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エル・カダルシアの魔法手帖  作者: ゆうひかんな


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魔法手帖百十五頁 魔人と番犬、古語とステータスのおまけ


理解することですら難しいのだ。

信頼を得ることは更に難しいだろう。


リィナちゃんは小さくため息をつくと再び笑みを浮かべオリビアさんへと駆け寄る。

そんな彼女を冷めた瞳で見つめるアステラ。

前途多難のようだな。


「エマ、一度城へ戻る。」

「あ、お仕事ですか?お疲れさまです。」

「お前も時間がとれるようなら一緒に来てほしい。」


師匠が懐から時計を出して時間を確認する。

ちらりと見えた時計の針が指す時間はすでにお昼を過ぎていた。

棟梁達には一度解散してお昼を食べて来てもらい、戻ってきてから再び午後の作業に取り掛ってもらおう。私はその間にお城へ行ってこようかな。

ちょうどオリビアさんと棟梁もいるし、そう話してくるか。


師匠の側を離れ、オリビアさんと棟梁のいる階層へと足を踏み入れる。

ここが二十五階層。

アステラの幻が生み出す、"崩壊の階層(ステージ)"。

今はただの床だけど、所々に幻の残渣が残っていてちょっと怖い。

恐る恐る何歩か進んだところで、突然足元にぽっかり穴が開いたように見えた(・・・・・)


「うおっ!!」


…女子らしからぬ声を発したことは見逃して欲しい。

ぎょっとして振り向いたオリビアさんと職人さん達の前で不自然な格好のまま固まる私。

足元の幻はすでに霧散していた。

視線の先にいるアステラの口元がニンマリと弧を描く。



あんの、小娘…!!



まて、落ち着け。

このまま彼女の策略に嵌まったら私まで子供扱いされてしまう。

とにかく呼吸だ、深呼きゅ…。


「わー!!あの格好おっかしーね~!!あんなこと、アステラには恥ずかしくって出来ない~!!」


…よし、滅してやろう。

魔法手帖、フルオーぷ…。


「彼女の影響範囲にノコノコ入ってくるからだ。」


視線を遮るように立つ、黒い背中。

魔人さんが私をアステラから隠す。


「我々に何か用があるのか?」

「あ、ええと、オリビアさんと棟梁に午前中の作業は終わりにして、三の鐘が鳴ったくらいから再開しませんかと伝えに来たのですが…。それと、その間に用があるそうなので師匠とお城に行ってこようかと。」

「二人には伝えておこう。だからとっとと階層内から立ち去れ。わかっているだろう?君には、まだ早い。」


未熟なまま立ち入ることを許した覚えはないと、そう言いたいのか。


「そうですね…出直します。」

「それがいい。それから彼に君を害することはないと伝えてくれないか?先程から気配が鬱陶しくてかなわない。」


視線の先には師匠の姿。

無表情のまま、こちらを見つめているが手はポケットに入れたまま。

魔人さんが私に攻撃したら魔石でどうにかする気なのだろうな。

何がどうなるんだろう…怖すぎるのだが。

刺すような師匠の視線を何も写さない黒い瞳が受け止める。


「彼にあまり気を許さない方がいい。」


耳元で小さく囁く魔人さんの声。

彼は自身の胸の辺りを軽く指で叩く。


「彼は王家に忠誠を捧げている。番犬と我々が揶揄するくらいな。だから王の命されあれば人さえも躊躇うことなく殺すだろう。詳しくは知らないが、首から下げた印はそういう因果を持つものだと聞いている。それは本人に聞いてみればいい。…もちろん、彼が教えてくれるのなら、な。」


魔人さんが珍しく笑みを浮かべる。

多分意図をもって私に話したのだろう。

例えば鬱陶しくて堪らない彼を私から遠ざけるために。

でも知ったのが、このタイミングでよかった。


「いいタイミングで情報をいただいてありがとうございます。ちょうど、色々突っ込んだことを聞こうと思ってたのですよ。本人もそれなりには話す気でいるようですしね。」


にっこりと笑みを返す…ニンマリとではないぞ?

いいネタ掴んだとか、これっぽっちも思ってないよ!!

それにしても。


「魔人さん、何だかんだ言っても優しいですよね。」

「…全く。あれだけ我々には心を許すなと言ったのに。殺され掛けてもまだわからないのか?底抜けのお人好しだな、君は。」


心底うんざりした表情を見せる魔人さん。

だってしょうがないじゃない。


「警戒することと、感謝することは別ですよ。むしろ気に掛けてもらっているのに気付かない事の方が問題です。だから…いつもありがとうございます。」


恵まれていると思うのは、その事に気付ける余裕があること。

日々生きるか死ぬかな状況では、こうはいかなかっただろうと思う。


さてと、お礼は言った。

師匠が珍しく苛ついた表情を見せているから急いで撤収しよう。

あの様子だと、このままの勢いで城まで拉致されそうだな。

ええと、先ずはグレースにシロの様子を見に行ってもらってと…。



エマが師匠と呼ぶ少年の元へ駆け戻っていくのを見守る。

戻ってきた彼女の指示を聞き、バカ侍女(グレース)が今生の別れのようにすがり付くのを軽くエマがあしらう。

やがてしぶしぶながらもグレースが姿を消したと同時に首根っこを捕まれ、エマもセーフゾーンから引き摺られていった。

もっと静かに移動できないのか、奴らは。


「…とはいえ、多少は成長したということか。」


予想外の展開と現実を突きつけられて狼狽えるばかりでは女王の後継者として物足りない。

そう思っていたのも束の間、ずいぶんと逞しくなったものだ。

彼女の指示のもと、ダンジョンの作業も随分と進んでいる。


初めて会ったときは思ったものだ。

他人の力を借りる(・・・・・・)発想がない、独りよがりな愚か者(バカ)だと。

侮っていたことは否定しない。

だからわざと意地の悪い事を言った自覚はある。


『この修繕の目的地を指し示す羅針盤は、君だ。』


知識のない素人の少女に何ができる。

きっと行き詰まって助けを求めてくると思っていた。

その時は相応の対価を支払うのなら手伝ってやろうと、そう思っていたのに。


初代女王の書架から知識を手に入れた彼女は、そこから彼女なりの答えを導き出した。

それだけでなく選択肢となる新たな魔紋様まもんようを携えて。


「さすが次代の魔法紡ぎの女王ということか。」


棟梁達も初めは不安そうな素振りを見せていたが、今では時々意見を述べることはあっても、特に不満の声を上げることはなく作業に協力している。


そして、この二十五階層。


彼女(アステラ)が仕掛けるとは思ってはいたが、二人がかりとはいえ意外にあっさりと退けた。

アステラの"眩惑"が効かないようだから、彼女には精神に干渉する魔法を退けるスキルもしくは耐性が備わっているのかもしれない。

アステラは魔力操作に関してダンジョン内でも一、二を争う使い手だ。

魔力量だって決して少なくはない。

その彼女を圧倒するほどの魔力量とそれを受け止めて壊れることのない強固な魔紋様まもんようを紡ぐ技量。

師匠と呼ばれる少年との魔力も相性がいいようだし、彼が傍らにいる限り、彼女が魔力不足に陥るという事態は避けられるだろう。


「このまま順調に作業が進めばいいが。」


なにせ各階層の主は曲者揃い。

管理者の指示を大人しく聞く者達なら、好んで十五階層以下に閉じ籠る事はない。特にこれから修繕へ向かうだろう階層にはこだわりの強い偏見に満ちた者達も控えている。


彼らが従うのは初代女王の血、そして力を受け継ぐものだけ。


魔人と呼ばれる自分にはわかる。

彼女はまだ初代女王の力を手に入れていない。


神の力を封じたという、初代女王の魔法手帖の力を。



ーーーーー



「師匠。ここ真っ暗ですね。道わかります?」

「安心しろ。お前と違って迷子にはならない。」


おっと、ご機嫌ななめですね。

二十五階層の修繕を切り上げて、城に戻る師匠に引き摺られつつ王城へと繋がる通路を移動しているところです。

十五階層の入り口に佇む女性像に魔石を捧げ、扉を潜ると、例の二十三階層の主が破損されていた現場を通りすぎる。

二十三階層の主さん、ちゃんと充電できてるのかな?

サナに預けているし大丈夫だと思うけどね。

少し歩くと空間を移動するような気配がして目の前に扉が現れた。


「今の場所、どこかに転移の魔法かかってます?」


移動途中に突然景色が変わったような気配がしたんだよね。

空気も淀んだものから、急に新鮮なものへと変わった気がするし。


「ロイトが使う古き魔法()に近い効果だ。移動距離を短縮する。」


見れば壁と床をぐるっと一周するように黒く絵の具か何かで見たことのない文字が綴られている。

でも、んん?読めそう?


「"行く道は帰る道。巡るの行方は王の望むまま"って、何ですか?これ?」


そう言った私の視線の先で師匠が固まる。

あれ、やらかした?


「お前…いつの間に古語が読めるようになったのか?」

「古語が、ですか?その口ぶりだと、これが古語っていうことですよね?」


じっと文字を見つめる。

そう言われてみれば、何で読めたのか?

文字の羅列に一定の規則性がある事に気がついたのは何故なんだろう?


「そういえばステータスにおまけがついていたような…。」

「お前、自分のステータスの変化くらいちゃんと把握しておけ。戦闘になればその差が生死を分けることもあるんだぞ?」

「そう…ですよね。気を付けます。」

「それから単独で戦闘向きのスキルや属性を持っているか?多少は使えるようになっておくと攻撃の幅が広がる。」

「うーん、そうですよね。」


この口振りから推察するに師匠からは私のステータスは覗き見られないということか。

ちなみに私の方は師匠の名前を確認した時、ついでにバッチリ確認しました。

いやー、なんかもう色々反則過ぎて自分との差を深く考えるのを止めましたよ。

盾と呼ばれるだけあって、守備に向きそうと思われるスキルのオンパレードでした。

多分師匠一人いれば守りは完璧だろうな。

とはいえ、私の魔力暴走を切っ掛けとして、更に進化していると思われるからあれはもう古い情報ということ。


さすが師匠。

一生勝てる気がしないわ。


「エマ、どうした?」

「あ、何でもないですよ。ちょっと考え事していただけです。」

「…まあいい。城に練習場があるから暇があったら見に行くといい。何かの参考になるかもしれないぞ?」

「ありがとうございます!!是非に!!」


って、おや?


「お城って…気軽に出入りできる場所じゃないですよね?」

「当たり前だろう。」


口振りに違和感を覚える。

王城へ気軽に私が出入りしてもいいのだろうか?

というよりも練習場ってそんな気軽に見に行けるものなの?


「詳しくは王城の執務室で話そう。」


師匠は話を切り上げると、扉の内側に手を翳す。

僅かに魔力の流れる気配がして扉が開いた。


「…こっちの石像は騎士なんですね。」


師匠の後を追うようにして扉から外に出ると、左手に入り口を守護するように立つ像が見えた。

ダンジョン側の女性像は優しい雰囲気だったが、こちらは雄々しくも険しい表情をしている。

手に持つ剣は…素人目だけど本物に見えるな。


「早くしろ。ぼやっとしていると斬られるぞ?」


やっぱり本物でしたか!!

後ろを振り返ることなく、そそくさと部屋を後にする。


ここは武器倉庫なのかな?


やはり壁の裏に隠されるようにして入り口があった。

仕様から推察するとダンジョン側の出入口と対になるようにして作られた感じ。


「このまま上に向かう。」


それだけ言うと師匠は近くにあった階段を昇り始める。

行き先はさっき言ってた執務室かな?



無言のまま、師匠の後ろについて階段を昇ること十数分。


「はー、師匠、もしか…して、これで…はー、私を殺す気ですか?」

「安心しろ。この階段を昇りながら死んだやつはいない」


所々に踊り場を挟みながら、どこまでも続く上り階段。

オリビアさんの時も思ったけれど、この世界の人って体力あるな!!


「お前が体力なさすぎなだけだ。」


か、顔に出てますか…。

へたりこんだ私を見下ろして師匠がため息をつく。

もう無理です。



「はー、はー…罵倒しても構いません、この状況、はー、何とかなりませんかね?」

「しょうがないな。今回だけだぞ。お前は先ず体力作りから始めないといけないな。」


何で俺がそんなことを…と言いながら師匠がポケットから魔石を取り出す。

叩きつけると一瞬にして魔紋様まもんようが発動した。

空間の揺れを感じた後、目の前に豪華な装飾の施された階層の景色が広がる。

いくつか角を曲がったところで師匠が一際重厚な扉の前で立ち止まった。


騎士が一礼して下がると師匠は扉をノックする。

程なくして内側から扉が開かれた。


「入れ。」






キリのいいところで切りました。

今まで書いてきた作品のこぼれ話が下書きに残っているのを整理していたらこんなに遅くなってしまいました…すみません。

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