魔法手帖九十五頁 ダングレイブ商会と第一王女様と二人の侍女
瞼が白く染まる。
瞬きを繰り返し、ぼんやりとした意識がハッキリしたところで確認すれば、お店の庭先にあるベンチでシロを枕に横たわっていた。
「あらシロ。ごめんね、枕にしてた。」
「わう。」
犬モードのシロが『気にしてないよ』とばかりに一声鳴く。
落ち着いたところで体調を確認すると気分もすっかり良くなっているし、特段怪我もないようだ。日差しの感覚からして夕方になる前かな。意外と早く復活できたみたいで良かった。ヨル六の鐘が鳴るくらいにサナと待ち合わせだから遅れてたらと思うと悲しい。串焼きが…パンケーキが!パン屋のおじさんが考案した新製品出たんだって。ああ、楽しみ!!
動く気配がしたからか格子窓が開いてオリビアさんが顔を覗かせる。
「エマさん起きたのね!体調はどう?」
「はい、特に問題ないようですよ。オリビアさんがここまで運んでくださったんですか?」
「教えてもらったのよ。日当たりのよい場所の方が魔力の回復が早いのですって。」
「ありがとうございます。」
さて調子も戻ったし、どうしようかな。
視線をオリビアさんに向けると菩薩のような柔和な笑顔を浮かべている。
おお!!ご利益、ご利益。ありがたやー。
「エマさんの体調が大丈夫なら打ち合わせしたいのだけれど。」
「ええ、大丈夫ですよ。」
こちらもにっこりと笑顔を浮かべる。
笑いが止まりませんね。
「うふふふ。」
「おほほほ。」
端から見れば穏やかな?日常の光景だが、二人の思いはただ一つ!!
「「やってやりましょう(わよ)!!」」
お上品に暈しましたが、向こうが先にこちらへ噛みついてきたのだから解ってるよね、とばかりに色々オリビアさんには頑張ってもらいましたとも。台所に集合してみれば、やっぱりイイ笑顔のリィナちゃんとサリィちゃんがいた。
わかりますよ!!この熱い思い、嫌でも受け取ってもらいましょうね。
というわけで、念のため内部からの音声を遮断して偽の内部映像を投影させる防御結界を発動し、情報交換と行動予定の確認です!
「それでは情報をお願いします。」
「じゃあダングレイブ商会に関する情報からね。」
オリビアさんは一つ頷くと、資料と思われる紙の束を手元に寄せる。。
ダングレイブ商会は、現在最もこの国で力のある商家。商品の品数から支店の店舗数まで、この国の中で敵う商家はないと言われるほどに繁盛している。扱う商品は食品から日用品、果ては魔道具から武器まで多種多様に及ぶ。
ちなみに『ダングレイブ商会のお店にいけば何でも揃う』が売りだそうだ。
商会全体の売り上げも順調に伸ばしており、今は御曹司の一件があって自粛しているが、これがなければ五年連続で前年売り上げの大幅更新という勢いだという。
その一方、繁盛する陰には当然のように悪い噂もあるわけで。
「元々は帝国を本拠地とした商会の支店の一つに過ぎなかったのだけれどね。それが五年前の事件で当時王国で最も力のあった商家が離散したの。その穴を埋めるように頭角を現し商売を拡大させたのが現在のダングレイブ商会よ。」
「王国には他に力ある商家は無かったんですか?」
「二、三あったのだけど…何らかの事故や事件に巻き込まれて力を落としたわ。しかも大騒ぎになるほどの事件事故にも関わらずあっさりと捜査は終了した。本当に犯人なのか疑わしい者が何人か捕まって程なく釈放されたわ。証拠不十分ということで。」
「商家からは不満とか出なかったんですか?」
「どの家も離散した商家と取引があったために下手に騒げば、そちらの事件にも関与を疑われると感じたみたいね。捜査が簡単に終わったことに誰も文句が言えなかったそうだわ。」
「それは、また…。」
限りなく黒に近いグレーというわけか。ただ残念なことに疑わしいといっても状況証拠だけなんだろうな。事件に関わったという明確な証拠がないから疑惑として終わってしまう。例えば五年前の事件を裏で操るものがいて、その指示でダングレイブ商会が王国の経済面を握るため画策した可能性があるとはいっても、それだけで処罰はできない。
さすがに五年前の事件事故の証拠なんてもう残ってないだろうし、改竄くらいは余裕でされていそうだ。
「それで、このままいくと例の馬鹿む…御曹司、がダングレイブ商会の後継者というわけですか。」
「親としては継がせたいようね。ただ、ああいう性格でしょう?随分と悪さをしているみたいで評判はあまり良くないの。」
「…でしょうね。」
あれで評価が高かったら情報操作を疑うレベルだわ。
それにしても意外だ。元々帝国を本拠地とした商会の経営方針だから商売にはシビアな考え方をするかと思っていたけど、今の経営者は意外と情に脆いのか。皇帝陛下の性格を考えるに、情とか恩とかそういう感情の伴った行動を最も嫌がりそうなタイプだし、それを反映したかのように帝都からは商売には抜け目のない雰囲気を感じたのだけどな。
「ちなみにお付きの人…トーアと名乗っていた人物なんですけど、あの人はいつからダングレイブ商会に勤めているんです?」
「二年ほど前から、と聞いているわ。元々別の支店に勤めていたんだけれど、有能だということで抜擢されたようね。まあ、抜擢といっても馬鹿む…御曹司の後始末が主な仕事だっていうから出世と言えるのかどうか。」
「この人はまだ捕まったまま、なんですか?」
「ええ、国ももしかしたら五年前の件と関わりがあるかも知れないと随分熱を入れて調べているそうなんだけど全く口を割らないそうよ。」
「…ちなみに不幸な事故が起こる可能性は?」
「"盾"の守護結界を破るのは難しいわよ。魔力の塊をぶつけられても耐えられるように、幾重にも重ねて紡いであるそうだから。」
なるほど、重ねればいいのか。魔力の塊をぶつけられ破られても次の魔紋様が働くように効果を付与しているというわけね。たぶん重ね紡ぎの本来の使い方はこういうものなんだろうな。
地味な分野にばかり活用してごめんなさい…反省はしないけどね。
では、いよいよ本題に入りましょうか。
「ダングレイブ商会と関わりの深い人物って国の機関のどの地位にいるんです?」
その言葉を聞いた瞬間に。
オリビアさんがそれはそれは深い溜め息をつく。
…何でか、ものすごく嫌な予想しかないんだけど。
よ、よし。手近なところからいこう。
「先ずは司法…領館に常駐する警らとか、揉め事があった時に仲裁するような機関の上層部とかどうです?」
警察とか裁判所のイメージですね。ここを押さえれば、ダングレイブ商会に関わる事件事故は軽く揉み消せる。
「問題ある上層部…この場合は賄賂を受け取っていたり人事に私情を挟んでいた者、それから故意に情報を漏らしていた者ね。彼らは先月の一斉捜査でほぼ一掃できたそうよ。証拠を見せて有無を言わさず処分したそうだわ。末端については新しく配置された上層部が調査を進めているそうで、こちらも間もなくきれいになるそうよ。」
ちなみに、ダングレイブ商会の一件でトーアさんと名乗っていた人物…面倒だからトーアさんでいいな、が領館に通報を入れたのか、通報が握りつぶされたのかという疑惑については、調査の結果、通報はされていなかったようだ。通信用の魔道具に受信した履歴が残っていなかったらしい。
ではあのとき、通話していたトーアさんが連絡を入れた相手は誰なんでしょうね。
ダングレイブ商会の馬鹿む…御曹司か、もしくは違う誰かか。
御曹司に聞けば連絡を受けたか位はわかるんだろうけど、あの日以来、御曹司は体調を崩して寝込んでいるそうだ。
…どこかで聞いたことのある話ですね。
それともう一点。
「随分強引な手ですけど、いろいろ大丈夫なんですか?」
いきなり『これ証拠です、はい捕まえました、処罰します!』は強引すぎて反発が凄そうなんだが。しかも相手はそこそこの地位があって、そこそこの頭数が揃っている。
クーデターでも起きたらどうする気なんだろう?
「捕縛まで一気に動いたそうよ。それこそ連携をとる隙を与えないように。さらに罪状を領民にもわかるように開示した。ダングレイブ商会の一件で取ったエマの対応と同じね。捕らえられた側からすればどうせ何も出来ないだろうし証拠は握りつぶせると舐めて掛かっていたいたんでしょう。だからあちら側が自身に都合のいい噂を流す暇もなかった。それにね。」
艶やかな笑顔でオリビアさんが微笑む。
あ、怖いこと考えている顔ってこんな感じか。
明日は我が身…気を付けよう。
「国の上層部だって大人しく過ごしていた訳じゃないのよ。何もできないと思わせておいて調査し証拠を固めた。年単位で集めた過去の悪さの証拠を、画像に音声つきで見せられたらどちらに非があるかなんて一目瞭然。で、終わりよ。」
地に伏せた獣が静かに獲物を狙うように何年も自身が見張られていた。捕らえられた方も戦慄しただろうな。ならほど、だからダングレイブ商会の一件があったとき、ロイさん達協力者や領民の皆様にすんなりと受け入れてもらえたのか。情報操作は操作する側は目的が理解できてるから受け入れやすいけど、普通なら唐突すぎて『何これ妄想?』と一蹴されるだろう。
実際私も何ヵ所かでは受け入れられない状況があるかも、と想定していたんだけど意外に皆さんこちらの意図に沿ったように解釈されていて、あの後市場で会った皆さんには盛大に同情していただいた。
そっか、タイミングが良かったこともあるのね。ついでに言うと日頃鬱積したダングレイブ商会と御曹司への不満が信じるに値すると判断させたということか。
日頃の行いってホンと大事。
なお、不正に繋がる情報収集の作業諸々については、ダンジョンで死にかけた一件からディノさんとゲイルさんも随分と張り切ったようで、私の渡した魔紋様は魔道具に仕立てられ量産、ディノさん達が嬉々として心当たりのある場所に仕掛けていったそうな。上手く色々引っ掛かったようですね。オリビアさん曰く、それについては証拠として採用され、追加で罪状が加算されていくそうな。
ご愁傷さまです。
「国や各領の領館に勤める事務官や魔術師、それから軍についても、王が中心となって人事を刷新しているところよ。彼らが目星を付けていた身分は低くとも有能な人物を登用しているそうだから、こちらも今年中にはきれいになるでしょうね。」
きれいになるということは、ダングレイブ商会や他国の息が掛かった人間をそれなりに排除できるということか。王様、頑張ってるみたいですね。
ということは。
「文官でもない、軍部も違うとなれば。」
王族、もしくは王家に連なるもの。
国の上層部分じゃないですか。
「確かに王とはいえ簡単にどうこうできる相手じゃないですね。ちなみに誰なんです?」
「…王女よ。王家唯一の。」
苦いものを飲み込んだ表情を見せるオリビアさん。
「発端はやはり五年前の騒動ね。第一王子が追放された後、第二王子が次期王となることが決まった。それに異を唱えたのが王女…ベアトリス様。第二王子の王位継承を認める場で言い放ったそうよ。『アンドリーニお兄様のせいで、ジェイスお兄様は道を誤ったのです!だからそんな人間は王にふさわしくありません。』とね。」
「うわー。もしかして何か確証を得てのこと…じゃないですよね。」
オリビアさんの困ったような表情からその言葉が感情のおもむくままに発せられたと推察できる。魑魅魍魎蔓延る…は言いすぎかな?国の運営に関わる方でしょうに。思ったことは全部口から出る性格のようですね。
同じ王家に連なるものであったサナを見ればわかる。上層部分に属する人ほど必要なことしか言わない。自分の言葉が時に周囲へ深い影響をもたらすか、解っているから。
まあサナの場合、親のせいで何か良いことを言っても悪い方に解釈されるから言わなくなった、という側面もあるけどね。
根回し済みの規定路線を変えると言うことは並大抵のことではない。
特に第二王子の資質に問題があるというならばともかく、仕事については優秀な人のようだから異を唱えても理由として成り立たない。それとも…私達が知らないだけで第二王子が異世界の少女をけしかけて、第一王子を失脚させたという証拠でもあるというのかしら。
「元々、第二王子経由で異世界の少女が第一王子と接触した、というのは確かだわ。でもその後の第一王子の問題となった行動には一切関与していないと断言できる。」
「性格が変わった、と言ってましたものね。それで王女の方の性格はどうだったんです?」
「性格が変わったか、と言うことならそれはないと思うわよ?その言い放った一件以降は特に変わった行動をとっているとは聞いていないわ。昔からあまり表情を変えない大人しい性格だったらしいわよ。それは今もそうらしいし。ただ兄妹として第一王子にとても懐いていたそうだから、結果的に仲の良かった兄を嵌めたと思うような行動をとった第二王子が許せなかったのかもしれないわね。」
今では二人は公の場で顔を会わせる以外、会話らしい会話もない状態だと言う。
「第二王子とは元々仲が良くなかったんですか?」
「そうではないけど仲良しと言うほどでもなかったようね。…第一王子と王女とは、第二王子の母親は違うのよ。」
「ああ、なるほど。」
何となく、関係が掴めてしまった。
たぶん第一王子は温厚で面倒見の良い優しい人であったのだろうな。その人が第二王子と王女の微妙な関係を取り持っていた。それが五年前の騒動で、第一王子が追放、間を取り持つ者が居なくなり…といったところか。
王女にしてみれば自分の大切な兄を追放する切っ掛けを作った憎い相手。
対する第二王子は自分が兄を追放させる原因を作ったという負い目から、王女に強く出られない、と。しかも現在の王族は病を得て臥せているとされる前王と看病されているという王妃、前王の退位に伴い離宮へ転居されたという側妃を除けば第二王子、王女の二人だけ。
うわ、この状況って。
「他国からすれば目の前に美味しい餌が転がっているようにしか見えませんね。」
「本当にその通りよ。」
オリビアさんが深々と溜め息をつく。
たぶん今まで他国へ情報を漏らしていた者はこの王女側の人間だと思われるのだそうだ。
相手は王族だもんな、事務官や軍部が情報を求められれば開示せざるおえないだろうし、開示した後、まさか他国に漏らすとは思わないだろうしな。
「…というか、いくら負い目があって、しかも家族…王族だとしても国家反逆罪?ですか、立派な犯罪ですよね。今まで放置してたってどういうことなんでしょう?」
「王女本人はどうやら関与していないようなのよね。」
正確には、王女の周辺にいる誰が名を騙り、悪さをしているということらしい。
しかも誰がどのルートでどこに繋がっているか、ということがハッキリと掴めないように複雑な連絡手段を用いていたらしい。巧妙に隠されたルートは城の内部に張り巡らされ、情報漏洩を疑った上層部が対抗策を講じ隠匿しても、いつの間にか大まかな内容が漏れてしまうという状況だった。そこで試しにと王女の居所を城の中枢から遠ざけてみても、数人を残して使用人を入れ替えてみても同じ。最終的には上層部が無表情の王女から『そんなに疑わしいのなら私もさっさと追放すれば良いのでは?』等と当て擦られる始末だったらしい。
「なんかこう、完全に潔白とは言い難い対応ですね。」
「自分が正しいことをしていると思っているんでしょう。」
妙に醒めたような口調で言うオリビアさん。
「…それか正しいことをしていると思い込まされているかでしょうね。」
もし本当に本人が関与していないのならそうなるだろう。
そしてこの場合重要なのは。
誰が唆したか。
あとは情報の伝達手段…ん?
「もしかして、ダングレイブ商会って王女様の。」
「御用達ね。自身が使う品は全てダングレイブ商会から購入しているそうだわ。」
そう繋がってくるのか。御用達なら頻繁に城へ上がっても問題ないし、他国へ情報を渡すルートなどいくらでもあるだろうし。実際、御曹司が問題を起こした一件でダングレイブ商会の出入りを禁じたところ、情報の漏洩と思われる案件が起こっていないらしい。
とうとうバレたのね、情報を漏らしていた手段が。
「しかもこのタイミングで侍女長と侍女の一人が体調を崩したとして出勤していないようなのよね。」
体調崩して寝込む…流行っているのかな?
お城の侍女の皆さんは基本城内部にある使用人用の宿舎から交代制で出勤しているという。夜勤となる人数は少ないから、殆どの人間は昼の勤務。当然その二人も昼の勤務だが休暇が終わっても体調不良を理由に登城していないらしい。
「いつからですか?」
「揃って一昨日に休暇を取って、昨日から出勤の予定だったそうよ。」
ほぼ決まりじゃないですか。これなら手間をかけずにお城の上層部権限でどうにかできるだろう。体調不良とはいえ働くべき時に働いていないのだ。侍女長だろうがこのままと言うわけにはいかない。
「それがね…そう簡単にはいきそうにないのよ。」
「何でですか?調べる権限なら上層部にあるでしょう。」
「王女様がね…『私が休暇をとることを許したのです。何か問題でも?』と。」
「本当に空気が読めない人ですね。」
確かに体調を崩したとして休んだのは昨日と…恐らく今日。
風邪で一週間くらい寝込む人もいるからな。全く演技だとは言い難い。
ならば。
「…自分から出てきていただきましょうか。」
「エマさん?」
「オリビアさん、例の注意事項はお城に伝えていただいてるんですよね。」
「ええ、管理者権限で伝えたわ。」
女子四人、ニンマリとした笑顔で笑う。
おや、意見は一致したようですね。
「ではお城の侍女さん達に聞こえるようなところで報告してください。
『破損されたと思われていた書籍は問題なく修復されました』と。」
上手く捕まえられるかな?次号は閑話にするか、このまま一気に書いてしまうか迷ってます。




