魔法手帖百十六頁 森の熊さんと五年前の関係者、彼女の容姿の謎とサポートキャラ
「やあ、いらっしゃい。」
「はい、失礼します。」
緊張した面持ちで執務室に足を踏み入れた私を迎えてくれたのは、
使い込まれた甲冑を身に付けた体格のいい騎士さんでした。
おっとりとした口調に癒されますね!!
雰囲気は厳しそうだが笑うと表情が可愛らしい。
この国では珍しくないの焦茶色の髪、同じ色合いの瞳。
口ひげを生やしているから分かりにくいけど年齢的には若い人、かな?
もっさりとした容姿を持つ、熊みたいな人。
そして彼が守る執務室の奥で座るのは。
「私はサルト=バルトニア国王、アンドリーニ。久しぶりに会ったな。元気そうで何よりだ。」
「ご存じでしょうけど、エマと申します。その節はお世話になりました。」
砦で会った例の人が僅かに微笑む。
審査官という身分はやっぱり嘘でしたか。
安全面から『私は王様です』と名乗るわけにはいかないだろうし、身分を偽ったその辺の事情は理解できるけどね。
…それは理解できるけれども。
今更な感もあるけれど、とりあえず軽く師匠を睨んでおく。
いきなり一番偉い人の前に連れてくるとはどういうことだい!!
こちらは階段による試練のお陰で見た目もヨレヨレ、体力気力共に売り切れですよ。
私の抗議に対して師匠がそれはもう素敵な笑みを浮かべた。
力尽きて魔力暴走させたこと、まだ怒ってますか。
階段の話を聞いて、国王様は騎士のお兄さんと顔を見合わせる。
「あの階段、流石に女性にはキツいだろう。」
「リアン、お前位だぞ?あの階段を体力作りのためと最上階まで昇るのは。第一、所々に城の者が使う転移の魔紋様が刻んであったろう?ここまで直行は出来なくとも、最寄りの階までは繋がっている筈だ。」
「…ああ、そんなものもありましたね。忘れてました。」
これは確信犯ですね!!
呆れたような口調の二人に、しらっとした表情で師匠が答える。
転移の魔紋様でショートカットできたというのに…。
あの苦しんだ時間は何だったのだろう。
膝から崩れ落ちた私に熊の騎士さんが優しく声を掛けてくれる。
「あー、たぶん悪気は少しだけしかなかったと思うから許してやってくれ。」
「悪気あったんですか!!」
「まあまあ。お茶をいれてやるから飲んで落ち着いたらどうだ?」
そう言うと熊の騎士さん…もう熊さんでいいか、彼は繊細な意匠のベルを鳴らす。
間髪いれずにノックの音が響き隣の部屋に繋がる扉が開く。
ポットと茶器を携えた少年…たぶん皇帝陛下と同じくらいだろうな。
薄茶色の髪に、茶の瞳。
口元には人当たりのよい笑みを浮かべている。
穏やかだけど芯は強い、そんな印象を与える子。
視線が交錯した。
途端に彼の動作が止まる。
驚愕に、見開かれる瞳。
そこに浮かぶのは、明確な恐怖。
茶器がトレーの上で震えた。
ハッとした表情を見せる熊さん。
彼の様子を見て師匠がトレーに手を添える。
「もう下がっていい。後は私がやろう。」
「いえ、あの…申し訳ございません。」
真っ青な顔色のまま退出していく彼の後ろ姿を見守る。
扉が閉まったのを確認してテーブルにトレーを置くと師匠がポットから器に茶を注ぐ。
ソファーに案内されて茶器を受けとる。
皆無言のまま、お茶の芳しい香りだけが部屋を満たす。
「すまなかった。一応言って聞かせてあったのだがな。」
「いえ、大丈夫です。」
茶器が行き渡ったところで、王様が謝罪の言葉を口にする。
何となく予想がついてしまった。
黒い髪に黒い瞳。
私の容姿の特徴を見て狼狽えたのだ。
恐らく彼は五年前の関係者なのだろう。
もしくは身近なものが騒動に巻き込まれたのかもしれない。
「彼の兄が五年前の騒動が原因で亡くなった。」
簡潔な説明、でもそれで全てが想像つく。
こういうとき自分の未熟さを思い知らされる。
なんと答えれば正解なのだろう?
身内を亡くしたわけではない私はその悲しみを想像することしかできない。
寄り添うことのできない私の言葉にどれだけの価値があるのか。
それに問題の彼女が同郷の人であったとしても、私が代わりに謝罪するのも間違っている。
彼だってわかっているのだ。
私と彼女が別人だということくらい。
そんな私の謝罪など慰めにもならないだろう。
当たり障りなく遣り過ごそうとする態度に不信感を募らせるだけ。
言えるとしたら、これだけだな。
「気にしていないと、そう伝えてあげてください。」
彼も私も直接の関係者ではない。
謝罪をするのも求めるのも、ちょっと違うよね。
場を沈黙が支配した。
やがて王様が真っ直ぐにこちらを向いて、微笑む。
「今更だが、確かに君は彼女とは別人だな。」
「当然ですが…改まってそう判断された理由をお聞きしても?」
彼は苦笑いを浮かべる。
「彼女ならきっと、この状況を利用するだろう。耳障りのいい言葉を並べ、さも心配そうな面持ちで。…こんな偉そうなことを言っているが、私自身彼女のそんな態度が新鮮で、とても眩しく見えたときもあったのだよ。」
異世界の少女が醸し出す自由な空気に憧れたんだ。
淡々と紡がれる王様の言葉に戦慄する。
師匠と熊さんは苦い表情で目を伏せた。
当時の状況を思い出したかのように。
まるで乙女ゲームのように囚われていく男性達。
『不思議ね。この世界は私のためにあるみたい。』
そう語った彼女は自身の名を"ミノリ"と名乗ったそうだ。
実里、もしくは美乃里。みのりと平仮名で書くのかもしれない。
同郷の人である可能性がまた一つ高まった。
「彼女の力は何なのですか?」
魅了か、それに近いもの。
アステラの力はそれと師匠は判じた。
その師匠から見た時、彼女の振るう力は何だったのだろう。
「わかっていることは、彼女の容姿が黒い髪に黒い瞳、白い肌。性格については誰からも好かれていたという事だけだ。」
師匠の言葉に違和感を覚える。
わかっていることは?
「五年前の騒動に巻き込まれた人物で彼女の記憶が正しく残っている者がいないのだ。正確に言うと、関係者全員の説明する彼女の顔や彼女に対する印象が違いすぎて、どれが正解かわからない。」
「そんなことって…あるんですか?」
「国の恥になることだ。関係者は人前に姿を晒すことを禁じられ個別に取り調べを受けた。しかも簡単な調査だけで罪が明らかになったこともあって、早い段階で処罰が決まり、彼女は王子と共に国外追放となった。今思うとあれだけ優秀な人達があんなに簡単に罪を暴かれること事態がおかしいのだろうが、当時は他国の目もあって早々に騒動を終息させ、信頼を取り戻すことが最優先だったから疑問にも思わなかったのだ。そうして彼女が国を出て…暫くすると関係者からおかしなことを聞くようになった。」
あれだけ親しくしていたのに、彼女のことが詳しく思い出せない、と。
「異世界から呼ばれた少女で、黒い髪に黒い瞳。白い肌。そして美しい容姿。彼女について共通の認識はこれだけだった。例えば目元の様子、ほくろの有無、彼女の持つ癖。身長と体型すらも一つとして同じものがなかった。」
起こった出来事や言葉は思い出せるのに、彼女の容姿は、ぼんやりとしか思い出せない。
「というよりもはじめからその辺りの情報を持っていなかったようだとも言っていたな。」
思い出せないのではなく、与えられていない。
もしくは全てが偽りであったのか。
間違いなく彼女という存在はいた。
そして彼女の言葉は彼らを捕らえ熱狂させたのもまた事実。
だけど、一方で容姿については美しいという認識だけしかないとは。
性格についても活発であるのか、淑やかであるのか、今一つはっきりしない。
なんという、現実と記憶の隔たり。
「師匠の記憶ではどんな人だったんです?」
彼らが覚えていないのなら、影響を受けなかった師匠なら覚えているのではないか。
だけど師匠は首を振る。
「脈がないからと接触を絶たれてからはあまり見かけなかったから、ほとんど覚えていない。それに覚えている容姿が正解だと裏付ける確証もない。」
「それも…そうですね。」
十人が十人ともに彼女について覚えている情報が違うという状況。
誰も正解ではないということもある。
「エマ。お前の持つ知識の中で、このような事象に何か思い当たるものはあるか?」
「うーん、難しいですね。これといったものは思い付かないので手当たり次第ですけど話していいですか?」
高まる緊張感。
彼らは三者三様に頷く。
意を決して話をしようとした、それを裏切るように…私のお腹の虫が鳴いた。
「「はっ…?!」」
あっさりと霧散する緊張感。
呆然とした表情を見せる王様に、爆笑する熊さん。
深々とため息をつく師匠。
「仕方ないですよ!!お腹すいてるんですから!!」
お昼食べないままでここへ来たんですよ。
頭を使うとおなかがすくんです!!
それでも恥ずかしいことこの上ない。
神様、元の世界へ今すぐ転移させてください。
それとも私サイズが収納できる穴、この部屋の中にあるかしら?
うん、ないわ。
「これは失礼した。軽食を運ばせよう…好き嫌いはあるかい?」
「…ないです。」
熊さんが笑いを噛み殺し聞いてくる。
ないので速やかにご飯ください。
もしくはここで収納にしまった作りおきのご飯食べていいですか?
よほど情けない表情で訴えたからだろうか。
呼び鈴が鳴らされ再び入室した少年に向かって熊さんが『何でもいいから手っ取り早く食えるものもってこい!!』などと慌てた様子で指示を出していた。
ぎょっとした表情で私を振り向く少年。
ご飯ください、ゴハン…。
彼から、そっと差し出されたのは皿に盛られた焼き菓子の数々。
おお、美味しそう。
「とりあえずこれを食べていてください。急いで軽食を用意してもらいます!!」
彼はテーブルの上に皿を置いて部屋を出ていった。
「本当に素敵な子ですね!!」
誉めてるのはお菓子を貰ったからだけじゃないよ。
私に対して複雑な感情があるだろうに、ちゃんと気持ちを立て直した。
普段はそつなく気配りのできる子なんだろう。
というわけで、遠慮なくお菓子をいただきます。
この世界には、わりと砂糖やハチミツといった甘味が充実している。
だからお菓子という分野については技術的に充分発達していると思うのだ。
その成果が皿の上に並べられた豊富な種類の美しい焼き菓子。
『遠慮するな』と王様が言ってくださった。
…とりあえず全種類を一個づつ食べようかな。
「よく食べるんだな、お嬢ちゃんは。その小さな体のどこに収まってるんだ?」
熊さんの一言に我に返る。
そういえば最近食べてばっかりで運動してなかった…体重計ないし、油断してたかも。
そっとお腹回りを触る。うん、あと一個だけ食べたら止めておこう。
「体を動かしたいのなら城の練習場に行くか?」
「練習場に行ってはみたいですけど、どんなことをしているんです?」
「その名の通りだな。兵士は鍛練に使うし、魔術師は技術の向上のため魔法を操る練習をする。結界で外部と仕切っているから多少荒っぽい訓練に使って大丈夫だ。研究者なんかよくわからない実験に使ってることもあるぞ。」
大人数で使用するときは申請が必要だそうだが、少数の場合は空いてる区画があればその区画は自由に使っていいとのこと。
すばらしい。
実験場を提供いただけるなど助かりますね。
熊さんに機会があったら案内してもらう約束をしました。狩り場は木が多いから広範囲に火を起こす魔紋様なんて、うっかりでも使えないもんね。
「お待たせしました、ご飯です…あ、お食事をお持ちしました!!」
ノックの音が響き、内側から扉を開けると軽食の乗ったトレーを持った少年が立っていた。慌てて持ってきてくれたようで、僅かばかり息が上がっている。
後ろには配膳を任されているのだろう、きちんと執事服を身に付けた年長の男性が控えていた。その人の指示で速やかに卓上が整えられていく。
この様子から推察するに男の子は執事見習い、なのかな?
一瞬、なんちゃって執事の仏頂面が脳裏をよぎる。
…是非、愛らしく真っ直ぐな性格のままで育ってほしいものだ。
彼らがてきぱきと準備をしてくれたお陰で、そのまま食事の時間に突入する。
準備を終え、別室へと退出する執事さんと見習いの少年の二人。
食べていいですかね…。
王様が笑いをこらえ、頷く。
わーい、いただきます!!
パンに肉を乗せたもの、一口サイズの野菜に味をつけてピックで刺したもの等食べやすく彩りも工夫された料理が並ぶ。
「おいしい…。」
ああ、神様。
うっかり転移させるならもうちょっと後にしてもらってもいいですか?
「もういいかな?」
「はっ、すみません!!聞いてませんでした!!」
王様と熊さんの笑いを噛み殺した表情に意識が飛んでいたことを知る。
師匠、『餌さえ与えておけば比較的大人しい種のようです』って、犬猫の取り扱いと同じ説明になってますよ!!
食事をしながらでいいとのことだったので、最初の話の流れに戻す。
「私の知識の中で思い当たるものはあるか、っという話でしたよね。」
指を折りつつ、思いつくままにスキルや効果を並べる。
王様達は確認するように頷くも大抵は考え尽くされたもののようだった。
ならばついでだし、これも伝えておこう。
「"乙女ゲーム"とかっていう言葉を彼女から聞いてませんでしたか?」
「そういえば言っていたような気がするが、何でだ?」
王様が眉根を寄せる。
「いや、五年前の話を聞いたとき、展開が似てるなって思ったもので。」
一通り、テンプレと思われる事象を説明する。
この場合は異世界転移を伴うバージョンだな。
一つ、主人公となる少女が異世界に召喚される。
一つ、彼女は異世界で果たすべき使命があり選ばれて召喚されるという展開が多い。
一つ、彼女と出会う男性は複数いて、彼らと力を合わせて苦難を乗り越える。
一つ、出会う男性とは大抵恋仲になる。
もしくはいい雰囲気、と言われる程度には仲良くなる。
ハッピーエンドや、ノーマルエンド…というところは、かいつまんで話したが大体言いたいことは伝わったようだ。
「お前のいうことから推察するに…そのゲームとやらの結末の一つ、の可能性が高いというわけか。ふざけた発想だが…。」
懐疑的な師匠の言葉に頷く。
「私もそう思います。だから別の方向からその結果を見てみるとどうでしょうか?」
オリビアさんとの会話を思い出す。
『第一王子は…その後?』
『異世界の少女がやって来て、一年後。彼女はこの世界に残ることを選択した。
でも当然この国に置いておくことはできないわ。他国の目もあるから責任をとらせるという意味で、身分剥奪の上、彼女と共に国外追放とした。』
国外追放。
それは別の側面から見れば、合法的に国外へ出ることができる手段でもある。
「しかも行き先は思いのままです。」
すべての国外追放がこれに当たる訳ではないと思う。
きちんと罰としての体を成しているはずだ、本来は。
ただ罰を受けた側にお花畑な思考の人間がいる場合は別だ。
『この魔法手帖をきっかけとして、他国の王子と出会い続編の恋が始まるの。』
この彼女の言葉と他国と繋がっていた可能性。
もし彼女が望んで国外へと向かうように仕向けた、その行動の結果だとするのなら。
同じく追放された第一王子はそれに巻き込まれたという訳だ。
「彼女だって初めから二次元の夢物語を信じていたとは思えません。だとすれば何かしら思い込む切っ掛けがあった可能性がありますよね。それかそう思わせるように手助けした者がいた。その人物が提供した情報やスキルが今回の乙女ゲーム紛いの騒動を起こす原因の一つだったとしたらどうでしょうか?その人物が彼女の意識が他国に向かうよう誘導した上で、彼女を使って魔法手帖を手に入れようと試みた。」
乙女ゲームに関する情報を提供したのは間違いなくミノリと名乗った少女だろう。だが、その情報を利用し、策を練り物事を動かしたのは別の人物。
彼女の望み通りに人物を動かすことで、逆に彼女を望むように動かした。誰だって助言を受け物事が上手く運ぶなら、疑いもせずその人物言うことを聞くようになるだろう。
そんな人物を乙女ゲームのキャラクターになぞらえたら、これにあたるのかな?
"サポートキャラ"と。
長くなりましたので切りました。
お楽しみいただけると嬉しいです。




