魔法手帖九十七頁 屋台と画像再生機、古代魔法と禁忌、神聖魔法
屋台の揺れる提灯に明かりが煌々と灯る頃。
「飲むわよー!」
「おお、景気がいいですね、カロンさん!ささ、新しいおつまみが来ましたよ!」
「やった?フライじゃないの!このお酒に良く合うわよね!」
「そこにこの特製マヨネーズを付けていただくと、また違う味わいに?!」
「おいっしー!やるわね、エマちゃん!」
「イエイエ、お代官様も。」
「…何?いえいえおだいかんさまって。」
「異世界ならではの気分が良くなるオマジナイです。」
残念ながら、ある程度年齢層の高い方にしか通用しないが、まあカロンさんのテンション上がってるし、通用してるっていうことで良いよね?!
屋台のある通りから少し入ったところに木製のテーブルが並ぶスペースがあって、空いていれば自由に使っていいらしい。例えば旅人が休憩したり、屋台で買ったものを飲んだり食べたりが出来る。テーブルが汚れたら近くにいる屋台の人に声を掛ければ、拭くものを貸してくれたり、手が空いたときに綺麗にしてくれる。本当に素晴らしいサービス精神だ。
屋台を物色して色々買い込んだ後、空いたテーブルにカロンさんとサナ、私を挟むようにして主様とシロが座り、皆でテーブルに並べた食べ物を摘まんでいる。私が選んだのは果物のジュースと牛串と、野菜シチュー、それから栗や芋を使用したスイーツの数々。
ちなみに主様は『お小遣い貰ってきた!』と嬉しそうに言って色々お酒を買い込んで、これまた嬉しそうに飲んでいる。そうかお小遣い制なのか…本当に日々頑張るお父さん達のようですね。出掛ける前にオリビアさんが極悪な笑みを浮かべて『ふふ、チョロいわ』と言っていたなんて、これっぽっちも覚えていません。
ええ、自分の命が一番大事です。
シロはひたすらスイーツ一択。
口の回りに粉やクリームを付けて甘いものを頬張る姿は…大人の男性に変身してるからあんまし可愛くないな。
それなのに。
「あのうっとりと菓子を頬張る姿が堪りませんわ!なんて可愛らしい。」
「あちらの黒髪の方、無言で酒器を傾ける姿に品があって…しかも時々目を伏せる仕種に色気があって完璧ですわ!」
外野の賞賛する声がここまで聞こえるんですが。
何ででしょうね、実体を知ってるが故に罪悪感が半端ないのですが。
「…さっきから落ち着かないわね。」
「ねえサナ。」
「ん?」
「土下座必要かな?」
「は?ここでするんじゃないわよ?恥ずかしい。」
周囲を確認すればいつの間にやら見える範囲のテーブルは女性の皆様で満員御礼。うっかり近づいた冒険者と思われるお兄さんが、女性陣に虫けらでも見るような視線で追い払われてるのを見て戦慄した。お姉様方、恐るべし。
「ああ、そういえば頼まれたもの魔道具に仕立てておいたわよ。」
「早いね!ありがとう。」
「工賃は材料費だけでいいわよ。
それから所長が『商品化するなら声掛けて』って言ってたわ。」
「あー…っと、商品化はしないよ。最初は録画転送機とセットで売れるかな、なんて安易な考えで紡いだんだけど、よくよく考えてみればこれって良いことにも使えるけど、使い方によっては悪いことにも使えるものだから商品として流通させるのは止めておこうと思って。でもそうだな…用途を限って数量限定でもいいなら販売してもいいかな。」
「そう伝えておくわ。」
サナは収納から手のひらサイズの黒い箱を取り出す。
随分と小型化出来たんだな。
画像再生機。
ダングレイブ商会の御曹司が起こした一件で、再生された画像の迫力に感動した私が『作ってください!』とサナにすがりついて頼んでみたのがこうなりました。
小さくしか再生出来ないと映像の一部が潰れてしまったり顔が認識出来ないから『俺じゃない』とか否定されるかも知れないからね。
高精細で高音質。
これに勝るものはございません。
『それで何かするつもりなのか?』
「するつもりですよ。主様から色々と対応が難しいと聞いたので、出来るところは事前に準備しておきたいかなと。」
ひょいと手元を覗き込む主様に包み隠さず機械を見せる。
ダンジョンのラスボスですからね。うろちょろ小細工をして鬱陶しいと思われる位ならちゃんと手の内を晒しますよ。
『捕まえるつもりなのだな。』
何をとも聞かないし、何がとも聞いてこない。
恐らく主様も予想は付いているんだろう。
私達が踏み込もうとする先に誰が待っているのか。
「捕まえるとすれば葉っぱと茎からですね。繋がった先にある根っこには、どんな秘密が埋まっているか。向こうの反応によって対応を考えます。ね、面白そうじゃないですか?」
『…なるほど。良いのではないか。我の事は気にせず好きなように試してみろ。』
酒器を傾け、口の端に笑みを浮かべたまま止めるでもなくそう言い放つ。
あれ?思ったよりも反応が薄いな。やんわり止められるか、適当なところで切り上げろとか言われると思っていたんだが。
「ええと。主様?注意事項とかないですか?」
『ん?特にないぞ。やりたいようにやればいい。奴等は闇の眷属に手を出したんだ。覚悟の一つくらい出来ておるだろう。』
主様は切れ長の目を、すっと細める。
『強いて言うなら、我にもダンジョンの主としての矜持というものがある。今回の件、許せるか許せないかと問われたら許すことは出来ぬ。その相手が恩ある者に連なる一族であってもな。だから止めぬよ。相手が死のうが生きようが、我はどうでもよい。』
主様、怒りが極まって無関心まで突き抜けたのか。たぶん私達が仕返しする気満々なのと、シロが不審者に徴を付けたことを聞いて自分を納得させたのだろうな。オリビアさんからは『いい仕事したわね』とシロ共々お褒めの言葉をいただきましたよ。それと同時に彼女が安心したような笑顔を見せていたことから、殺る気満々の主様を宥めることに苦慮していたことが推察できます。
毛玉でも闇の大精霊ですからね。
本気になったときの被害は桁が違うそうだ(シロ談)。道理でダンジョン内が経験したことのない静寂に包まれてるわけだ。
「それで主様。今回の件で聞きたいことがあるんですけど良いですか?」
ヨル八の鐘が鳴り市場のお店が揃って閉店となるタイミングで飲み会は解散。
足取りの危ういカロンさんとサナをルイスさんの家まで見送った後。
夜の道を主様とシロと歩く。
「結界は良いの?」
右手に持った棒状のお菓子にかぶりつきながらシロが聞いてくる。
夜道で且つ人通りもまばらなこの状態で、結界なんて大層なもの張ったら『聞かれたくない話してます!』って看板掲げてるようなものだからね。不審な動きをする人や、逆に魔法を使ってくる気配があったときに対処すればいいわけで。しかもこちらには大精霊が二体もいるので、戦端が開かれれば過剰戦力と言われてしまいそうだ。
『何が聞きたい?』
「あの書籍が狙われた理由を知りたいんです。」
『…なるほど。それにはあの書籍が何に関するものか知らないといけない。そう言うことか。』
「はい。教えて頂けますか?」
『無論だ。こうなっては隠す意味もない。』
その後判明したことだったが、
あの書籍、幸か不幸か変化を遂げていた。
魂と、記憶はそのままに。
魔人から、精霊体へと。
原因は恐らく器が変わったことと、一度拡散した魂を私の魔力で繋ぎ直したからではないかということだった。
そのお陰で、二つの問題が出来てしまった。
一つは属性。なんとレーブルさんの言っていた"木"という稀少な属性を持つ書籍の精霊体へと変化した。"木"の属性を持つものは植物魔法という植物がより育ち易い環境を整え、新たな植物を生み出す等の植物に由来した魔法を使うことができるのだとか。
そしてもう一つは住む場所。ダンジョンは闇の属性を持つ魔力が満ち、闇属性を持つ魔物のための場所だ。与えられる魔力が偏ると、例えばグレースの時のように行動に異変が生じたり、生まれたばかりの精霊体には負荷がかかりすぎて最悪の場合は消滅することもあるらしい。
現状、緊急避難措置としてダンジョン内の私の部屋にある女王陛下の書架に収まっている。そしてグレースが積極的に世話をしていた。なんでも光と木の精霊は相性がいいのだそうで現在生育の真っ最中なんだとか。『ゆくゆくは、お嬢様好みの素敵な殿方へと育てて見せますわ!』と違う方向に張り切っていた。
有名な古典の逆バージョンだな。
世界どころか種族越えないと素敵な彼が出来ないって神様手加減なしですね。
閑話休題。
「それで属性の件なんですけど、何の下地もなくいきなり"木"っていう稀少な属性を持つとは考えにくいと思うんですよ。人でいえば例えば気質や環境、それから血筋ですかね。そういうものから属性が恩恵として付与されると考える方が筋が通ります。だから今回被害にあった書籍は"木"もしくは"植物"に関わりのある内容が書かれていたのではないかと。」
あくまでも推測ですがね。
「当たりだ。…まあ、このくらいは誰でも予想がつくだろうがな。あれは初代女王自らが取り寄せた書籍の一冊。禁忌とも呼ばれる古代魔法について書かれた書籍の中では比較的新しい部類に入るだろう。」
「古代魔法?」
「古き魔法と呼ばれるものを総称して古代魔法と呼んでいるのだよ。古き魔法は日常生活に欠かせない良い効果をもたらすものもあるが、その中でも"禁忌"と呼ばれる種の魔法は、膨大な魔力や対価と引き換えに絶大な効果をもたらすが、残酷で甚大な被害の様子から使用が控えられたというものがあってな。その効果は『一国を儚く脆く消し去った』と伝承に残る程だ。」
ディノさんの一件でも見え隠れする古代魔法と、禁忌と呼ばれる魔法の存在。時に無慈悲に自分達をも巻き込んで容赦なく凄惨な被害をもたらすその力を、賢明な古代の民は隠すことを選んだという。その一方でその力を振るうための適性は血統や突然変異という形態をとり脈々と人々の中に受け継がれていった。そしてそのままであったのなら、時の波に飲まれ一部の知識人だけが知る過去の遺物であっただろうに。
「ある、一人の存在が全てを表にさらけ出した。」
アリアドネ・ルブレスト。
聖女とも呼ばれた、魔紋様の稀代の蒐集家。
彼女は一生をかけて古代魔法の蒐集と解析に執念を燃やしたとされる。魔法紡ぎとしての頂点を極めるため、また越えねばならない壁のひとつとして彼女は古代魔法の解析に時間を費やした。聖女としての仕事以外軟禁生活を送っていたような彼女だ。有り余る時間と本人の資質と努力によってその解析は精密を極め、王家に献上された調査結果はやがて研究者たちの知るところとなった。そして研究者達によって効果のほどが検証され、このまま順調にいけば魔道具に仕立てられたのち、聖国による第三大陸統一を進める兵器として活用されるのも時間の問題と思われていた。
ところが研究が進むにつれて誤算が生じる。
禁忌とされる古代魔法の魔紋様を発動させるには、膨大な魔力が必要とされるのだが、当時この国に一度に必要な量を賄えるほどの魔力量の持ち主が存在しなかったのだ。アリアドネ・ルブレストは当時この国では神のような存在であったが、その彼女をもってしても一人でこれらの魔紋様を発動させることは出来なかった。もちろん多数の魔道士の力を結集し足りない魔力量を補うという方法はあったが、今度は古代魔法を発動させる適性を持つものがいない。
こうして夢は夢のままに聖国の研究は熱を失い終息していく。
だが古代魔法の兵器転用をちらつかされていた帝国等周辺国は黙っていられなかった。自国が兵器による侵略の危機に晒されたのだ。早い段階で帝国を中心に周辺国は連係し侵略と兵器の使用に備えた。そして聖国が諸々の事情で研究の中断を余儀なくされた事を知ると、揃って圧力をかけて研究成果の開示を求めた。こうして渋々聖国によって開示された情報から禁忌とされる古代魔法の存在は、実りある姿形をとって他国の知識階級に受け入れられ今に至るというわけだ。
「とてつもなく混沌とした時代があったんですね。」
他人事とは思えない程に近しい出来事を元いた世界ではニュースで見て聞いて知識としてはあったけれど。現実に当時を経験してきた人はさぞや恐ろしかったであろう。
今日は大丈夫でも。
明日は、死んでいるかもしれない。
未知の強大な力というものは常に畏れられるものなのだ。
『まあ、その研究のお陰で魔法紡ぎの技術が格段に進歩し、禁忌の古代魔法に対抗する技術が編み出され、力の解明が進んだのだから因果とは不思議なものよ。』
「対抗する技術、力の解明ですか?」
『技術といえば純粋な魔力の塊をぶつける、あれだ。前にどこぞの小僧がやろうとしておったな。ダンジョンの壁が脆くなっているのに多少は遠慮せぬかと思ったわ。』
「あ、師匠のアレですか。」
魔紋様を視界に捉え、膨れ上がる魔力を固めていた師匠の姿を思い出す。
禁忌とされている位だ。早々お目にかかれる代物ではないだろう。師匠も見るまで禁忌の魔紋様と知らなかったようだから実際に試すのはあれが初めてだったということか。
…ちょっと、人に実験じゃないって説教したやつ、今すぐ出てこい。
『そして、解明された力というのが汝のそれだ。』
主様が私を指差す。
『神聖魔法だよ。』
すっと頭の芯が冷える。
属性の話を主様にしていないのに何故知っている、そんな疑問も浮かばないほどに。心臓の音がうるさく響く。
「…でも属性はどんな魔法を使えるかを現すだけですよ?
そして魔法の適性は血が繋ぎ、戦闘スキルとしてランダムに与えられるものかと。」
『言っただろう。大いなる力には必ず対となる力が存在する。我と対になるように光のが存在するようにな。それが秩序というものだ。異世界の言い方を借りるのなら禁忌となる古代魔法を陰とするならば神聖魔法は陽の力。確かに、魔法の適性は血が繋ぐもの。だが聖属性…神聖魔法だけは違う。血で受け継ぐ事ができるなら、適性のあるものはもっと存在するはずだ。それがいないのは運命により選ばれた者のみが与えられるものである証拠。そして繊細で複雑なその陽の力を魔法紡ぎとして操れるのは"女王"と呼ばれる程の技量を持つ者のみ。』
女王と、呼ばれる?
「まさか、シルヴィ様って…。」
思わず口から溢れた名前に主様が目元を和らげる。
『懐かしいの…今、その名前を知るものは我と汝くらいだ。そして、先ほどの問い…答えは是である。彼女は神聖魔法を振るうことが出来る稀有な存在であったよ。』
芯は冷え心拍数が上がり、呼吸することも忘れそうになる。混乱と緊張から手のひらにうっすらと汗をかいているのがわかった。魔法紡ぎの女王の名は呼称などというちゃちなものではない。伴う責任の…なんと重いことか。
『なあ、異世界から呼ばれた少女よ。
その責任の重さに戦き、萎縮する気持ちも解らんでもない。
だからこそ我々は切に願う。』
主様が歩みを止める。
『胸を張って生きて欲しい。異世界から呼ばれた少女よ。
この世界は汝にとって厳しい場所である。
だがその厳しさを越えてきたからこそ今の汝があり、
自身に価値が生まれたと理解して欲しい。』
人通りの途絶えた夜の闇に主様の声が凛と響く。
『我ら光と闇の大精霊は汝が異世界より選ばれたことを心より歓迎する。禁忌とされる古代魔法が振るわれれば、我ら精霊とて只では済まぬ。眷属を統べるものは一族が安心して暮らせるように導く義務がある。さればその義務を果たすために力を貸そう。
それは汝が力を、力に伴う義務を果たそうとする努力を認めたからだ。
努力は気高い。
だから誇りを持て。
常に気高くあろうとする、汝は我らが誉れ。
故に次代を担う魔法紡ぎの女王であると認めよう。
我らが精霊の名にかけて。』
「…残念。誉めても何も出ませんよ。」
一つくらい文句を言ってもいいかな。思わず苦笑いが浮かぶ。
散々試しておきながら、やっとここに来て認めると言われてもね。
まあ、それでもいいかな。力を貸してもらえるなら、その力が生き抜くための縁となるのなら。互いの利害が一致した結果であっても悪くない関係ではないかと思えるようになっていた。ただそこに一片でも親愛の情があればいいと願っているのは、私の弱さの表れだろう。
だからこの気持ちは内緒だ。
そんなこちらの気持ちを知ってか知らずか、シロはにこりと微笑むと、するりと手を繋いできた。主様はニヤリと笑い再び歩き始める。
『今回の件、汝の読みは当たっている。あの書籍は稀少な存在といってもよい。』
「何について書かれているものなのですか?」
『あの書籍、植物についての知識全般が書かれておる専門書だ。古今東西、植物の色形や種類、育て方、食用や毒性の有無、変異種の存在。…そして植物独自の病気のように見せ掛け広く蔓延させる呪いを付与した禁忌とされる魔紋様の存在についても触れておる。』
「それではその植物に対する禁忌の魔紋様を必要とする勢力が、ということでしょうか?」
『かもしれん。それともうひとつ。この書籍には秘密があってな。
なんでもよほど深く読み込まないと見えてこないものなんだそうだが。』
主様の言葉に思考の奥深くへと沈んでいく。
シロはエマの深く考え込む横顔を、お菓子を頬張りながら眺めていた。
本当に人とは可愛らしい存在だ。
ねえ、エマ。教えてあげようか。
それは今、ある国で一番必要とされているもの。
状況は緊迫していて困ってる人達がいる事をエマはまだはっきりとは気付いていないけれど、その国にいる精霊から救いの手を求められている。さて、彼女にどう切り出そうかな?現状彼女の助けが必要なんだけど、我の力不足と思われるのは癪だ。その国とはいつもエマを困らせるようなことばかりする国。ならばそんな国、無くてもいいだろう。
いっそ白く塗り潰してしまおうか。
ふと視線を感じて顔を上げると、こちらをじっと見つめる闇のと目が合う。
口の動きだけで『余計なことするなよ』と釘を刺される。
だって面白くないじゃないか。
その書籍には植物にかけられた呪いを解く魔紋様が記されている、なんて。
そしてそれをこの国で使える可能性があるのはエマだけだ、なんて。
遅くなりました。
連休の魔法にかけられて怠惰な生き物に変身してました。すみません…
よろしくお願いします。




