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エル・カダルシアの魔法手帖  作者: ゆうひかんな


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魔法手帖百九頁 集う大精霊と禁忌『浸食』、里帰りと初めてのお使いの土産話


ブレストタリア聖国、ソル。

四大精霊に祝福され豊穣を約束された地は、今や呪われた地となっていた。


『酷いな、これは。もう我々の祝福すら効果がない。』

『…ん。呪詛によって侵された範囲が広がって、地中深くまで浸透してきている。呪詛が地下水脈まで汚染するのも時間の問題かも。』


土の大精霊の言葉に頷いて同意を示すのは木の大精霊。

彼らは植物を増殖させるという一点において関係が深く連携がとれていた。

故に今回の件においての対応を委ねられていたのだが。

状況は予想を遥かに越え悪い方向へと進行していた。


『そうなれば穢された水によって呪詛が運ばれ、この地だけでなく水脈の繋がる先の土地まで呪われるだろう。そうなればこの地以外の精霊の住み処も呪いを受け、最悪我々は住み処を逐われる事になる。今後は水の浄化も考えなければならないか…水の、に相談するか?』

『でも彼は呪詛に影響を受けた精霊達の浄化や癒しで力を使い過ぎている。これ以上使えば彼の存在自体が危うくなるよ。』

『それは困るな。それなら、あと浄化が使えるのは…奴か。』

『正直頼りたくないんだよね…怖いし。後始末が大変だし。』


彼に浄化された土地は草木すら残らない。

再び豊かな土地へと作り直すには長い時間と労力がかかる。


『しかしこのままだと我々の住み処すら危険にさらされる。水脈が穢される前にこの国丸ごと浄化するという手段も選択肢の一つとして考えておかねばなるまい。』

『でも、相手は彼だよ。』


相手の油断を誘うために愛らしい容姿を選んだ変わり者。


「ん?それって誰の事?」

『『は??』』


突然後ろから声を掛けられ驚く彼らに、にっこりと笑みを浮かべる白い毛玉。

…光の大精霊。

今は侍女とおぼしき身なりの精霊に抱えられている。


「久しぶりだね、土の大精霊に、木の大精霊。どうしたんだい?迷子のように途方にくれて。」


そういうと呆然と立ちすくむ二体の脇を何事もなかったように通りすぎ、呪詛の源…禁忌の魔紋様まもんようへと近づいていく。

二人は魔紋様まもんようを観察し、光の力で紙へと紋様を模写する。


「血で描かれたようですね。脈打つ紋様の糸がまるで血管のよう…。」

「動きに合わせて呪いが吐き出されているのか。まるで呪詛自体が生きているかのようだね。」


禁忌『浸食』。

魔紋様まもんようを仕掛けた一帯に呪いをかける効果がある。

魔素の発生源付近に仕掛けることでより広範囲に強い効果を示す。

実り豊かな土地には、他の地域よりも優位な土壌や立地条件というものがある。そしてこの世界ではもうひとつ、精霊の多く見られるいう場所もまた、豊かな実りが約束されるのだ。

精霊により多くの魔素が運ばれ、それを循環し活性化する。

そして今回精霊に被害が多かった理由もここにある。

この世界へ出入りをするために常設されている"精霊界への出入りゲート"。

その一つがこの岩の近くにあった。

精霊界に魔素が溜まりやすい、という効果を狙って仕掛けられたものらしい。

精霊界から溢れた魔素を吸収して今も呪詛をばら蒔いている。


『光の。それ以上近づくと呪いに…。』


辛うじて絞り出された土の大精霊の声は楽しそうに笑うシロの声に打ち消された。


「大丈夫だよ、土の。この程度の呪詛、我等には効かない。」


結界が阻むのだろうか、シロと彼を抱える侍女…グレースには全く影響がないらしく二体とも表情を変えることもない。


『…でしたら、初めから貴方が対応すれば良かったのに。』


こぼれ落ちた言葉は口にした本人ですら思わぬものであったようだ。

口にした者…木の大精霊の願い虚しく、言葉は言われた当人の耳へとしっかり届いていた。

シロは口元に笑みを浮かべる。


「わかっているだろう?我ならこの魔紋様まもんようを見つけた瞬間に、この国を白く塗り潰していただろうね。その結果を想像した上で我の力を求める覚悟が君にあるのかい?それとも、この国を独断で塗り潰したとしても、何のわだかまりもなく我を赦せる度量が君には備わっているのかな?」


光の大精霊として助力を躊躇うのは、彼らの気持ちがわかるから。

強すぎる力は同じ精霊であっても警戒べきもの。

いや、同じ大精霊と呼ばれる立場であるからこそだろうか。

石の周りを囲む豊かな緑と地が孕む数多の生物達を見つめる。


「我が塗り潰すことでこの場所にある君達の眷属は漏れなく滅びる。そして再び元に戻すまで長い時間が掛かるだろう。面倒を嫌い眷属を愛する君達が忌避するのも理解できるよ。…まあ遠慮したからこそ、ここまで被害が広がったともいうけどね。」


にこやかな表情のまま、紡ぐ言葉には棘が混じる。

とはいえ、この場で大精霊同士いがみ合っても利益は生まれない。


「さて助力が必要なら情報交換しようか。」

『その前に確認させて欲しい。この国を主の力で浄化するつもりか?』

「我はそうしたいのだけどね。」


土の大精霊の言葉にシロはわずかに首を振る。

それが一番単純で、効率がいい。

契約者エマの身の安全を確保するためにも。

この国の聖女がダンジョンに危害を加えようとしたことはわかっている。

ダンジョンに問題が起これば、エマが苦労するからそれは避けてあげたい。

いっそ国ごと彼女も消してしまおうか?

シロは口元を歪める。


『光の…思いっきり物騒なこと考えてる顔してるよ。それだから頼りたくないんだ。あとでどんなしっぺ返しが来るかわからないじゃない。』

木の大精霊が嫌そうな表情を見せるのを、シロは軽く受け流す。

「経験が足りないだけだよ。やがてそんなものだと諦めがつくようになる。」

『…それで、代わりにどんな策を考えてるのか?』


土の大精霊がため息混じりに軽く首を振った。

シロは笑みを浮かべる。本当、付き合いが長いものほど諦めが早くて助かる。


「その前に聖女の動向を教えて。」

『それについては私が答えるわ。』


土と木の大精霊の後ろから、軽やかに弾むような声が響く。


風の大精霊。

女性の容姿を選んだ彼女が司るは風、情報と嘘、そして交易・交通。

人間界と縁の深い彼女は各国にある拠点を飛び回るようにして暮らしている。

彼女もシロと同様に普段は退屈だからと精霊界へ寄り付かないが今回は特別なのだろう。


「久しぶり、風の。精霊の道の装飾見たよ。なんかこう…ひどくない?」

『あら、変わってていいでしょう!!異世界から呼ばれた人が作った町を参考にしたの。美しさと醜さの混沌としている様がまさに芸術よね!!』


うっとりと見上げる先にはきっとシロの知らない宇宙でも映っているのだろう。

…知りたくもないが。


「ということは最近のお気に入りはバルザック公国かな?」

『あら?!!何でわかったの?あの国は芸術と食材の都。街中に集まる情報の量と質は他国の比ではないわよ。』

「それで、今日ここへ顔を見せたのは?」

『素敵な情報が集まりそうな予感がしてね。例えば機密性の高いこの国の聖女の動向。』


一つ指を折る。

それから、軽い口調に似合わぬ鋭い視線をシロへ向けた。


『情報として鮮度の高い、次代の魔法紡ぎの女王について。』


もうひとつ、指を折る。

視線の鋭さはそのままに口元へ笑みを浮かべて。


「情報はいくらでも欲しいし、こちらの情報も話せることなら話すけど。彼女の事は話せないな。」

『あら、貴女が彼女と契約したということは高位のものなら誰もが知っているわ。それでも彼女を隠そうとするのは何故?』


彼女の口角が上がる。

指先が自身の唇をゆっくりと撫でる仕草をしている事に気が付いているのだろうか。

まさに野にある獣が獲物を見定め、舌舐めずりをしているかのよう。

情報という大好物の獲物を前にして。


シロは一つ溜め息をつくと白い毛玉から人身へと姿を変える。

それからポンポンと手を打った。


「はいはい。熱くなるのはここまでだよ。最優先されるのは、これをどうにかすることだろう?」

『あら、意外。怒り狂うと思ってたのに。』


あっさり矛先を収めたのは簡単に話してもらえるとは思っていなかったからだろう。

とはいえ、諦めていないのは態度でわかる。


シロは固く心に誓った。

後で光の眷属に言付けておかなきゃ。

エマには絶対に近付けさせるなって。

食べること大好きだっていう情報が彼女に漏れたら、上手いこと言い含めて連れ出した挙げ句、シロに内緒で大陸内を連れ回されそうだ。

それで帰ってこなかったらどうする?

どうしてくれる!!


『聖女様は先程ソルへ到着したわ。これから速やかに浄化の儀式を行うそうよ。』

『随分と慌てているのだな?』


品格と、品位。

教会の人間は体面を重んじる。

見た目は質素ながらも質の良い衣服を纏い品位を保ち、さらに自身を有力者が丁重に扱う姿を信者へ見せることによって教会の格を上げていると、そう聞いていたのだが。

今回だって招かれた側として充分に接待を受け、体を休めてから力を振るうと思っていた。

まるで追い立てられるかのように対応するとは。


『招いたルブレスト家は饗す気でいたようだけど。聖女様曰く、"多くの人間が苦しんでいるのなら速やかに対応すべき"で"苦しんでいるものから搾取するのは嫌だ"と仰ったとか。本心なら聖女と呼ばれるに相応しい振る舞いね。』

「ならばこれから儀式が見られるということ?」

『ええ。それでは大精霊の皆様、私が用意した特等席へ御招待しますわ。』


風の大精霊は優雅に服の裾を揺らす。

そして、しなやかな指先が指し示す先にぽっかりと空間が口を開けた。


『これから皆様は儀式のためにこの領へと招かれた取引先の商人へと身分を偽って貰います。外見も纏う気配も全てそのように変わっていただきますわ。ああ、そちらの光の眷属の方はそのまま気配だけ変えて侍女として控えていただくことにしますね。身分的にも不自然ではないでしょうから。』


商人を招いたのは、蔓延る呪いを解いた聖女という存在を他国に正義の者として知らしめ、最近は出来が良くないとされる商品の悪評を払拭しようとしたからだろう。

教会とルブレスト家の思惑が重なって浄化の儀式は領地を賑わす大きな催しとなった。

そして彼らはそこに参加する者に成り代わろうというのだ。

空間を通りすぎ、再び姿を現した大精霊達とグレースは容姿も平凡で気配も別人のように変化している。


『さすが"嘘"を司る者だけある。』


土の大精霊の言葉に、にっこりと微笑む風の大精霊。


「また腕を上げたね、風の。」

『人間に混じって暮らすには我々の容姿と気配は目立ちすぎるもの。』


シロは一つ頷くと様子を見に来ていた光の精霊を集める。


「遠くからでいいから、魔紋様まもんようの変化を見て、後で教えて。残ったもので君達が一番呪詛の影響を受けにくいようだから。」

『『はい、光の大精霊様。』』

「これで何か問題があれば知らせがくる。」

『では皆様参りましょう。間もなく始まるようよ。ああ、分かっていると思うけど一つ忠告を。』


風の大精霊が自身の唇に指を当てる。


『ご自身の言葉に気をつけて?言葉に嘘の魔法は効きませんから。うっかりでも呪ったら後で大事になるわよ?それからもう一つ。力ある精霊の気配が街中のそこかしこに漂っていますから彼らに悟られないように気をつけて下さいませ?』

「例の双子?」

『…かもしれない、とだけ言っておくわ。』

「ついでに捕まえて帰れると良いのだけどね。」


彼らが彷徨く先には、いつも厄介事が起きる。

いい加減、本気を出さないといけないかも知れない。


其々に思いを抱えながら移動する精霊達。

呪詛の刻まれた石からやや遠ざかったところに別の空間の入り口が開いている。

ここから風の大精霊と共に会場近くまで目立たぬように移動するらしい。



里帰りと、初めてのお使い。

エマにいい土産話が出来た。

シロは笑みを浮かべる。


聖女はどんな余興を見せるのだろうか。

彼女のことだ、まともに浄化などするまい。何に対して憤りを抱えているのかは知らないけれどこの地の領主は彼女の怒りを買っているようだ。


人の罪を許すとされる聖女が発する"憎悪"という感情。

隠された感情を読むことは、上に立つものの必須であると思っていたのに。

この地の領主は随分と感情の機微に疎いようだ。


「決してただでは済まないだろうね。」

聖女の精霊を敵に回すことを厭わぬ覚悟は素晴らしい。

その覚悟に見合うだけのごうを見せてもらおうか。


日は間もなく最も高く上る。

浄化に適した時間であるとされる真昼の時間帯へと差し掛かろうとしていた。



今年初の投稿です。

長くなりそうなので切りました。

新しい年を迎えましたね。

本年もよろしくお願いいたします♪

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