魔法手帖百十四頁 アステラと魅了に近いもの、ゲンゾウモデル十三号と鑑定
「ダメでしょ、悪戯しちゃ。」
「ごめんなさい、おねえさま。」
ほどなくして目覚めたオリビアさんは、辺りの様子を見回し首を傾げる。
そうでしょうね、いつの間にやら修繕が終わっているわけですから。
そして隣に眠る女の子…二十五階層の主ちゃんを見て嬉しそうに目を細め、それから私に状況説明を求めた。
包み隠さず話しましたよ。
オリビアさん、どの程度怒るのかなと思って見ていたら冒頭のやり取りになった訳だ。
あれ?優しいなー!!オリビアさん。
その優しさを一欠片でも私に…。
「エマさん?口から漏れてましてよ?」
「うおっ、漏れてましたか!!」
「…おねえさま、あの地味な人、だあれ?」
幼い口調で話す彼女は何かこう、庇護欲をそそる。
確かにかわいいのだが…。
さっきまで私とやりあってた時のやさぐれた雰囲気とずいぶん違うな?!
っていうか、地味って何よ?
平均的なの、私は!!
こうなったら寂れた風情の設備一式、魔紋様の効果で上書きして普通に戻してや…オリビアさん、その見守るような温かい目線止めませんか?
『あらあら、子供同士のケンカみたい』ですか?
いや、ですからね、その生き物がケンカ吹っ掛けてくるから、致し方なくですね。
「あはは、顔が変!!」
「変て言うな!!」
あ、言っちゃった。
「うわーん…この子、こわい。」
「エマさん、こんな小さい子に大人げないわよ?」
「オリビアさん、その生き物をよっく見て?!製作年月からするとオリビアさんより随分と歳上ですよ!!」
潤んだ瞳でオリビアさんにすがり付く彼女。
なんでこうシロといい彼女といい私の回りは演技派が多いんだ?
全く違和感ないじゃないか!!
何でか私が悪いことしたかなっていう気持ちになってきたよ?!
「彼女はね、書籍の時は子供向けのお話を集めた本なの。だから色々と言動が幼いのよ、大目に見てあげて?」
オリビアさんも小さいときに良くお世話になった本なのだとか。
随分と親しいように思えるのはそのせいもあるのかもね。
ん?この場合はオリビアさんの方が歳下設定にな…うん、考えるのやめよう。
余計に混乱する。
「…ふふ、おバカさん。」
口角を僅かに上げてせせら笑う主ちゃん。
絶妙な角度ゆえにオリビアさんには見えないし、聞こえない。
魔法手帖を握り締める。
浄化通り越して部屋を真っ白にしてやりますよ!!
「お前が構うからだろ。」
「いやでも、ですからね…ハイ、その通りです。」
師匠に止められて我に返る。
そうだ、相手は見た目も中身もお子ちゃまなのだ。
同じレベルに合わせるからイラッとするんだな、うん。
そうここは大人になってですね、穏便に、穏び…。
「ふっ、ガキ。」
「ようっし、表出ようか?主ちゃん!!ガチンコ一本勝負で魔法手帖の餌食にしてくれるわ!!」
「二人がかりで、よ・う・や・く私に勝てたっていうのに随分と調子に乗ってるじゃない?それに何よ?主ちゃんなんてセンスの欠片もない呼び方しないでくれる?私にはアステラっていう素敵な名前があるのよ。」
「んまあ素敵な名前!!その名前に性格が負けているのではなくて?!」
「だって私の名前だもの。素敵に決まってるじゃない。」
笑顔で毒吐くなんて器用だな。
アステラ、は星座の名前。大きな羽を持つ蝶だったか?
ちなみにこの会話、高速で繰り広げられているため周りの人には今一つ意味は通じていないと思われる。
「エマ、深呼吸しろ。」
会話の隙間を縫うようにして師匠の声が聞こえた。
おっとそうだった、仕事中だ。
「お嬢ちゃん、修繕は終わったよ。これでこの階層は大丈夫だ。」
「ありがとうございます、棟梁。」
「えっと、はじめまして、とうりょうさん。このかいそうのあるじのアステラです。さっきはイタズラしてごめんなさい。これからもこまったことがあったら、そうだんしてもいいですか?」
舌足らずな言葉で一生懸命謝っているように見える彼女。
あ、あざとい。
あざといが、可憐だ。
棟梁は孫の顔を見るかのように、優しい表情になって頭を撫でる。
「おう、お嬢ちゃんが主さんか。ちっちゃいのに頑張ってるんだな!!偉いぞ。修繕が必要だと思ったら店主さんに言いなさい。そうすれば儂らに連絡がくるから手伝ってあげよう。」
「うふふ、ありがとう!!」
彼女の愛らしさは職人さんのハートをガッチリ掴んだようだ。
先程まで嫌がらせされていたのも忘れてデレデレしている。
「魅了だな。それかそれに近い別の何かか。」
師匠が耳元で囁く。
本当にわからない程度の、僅かな魔力の波を感じたそうだ。
師匠曰く、闇の属性を持つこの魔法は諸刃の剣でもある。
使用している事がわかってしまうと効果がないというだけでなく相手の信用を失う。
だからタ使用するイミングと少量の魔力で相手に悟られないようにするのがコツなんだとか。
「…師匠、それ使えそうですね。」
「使えないぞ、適性がないからな。」
本当かな?
こっそり使って裏でほくそ笑むような…っと、聞こえましたか?
作業の状況を確認するために、職人さん達、オリビアさん、魔人さんとアステラは連れ立って階層の中へと戻る。
邪魔にならないように私とグレース、師匠はセーフゾーンの奥へと移動する。
「それにしてもよく気がつきましたね。」
「魔力の波が結界に弾かれる感覚があったからな。」
「それも盾の持つ特性ということですかね?」
「たぶん。それか女王からもたらされた恩恵か。」
「…師匠に一度聞きたいと思っていた事があるんです。今、聞いてもいいですか?」
「答えられることならな。」
師匠は単なる世間話と思っているのかもしれない。
わずかに躊躇ったけれど聞いておくなら早い方がいい。
「今の状況は苦痛ではないですか?」
自身の訊ねる声が随分と小さくなったことに驚く。
意図としたものではなくとも師匠を縛り付ける女王の恩恵。
ただ恩恵は献身という名の呪縛を伴うものだった。
彼には守りたいと願う相手が別にいる。
こうしている今だって、不安と戦っているのかもしれない。
『自分のいない間に、守りたいものが失われたら』と。
冷たいように見えて、優しい人だ。
守るべき相手を失えば自身をとことん責めるだろう。
そんな状況を作り出すのはわたしの本意ではない。
だが、その一方で。
盾という存在が傍らにあることを当然と思う自分がいる。
これはシルヴィ様の記憶の残渣なのかもしれない。
でも生き残るには、どう考えても彼の力が必要だった。
女王と呼ばれ強力な魔紋様を操る存在と、力のもたらす影響に振り回される自分。
あの時と何一つ変わらない、無力な自分。
だけどこれは私の事情。
しばし、沈黙が支配する。
無言のままの師匠は階層の様子を確認する。
作業が終わったことを確認すると、足下から床へ魔紋様を展開、魔力を流す。
書棚や書籍が床へ落ちるのを保護するように弾力のある結界が張られた。
それから設備を守っていた結界を解除する。
書棚と書籍がゆっくりと降ろされ、弾力ある結界が受け止め静かに床へと下ろす。
複雑な工程と滑らかな動きには膨大な魔力量が必要とされる。
そんな魔紋様の同時展開。
呆然と見守るアステラと職人さん達に構うことなく再びセーフゾーンへと戻ってくると、師匠は口を開いた。
「正直に言うと、俺にもよくわからない。」
「そうですよね。」
感情とはそういうもの。
自分のことなのに幾重にも重なった思いは言葉にするのが難しい。
「城での俺は最初から特別扱いだった。甘い顔をすれば侮られ、厳しく接すれば生意気だと叩かれる。色々事情があって学校に通っていないから実力が未知数だけに信用を得るのも簡単ではなかった。だから俺は俺を必要とする人間と、信じてくれた人だけを信用すると決めた。裏を返せば、そういう人間以外はいくらでも切り捨てられたんだ。城で働く者でも、家族でもな。その傾向は五年前の事件で更に拍車がかかった。その狭い人間関係は他者が容易に踏み込むことを躊躇うほどだったと思う。あの時はそれが最善だったんだ、その選択を後悔していない。」
当時を思い出すように師匠の瞳が暗く揺れる。
他者を切り捨てた結果、信用を得た。
失ったものは人との大切な繋がり。
「先日ある人から言われて気がついた。五年経ったんだよな、あの時から。国同士のいざこざも、この件に限ればもう過去の出来事と呼んでも違和感のない程度の状況まで落ち着いた。だから少しだけ城から離れようと思う。そして五年前から今まで知ることの出来なかった経験を得る。そうでなければこれからも隣に立ち続けることは出来ないから。」
五年前、掛けられた呪いに囚われていたのは彼らも同じ。
城から離れるということは、守りたい人からも離れるということ。
それでも人との繋がりを取り戻す。
今は自分の力で支えていても、将来助力を必要とする局面が訪れるかもしれない。
遠くない未来には、必ず。
決して軽くはない決断だと思った。
それとも私が次代の魔法紡ぎの女王かもしれないと聞いたときから、いつか答えを出すことを求められる、その事を予期していたのだろうか。
紡がれた言葉に思ったほどの迷いはなかった。
「とはいえ仕事もあるから完全に離れるわけにはいかない。だから暫くは行ったり来たりの生活だ。」
益々忙しくなる、昼寝の時間が…等と言いながらちょっと楽しそう。
その事に安堵する。
「良かった、ちゃんと折り合いをつけているのですね。」
「弟子が迷いやすいからな。」
アントリム帝国では本当に道に迷ったしね。
苦笑いを浮かべる師匠。
僅かな体の動きに合わせて首から下げた鎖がしゃらりと音をたてた。
何気なく音につられて視線を向ける。
『王家の鎖』
魔道具。
ゲンゾウモデル十三号。
思わず目を見張る。
なんと、ゲンゾウモデル再びということですかね?
「…師匠、もしかしてですけど、その首から下げたもの魔道具ですか?」
「ああそうだが?」
「稀少なゲンゾウモデルの一つだったりします?」
その瞬間いきなり師匠が私の口元に手を翳す。
たぶん、これ以上言うなのサイン。
「説明しろ、今すぐに。」
教えていない事を知っている私に驚いたというところかな?
師匠は今まで見たことのない程に美しい笑みを浮かべる。
なるほど、怒っている時や相手を信用していない時は笑顔なのか。
難儀な人だ、本当に。
「持っているスキルの一つです。」
持っている、というか新しく得たというのが正解かな。
鑑定:Lv.1ですね。今はまだ道具の名前と簡単な説明だけだが、レベルが上がるにつれて色々オプションが増えていくのだろう。
私の答えを聞いて師匠は小さく息を吐きだす。
「鑑定系の何か、もしくは能力の拡張どちらかがあったということだな。いいか、使うときは相手に一言断ってから使うように。嫌がる人もいるからな。」
「すみません…つい気になったものですから。」
そうだよね。
断りもなくステータスを見られたら誰だって嫌だろうし、それと同じことをしたわけだ。
この世界なら常識なのにすっかり忘れてしまった。
「もういい、終わったことだ。それよりもそのスキルにレベルが存在するのならきちんと上げておけよ?対戦相手の戦闘能力を測る一つの目安になるから。」
師匠の言葉に頷く。
明日は水の日、狩りに行く予定だ。
紹介所で指導をお願いする依頼を出していたけれど、一度問題に巻き込まれているから受けてくれる人がいるかわからない。だからもし依頼を受けてくれる人がいない等の事情で時間に余裕があったらレーブル・タンナ・ローゼ武具店へ行ってみようかなと思った。
あそこなら品数が揃っている上に鑑定しても怒られないだろう。
頼んでおいた武具の仕上がりも気になるしね。
「あ、いたいた。エマちゃん、オリビアさんは?」
突然の声に後ろを振り向くとリィナちゃんが二十四階層の扉を開けて立っていた。
見ると主様が隣に立っている。何でもオリビアさんに用があって十五階層の私の部屋を訪れたところ、丁度起きた主様がここまで連れて来てくれたらしい。
「おはようございます、主様。よく寝られましたか?」
「うむ。あの部屋は本当によく眠れる。今まではどこか意識が覚醒したままに眠っていたような状況だったが、あの部屋の中はそれがない。その分とても回復が早くて助かる。我の器が満タンに充電されるなぞ、そうあることはないぞ?」
上機嫌だった。
だから複雑な感情を抱く相手でもあるリィナちゃんをここまで連れて来たんだな。
ちなみにシロはまだ寝ているらしい。
マイペースだ。
「さて、我も作業の状況を確認しようか。」
短い両足を一生懸命動かして階層の中へと入っていく主様。
抱っこして移動するの手伝いたい。
ついでにモフっても文句は言われないだろう。
でも手伝うと後ろで監視しているグレースから浮気って叫ばれるから止めておこう。
正直オリビアさんのハリセーンで叩き出されるのが怖い。
リィナちゃんと階層の入り口から中を覗いたら、アステラと楽しそうに笑い合うオリビアさんの姿が目に入った。
こうしてみると姉妹のようだな。
容姿の特徴には違いがあっても互いに対する愛情と遠慮のなさが、そう思わせるのかもしれない。
「エマちゃん、あの子は?」
「アステラっていう、この階層の主さんだよ。かわいいけど私の扱いだけひど…ってリィナちゃん?」
「ううん、何でもないよエマちゃん。」
苦しそうな笑みを浮かべるリィナちゃんの顔。
理由は何となくわかる。
わかるからこそ掛ける声が思い浮かばなかった。
手を差し伸べたいけれど、助けを求められない以上、手を出すのは余計なお世話というもの。
やがて彼女が声を発しないままに、唇の動きだけで言葉を紡いだ。
今にも泣き出しそうな、そんな表情で。
どうやったら彼らの信頼を得られるのか、と。
遅くなりました…すみませんでした!
ちょっと何編かのお話を書いていたらこんなスローペースに…。
短い物なので完結してから公表しようかとも思っていたのですが下書きが埋まってきたので、何編か公表しようと思います。魔法手帖とテイストが違うので苦手な方は…すみません。




