魔法手帖十頁 敬意と、ネックレス
本日の朝ごはんは、キノコ入りのシチュー(ほんのりバターの香り)に、クレソンのような野菜の付け合わせ、ご近所のパン屋さんで買った手作りパンでした。
おいしい。
これがこの世界の標準的な食事内容なら、食生活はなんとかなりそうだ。
「…そろそろいいかな?」
はっ!すみません、料理堪能してて、また話聞いてませんでした。
無事に完食したのでスプーンを置く。
「ひとつだけ、気をつけてもらいたいことがあるんだが。」
すでに食べ終わっていたゲイルさんが口を開く。
「この家を離れる時は、必ずルイスかカロンを連れて行ってくれ。異世界から呼ばれた人はなんとなく見た目や雰囲気でわかるものなんだ。残念ながらこの世界では、君達の存在をよく思っていない人間もいる。」
「脅かすわけじゃないけどついでに言っておくね。君達異世界から呼ばれた人は、有益な能力や知識を備えた人が多いんだ。ルイスが説明したと思うけど、基本君達には無理強いはできない。けれど無理矢理言うことを聞かせなくても"自分から望んで手を貸す"ようにすれば、罰はあたらないし、君達の能力を無制限に使える。…そう出来る手段はいくらでもあるし、過去にはそうされた異世界人がいなかったわけじゃない。」
ここに来て、初めて真剣な表情を見せたディノさんの言葉から、具体的な手段の説明を受けた訳ではないけど大体想像はつく。
ちなみにルイスさんやカロンさんは普段組織のお仕事をしていない時は、警護や魔物狩りなどで生計を立てているから護衛としての腕も確かなんだとか。
「ありがとうございます。こちら戦闘力皆無な女子高生なんです。頼りにしてます!」
私の言葉にディノさんは表情を和らげ小さな笑みをこぼした。
そして、「ああ、それから」と言って椅子から立ち上がって居住まいをただす。
どうしたのか、と戸惑い動きを止めた皆の前で私に向かい優雅に一礼をし。
「異世界からの旅人よ。あなたがこの世界へ呼ばれたのは我々も貴方を必要としている証だろう。我々はあなたを歓迎する。いついかなる時もあなたに神の祝福がありますように。」
そして私の手をすくいあげ、額を手の甲に近づけるような仕草をした。
ふわっと空気が動く。
この世界で初めてルイスさんに名前を問われた時と同じ感覚。
私という存在がこの世界の人に受け入れられたと、うれしく思う一方で。
…ディノさん!色気駄々漏れです!流石にこのレベルのスキンシップは免疫ないです!
「光栄です」と答えた私をほめてやりたい。
残念なことにいろんな感情をふっ飛ばしたらしく無表情でだがな。
ちなみにカロンさんがこそっと教えてくれたが、女性の手を額に近づける行為はこの国だと男性が女性に敬意を示す際の仕草なんだとか。
くっ、無駄に心拍数あがったじゃないか。
「今回の転移について、君は不本意に思っているだろう。だが、これは君にとってひとつのチャンスかもしれない。そうなればよいと思っているし、チャンスをつかむためになら、我々は手助けを惜しまない。」
真っ直ぐに私を見てゲイルさんも言った。
うん、普段愛想のない人が微笑むと破壊力すごいなぁ、ちょっとドキッとしたよ。
とりあえず、言わなければならないことは大方私に伝えたようで、ゲイルさんとディノさんは帰ることになった。
帰り際、ディノさんが思い出したようにポケットから何かを取り出す。
「そういえば、エマちゃん、これあげるね〜。」
「…えと、ネックレス、ですか?」
「うん、そのネックレスには魔紋様の刻まれた石がついていて、魔素を流すと私に連絡がくるようになってるんだ。もちろん、居場所も。ただし一度きりの使い捨てだからね、試しはできないけど。危ないなと思ったら使って。」
魔素の流し方はカロンに聞きなよ〜と言ってディノさんに頭をぽんぽんとされた。
完全に子供扱い。まあ、確かに世界を股にかけた迷子ですからね。
いただいたネックレスには緑色で小指の先程の小さい石がひと粒、金のチェーンからぶら下がっている。
こんなに小さい石に魔紋様が刻まれているとは。
無造作に石をあれこれ触りながら魔紋様を探していた私。
「あ、ちなみにすごく高価だから。」
…はい、失くさないように努力します。
そして、また来るね〜と言いながら、台風のような二人は帰って行った。
賑やかな人がいなくなると、一気に家の中が寂しくなった気がしますね。
「さて、これから何をして過ごそうか?」
そう言いながら私の後ろに回ってカロンさんがネックレスのチェーンを留めてくれた。
「お昼ごはんの買い出しに市場へ行くんだけど、ついてくる?」
「行きます!全力で荷物持ちします!」
やったー!お買い物だ!
次週、エマ、異世界で待望のお買い物タイム!
その前にディノさんゲイルさんサイドのお話を一話入れます。




