆の視線が書類の山に釘付けになったのを確認してから別室の扉を閉めた。


「あの書類の山、財務から上がってきた予算案でしょう?そんな大切な書類を彼等に任せて大丈夫なんですか?」

「一度目を通して問題点を把握しておいた。それについて気付く能力があるか確認したい。適性があれば次回から財務の書類はそいつの担当になる。適性がなかったら…。」


ニヤリと笑った。

憐れな次の犠牲者に回される、と。

リアンは溜め息をついた。

なんでこう、この人は回りくどい手段を好むのか理解できない。

適性がありそうなものを見極めて仕事を振り分ければいいだけだろうに。


「それだと面白くないだろうが。」

「…何も言ってませんが?」

「そういう表情をしていたからな。」

「うん?ロランも一緒に来たのか?ああ、その書類の決裁だな。」

「はい。収穫祭とそれに伴う式典の内容、それに対する予算案がほぼ固まりましたので、裁可をいただきに参りました。」


ある程度の厚みに纏められた書類の束をアンドリーニは受けとる。

その瞬間、思わず苦笑いが漏れた。


「かつては私が貴方に裁可を貰う側であったのにな。」

「…ああ、そうですね。もう随分と昔のことのように思いますが。」


ロランの口元にも同様の笑みが浮かぶ。

執務室で仕事をするロランへ、別室で確認を済ませた書類を運び、その問題点や不備を指摘されれば再び書類を抱え隣の別室へ戻る。

それがアンドリーニとリアンに与えられた仕事だった。

確認は運よく一度で済むこともあれば、何度往復しても解決せずに二人で頭を悩ませたこともあった。

そんなときに、仕事をしながら然り気なく助言を与えてくれたあの人は、口調は優しくも厳しい人であったと思う。

()が同じ部屋で仕事をしていたのは、二人の教育係だったからということを後になって聞いた。


「この部屋に先程までエマが来ていました。」

「彼女が…。」


リアンの言葉にロランはわずかに驚きの表情を浮かべる。

やがて表情を戻すと尋ねた。


「それで、彼女はどんな世間話をして帰ったのですか?」

「…その前に確認したいことがある。先程リオンから報告を受けた。お前が領館で確認して欲しいと頼んだことについてだ。」


小さく息を飲んだ。

ロランはリアンに視線を向けると真っ直ぐに自分を見つめる彼の視線とぶつかった。

その瞬間に自分の勘が当たっている確率が上がったことを知る。

まさか、本当に。

本当にこんなことが…。


「容姿は全く別人ですが…癖も考え方も彼に良く似ています。もし、予想されていたことがあるなら、その可能性はあるかと。」

「そうか…。」


有能ながら問題児と呼ばれていた父親とは違い、もの静かで穏やかな人柄。

一方では父親と同じ意志の強さを持つ息子(・・)

パルテナの領館へと連行されていったトーアと名乗る人物が、全くの別人であったにも関わらず、息子の面影を宿すとはどういうことか。


『五年前の騒動が原因で国を追われた我が子が別人の容姿で現れた。』


自身の脳裏に浮かんだ言葉にロランは自分が狂ったのかと思った。

自責の念から生まれる、おかしな認識に囚われているのかと。


「癖も考え方も似ているだけの他人では?」

「それは十分に考えられます。あくまでも"そのように思える"というだけで、確たる証拠があるとは言えません。」


常識的な質問を投げ掛けたベルナードにリオンが同意する。

ロランは一つ息を吐いた。


「…エマがな、狩りで奴に絡まれたときに言っていた。

トーアという名前は偽名で本当の名は古語で天体に関わりがある、だと。彼女は『調べた』と言ったが恐らくディノルゾの一件で使ったスキルを読む力を使ったのだろうな。」


誰もが無言になる。

彼女から渡された映像には残っていない場所で語られた情報。

その場にいた者だけが知り、またロランにだけ価値がある情報ともいえる。


「その時は正直慌ただしくて深く考える余裕がなかった。だが後になって、先ず奴の話し方、それから佇まいや気配といったものがあいつにそっくりだと思い始めた。そこまでなら他人の空似と思っただろうが…偽った名がトーアと、そして実の名が天体に繋がることが気になる。」


トーアは他国に伝わる古い神の名が語源であるという。

その言葉が持つ意味は"誰でもない者"。

そこから唯一無二であると解釈され、神に由縁をもつこの名を持つ者は少なくない。

例えば先々代のオーディアール家当主…息子にとっては祖父に当たる人物もこの名であった。

隔世遺伝とでもいうべきか、この二人は性質が良く似ている。

それもあり、孫である息子が越えようと目指す存在はこの祖父であり、決して父親である自分ではない。

仕事の上で厳しく接した記憶はあるが、それは城の中での話。

それ以外は自分の好きなように学ばせたいと思い、本人の希望もあって祖父から直々に内政の手解きを受けていた。

だからこそ余計に息子の変貌ぶりが信じられなかったのだ。


『私は、貴方の傀儡ではない。自らの意思を持つ、一人の人間なんだ!』


最後に交わした息子の言葉が甦る。

彼が息子に強要したことなど、かつて一度もなかったというのに。


「やはり何者かに操られていたと思うか?」


だから正気に戻ったあと責任を感じ、何らかの手段を使って姿を変え、この国に帰ってきた。


「可能性はあるでしょうが…上手いやり方ではない、その事が気に掛かります。」


国外追放とて罰は罰だ。

これでもし国内にいることがバレれば、今度こそオーディアール家を処罰せざるおえなくなる。

それこそ一家断絶、ロランの命も今回は救えるかわからない。

それだけのリスクを負ってなお、成さねばならぬことがあったのか。


「いざとなれば、私の権限であの者を処分します。」


沈黙を破ったのはロランの思いの外平坦な声だった。

真っ直ぐに王を見つめる彼の瞳にはどんな色も浮かんではいない。

そこにあるのはただ、あらゆる感情を封じた醒めた眼差し。


「今はまだ奴の目的が何か分かっていません。ですから一度釈放して泳がせてみましょう。」

「だが商会側にはどう説明する?」

「同様に説明すればよいのです。彼の素性が偽りであるということは彼らも知っている。だから"目的を調べるために一時的に釈放する"と。」

「…もしその結果、彼とわかった場合は?」

「秘密裏に、速やかに処罰します。二度とこの国の土は踏ませません。」


良くて再び国外追放、悪くすれば一生を牢に繋ぐ、もしくは処刑すらあり得ると。

国に尽くす者に相応しい威厳と冷淡さをもって告げたのは息子の処分。


「先代の王の慈悲で命を救っていただきながら、その命を粗末にしたばかりか、オーディアール家を再び危険に晒すなど当主を継いでくれた弟にも、祖先にも顔向けができません。それから…その処分が終わり次第、城の牢に繋がれているロラン・オーディアールも死したことにいたします。」


そしてロラン・オーディアールの処分。


「生き恥を晒すなど本意ではありませんが、補佐官位にある私が今死ぬわけにはいかない。これから起こるだろう厄災を退け、受け継ぐ次代が育つまでは。」


その視線がちらりと補佐官室を向いた。


「彼らはどうだ?」

「若く、熱意ある者たちです。誰一人として立ち塞がる困難に諦めるものはいない。その点は評価すべきでしょう。ただ、経験不足は否めませんが、今後の成長が楽しみですね。」


補佐官室の"愉快な仲間達"は階級に関わらず集められた有能な若者。

熱意だけでなく数多の試験をくぐり抜けた優秀な人物ばかりなのだが、残念ながら皆個性がありすぎて一塊に城で浮いた存在となっていた。

だが変わり者のロランは彼らの存在が結構気に入っているらしく、ちょくちょく城を抜け出しては一緒の時間を満喫しているらしい。

帰ってきた後の、愉快な仲間の面々がげっそり窶れているのは気になるが、仕事が滞るわけでもなく、たまになら良いだろうと執務室の面々も黙認している。

ロランの口元がふわりと上がる。


「未来がある、ということは素晴らしいことですな。振り返った過去がどれほど辛くとも、その輝きの片鱗を見るだけでわずかばかりですが救われる。」


それから彼は決裁の書類を受け取り確認すると、アンドリーニへ礼の姿勢をとった。


「明日は水の日。エマが紹介所で狩りの仲間を集うはずです。彼女の仲間に上手く潜り込めるよう手配しましたから直接彼女に名を尋ねてきましょう。それで更にはっきりするはずです。」


彼の、本当の名は?


「戻ったら報告を。」

「かしこまりました。」


王の言葉に礼の姿勢をとったまま承諾したロラン。

無言のまま二人を見守るリアンとベルナード。

執務室に別室から遠慮がちなノックの音が響いた。

心なしか別室の方が騒がしいような気がする。


「お、決まったか?!」


沈痛な面持ちが一転、浮かれたような表情を見せるロランにリアンはため息をつく。


「そういう回りくどいことをせずに、適性のある担当者に仕事を割り振れば良いだけのことでしょう?」

「ならばその担当者が急に城勤めを辞めたらどうする?」

「そうですね、それは…。」

「誰もやり方を知らない重要な仕事が一つ、手付かずで放り出される訳だ。だがこうして機会を与えておけば誰かが後を引き継いでくれる。」

「…。」

「絶対はないんだよ、リアン。永遠に続く平和と同じように。」


自分の後は息子が継ぐと思っていた。

父と同じように温厚な性格の裏に強かな顔を隠して、王に尽くし国の礎となると。


「五年前の騒動で俺はそれを学んだ。それでお前達は一体何を学んだのか?」


それを一度話し合ってみるといい、その言葉を残してロランは別室の扉を開けた。

部屋を一瞥すると口角を上げる。


「よし、お前だな!書類の染みが証拠だ!しかも、これ相当重要な書類だろ?先ずはその書類を作り直せ、こっちの束はその後だ。」


扉がしまる直前、か細い悲鳴が響く。


「楽しそうだな。」


アンドリーニの小さな笑い声に残された二人の表情が緩む。

五年前に失ったものの代わりとはならなくとも、手に入れた若芽が少しずつ成長する様を見て嬉しくないはずはない。

願わくば、彼らと同様に自分達も成長していればいいが。


「今日はもうダンジョンには戻らなくていいのか?」

「ええ、他の階層に降りる予定はないとエマが言ってましたから。」


二十五階層は大丈夫だろう。

ある程度の面識は出来たようだから主様ぬしさまと管理者がいれば十分に人手は足りる。

それよりも城から派遣された見ず知らずの人間がうろつく方が気に障るかもしれない。


「ならば先ずはリアンの貯めた分の仕事を片付けよう。」

「申し訳ありません…。」

「城にいない時間が増えているのだ、仕方ないだろう。それに、このくらいの量なら、あっという間に片付く。」

「では私は廊下にて待機しておりますので。」


ベルナードの言葉に頷いてからアンドリーニは二人にだけ聞こえるように話す。

互いだけが知る、過去を共有するもの同士が交わす笑みを浮かべて。


「この仕事が片付いたら話そう。五年前から今に至るまで何を学んだのか。」


アンドリーニの胸元で、エマの魔石が僅かに熱を帯びたような気がした。








遅くなってすみません。

少しだけ彼らが過去を振り返るお話です。

本当はもう少し盛りたかったのですが、長くなりそうなので止めました。

次はエマに視点が戻ります。

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