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エル・カダルシアの魔法手帖  作者: ゆうひかんな


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幕間 傲りに満ちた愚者は誰か?


『聖女は神に導かれ、裁きのつちを振り下ろした。そして傲りに満ちた愚者達は七日七晩苦しみ、あとにはわざわいだけが残された。』

ー『ブレストタリア聖国建国記』よりー




ブレストタリア聖国領ソル。

浄化の儀式を控えた領館のある一室にて。


「聖女様は浄化のため、身を清められております。故に皆様と直接お話しすることは出来ません。教会の者が聖女様の言葉をお伝えいたします。」

侍女と思われる女性の台詞にテオドール・ルブレストは眉を顰める。

彼女の言葉の裏を読めば『お前達は穢れている』と言っているようなものだ。

こちらは高い謝礼を払って彼女を招いた側。

雇用関係でいえば雇い主と同じ。

そのような口がきけるとは、随分とちやほやされて思い上がっているようだな。

そんなテオドールの思いとは別のところで話は進んでいく。


「聖女様。遠路遙々お越しいただいて誠にありがとうございます。」

深く低頭するは自身の跡継ぎとなる予定の長男。

次男の方が商才はあるのだが体が弱く病に臥せていることが多い。

それさえなければこんな状況になる前に廃嫡し、才能ある次男に継がせているのだが。


テオドールは長男の見苦しい姿を苦々しい思いで見つめている。

今回は『任せて欲しい』と強く言われているため黙って見ているだけなのだが、本来客を饗すのは当主たるテオドールの役目。

何故誰も不思議に思わないのか?

一抹の不安を感じながらも周囲を観察した視線を再び息子に戻す。

経済と学問を学ばせようと領地ロソにある聖国の首都ディーラオルタに行かせたところ、いつの間にか統一正国教団の立派な信者となっていた。

宗教だけでは民を満腹にすることは出来ないと、あれだけ教えたのに。

腹を満たすために必要なのは人材と技術、そして資金。

今回、その貴重な資金を払った先が聖女の所属する統一正国教会だった。

統一正教団の目的は当初第三大陸を統一し、かつて統一神の治めた正しき国へと戻すこととされていたが、現在は幾重にもねじ曲げられ大義名分の下に他国へと勢力を伸ばす理由へとされつつある。


そのきっかけが聖国の食糧庫でもあるこの領地の不作。

備蓄の減少にともない、じわじわと食糧の価格は上昇し、その事が人々を不安に駆り立てている。その不安を払拭するために聖国上層部は豊作にも関わらず食糧支援を渋る王国のせいとして責任転嫁しているが、元々は王国が聖国の不実な態度に不快感を抱いたからなのだが、そんなことは庶民にはわからないし、わざわざ教えるわけもない。


そして、この聖女という胡散臭い存在が更にその不安を煽っていた。


椅子に座り身動き一つすることない様は、まるで操り人形のよう。

その楚々とした佇まいは誰かに似ていると思わないこともなかったが、随分と記憶が遠いようでよく思い出せない。彼女が纏うのは上質な仕立てに品よく飾りの施された白地のワンピース。内から外が透けて見えるように織られた専用のベールを被り、腰まである白いベールの端からは輝くような金色の髪が僅かに見えた。

まさに聖女と呼ぶに相応しい上品な装いには、贅沢に慣れたはずのルメリさえ羨望の眼差しを向けている。


息子の挨拶を受け、ベール越しに侍女へと話しかける彼女。

「こちらこそ、国の重要な地位を担うルブレスト家の危機に対して対応が遅くなり誠に申し訳なく思っております。特に信仰厚い御子息の日々の善行には統一神すらも感銘を受け、慈悲を垂れることでしょう。」

「おお、勿体ないお言葉です。」

聖女の言葉に感激のあまり身を震わす息子を後ろから見つめる。

その慈悲を頂くために、農地をいくつか売り払い、多額の謝礼をお布施として支払っているではないか。その事がすっかり頭から抜け落ちているかのような態度に唯一の跡取りとはいえ見限ることを決めた。


こうなれば仕方がない。

親戚筋から出来の良いものを引き取ってルメリの婿として迎えよう。

今年は不作でもルメリの『豊穣の礎』によって、この領地の農地は肥え、品質も収穫量も今までより上がっている。正直嫁に出して彼女を手放すのは惜しいと思っていたところだ。

テオドールの頭からはすでに息子の存在など消え失せている。


そんな風に深く考え事に気を取られていたせいだろうか。

彼はいつの間にか話の流れに乗り遅れていた。


「聖女様。もう一つお願いがあるのです。

ルメリを私の妻に迎えたいのです。彼女ほど美しく賢い女性はいない。

彼女とは血の繋がりがないことは皆が知っております。故に阻むものはございません。」



なんだと?

突然飛び込んできた息子の言葉に我に返る。



「まあ!!嬉しいですわ!!」

「いかん!!そんなこと許さんぞ!!」

言葉を発したのはルメリとテオドール、ほぼ同時であった。

長男は優しい眼差しをルメリに注いだ後、醒めた視線をテオドールに向ける。


「お父様、まだお気付きでないのですか?貴方はもう何の権力もお持ちでないのですよ?私の慈悲で、この場に同席させているだけだ。」

テオドールは目を見開く。

「何をバカなことを言っている?」

「間もなく貴方にもこの言葉の意味がわかるでしょう、当主。貴方の引退は親戚筋との会合ですでに決まっている。貴方はソルの地を枯れさせた責任を取り、潔く領主の地位を辞任した。そして、空席となった領主の地位に私が座ることになる。代々ルブレスト家の当主が領主となる決まりだから、これより私が栄えあるルブレスト家当主を継ぐ。貴方には領地の端にある別邸で過ごしてもらうことになるでしょう。

残念ながら、皆が貴方のやり方についていけないそうなのです。貴方には主だった雇い人からの辞表と親戚筋の家から離縁状が届くでしょう。従う者がいないのに、領主が務まるわけがないではないですか。

彼らは、この危機を乗り越えるため、私と共に国へ尽くしたいと申し出ている。

貴方とは違い、皆、信仰心の篤いものばかりですから。」

「信仰心の篤い?」

いつの間に毒されていたのか。

視線を再び巡らせれば使用人の中に息子と同じ熱に浮かされたような表情がいくつも見受けられる。

「そ、そんなこと、誰が認めるか!!」

「認めるも認めないも…」

領主は国の承認を経て初めて交代が認められる。

こんなその場しのぎの策に根回しなどされているはずなどない。

いくらでも理由をつけて覆せる、テオドールがそう思っていた時だった。



「私が、認めましょう。」



どこからか発せられた声に部屋が静まり返る。

確認すれば侍女が慌てている姿が視界に入る。

ベール越しに話し掛けているところを見ると、先程の言葉は聖女が発したものなのだろう。

テオドールは初めて彼女の声を聞いた。

だがこの声は、どこかで?



「おお、統一神の使いである聖女様が認めてくださったぞ!!」

息子の言葉に部屋が騒然となった。

それもそうだろう。

聖女は教団に属している。

その聖女が認めたということは、教団という勢力の後ろ楯を得たのと同じこと。


「何てことを…。」

ここに至って教団の思惑が透けて見えた。

教団に従わぬテオドールを廃し、言いなりになる息子を据える。

これで彼らが領地ソルを思いのままに動かせるというもの。

ブレストタリア聖国の食糧庫を教団が握ったのだ。

この事の意味を国の上層部はわかっているのか?


「戦争でも起こす気なのか?教団は…。」

ぽろりと溢れたテオドールの言葉に、聖女がふわりと笑ったような気がした。

この笑い方、それにこの気配は…。



「…クリスティーナ?

お前、クリスティーナだろう!!なぜこんな恩知らずな真似を!!」

聖女に掴み掛かろうとする彼を使用人達が押さえつける。

そこには当主であった者に対する敬意は微塵も残っていなかった。

あるのは傲りに満ちた愚者を蔑む、冷たい視線だけ。

「なんという無礼を…。あんな恥さらしの娘と、美しく気高い聖女様を混同させるとは。第一、聖女様は輝くような金の髪をお持ちだ。あれは老婆のような銀色の髪だっただろう。」

父親に醒めた視線を向けた後、息子は聖女に頭を垂れる。

「申し訳ございません、聖女様。御身を危険にさらしてしまいました。本来であればあの者の命をもって償うべきところですが、あれでも我が父。どうか命だけはお救いください。その代わり、終世別邸に幽閉させ罪を償うことを当主の名のもとに誓います。」

聖女は一つ頷いてベール越しに侍女へと囁く。

「…聖女様は、勘違いは誰にでもあるものですから許すと仰せです。」

再び頭を垂れ謝意を示すと、息子は振り返りかつて父親と呼んでいた者を見下ろす。

「この罪人を別邸に幽閉せよ!!決して館から出すのではないぞ!!」

「離せ!!私は栄誉あるルブレスト家の当主だぞ!!無礼ではないか!!」

暴れるテオドールを手際よく拘束し部屋から連れ出す使用人達。


この場にエマがいたのなら気が付いたかもしれない。

使用人にアントリム帝国で彼女を襲った男達が含まれていることに。

ゆっくりと、密やかに。

教団の力はソルの地を支配していた。


「それでは聖女様。こちらへお越しください。」

祈りを捧げる祭壇の準備が整ったようだ。

侍女に促され聖女が椅子から立ち上がると、新たな当主は恭しく聖女を導き、彼女の後ろを頭を垂れた使用人達が付き従う。


一行の姿を遠くから眺めていた者は口々にこう言った。

彼らの姿はまるで聖地を目指す巡礼者のようであったと。







長くなりましたので、キリのいいところで切りました。

ちょうどテオドールの視点のお話でしたので幕間としました。

ちょっとざまあな展開を目指したのですが、残念ながらそうでもなかったです…。

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