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エル・カダルシアの魔法手帖  作者: ゆうひかんな


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魔法手帖百八頁 異世界から呼ばれた人と、節制者(ソプロシュ)


「あら、エマさんたら。体術の訓練が終わった後みたいにぐったりしてるけど、どこ走らされてきたの?」


膝から崩れ落ちた私の脇からオリビアさんの声が聞こえる。


走る?

とんでもない。

走った方がマシじゃないかっていう位、精神的に扱かれた私からはもう汗も涙も出ません。

ついでにやる気と根性も売り切れです。


「後半の魔紋様まもんようは売り物にならないな。」


師匠の容赦ない一撃が突き刺さる。

この人、手加減というものを知らないのか?

いや、知っててあえて使わないタイプだわ。


「あら、でもこの辺りくらいなら価格を下げて売れるわ。」

「そんな商売もしてるのか?」

「それだけエマさんの紡ぐ浄化や回復の魔紋様まもんようは人気が高いのよ。彼女、真面目だから魔紋様まもんようは出来の良いものだけを選んで納品してくれていたのだけど、その分、破棄されてしまう魔紋様まもんようもそれなりに数があったのよね。それで一度試しに全部納品させてみたら時々処分するか販売するか迷うレベルの商品があることに気がついたの。だから本人と相談してそういう商品は数量限定で価格を下げて販売することにしたのよ。」


いわゆる二級品というものですね。

さすがに糸が切れてしまったものや紋様が歪んでしまったものは商品化出来ないけれど、多少糸の太さにバラツキがある位のレベルは使用する魔力の量が一級品より多いというだけで問題なく発動する。


私がよく収納から取り出して使う魔紋様まもんようがこれ。

順調に魔力量の増えている私に微々たる差は問題ないから。私が魔力量の残りを気にするほど追い詰められたことがない、という事もあるが、二級品は冒険者の方にも売れているらしいので使う場面を誤らなければ使って大丈夫という認識で良いのだろうと思っている。


ちなみに二級品は紙ベースでのみ販売してるから、一回魔力を流すと二回は使えない。

つまり使い捨ての魔紋様まもんようという訳。長い目でみれば一級品を魔石に刻んで魔石が壊れるまで繰返し使うタイプの方が効率もいいし安上がりなんだけど、こういうものは工賃が上乗せされる分、とにかく値段が高い。


回復や浄化はコンスタントに需要があるせいで、特にその傾向があると聞いた。

だから多少質の落ちる物でも必要な人に使ってもらえるのなら販売してもいいかな、と思ってオリビアさんと相談して決めたのが"二級品の魔紋様まもんようの販売"という訳だ。


きちんとした魔紋様まもんようの適正価格の設定に準じて、価格破壊を起こすほどには安くないけれど、市場が活性化する程度の価格設定で品数を限って販売してもらっている。せっかく機会を得て、この国で魔法紡ぎとして働いているのだ。


顧客となる人達の要望には応えたいですよね。

それで美味しいものが食べられて、一日が無事に過ごせたらこちらとしても幸せだ。

お互いの益になることならば、この世界の営みに過干渉しない程度には協力します。


…そのために魔法紡ぎの腕前が上がるのなら練習も大歓迎なのだが。

うう、何しろ魔力が足りない。


「ちなみにエマさんの一番の顧客はこの方よ。」


力尽き倒れ伏す私の頭上からオリビアさんの声が降ってくる。

その視線の先を辿れば…師匠の姿が。


「顧客ですか?」

「一定数を納品する約束で少し高めの価格設定にも応じてもらってるの。…きっと魔紋様まもんようを通じて確認したかったのね、可愛い弟子の成長を。」


確かに接触は禁じたけど、販売される商品を買うなとは言っていない。

魔紋様まもんようの出来は私の魔力操作の向上とリンクしている。

あれ、意外と気にかけてくれていた、のかな?

ちょろっと師匠の表情を伺う。

…いや、あの顔は違うな。

利用する気満々じゃないですか!!


「結界の外では日常的に魔物が出現している。問題になりそうな規模の魔物の群れなどは騎士団や魔法師団で対応するから、浄化や回復は一定数必要になるんだ。せっかく仕入れ先に心当たりがあるのだから使わない手はないだろう。」


オリビアさんの愛に溢れた解釈を無表情で受け流し、魔紋様まもんようの出来を確かめながら選り分けていく。

私に名乗って負い目がなくなったせいか、その辺りの大人の事情を隠さなくなったな。


「この商品を買い取りたい。」

「毎度ありがとうございます。」


あれ、魔紋様まもんようの束に師匠の指示で教本通りに紡いだ出来の良くないものも含まれているような。

私の視線の先を読んだのか、師匠がそっけなく答える。


「お前の紡いだオリジナルと効果を比較検証するためだ。」

「…ストーか」

「よし、回復効果中程度のものを、今すぐあと十枚紡げ。」


丁度足りないところだったから良かった、などと笑顔で言わないでください。

淑女の皆様やお城の侍女さんには通用するかもしれませんが、私には悪魔の微笑みにしか見えません。

というよりもですね。


「この言葉の意味知ってましたっけ?」

「調べた。」


調べたって、調べられるのか!!

ニヤリと笑う師匠に弾かれたように視線を向ける。


「異世界から呼ばれた者はお前だけじゃない。」

「その人、生きている人ですか?お話出来ます?」


以前ルイスさんに紹介いただいた"先生"とは違う人なのかな?

会えるならそういう人には話を聞いてみたい。

この世界は彼らの目から、どう見えているのか。

彼らはどうしてこの世界に残ることを決めたのか。


「そう言われそうな気がしてたから、お前の話はしておいた。『興味あるなら一度会いにおいで』と言っていたぞ。」

「どんな人、ですか?」

「…まあ、会ってみればわかる。それよりも、仕事の方が先だ。」

「仕事…あら残念?!もう魔力残量ないですよ!」


いや、本当に残念だな…と台詞を続けようとしたところで。


「遠慮なく使い切れ。更に魔力量が増えるように。」

「…それ、何で知ってるんです?」

「だから言っただろう、調べたと。正確には教えてもらった。お前達(異世界人)はそういう魔力の増やし方が出来るとな。」


師匠、ドヤ顔されても全然嬉しくないのですが。

オリビアさん、憐れみを込めた視線を送ってくださるようならそろそろ止めてください?

今度こそ、うっかり従業員が死ぬかもしれませんよ?

その後、回復中程度の魔紋様まもんようを何枚か紡ぎ、完全に魔力が尽きた私はソファーに横になったところで意識を失った。


「相変わらず予想を上回る魔力の増え方をしているな。」

「だからって、そんなに厳しく指導なさらなくても。」

「彼女は生きて元の世界に帰りたいと言っていた。いつ厄災に見舞われるか予測がつかない以上、彼女自身生き残るための手段は一つでも多い方がいいだろう。魔力量もその手段のひとつだ。」


うとうと微睡む私の耳に流れ込む会話。

魔力を失った体に師匠の魔力が流れ込んでくる。


温かく、優しい力。


悔しい、と思った。

この人はいつもどこか私に優しい。

そしてその優しさ受けることを許してしまう、自分の甘さ。

憤っていた時でさえ憎みきれない自分の弱さは何に因るものなのだろう。

これが女王としての盾に対する気持ちなのだろうか。


守られ、甘やかされる。

でも私は乙女ゲームの主人公じゃない。

彼女達のように国を背負って立つという義務もなければ使命もない。

それを期待されても困ってしまう。


私を守ろうとするのは"女王の盾"であるからだろうか。

もしくは世界の脅威になる可能性のある者に対する備え。

過ぎた力は世界を変えてしまうかもしれない。

異世界から呼ばれただけの私が負うには過ぎた力。

当初私が望んだのは、ささやかな幸せ。この世界で魔法を紡ぎ、人との繋がりが出来ること。

それだけで良かったのに。

そしてその幸せが少しでも長く続けばいいとそう願うだけの平凡な人間だ。

私自身には国が主導で守る程の価値があるとは思えない。


でもこうやって繋がった縁は、"アリアの花冠"を私が起点の魔紋様まもんように与えられたからこそ。

今からこの縁を手放せるかと問われれば…正直出来ない。


だからこそ、恩恵を享受するだけの存在であってはならない。

この世界からうけた恩恵は、この世界に還元されるべきだと思う。

それが最高峰の起点の魔紋様まもんようを授けられた私が支払うべき対価。


『エマさん、責任や義務は身分や地位に伴うのよ。』


この国で、身分も地位も持たない私が背負うものは何なのだろう。

そもそも私がこの世界に望んだものは何なのか?

探し求める答えがこの世界にあるというのだろうか?


とりとめのない思考は意識の混濁に因るもの。


暗転。

意識が途切れる。

体内を流れる魔力によって繋がる回路。



またひとつ、扉は開かれた。



ーーーーーーー



ぐわりと、ダンジョンが揺れる。

急激に満ちる魔力を攻撃と判断したのか、結界に負荷が掛かった。


『魔法紡ぎの女王が、"盾"を手に入れたな。』


動揺する書籍の魔物達をぬしと呼ばれる所以となった自身の魔力で押さえつける。

魔力の循環は守りを主軸とした"盾"の最も得意とするところ。

なるほど、魔力の循環が鍵であったか。

女王の信頼を得て、"盾"は新たな力を手に入れる。


ダンジョン内に突然闇とは別種の魔力が膨れ上がった。

香りに酔うように場違いな振る舞いを起こす魔物もいれば、怯え狼狽える者もいる状況に溜め息をつく。

魔物は魔力に敏感だ。

自身のように強大な魔力量で従わせることが出来るのもそのため。

濃密な魔力の匂いがここまで流れてくる。


この魔力の出所は女王エマしかあるまい。


彼女を教育して力の強弱を操作することを教えねば。

現状出来ることといえば、魔力を魔力で押し返すこと。

自身とは魔力の質が異なる故に干渉するのは骨が折れるのだが。


『ここは彼女が"師匠"と呼ぶ者に任せよう。弟子を導くのもまた師匠の務め。』


恐らく"盾"も女王から新たな力を得ているはずだ。

それを使えばなんとかなるだろう。

今まで様子見と、国が放置しておいたツケがここにきてエマの急成長を後押ししているのだ。ちゃんと面倒をみなければ、彼女は世界の脅威とされてしまう(・・・・・・)

…そんなことになれば、あの片割れが再び物騒な思考にとりつかれるではないか!!

ああ、胃が痛い。


魔力の流れからエマの所在を探ったところで、ダンジョン内部に満ちる濃密な魔力の気配が急速に萎んでいくのを感じた。

思わず目を見張る。


…ほう、自身の新たな力に気付き、すでに使いこなすか。

さすが若干十三歳にして国の防衛を担う"魔法紡ぎ"として城に仕官するだけの器量はあるというもの。

それとも彼に流れる血がそうさせるのか。

程なくして濃密な魔力の気配が完全にダンジョン内部から消えた。


主様ぬしさま、大丈夫でしょうか?!」

『ああ、大事ない。だから先に何があったか聞かせてくれ。』


息を切らしたオリビアの姿に初代女王の面影が重なった。

色合いは違うとも、二人の立ち姿や凛とした表情はとても良く似ている。


記憶の中にある女王の姿。

その彼女へ、常に寄り添うように立つ黒髪、黒い瞳の男は、彼女の傍らにあって政務と彼女への魔力の供給や複雑な魔力操作を支えていた。


古の時代、彼のような存在を"節制者ソプロシュ"と呼んでいた。

過剰に溢れるものを調節し正しき流れへと還し、ことわりに反するものを、あるべきの姿へと修復する者。



"マグルスマフの盾"。

高位の一つとされる起点の魔紋様まもんようが司るは叡智と節制・・

彼が得た新たな力はエマを育てるための力であり、彼女を守るための力。

未熟な面もある彼女にとっては導いてくれる存在は心強いだろう。

だが、一抹の不安がよぎる。


今の彼の立場で、その力がもたらすのは恩恵なのだろうか。

むしろ時を越えてなお、彼を彼女に縛り付ける呪いなのではないだろうか。




簡潔に説明するなら、師匠、保護者認定される回でした。

次話は息抜きの閑話です。

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