魔法手帖百六頁 ダングレイブ商会、襲来!!②
静まり返る室内。
声を発したのはの御曹司の弟さんだった。
「はじめまして。私はダングレイブ商会で頭取の補佐を勤めているラシム・アリファ・サイールと申します。私は平民ですから気軽にラシムと呼んで下さい。」
「…ご挨拶が遅れました、エマと申します。よろしくお願いいたします、ラシムさん。」
どうしよう…彼の隣で頭取があんぐりと口を開いているのだが。
このままスルーしてもよいのだろうか?
しかも平民のという台詞に、そこはかとない頭取への嫌味が含まれているように聞こえた気がするのだが気のせいだよね?
私の視線の先に気がついたのだろう、ラシムさんは苦笑いを浮かべる。
「私は頭取の息子とされていますが、血縁は殆どないのですよ。遠い親戚の端に辛うじて繋がっていただけなので、実質ほぼ他人ですね。扱いやすい無給の従業員が欲しかったのと、容姿が兄に似ていて違和感もないし、兄の尻拭いや兄が継いだ後に実質仕事を運営していく存在が欲しかった、ただその為だけに引き取られ、籍を与えられています。」
…どうしよう。
いきなり重い身の上話を聞かされたんだが、さすがに人生経験が浅すぎてフォローの仕方がわからない。
よし、聞かなかったことにしよう。
「それで茶番とは?」
「おや、さくっと流しましたね。」
「ラシム!!お前に発言を許した記憶はない!!それにわざわざ息子としたのはお前に見込みがあったからだ。決して利用するためだけではないぞ!!身寄りもなく貧しいまま死ぬよりもマシだろう?」
頭取の言葉を要約すると『恩を仇で返すな』そう言いたいのかな?
ラシムさんは再び苦笑いを浮かべる。
「ええ、もちろん恩義を感じてますよ。だから敢えて言わせてもらいます。彼女は、もう王側につくことを…いや、我々商会側につかないことを選んでいます。初めから謝罪を受けないつもりだったのですよ。我々が責任をとらないだろう、という前提で。」
思わず笑みが溢れる。
さすが最前線で商売をされてきた方だ。
話さなくとも、こちらの意図に気が付くとは。
恐らく商会は…いや、頭取はこの面会で私に商店としての格や規模の差を見せたかったのだろう。例えば支店や従業員数だけでなく、お金や物質的な支援という形で。
だから補償として金銭的な支援を自ら申し出たのだろう。
そして話を詰めていく過程で私がオリビアの店との待遇の差に気が付けば、知名度が高く商売の幅も広いダングレイブ商会を取引先にと当然望だろうと。
それとも…そうはならなくても補償の契約書にでも紛れ込ませて私を別の契約で縛るつもりがあったのかもしれない。
先程から『商会の人間でないと』『商会の人間ではない』を連発しているからね。
つまりは補償、という名の先行投資。
ところが私が求めたのは責任の所在。
内心慌てただろうな。
商会は…というか頭取は早急に今回の騒動を収めたかったがために、さっさとトーアさんをクビにした。
何で知っているのかって?
ふふ、それは世間話のついでにうっかり喋ってくれた偉い人がいたからですよ!!
それなのに頭取は先程、『彼は自らの意思で商会を辞めた』と嘘を言った。
恐らく私が幼くみえたために、権力を振るい彼を辞めさせたという行為に恐れや嫌悪感を抱くことを避けたかったのかもしれない。
だが、私からすれば商会が辞めさせたのではないのだから、商会として処罰を与えたとはならないのだ。
自ら罰したわけでない、だけどそれを罰したとして謝罪するという考え方はおかしいのではないだろうか。
まるで"商会に責任はないから彼を許すついでに許して"と言われているようだ。
謝罪は責任を伴ってこそ、活きてくるもの。
もちろん客商売だから、対外的に謝罪はしておきたいという意図だったのかもしれない。
もし犯した罪が、その程度で許せる内容なら責任の有無について問うことはないけれど、今回悪意をもって流される噂により、"蒼の獅子"は冒険者として築いてきた信頼を損なう危機、オリビアの店についても同様に築いてきた信頼に傷を付けられるところだったのだ。
『悪意はないの、迷惑かけてごめんね』程度の軽い謝罪で済むわけがないだろう。
それに私は間接的に巻き込まれただけで噂で傷付くのはオリビアの店の評判のはず。
私に直接謝りたいという時点で裏があることは明白なのだ。
たぶん、欲が出たのかな。
初対面で好印象を持たれることは無理としても私に定期的に会う口実となればよいと。
私が魔法紡ぎの女王であるか確信は持てなくとも、魔法紡ぎの女王である可能性のある人間と知り合ったという結果が欲しかったのかもしれない。
親しくなったら理由をつけて魔法を紡がせてみればいい。
起点の魔紋様に"アリアの花冠"を持つものは他にいないだろうから。
「おおよそ、貴女の予想通りですよ。」
ラシムさんが笑みを浮かべる。
そうなのだ、私は表情に思ったことが出やすい。
だから表情を読まれればこちらの意図は話さずとも伝わってしまう。
それなのにその程度の感情の機微が読めなくて商会を運営できるのだろうか?
再び表情に出たのだろう、ラシムさんは笑いを噛み殺す。
短く切り揃えられた黒い髪が小刻みに揺れている。
…しょうがないじゃないか。
顔に出る性分なんだから。
「本当に感情表現の豊かな人だ。逆に全てを話してもよいと思えるほどに。」
「その言い方だと、色々根回しが済んでいそうですね。」
「ええ、ここからは商会の上層部で採決された確定事項を申し上げます。」
雰囲気が一気に替わった。
オリビアさんでさえ、思わず息を止めたほど。
さすがダングレイブ商会の本当の運営者。
初めからこの雰囲気で話されれば確実に舞い上がっていただろうな。
予想外の展開についていけないのか、怒りが突き抜けて言葉を失ったのか、頭取の口が金魚のようにパクパクしている。
「上手く隠していたようですね。」
「そういう世界で生きていますから。」
微笑んでからラシムさんは滑らかに話を切り出す。
「先ずは当方の従業員が皆様を貶めようとしたことについて、謝罪いたします。誠に申し訳ございませんでした。」
笑みを収め、面持ちを真剣なものに変えて、先ずは謝罪を。
「ダングレイブ商会は今回の一件に対し、商店『黒龍の息吹』へ正式に書面で謝罪いたします。また貴店の営業に与えた損害の、おおよその金額を当商会の財務が試算しておりますのでその分を補填として一括でお支払いたします。それ以外の損害があった場合には請求書と請求理由を文書にて私宛に請求してください。妥当と判断された場合にはそれも賠償させていただきます。次に冒険者の皆様については迷惑をかけたことに対する賠償として当日かかった費用を全額負担させていただきます。ブラックマーナガルムを対処した報奨を上乗せして。その上で商会は今回の騒動に関わった冒険者の皆様にはこちらから必要以上の接触はしないことを次期頭取としてお約束します。ああ、でも接触はしないとしても紹介所経由で依頼を出す位は見逃してください。優秀な方々ですし、人の命が掛かることもありますので。」
これは予想外だった…さて、何と回答しよう。
"蒼の獅子"については皆さんの意向を確認しないと返答出来ないから保留するとして…。
回答の有無を求めてオリビアさんの方を見れば大層驚いた表情をしている。
最初に頭取が提案した内容と比べても雲泥の差。
何でこの人が今まで表に出てこなかったんだ?
最初から対処してたらきっとこんなに炎上しなかったのではないだろうか。
炎上させる事が目的だった私にとっては逆に運が良かったのだけど。
「何をバカなことを!!お、お前なんぞに、お前ごときが、頭取など!!」
自分を取り戻した頭取が完全に逆上した。
その姿に醒めた視線を向けながらラシムさんが更に追い詰める。
「貴方が欠席された会議で満場一致で可決されました。残念なことに誰も貴方を庇う役員はいませんでしたよ。そして貴方はこの部屋を出た瞬間に商会から除名されます、元頭取。ああ、王女殿下に助けを求めても無駄ですよ。今回の人事は王城にも既に報告を済ませてあります。『頭取は騒動の責任を取って辞任され、問題を起こしたご子息共々商会を辞めた』と。」
まさにトーアさんが取られた対応そのまま。
これにより今回の騒動においてダングレイブ商会がこれ以上責任を負うことはない。
あっても事後処理に伴う責務ぐらいだろう。
なんと鮮やかな幕引き。
「認めん、認めんぞ!!恩を仇で返しおって!!」
「勘違いなさらないでください。私をここまで育ててくれたのは"商会"だ。貴方やご子息に対する恩は今までの実績と不祥事の後始末で充分に返している。それとも貴方が何を私に指示し、何をさせてきたかこの場ですべてお話ししましょうか?」
「そ、それは…。」
「それに恐らく画像や音声は魔道具で一部始終記録されているでしょうから。」
「ふふ、それはどうでしょう?」
私の答えに意外そうな表情を見せるラシムさん。
この場合、答えは濁しておくに限る。
だって、この部屋で録画や録音しても記録を持ち出せないのだもの。
『金貨の部屋』はそういう意味では使いにくい部屋だったりする。
魔法も、魔道具でもこの部屋で得られた効果は出入口に張られた結界を通過する際『強制的に消滅する』。
だからこの部屋で録画や録音をしても入り口で消されてしまうから持ち出せないのだ。
商談でこの部屋に魔道具を持ち込むことはあっても、それはあくまでも動作確認のため。
記録が持ち出せなくとも、この部屋で魔道具がスムーズに動けば問題がないから特に例外も設けなかったそうだ。
一応、魔紋様を紡いで持ち出せるか試してみようかとも思ったけど、今回は思うところがあって止めました。
元頭取が今日の出来事を自分達に都合の良いように改竄して噂として流しても、今や彼らの流す中傷を真に受ける人はほとんどいないだろう。
それほどに、御曹司の評判は悪いのだ。
そして、それを庇い続ける元頭取の評判も下がり続ける一方。
他方、迷惑を被った側である私は謝罪を受けいれるか決める権利がある。
しかもこちらはあくまでも被害者で嘘もついていない。
ま、見えないところでちょっと省略はしたけどね。
"何をこそこそ動き回る必要がある。手を出すつもりなら、全面的に受けて立つだけだ"
ようやくこちらの意図に気が付いたのか元頭取は顔色を悪くして勢いよく立ち上がる。
「もういい、覚えておけよ!!」
悪役も真っ青の迫力で捨て台詞を残し、オリビアさんが鍵を開けた扉から出ていく元頭取をラシムさんは視線で追うだけで声も掛けなかった。
「いいのですか?」
「貴女が心配すべきなのはその事ではないでしょう?今頃あの人は商店街の真ん中で貴女やオリビアの店の悪口を言いまくっていますよ。」
ラシムさんはくすりと笑いを溢す。
確かにそのぐらいはやっているだろうね。
ああ、またパン屋のおじさんに同情される。
『厄介者に愛されるんだな!!』とか言わないで欲しい。
乙女心が傷つくじゃないか…目下捜索中だが。
でもたぶん、元頭取のやり方では上手くいかない。
何故ならば。
「貴方がすでに元頭取がダングレイブ商会から除名された事を言い触らしているんでしょうね。しかも色々悪い方向へ脚色された上、速やかに広まるように。」
自身が行ってきたことがブーメランのように戻ってくる様を、元いた世界では因果応報というのでなかったかな?
「それは魔法紡ぎの女王が望んだからですよ。『責任の所在を明らかにせよ』と。」
「私は自分が魔法紡ぎの女王だなんて言ってませんよ?」
「『黒い髪に、黒い瞳。平凡な容姿でありながら稀有な才能を秘する。』そう聞いています。この店に黒い髪、黒い瞳をどちらかを持つ人はいても、両方を持つのは貴女しかいない。」
ひとつ溜め息をつく。
今回は双方に利益があるとはいえ、上手いことこの場を利用されたことも確か。
「それで目的は達成されたんですか?」
「半分は。だが貴女を商会に勧誘するのは難しそうだ。」
「それは断罪の場を提供した対価として諦めてください。」
「残念ですが、そのように伝えましょう。それでいつ気が付いたのですか?」
アントリム帝国が干渉したということを。
「不覚ですが、移転先として帝国の名が上がったあたりからですよ。失礼ですが帝国は商会の影響を排除したいと考えていたのに、どうして接触があったのかなと思いまして。」
「帝国に我々の存在は必須ではないが、利用価値は別ということです。我々も帝国で商売が続けられるのなら旨味はある。」
それからふと面白そうに口元を緩めた。
「それとは別に、随分と熱が入っているようですよ?」
「…誰がとか、何を、は聞きませんよ?想像すると色々怖いので遠慮させてください。」
皇帝陛下の指示ではないと思いたい。
…が、思わぬ切っ掛けで囲い込まれないように気を付けよう。
「ああ、随分と話が逸れましたね。そろそろ回答をお伺いしたいのですが。」
ラシムさんは表情を真剣なものに戻し、私とオリビアさんを真っ直ぐに見つめる。
オリビアさんは私に視線を向けたあと、にっこりと微笑んだ。
「当店はその条件でお受けいたします。」
オリビアさんの回答に頷いた後、今度は私に視線を向ける。
「冒険者の皆様に提示させていただいた件は、後日回答を頂けるという認識でよろしいでしょうか?」
「はい、相談して回答いたします。回答はどのようにお伝えしますか?」
「急ぎでなければ、今回の件の対応で当商会から文書等を携えた使いの者を派遣しますのでその者にお伝えいいただければ大丈夫ですよ。急ぎでしたらオリビアさん経由でご連絡いただければ私がこちらへ伺います。」
…そこまでして頂かなくても。
その瞬間理解した。
この人、皇帝陛下と同類だ。
あまり深入りしたくないタイプ。
「そんなに警戒しないでください。あの方は別格ですからあそこまでではないですよ?」
顔に出ましたか、そうですか。
複雑な思いの私を他所に、オリビアさんとラシムさんは文書の内容について打ち合わせを始めた。
やがて話は纏まったようでラシムさんはソファーから立ち上がる。
「ではこれで失礼いたします。」
ラシムさんはオリビアさんと握手を交わす。
そして扉に向かう彼女の後ろで見えないように私の耳元で囁く。
「あの方から伝言です。『そろそろ他国に人物像がバレそうだ。対処した方がいい。』だそうですよ。では、確かに伝えましたからね。」
それだけ言ってラシムさんは何事もなかったかのように部屋の出口へと向かう。
そして扉の脇に置かれたものに彼の視線が止まる。
「そう、聞こうと思っていたのですがあの黒猫の置物、本物みたいでかわいいですね!!まるで生きているみたいだ。」
数多の魔石に飾り付けられた魔道具と思われる籠の中で布にくるまれ眠る猫の置物。
確かに毛並みもつやつやでまるで生きているかのよう。
「申し訳ないのですが、こちらは非売品ですの。」
そう言いながら、さり気なく視界を遮るオリビアさんにラシムさんの笑みが深まる。
「ご存じですか?今帝国内では黒猫がもてはやされていると言うことを。何でも皇帝陛下が城を訪れる黒猫を可愛がっている、という噂から流行に火がついたそうですよ。気まぐれに現れてそこかしこで昼寝をする様が大層愛らしいとか。陛下自ら餌を与えて可愛がっているそうですよ?
今後、黒猫は王国内でも流行りそうですね。」
猫の置物を一撫でしてからラシムさんはオリビアさんと共に部屋を出ていった。
思わぬ置き土産を残して。
遅くなりました。
長くなりそうでしたのでキリのいいところで切りました。
お楽しみ頂けると嬉しいです。




