魔法手帖百五頁 ダングレイブ商会、襲来!
市場で買い物をしつつ情報収集を終えた後。
仕入れた食材を使って早速朝食を作りました。
本日はパンがメインの朝ご飯です。
パンは円形で外側が堅め、内側はふんわりと焼き上げたという食事用のパン。
パン屋のおじさんが『新作出来た!!しかも自信作!!』と自画自賛していたので、焼きたてのパンに焼いたソーセージやスクランブルエッグを副菜として皿に添えました。
それからスープはストックしておいたトウモロコシモドキのスープです。
一粒一粒が割りと大きく色がオレンジに近いので全く味に想像がつかなかったのですが、試食させてもらったところ味は完全にトウモロコシでした。
このトウモロコシモドキの実を大根のすりおろし板のような道具を使い丁寧にすりおろす。
以前ミキサーが壊れたときに、すりおろして使ってみたら以外と楽だったので、今回もすりおろしたトウモロコシを網で濾しながら鍋に直接投入し煮詰めるやり方で作ってみました。
程よく煮詰まったとろみのあるスープをパンに浸けて食べれば口一杯に幸せが広がる。
「そろそろいいかしら?エマさん。」
「…エマちゃん、警戒心無さすぎですよ?後ろで箒振り下ろされるまで気が付かなそう。」
いつの間にか席について朝御飯を食べていたオリビアさんとリィナちゃんの若干呆れたような声。
「せめて食事くらいは何の陰謀も策略もない世界で食べたいじゃないですか!!」
「それにしても現実世界から意識だけ旅立つのはどうかと思いますよ?」
「いいですか。美味しいものは癒し、そう幸福そのものです!!食事が美味しく体も健康、日々贅沢に暮らしていなくとも、充分に満足感が得られるんですよ?そのためなら意識のひとつくらい遥か彼方に飛ばしても無問題。」
「うん、ダメよ?行って帰ってこられなかったらどうするの。」
おう、無表情で冷静に答えるカロンさんは珍しい。
まあ仕方ないですよね。
「これからダングレイブ商会の頭取と会うんでしょう?」
「その予定です。」
「本当に立ち合わなくていいのね?」
「オリビアさんもいらっしゃいますし魔道具を扱う店の中で強硬手段に出ようとするほど愚かではないと思いますよ?」
どんなトラップがあるか分からないじゃないか。
それでも心配してくれたカロンさん達は提案してくれました。
異世界から呼ばれた人に対し、組織としてある程度面倒をみることが義務となっているからカロンさんとルイスさんで面会に立ち合おうか、と。
もちろん、気持ちは大変ありがたいのですが。
「今後のお二人の仕事に障るといけませんし。」
商会の権力でつらい思いをさせられている冒険者の方もいたようだから、二人の立場では関わらないというのが正解だと思う。
「そんな綺麗事言っている場合ではないでしょう?」
若干強い口調で反対するのは心配の裏返し。
ちょっと申し訳ないので少しだけ種明かしを。
「本当に手が足りているんですよ。だから大丈夫です。」
ちらりとオリビアさんに視線を投げるカロンさん。
真剣な表情で頷くオリビアさん。
それを見て溜め息をつくと渋々だが納得してくれたようだ。
「困ったことになったら連絡してね?」
「わかりました。ありがとうございます。」
朝食を食べ終わったタイミングでカロンさんは店を出て行き、入れ違いに他の店員さん達が出勤してくる。
さ、今日も一日お仕事頑張りますよ!
「エマちゃん、ダングレイブ商会の方がみえられましたよ?」
リィナちゃんの気の毒そうな声が響く。
おう…お仕事する気が瞬く間にしぼんでいく。
こうなったら、さっさと片づけてしまう。
面会場所は『金貨の部屋』。
相手に対し最大限の敬意を示し、最上級の警戒を伴う証。
すでに彼らは通された後のようで鍵となる言葉を言うと内側から開く。
オリビアさんが開けてくれた扉の先に見えたのはソファーに並んで座る男性が二人。
ダングレイブ商会のトップである頭取。
そして問題を起こした御曹司の弟。
うん、想像通り弟さんにははっきりと見覚えがある。
先日オリビアさんと部屋から一緒に出てきた男性だった。
「はじめまして。今日は時間を作ってくれたことに感謝する。」
「はじめまして。こちらこそお会い出来て光栄です。」
頭取の言葉に笑顔で軽く会釈する。
でも名乗りませんよ。
そちらが名乗らないし、私の名前くらい、すでに知っているのでしょうから。
こちらの思いを知ってか知らずか。
にこやかな表情のまま、無言で会釈を返す二人。
やがて頭取が静かに口を開く。
「この度は愚息が迷惑をかけた。心より謝罪する。」
視線を下げ、苦渋に満ちた口調は息子の行いを恥じる父親の姿そのもの。
きっと今までもこうして謝罪をしてきたんだろうな。
「もう一人の息子さん、今どうされているんですか?」
「愚息は謹慎とした。今は部屋から一歩も出していない。」
「お付きの男性はどうです?」
「彼は今回の騒動の責任をとり自らの意思で仕事を辞めている。今は警ら隊に彼が捕らえられているということしか我々にも状況はわからない。」
「でも、今後元お付きの人に私達が仕返しされる可能性がありますよね?そのところはどうお考えなんです?」
こちらが売られた喧嘩を買ったのだが、そこはスルッと流します。
彼が商会の人間である頃に犯した罪だ。
雇い主にも非があることは明白。
「勤めていた商会を辞めたんだ。彼にとって、これ以上の責任の取り方はないのだよ。そして彼が仕事を辞め商会の人間でなくなった以上、今回の彼の行いに対する責任は我々にはないということを理解してもらえないだろうか?暫くは仕事に手がつかないだろうからその間の君の生活は給与とは別に補償しよう。もし怖くてこの店で…この国では暮らせないというなら他国で生活するための移動手段や生活する基盤を調える手伝いをしてもいい。費用は全額こちら持ち、手筈も全てこちらで調えよう。君は安心して全て任せてくれればいい。」
「それはまた…。」
破格の待遇ですね。
本来ならオリビアさんが気を配るべき内容にまで口を出すところは、老舗としての格の違いをみせておきたいという欲の現れか。
行き先はと聞けば『帝国、若しくは聖国ならば今すぐにでも移転可能』とのお答えなんだが、根回しと手回し早すぎですよね。
恐らく両国からの接触がすでにあったか、商会側から利益込みで話を振ったのだろう。
次代の魔法紡ぎの女王を欲しがったのはこの二国だけ。
…今のところは、だが。
それにしても、頭取はよくしゃべる。
オリビアさんが口出しもせず、大人しくしているのは私がお願いしたから黙っていてくれているだけなんだが、それを自身に都合の良いように解釈しているところをみると、意外に他人の感情の機微には疎いタイプかもしれない。
恐らく表情へ出ているだろう、私の感情には頓着することなく頭取は更に言葉を続ける。
「君はまだ幼い少女だ、彼を怖がる理由は充分に理解できる。でも安心しなさい。彼は未だ牢の中だ。君の身はちゃんと守られているよ。」
優しそうな声色と、労るような口振り。
だが紡がれた内容は『国が守ってくれるよ!!大丈夫(笑)』とは。
牢に捕らえているのは捕らえた領館の、国の判断だ。
それをさも商会の力であるように錯覚させる言い回し。
幼く見える私は余程甘く見られているのでしょうね。
それとも…。
「いつまで、ですか?」
「ん?いつまで、とは?」
「いつまで彼を捕らえておくことが出来るんです?」
敢えて不安そうに聞いてみる。
当然の問いだろう。
言外に彼が牢から出てきた後のことは知りませんよ』といっているのだから。
「…私は警らではないからね、わからないよ。」
表情は変えないまま、妙に間が空いた後の答えがこれだった。
いつまでという拘留期間を決めるのは恐らく領館の判断によるはず。
それがわかるのは、誰かが情報を漏らしたから。
勢い余って警ら隊のどこに商会の手が及んでいるか語ってくれるかと思ったが、さすがに簡単には答えないか。
「では、ダングレイブ商会は私を守る価値の無い者と判断したというわけですか。」
「そんな訳では…大体君は商会の人間ではないだろう。」
頭取は至極残念、という表情を浮かべる。
そしてちらりとオリビアさんに視線を投げた。
彼女は笑みを浮かべたまま、その視線を受け止める。
このあとは、もし我々の商会の魔法紡ぎとなるなら…という台詞を再び口にするか。
上手いこと誤魔化してるけど恐らくどんな職人さんも断ると思うよ?
明らかに利用する気満々だもんね。
頭取が口を開く前に言葉を紡ぐ。
「それならダングレイブ商会は私に謝罪する気はないと言うことですね。」
「なぜそうなる!!」
「先程仰ったじゃないですか。『商会の人間でない以上、責任は我々にない』と。」
「それは彼の犯した罪に対する責任のことで…。」
「責任がないのに、なんで謝罪するんです?巷では御曹司はお付きに唆されて罪を犯したから責任はないとされていますよね。では、何について謝罪しているのでしょうね」
心底不思議そうに。
心中では確信をもって。
私の幼い容姿や頼りない立場から口先だけで丸め込めると高をくくったのだろう。
この甘さが帝国に見限られた原因。
「ダングレイブ商会の皆様の意向は確認できました。わざわざ足を運んで下さり、ありがとうございます!!」
立ち上がり、悲しそうな表情で小さく頭を下げる。
しまった…台詞とは裏腹に語尾が弾んでしまった。
面会の場では最後まで礼儀正しくしないと。
オリビアさんの従業員に対する教育が疑われたら申し訳ないじゃないか。
さて、どうやって情報を拡散しよう。
「そんなの言い掛かりだ!!ちゃんと初めに謝罪しただろう!!」
「『迷惑をかけた』ということについての謝罪かと思ったのですが?」
「それで十分だろう?!」
「私は当事者ですよ?商会の皆様としては既に終わったことであっても、今後不幸な事故に巻き込まれないとも限らない。自衛のために少しでも情報を集めて責任の所在を明らかにしておきたいと思うのは当然じゃないでしょうか?」
忘れてはならないのは今回の謝罪は当事者である私に向けられたもの。
つまり私が納得して謝罪を受けるかが大事なのだ。彼らがどう思っていようとも、私が納得していない以上彼らが謝罪したとは言えない。
「なんと嘆かわしい…オリビアさん、君は経営者として従業員の教育を蔑ろにしてきたのではないか?目上の、身分も上の者に対してこんな酷い対応は失礼にも程がある。」
「身分も上の?」
おや、ダングレイブ商会の頭取は平民じゃなかったんだっけ?
私の疑問の声を拾った頭取は心底驚いた表情で私を見る。
「君達は知らないのだね。私は今までの功績を讃え騎士爵の爵位を戴くのだよ。だからもう平民ではないし、君達よりも身分は上の人間だ。」
ドヤ顔で言った頭取の様子を横目にオリビアさんへ視線を投げる。
軽く首を振るオリビアさん。彼女も知らない情報とは…これだけ自信たっぷりに言うのだ、全く嘘ということはあるまい。
「畏れ多くも王女殿下がお約束くださったのだ。授けて下さるとな。」
「授けて下さる、ということはまだ爵位を授与されていないということですね。」
ぐ、っと詰まるダングレイブ商会の頭取の姿に確信を深める。
恐らく王様の周辺で決裁が止まってるのだろうな。
グッジョブ、師匠。
「まだ平民、と言うことですね。では不敬罪にも当たらない。」
「これから爵位を得ようという人間に対して不敬だというのだ。我々に養ってもらっているに過ぎない異世界からの迷子が。」
その瞬間に。
隣から殺気が膨れ上がる。
見える…見えますよ…見えてないけど見えてしまった気がします…閻魔様が。
オリビアさん、ダングレイブ商会のお二人が呆然と見てますけど、どんな変身を遂げたんです?隣は絶対に向きませんよ…近すぎてトラウマになりそうだから。
「彼女は今、自分の稼ぎで暮らしています。この国に利益を還元しようとする人に対して随分と偏見に満ちた態度ですわね。」
「ダングレイブ商会は魔法紡ぎの発祥ともされる帝国に本店を持ち、何百年も綿々と受け継がれてきた由緒ある商家だ。その商家に対して敬意を示さぬなど、異世界の人間だからに決まっている。これも例の問題を起こした少女と同じ、異世界からの迷子だからだろう。」
感情を抑えた声色で反論するオリビアさんに対して、礼儀を知らぬ若者は、と首を振る頭取。
見た目は落ち着いているようですが、随分と声が大きくなってきましたね。
そろそろ感情的になってきたから何かうっかり喋ってくれるかな。
期待を込めて口を開きかけたところで。
「もう止めませんか、この茶番劇。」
練り直して遅くなりました。
お楽しみ頂けると嬉しいです。




