魔法手帖百一頁 翡翠色の書籍と皇帝陛下、ダングレイブ商会と王女殿下
「そんなわけで、この魔道具預かってもらいたいのですが。」
翡翠色の表紙を持つ書籍を食堂のテーブルの上に置く。
市場を抜け、ヨドルの森の方へ街道に沿って歩くと無事にルイスさんの家に到着。事前に連絡を入れておいたのでサナとルイスさんが食堂で迎えてくれましたよ。
ちなみにカロンさんも部屋にいるにはいるのですが、二日酔いで動けないとか動きたくないとか。
昨日、主様と勝負するとか言ってたものね。
ごめんなさい、アレ人間ではありませんから。
今更怖くて言えないけど。
「ちなみに店主さんはご存じなの?」
「うん。説明して承諾を得てきたよ。」
サナの心配する気持ちもごもっともですよね。
実は一連の計画を話したとき、最初は渋っていたんですよ、オリビアさん。
書籍の事もそうだけど、この事を知った犯人がルイスさんの家に襲撃掛けるんじゃないかって。向こうも再生されることは想定外だろうから焦ってなりふり構わず襲撃再びっていう事態も想定できる。
でもね。
「念のため、見本品を各所にばら蒔いてきたから大丈夫だよ!」
「見本品なんてあるのね。どこに置いてあるの?」
「うふふ。ナイショ。」
主にお城の図書室とか、お城の備品倉庫とか、お城の休憩スペースとか。
今回の件、どこまで話すかな…と思ったんだけど、オリビアさんが管理者であることとか、ダンジョンに城から繋がる抜け道があるとかまでは話せませんからね。
オリビアさんとも相談してこんな設定になりました。
店に置いてあったこの魔道具が壊れたので修復したが、壊れた過程で魔素を大量に失ってしまった。なので問題なく発動できるまで日光や森から溢れる大量の魔素を貯める必要がありそれを管理するのを手伝って欲しいと。
ちなみに見本品…という名の模造品を見たら犯人と思われる侍女さん達、びっくりするだろうな。オリビアさんが『心当たりがあるところは全部置いてきた!!』とかいい笑顔で言ってたからね。模造品は主様の力作です。表紙も厚みも傷の具合も驚くほど元の状態と似ているらしい。作成者である主様は過去に書籍の模造品を使って大勢の人間を騙し通した実績があるそうで『ここまでいくと芸術品だな』と自画自賛されておられた。
しかも模造品を焼くなり切るなりして処分する時、騙されたとわかるような仕様にしたそうなので、本物を求め更に探し回ることになるだろう。
頑張って全部探して欲しいな。
私がほくそ笑む傍らで。
ルイスさんが興味深そうに書籍のページをめくっている。
「これが魔道具なんだ。すごいね、普通の本にしか見えないよ。」
「ホント、ソウデスヨネー。」
ルイスさんのコメントに対して答えが棒読みになったことは許してもらいたい。
元は確かに普通の本でした。普通の…まあ、ダンジョン内でたっぷり闇の魔素を吸って魂が魔人に進化、且つ二十三階層の主と呼ばれる存在になるほどの実力者になったものですがね。それがある日、事件に巻き込まれ精霊体に生まれ変わり、あらビックリ!木属性を得たんですよ。たぶん修復のために新たな器に入り、私の魔力で魂を繋ぎ合わせたことが原因と思われます。
…なんて私が説明できる訳なかろう!!
『なんかよくわからないけど、すごいよね』一択です!
だから状況知りません、説明出来ません、詳しい話はオリビアさんに、でお使い終了ですよ。無責任と言うなかれ。ちゃんと責任者紹介してるじゃないか。なお、同じ研究者…の卵であるサナの方はじっくりと書籍を観察し、『これって…』とかぶつぶつ言っている。これはサナを納得させる方が骨が折れそうかな?
「うん、わかったわ。私が預かりますって店主さんに伝えておいて。」
と思ったのも束の間。
意外にもサナはすんなりと預かってくれた。
おお、助かりますよ!
「じゃあこれ、オリビアさんから預かってきた対価ね。」
管理手数料と言うべきか。ちゃんと管理してもらう代わりに道具箱を預かってきた。
なんでも新品の道具が入っているらしい。
それを見てサナの瞳が輝く。
「まあ、機材調整用の道具一式!?」
道具箱渡すとを嬉しそうに手に取って道具を一つ一つ取り出す。
意外にもサナはこういった道具を最低限しか持っていなかった。それというのもお父さんである元宰相様は、サナがこういう地味な仕事をするのを嫌がったからなのだとか。
亡くなった方を悪く言うのは申し訳ないと思うけれどサナってば良くあの親の元で、こんなマトモに育ったよね。なんでも真面目だったお母さんの性格を色濃く引いていて、且つ昔の元宰相様もあんなに傲慢な性格ではなかったらしい。
本人の資質を兄である先帝の溺愛が拗らせた結果、ああなったのか。
「でもたぶん一番苦労されたのはファルク…皇帝陛下じゃないかしら?」
サナの表情か微かに揺れる。
先帝の存命中は皇帝の居城はまるで魔窟のようであったという。表向き絢爛豪華な、裏に回れば賄賂と不正が病のように蔓延る。あのように皇帝陛下が聡明でなかったら確実に囚われただろうと思われるほど上層部から使用人や出入りの商人など末端まで悪しき慣習は染み付いていた。
「ちなみに先帝の代に優遇されてきたと言われるダングレイブ商会がこの国に商売の主軸を移動させようとしていること、知ってる?」
「え、そうなの?!ちょっと、そんなことここで暴露していいの?サナ。」
「ああ、大丈夫よ。魔道具使ってるから。」
テーブルの上に置かれた魔石を指差す。
なんでも別の会話内容や映像を流す魔道具だとか。
「帝国の上層部では共通の認識ね、ひっそりとダングレイブ商会の影響力を排除するということは。数年前に帝国で大規模な粛清があったこと知っているでしょう?その時大規模な不正に絡んでいるのではないかいうことで疑惑が持ち上がったのよ。ところが肝心なところで証拠が掴めない。その点はずいぶん巧妙だったみたいね。だから方向性を変えたのよ。」
「いつまでも疑惑の晴れない商会を他国に押し付けると。」
「そういうこと。そして選んだ先が当時混乱の真っ只中にあった王国ってわけ。その為に敢えて帝国はダングレイブ商会を重用し、いくつも王国内の得意先となりそうな人物を紹介した。やがて商売が軌道に乗ってきたところで経済振興のためとして王国に支店を作らせる。そして王国での商売に旨味が出てきたところで…。」
「帝国は援助を止め、一斉に手を引く。」
「正解。」
聞けばダングレイブ商会の本店は確かに帝国内にはあるが、支店はほぼ整理されており、数年内には王国に本店の機能を移し、帝国の店を支店扱いとする予定であったという。それでも帝国内での商会の影響力は随分と低下しており経済に対する影響は殆ど無いと言っていいらしい。
さすがは皇帝陛下、上手いやり方だな。
「そしてダングレイブ商会の王国内での最大の後盾というのが。」
「…王女殿下、というわけね。」
なんかこう、悪の親玉になっちゃいましたね。
庇えないよなとは思うけれど。
それだけではないような気もしてくる。
「でも王女殿下だけが悪いわけではないと私は思うわよ。」
「そうなの?」
「例えばダングレイブ商会の謳い文句ってなんだか知ってる?」
「『なんでも揃う』だっけ?」
「そうよ。帝国内でも同じ謳い文句だったわ。そしてその利便性に王国の民は夢中になった。彼らが商会を贔屓にすればするほど他の商店は力を落とす。やがて潤った商会は他店を買収、支店を増やし更に影響力を増していく。このまま順調にいけば商会の他に店がなくなる日も来るかもしれないわね。」
「まさかそんな。」
「あり得るわよ。だって『なんでも揃う』のよ。わざわざ遠くまで足を運ばなくとも直ぐ近くに店がある訳だし。誰が遠くの別の店まで足を運ぶのよ。」
「…。」
「国の上層部に先見の明がなく愚かな人物がいたからここまで増長したということもあるだろうけれど、一番真っ先にダングレイブ商会を歓迎したのは王国の民よ。彼らが自身で未来を選んだの。」
「そういうことになるのね。」
「ちょっと、なんで貴女が落ち込むの?あくまでも一つの参考意見よ。人の話を聞くときはそう思いなさいね。物事は見る方向を変えると違う面が見えてくる。その違う面、自身の持つ見方と異なる意見を聞くことも必要だというだけのことよ。」
そう言うと、サナは再びカップにお茶を満たしてくれる。
ルイスさんはと隣を見れば苦笑いをしている。
サナ、一応隣には押し付けられた側の人がいるわけで。
「だってもう話しているもの。」
サナは、しらっとした表情で言い放った。
「貴女の一件にダングレイブ商会が絡んでいると聞いたときにね。でも王国の上層部はとっくの昔に気づいていると思うわ。だってダングレイブ商会以外の商店がそれなりの数残っているじゃない。」
まあ、そうですよね。
「確かに、この国の人間としてダングレイブ商会の存在を歓迎したという認識はあるよ。俺だって一時期贔屓にしていた時期があったし。」
ルイスさんは困ったような笑顔を浮かべて言った。
「あのね、当時のあの店には夢があったんだよ。」
「夢、ですか?」
「そう。娯楽の一種とでも言うべきかな?騒動のせいで国が荒れ、やっと沈静化したときには王国に対する周辺国の視線には厳しいものしかなかった。それは底辺に近いほど顕著でね。商売でも仕事でも不必要に警戒され、時に貶められるような事もあった。だから人々には溜まった不満を解消する捌け口が欲しかったんだと思う。あの店には魔法がかかっていると言った友人の言葉を思い出すよ。」
例え仕組まれていたものだとしてもダングレイブ商会は本当に良いタイミングでこの国に店を構えたものだ。娯楽が熱狂を生み、新たな需要を生み出す。
要望に応えるほど店の信用が増し、信用が新たな顧客を生み出す。そして新たな顧客が娯楽を求め来店すれば…笑いが止まらないだろうな。
「もし、ダングレイブ商会が潰れたとして…後釜となるような力ある商会があるんですか?」
「現状、ないと言っていいんじゃないかな。熱狂が過ぎた結果だろうね。」
そうなると、簡単に商会を潰すわけにはいかなくなる。
帝国が排除するために回りくどい手を使って時間を掛けた理由もこれだろう。さて、取りあえず今は喧嘩を売られて買ったところだ。
「先ずは、頭取に会ってから決めようかな。」
「…今聞き捨てならない事を聞いたのだけれど。」
「俺にも聞こえた。って言うか、エマ。」
両手で頬を挟まれ無理矢理にルイスさんの方を向かされる。
「ルイスさん!?」
「こうしないと、よく聞こえないんじゃないかと思ってね。」
っとこれは…。
顔が怖い…というか、ほんのりお怒りでしたか。
「君が歳よりもしっかりしていると思ってたのは認識の誤りだったみたいだ。どうしてそう一人で危ない橋ばかり渡ろうとするのかな?」
「オリビアさんからお話を頂いたんですよ。ダングレイブ商会の頭取と御曹司の弟さんが謝罪に来るから会うか、と。」
「彼女は相手の決めたことを尊重するタイプだからね。でもそれが正しいとは限らない。」
「ルイスさん?」
「…君が狩りに拘る理由を聞いたよ。」
「…。」
「怖い思いをしていたんだね。我々が思うよりずっと。」
「それは、この世界に呼ばれた以上、仕方のないことだと」
「そんなわけないだろう?確かに身分には責任が伴うことは当たり前のことだ。ダングレイブ商会の御曹司が今回責められたのはそれが理由。でも君は違う。君はそもそもこの世界に迷い込んだだけの異世界の少女だろう?」
「でも私は魔法手帖を持っていて、狙われるなら身を守らないとと」
「なら、なんで頼らない?自身の持つスキルでは足りないと解っているんだろう?」
「…。」
「魔法手帖を発現させ、次代の魔法紡ぎの女王であるという自覚があるなら、何故人に助けてもらおうとしない?狩りのことだってそうだ。自分の身を自分で守りたいと言う気持ちは理解できるよ。ならば何故俺やカロンに相談しない?護衛や冒険者の依頼を手伝っていることは話しただろう?それにディノさんやゲイルさんだって遠慮していたけれど、どれだけ助けたかったことか。」
ルイスさんの手が頬を滑る。
彼の手が離れていくのを寂しいと思ってしまったのは私が弱いから、だろうか。
「もっと頼っていいんだよ、エマ。ワガママなんて思わないから。」
頭を撫でる仕草は本当に優しくて。
心が、揺れる。
「…ありがとう、ございます。」
頭の上でルイスさんの笑い声が微かに溢れた。
彼から逸らした視線の先で捉えたサナの顔は思いっきりニヤニヤしている。
笑えばいいわよ、子供っぽいって。
ルイスさんの言葉に何と答えるか迷っていると食堂の扉が開く音がする。
「おはよう…うう気持ち悪い…、ってエマちゃん来てたの?…っとちょっと待ってて。」
カロンさんが目覚めたようですね。
彼女は這うようにして台所へ向かう。
うわ、大丈夫かな?
「あれは久々に酷いな。ちょっと様子見てくるから待ってて。」
そう言ってルイスさんはカロンさんを追って台所へと向かう。
もしかして二日酔いに効く魔紋様の出番かしら?
「良かったわね、大切にされてるじゃないの。」
いつの間にか隣にはサナが立っている。
ひょいと私の顔を覗き込んでから笑う。
顔真っ赤ですか。
おかしいな、免疫あるはずなのに。
「良いこと教えてあげるわ。」
そう言って私の首に下がるネックレスを指差す。
「帝国ではね魔石を使ったネックレスを贈った相手が身に付けると、その人は"予約済み"ってことなの。」
「…予約済み、ってまさか。」
「『彼女は私のモノです』ってこと。だから手を出すなって印ね。」
「ええっと、サナサン!そんなこと知りませんでしたが?!」
「だから帝国ではって言ったでしょう?王国ではどうなのか知らないし、ルイスさんがどんな思いを込めて渡したのかは知らないけど、近くに貴女を大切に思ってくれる人がいることは幸せなことだと思うわよ。…だから大切にしなさいね。」
ふわりとサナが笑う。
何かを懐かしむような、彼女の視線の先に思いを馳せる。彼女にこそ、そういう存在が必要であると思うのに結局は私が一番甘やかされている気がする。
もっと頑張らないとな。
ん…そう言えば?
「ここに来てすぐ位の時にディノさんからネックレスをもらったような気がする…。」
結構軽い調子で渡されたから普通に受け取っちゃったアレですよ。
「あ、あれは大丈夫よ。女性に配る用で常に幾つも持ってるから。」
狼狽える私にサナは乾いた笑いをたてて言った。
彼女はブレスレット型の魔道具から見たことのあるデザインのネックレスを取り出す。
お、確かに。同じデザインで魔石が緑色だ。
サナ曰く、身に付けた人の居場所がわかる機能がついている…の?!
「…軽く犯罪の香りがするのですが。」
「大丈夫よ。所持している人間が魔力を石に流さなければ発動しないから。」
お守り程度に思っておけと。
うんそうだね、その方が皆幸せだ。
遠くからカロンさんの呻く声がする。
「久々に魔紋様の出番かな?」
「うん?魔紋様って?」
「二日酔いに効くの。お酒の成分を抜くっていう発想で紡いだ。」
「…本当に貴女って無駄に器用よね。」
無駄ってなんですか、無駄って。
気が利くといって!!
「わう!」
「あら、シロ?どうしたの?」
足元で犬仕様のシロが足に体を擦り寄せる。何かを催促されているような…魔力はちょろちょろ吸収されてるし。
抱っこかな?
抱き上げると、満足そうな笑顔を浮かべる白い毛玉。
やっぱり抱っこか。暫しふわもこを堪能する。
やがて、そろり、そろり、とシロの手が首もとへ伸びていく。
ん?
ブッチン。
は?
「ひーーー!シロがネックレスを切った!!」
「あら、爪に引っ掛かっちゃったのね。」
シロの顔を見れば『僕悪いことしちゃった?ご主人様に怒られるの?』とでも言うように涙を浮かべて軽く震えている。
嘘つけ。
「シロ!!わざとやったでしょう?!」
あれか?精霊ならではの独占欲か?
「ちょっと、相手は犬でしょう?!大人気ない。」
可哀想に、とばかりにシロを私から抱き取るサナ。
その胸元にしっかりと抱きつく白い毛玉を見れば非常に満足そうだ。
うっとりとした表情を浮かべている。
「いやーーーっ!!サナっ今すぐその物体を離して!!貴女が犯罪の餌食に!!」
「は?たまにはいいじゃないの。貴女って独占欲が強いのね。」
「私が?何て不本意な!!」
やっぱり言っちゃう?全部暴露しちゃう?
それは見た目はかわいいですが割りと物騒な思想を持つ光の大精れ…
ガチャ。
「エマちゃん、もう無理。例のアレ掛けて。」
カロンさんが闇を背負って扉の先に立っていた。
シロ、ちっさい声でも『おお!!魂出てる』とか言わない!!
他にも色々バレたらどうしてくれる!!
カロンさんに二日酔いに効く魔紋様を掛けて、シロをサナからひっぺがし、そそくさとルイスさんの家を後にする。
…結局ルイスさんには何も返事ができなかったな。
遅くなりました。
次回はお店に戻ります。




