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エル・カダルシアの魔法手帖  作者: ゆうひかんな


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魔法手帖百三頁 黒天使と二十三階層の主、王家の鎖と百鬼夜行


『神は聖女に告げた。大陸を一つに纏め上げることこそ正しき道である。』

ー『ブレストタリア聖国建国記』よりー



「聖女様の名を口にするなど、裏切り者が!!地獄へ落ちるがいい!!」


年嵩の女性の怒号が響き渡る。

彼女の見せる嘘偽りのない怒り。

そして隠しきれぬ神罰への恐怖。


…やっぱり黒天使か。

美しい顔立ちに悪意を隠そうともしなかった彼女の姿を思い浮かべる。


だけど気になるのはその目的。

何故二十三階層の主を狙ったのか。


『あの書籍、植物についての知識全般が書かれておる専門書だ。古今東西、植物の色形や種類、育て方、食用や毒性の有無、変異種の存在。そして…。』

「それではその植物に対する禁忌の魔紋様まもんようを必要とする勢力が、ということでしょうか?」

『かもしれん。それともうひとつ。この書籍には秘密があってな…。』


主様ぬしさまとの会話を思い出す。

あの時は書籍を必要とした勢力が奪おうと持ち出したものの、何らかの理由で主さんに抵抗され、戦闘となり破損したのだと思っていた。

だが彼女達が犯人で破損することが本来の目的であったとするならば話は変わってくる。黒天使はこの書籍を人目に晒したくないと思った。

つまり書籍に書かれていることを知られたくない側。

そして、それとは別に書籍の存在を必要とする勢力があるということ。

あの時書籍に書かれた内容で引っ掛かったものがあったよね。


"植物独自の病気のように見せ掛け広く蔓延させる"呪い。

例えば聖国の食糧庫、ソルのような。

でも確か黒天使はこの地に呼ばれ浄化する任を請け負ったんじゃなかったっけ?

書籍に何かしら浄化に関する情報があるとすれば破損させるのはおかしい。


『エマ、もうよいか。我にもこれ以上こやつらを抑えるのは難しい。』


膨れ上がる殺意の塊が階層を満たす。

不穏な気配に女性二人は平静を装うものの互いに身を寄せ僅かに震えている。


「あと一つだけ、いいですか?」

『早くしろ。』

「王女殿下は今回の件をどこまでご存知なんです?」

「…本人に聞けばいいじゃないの。貴女の立場で聞けるものならね。」


若い方の女性が皮肉げに口元を歪める。


「全くもってその通りですね。…だそうですよ?師匠。」


私の声に応じて書棚の後ろから現れる黒い影。


「なんで気付くのか?」

「不思議なものですね。魔力の気配で何となくわかるんですよ。」


師匠から何度か魔力の融通を受けたせいだろうか。

いつの間にか師匠の魔力の気配を覚えてしまったみたいだ。

あと散々指導されたから苦手意識とか?

うん、これは言わない。余計に指導へ熱が入りそうだから。


「魔犬並みだな。」

「…絶対に誉めてませんよね。野生に近いって意味ですか?それ。」


だからグレース、拳固めるんじゃない!!

そして『犬ではなく猫系ですわ!!』ってそこか!?

見慣れた黒いローブを着た師匠が脱力する私の隣に並んで立つ。


「やっぱり貴女達だったのですね。体調を崩して休まれているはずなのに、こんな場所で会うとは不思議だ。」

「貴方には関係のないことでしょう。」


師匠の嫌みに無表情で答える年嵩の女性。

ちなみにオリビアさんが教えてくれたことによると、やはり年嵩の女性が侍女長さん、若い女性の方が割りと最近採用された新人の侍女さんとのことだった。一見繋がりの無さそうな二人だけど、どうやら新人さんはダングレイブ商会経由で採用された方のようだ。

そこで繋がっている可能性が高いわけですね。

一人納得する私をよそに、師匠は苦笑いを浮かべつつ二人を追い詰めていく。


「私の方が年齢は下でも、立場的には貴女達の上になるのですが。まあ、今更畏まられた態度をとられても不審に思うだけですけどね。…ああ、一応言っておくが迎えは来ないぞ?」

「「なっ!!」」

「転移の魔紋様まもんようの出口側が書棚の裏に上手いこと隠してあった。」


師匠が握った拳を開くと細かく粉砕された紙片が舞い落ちる。

恐らく精巧に紙へと模写された転移の魔紋様まもんようだろう。


師匠の言葉に女性二人は驚愕の表情を浮かべる。

そして彼女たちが取った行動に師匠がすぐさま対応出来たのものも、常日頃思うところがあったからだろう。

年嵩の女性がポケットから魔石を取り出す。

それを彼女が床に叩きつける前に師匠が右手を軽く振って魔法を発動、魔石がそっくりそのまま淡く白く光る結界に包まれた。

さらに師匠が聞き馴れない言葉を唱える。

すると結界と一緒に魔石が砕けた。


彼女達の呆然とした表情が一転、恐怖に歪む。

なるほど、お迎えが来る予定だったのか。


「ほんの僅かだが不自然な方法で結界に干渉する気配がしてな。」

『ぬ?結界に干渉するだと?』


時は夜。

闇の力が強くなるこの時間帯に主様ぬしさまの結界に干渉するなんて出来るの?


「エマ、お前なら気付くだろう。結界に弾かれない状況を挙げてみろ。」


師匠の言葉に条件を頭の中で挙げてみる。

仮定として一部に結界が張られていない、ということにしよう。結界の壁がないから弾かれない。ただこの場合は不自然な方法で干渉されたと師匠は感じとることができない。それに主様ぬしさまが張る結界は円に近い形状で切れ目なく繋がっている。隙間を通ってくるという手段は使えない。

となると発想が逆ということかな?

外から入れないとするなら内側からならどうだろう?

結界は外からの侵入を妨げるもの。

ならば内側から通路を外へ繋げていく、そのやり方ならどうだろう。


「例えば内側からの干渉、ですか?」

「まあそんなものだ。内側から外側へ空間を繋げれば結界に弾かれることはない。例えば内部と外部を繋ぐ空間への転移とかな。彼女達は不測の事態が生じた場合に魔力を流して人か…もしくは魔物を呼び込もうと思っていたのだろうな。」


人には人を。

魔物には、魔物を。

火を吐く魔物もいるそうだからそれだと圧倒的にこのダンジョンの魔物の方が分が悪い。もしくは聖国から武力に長けた者でも呼び寄せようとしたのか。この階層には大体どの程度魔物がいるか前回でわかっているのだから人間でも対処できると思ったのかもしれない。一般の冒険者が出入りを許されている十五階層まではそれほど難易度は高くないとディノさん達も言ってたし、その辺りは甘く見ていたのかもね。

このダンジョンの本当の怖さを。


ふと、アントリム帝国で狂ったように自分を襲い続けた男達の事を思い出す。

ものすごく怖い思いをしたはずなのに。

…なぜだろう?


不思議と今は彼らに対する恐怖を感じなかった。

師匠が首から下がる鎖を揺らす。


「"王家の鎖"を持つ者の権限により貴女達に裁きを下す。この時をもって貴女達の一切の権利、権限を剥奪する。…主様ぬしさま、大変お待たせいたしました。どうぞご存分に。」

『良いのか?聞き出したい情報もあるだろう。』

「おおよその内情は掴めましたから。裏で糸を引いている者についても確認がとれています。それに権限を剥奪した彼女達はもう城勤めの侍女ではない。だから私が守るべき理由はないのですよ。」


階層を埋め尽くすさんばかりの魔物の数。

狙いを定めた魔物達が徐々に包囲網を狭めていく。

集まった魔物の密度で闇の力がいっそう濃くなった。


それなのに。

一気に襲いかかるような様子を見せない。

まるで何かに阻まれ、躊躇っているかのよう。

その謎の答えは主様ぬしさまの口からもたらされた。


『なあ、光の。しるしを外してもらえぬか?

このままでは襲った我の眷属が主の獲物にされてしまう。』

「でも先に徴をつけたのは我だ。それとも、獲物を横取りする気?」

『そうではないが…一矢報いぬままでは我の眷属が納得せぬのよ。』


不穏な空気が辺りを漂う。

何とも皮肉なことだ。

シロが付けた徴のお陰で、襲い掛かろうと待ち構える魔物の群れから守られている。


…まるで守護結界を手に入れたかのようね。

本人達も徴の事を思い出したのかストールを外し魔物へと見せつけるように晒す。

死への恐怖が羞恥心を上回ったのだろう。

よく見れば僅かに波紋が動いている。

まるで波紋が彼女達の肌の下で蠢いているかのようだった。


あの徴は生きているとでもいうの?

想像して背筋に冷たい汗が流れる。

光の波紋を見てさらに距離をとる魔物達。

シロに視線を向ける魔物もいることだから、シロの獲物だと気が付いたのだろう。


だがそんなことは知らない彼女達の口元に安堵の表情が浮かぶ。

徴のお陰で自分達が守られていると勘違いしているのか。

…この場は生き残れたとしても徴は遅効性の毒と同じで徐々に体を蝕み一ヶ月ほどで死に至るとのことだから、早いか遅いかの違いだけだけど。


そして彼女達の安堵した表情に気付いたシロがニヤリと笑った。

あ、これは何か悪いことを思い付いた表情だな。


「うんいいよ。外す~。闇の、貸し一つね。」

『感謝する。』


魔力の動く気配がして彼女達の肌に浮かんでいた波紋がきれいに消えた。

そして彼女達の互いを見つめ驚愕した表情が一転、喜びの表情に変わる。

肌を蝕んでいた禍々しい波紋が消えたのだ。

うん肌がきれいになって、喜ぶ気持ちは女性として理解できるよ。


だけどその後を待ち受けるものの恐ろしさを彼女達は忘れているのだろうか?


『エマ、お前はこの場から立ち去れ。それを待つくらいの猶予は作れる。』

「私にはこの場に立ち合う義務があるとは思われないのですか?」


混沌の最中にあっても闇の力は主様ぬしさまの統べるもの。

暴走しそうな魔物を闇の魔力でやんわりと押さえつけている。


確かに今ならこの場を離れることが出来るけれど。

私にだってこの後に起こることなど、簡単に想像がつく。

それでもこの状況を作り出した責任というものがあって、これから起こることの顛末を見届けねばならない義務が私にはあると思ったのだが。


「エマさん、責任や義務は身分や地位に伴うのよ。

任せてちょうだい。それは管理者として私が負うものだから。」

オリビアさんが渦巻く闇の力をものともせず主様ぬしさまの隣に並ぶ。

その表情は陰りもなく、どこまでも清々しい。


ああそうか。

彼女はきっと決めようとしているのだ。

顛末を見届けて、これからの自分をどうするか。


ダンジョンで引き起こされた一連の騒動に彼女が責任を感じていたことは知っている。

自分は管理者としての資質に欠けているのではないかと思い悩んでいたことも。

だからこそ、この騒動の最後はオリビアさんが見届けるべきだ。

これからどうするのか、それを彼女が決めるために。

私がいつまでもここにいては自身のしたいように出来ないかもしれないしね。


「わかりました、オリビアさん。あとはお任せします。」

「ええ、ありがとうエマさん。」

「でも最後にひとつだけ。」

「なに?」

「私はオリビアさんが管理者でいて欲しいです。」

「エマさん?」

「この国に来て身元の定かでない私を引き取ってくれたのはオリビアさんですもの。それに心配しながらも色々なことに挑戦させてくれたのもオリビアさんです。そんなふうに分け隔てなく大切にしてくれる貴女だからこそ、彼らも従ってくれていると思うのですよ。」


オリビアさんの傍らには獲物である二人を威嚇する群れとは別に、彼女をを守るため寄り添うように立ち塞がる群れがある。

双方の群れは一見別々の意思によって動いているように見えても、ふとした瞬間に見せる連携した動きは群れの意思の疎通がとれているようにも見受けられる。

それは彼らが同じ意思のもとに行動している証。


野生の魔物には有り得ないことだろうが、

彼らは向けられた感情と同じものを相手に返している。


愛には、愛を。

憎しみには憎しみを。

望まずとも意思を与えられた彼らの定めであるかのように。

それはさておき。


「…という私の意向は聞こえましたね、師匠~!!」

「ああ。そんなに叫ばなくとも聞こえてるし、わかってる。」


理由は何でもいい。

"次代の魔法紡ぎの女王は、彼女が引き続き管理者を務める事を望んでいる"、そういう意図を国が読み取ってくれれば。

本来、こういうことはこの国の人が決めるべきこと。異世界から呼ばれただけの私が干渉すべきではないとは思うんだけどね。

だけどもし、シルヴィ様がこの場にいたらたぶんこう言うと思う。

『逃げずに戦え』と。


「上にはそう申し添えておく。…エマ、部屋まで送っていこう。」

「あ、グレースがいるから転移で戻りますよ。」


ですので大丈夫です、と言おうとした私に師匠から『空気読めや?』のオーラを感じたのですが、すみませんすみません空気読めなくって怖いからそれ以上なんかワケわからない圧力ぶつけてこないでくださいいい…!!


「じょ、女王さまの書架見ます?」

「いいな、是非そうさせてもらいたい。」


極上の笑みを浮かべた師匠がさりげなくエスコートしてくれる。

紳士的?とんでもない。

絶対に後始末が面倒だから、何かしら理由つけてこの場から立ち去りたかっただけだ。

紳士がこんな腹黒いわけがない。


『ああ、エマ。このあとの時間、決して部屋から出るなよ。

…思わぬものが見えてしまうかも知れないから。』

「出ません!!見ません!!約束します!!」


主様ぬしさまがさらりとすごい情報をくれたので速攻で頷きます。

今日はもう部屋でふて寝するしかないな。


「なんで?!!なんで助けてくれないの?ちゃんと情報を教えてあげたじゃないの!!見殺しにするなんて、人として恥ずかしくないの?」


若い方の元侍女さんがこちらに向かって叫ぶ声が聞こえる。

恐らく私なら泣き落とせると思ったのかもしれないが。


冗談じゃない。


「このダンジョン、本当に死者が少ないようですね。書籍を盗もうとした人でさえも手加減されて死なない程度に痛め付けられただけのようですし。でも、だからと言って今まで誰も死んでいない(・・・・・・)わけじゃないんですよ。ではその辺りの加減を誰がするんでしょうね?」

私は彼女を振り向き、彼女の後ろに控えるものを指す。


気配を消していたのか。

いつの間にか彼女達の後ろに並らんでいた魔物の群れ。


「自白したとしても、罪は罪。貴女達が犯した罪は、この程度では消せないようです。」


彼女達が目を見開く。

再び迫り来る死の恐怖。

魔物の唸り声が、高らかな雄叫びへと代わる。

押し寄せる群れに叫んだはずの彼女達の悲鳴が飲み込まれる。


「私が生死を決めるわけにはいかないのですよ。それがこのダンジョンのルールである以上は。」

「随分と逞しくなったものだな。」

「今度は誉め言葉ですよね?」

「そう聞こえたなら間違いなく幻聴だ。」

「なんですと!!」


二十三階層の扉が閉まるとき。

うっすらと見えた景色は禍々しくも盛大な魔物達の行列。

魔物達の嗤う声と踏み鳴らす足音、そして獲物となった二人の悲鳴と啜り泣く声が行列の動きに合わせ不穏な旋律を奏でている。


百鬼夜行。

死へと繋がる道行みちゆきは厳しいものとなるに違いない。



ゆっくりと閉じられた扉の向こう側で。

魔物達は熱に浮かされるように二人を追い立て闇の奥へと消えていった。







やっと騒動が一つ片付きました。

あとは伏線の回収と、ダングレイブ商会に関わるあれこれを回収します。

よろしくお願いいたします。

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