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エル・カダルシアの魔法手帖  作者: ゆうひかんな


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魔法手帖九十四頁 石化精霊、印と徴、そして構築と再生

『もう一度、書籍に命を吹き込むんです。』


偉そうなことを言ったな、とは思う。

この本一冊に関わった人間のどんな思いが込められているのかも知らずに。


過信は身を滅ぼす。


それでも願いを叶えることが出来るなら、私が願いを叶えたいと思うなら。

持てる力を振るうことに躊躇うべきではないのではないか。

そう思う。



「さあ、着いたわ。」

「ここは?」

必要な品を準備するために店へと戻ったリィナちゃんと別行動をとったオリビアさんに連れてこられた場所は、十五階層の死角となる場所。絶妙な配置で表から見るとただの壁だが裏に回るとちょっとしたスペースがある。

…こんな場所あったんだ。全然気が付かなかった。

そのスペースには、噴水を模した彫刻と水に手を差し伸べる女性の彫像がひっそりと置かれている。噴水に本物の水は流れていないものの玉石や彫刻で水が流れているような状況を上手く模している。イメージするなら西洋風の枯山水ですね。

でも陰鬱なダンジョンの中でここだけ趣が異なるような?

じっと眺めていると、オリビアさんがポケットから群青色の石を取り出して女性像の手のひらに置く。


その途端に。

石で出来ているとは思えないほど自然な動きで彫像の女性がオリビアさんに膝を折ると、背面に描かれた扉を指差す。精巧に描かれただけの騙し絵のように見えた扉は滑らかな動きで横に滑り、開いた向こう側には真っ黒い通路が見える。


「お、オリビアさん。今のって…。」

言葉が上手く出てこない。

石像が動くって、そんなことが普通にあり得るの?

ゴーレム(石化精霊)よ。契約しているの。」

「石の塊ではなくて精巧な女性の像のように見えますけど…。」

ゴーレムって石の塊がいくつも寄り集まったようなゴツゴツした外見をしていると思っていたのですが。

容れ物(女性像)は目的があって作り出されたものだから使用者の好みに合わせたようね。この容れ物を動かしているのが中にいる精霊ということ。ちなみに対となる男性像がこの通路の先にあるわ。」

「オリビアさん、この通路の先にある場所って、もしかして。」

「ええ想像の通り、この通路の先には王城があるわ。」

おそらくだが、王城に勤める者はここからダンジョンへ入っていたのだろう。建物の古さに比べて比較的整備された様子が伺えるため、たぶん後から必要があって作られたものなんだろうな。だけど今回の件に関して言えば、この通路の存在が問題の核心に関わっているといえるかもしれない。


「グレースから報告を受けました。二十三階層の主のものと思われる残骸がこの王城へと続く通路に残っていたと。」

「…ええ、その通り。」

「…オリビアさん、大丈夫ですか?」

「大丈夫よ。」

大丈夫じゃないんだろうな。

どんな繋がりであるかわからないけれど、言葉の端々から推察する限りでは国とオリビアさんの関係は良好に思える。

そんな信頼を寄せる人々の中に今回の事件に関わった者がいるとなれば冷静ではいられないの普通だ。

暗い通路の中で表情は伺えないものの、混乱と不安、そして憤りのような複雑な感情がオリビアさんの中で入り乱れているのが察せられる。

とにかく、この件は禍根を残さぬよう一刻も早く片づけるに限るな。


そう思いつつ通路の奥に目を向けると、そこかしこに何かの気配のようなものが残っている。

そしてその気配を包み込む柔らかい膜のような魔力を感じて思わず首をひねる。

「今、この場に何かの力が働いています?」

「ああ、主様(ぬしさま)が砕かれた魂が離散するのを防いでいるのよ。あの方は死にゆく魂に干渉することを許されているから。ただ、この先どうすることも出来なくて、一時的に止めているだけだから時間がたつほど効果が薄れ、やがて魂は消えてしまうでしょうね。かき集めて再生するにしても間に合うかどうか、今ギリギリというところかしら。」

さすが主様(ぬしさま)

出来ることのレベルが半端じゃないですね。

しかしそうか、時間がないのか。

ちらりとシロを見ると、緩く首を振られる。

「手伝えることはほとんどないよ。確かに我は闇のと対極の存在だから"生"を司っている。だけど我が持つのは新たな生命を生み出す力だ。だから喪われつつある魂を蘇らせる事は出来ない。」

成る程。

シロには頼めないか。


「グレース、貴女のスキルならどう?」

「お役に立てるなら存分にお使いください。」

「じゃあ合図をしたら使って。」

一応、目をつけているスキルがあるんだよね。

ずいぶん個性的だとは思っていたけど、グレース曰く侍女には必須のスキルらしい。

さて、後はリィナちゃんが戻って来るのを待つだけか。

時間短縮のためグレースにリィナちゃんを入り口まで迎えに行ってもらおう。

それまでの残った時間で確認したいことは一つ。


「誰がやったのか見当はついてるんですか?」

そこでオリビアさんは深いため息をつく。


「おおよそだけどね。」

「国に対しての報告は?」

「まだよ。この状況でここを離れるわけにいかないし、城の人間に言付けるわけにもいかない。」

内容が内容だしな。相手によっては握りつぶされる可能性がある、か。

敵意を持つ人物が随分と深くまで潜り込んでるんだな。

恐らく王族に関わる立場として。

せめて明らかにこの人がやりました、という証拠でもあればな…。


「あ、言うの忘れてた。エマ、今回の件があったと思われる時期にダンジョンで見慣れない気配がこそこそ動いてたからしるしつけておいたよ。」

「…シロさんてば、そんな大事なこと忘れてたの?っていうか印って私が付けられたものと同じってこと?」

印があれば餌認定した相手の居場所がわかる、そんなことを言ってたよね?


「ううん、そんなちゃちなものじゃないよ。我が付けたものはしるし。」


「…どう違うの?」

「ブラックマーナガルムが付けたものは匂いで判別できる。その代わり目で見ても分からなかっただろう?匂いに敏感な種ばかりではないからね、こういう印がついていても、うっかり他の魔物が狩ってしまったりするんだよ。だけど我のは一目で我の獲物とわかるように体の表皮に目立つしるしをつけているんだ。それこそ五感の鈍い人間が見てもすぐわかるように、ね。ちなみに、このしるしが付いているものを害そうとした場合その生物にもしるしがつく。つまりはそれも我の餌として認定されたっていうこと。」

「つまり、そのしるしの現れた人間が今回の実行犯である可能性が高いということね。」

「ご名答。ついでに補足すると、このしるしは毒でもあるから、我から上手く逃げたとしても徐々に浸食されて一ヶ月も放置すると死に到る。」

獲物を誰にも奪われることのないように。

ニンマリとシロの口元が歪む。


「…精霊って独占欲も強いの?」

「執着心というものは、どんな生物も等しく持つものさ。」

「…というわけでオリビアさん、この件が片付いて、こちらの手筈が整ったら火急速やかに容疑者の捕獲を。たぶんそのしるし、何らかの理由で解除させたいのならシロじゃないとできないのではないかと思われます。」

「わかったわ。」

実行犯に繋がる手がかりを掴んだだろうに、微妙な表情を見せるオリビアさん。

対照的によくわかったね、とでも言うような嬉しそうな表情を見せるシロ。

気持ちわかりますよ、オリビアさん。

白い毛玉の悪そうな表情から、どう考えてもそうじゃないかと思ったんだ。


「オリビアさん、お待たせしました!」

そのタイミングでリィナちゃんが戻ってくる。

慌てて戻ってきたからか、箱に詰めたままの状態でインクの瓶を持って息を切らしている。ついでにサリィちゃんへ私がこちらで作業を手伝うということも伝えてくれたんだとか。

うわ、確かにお昼休みのついでに降りてきてから随分と時間たってる。

ありがとう、リィナちゃん。


「オリビアさん、合図したら主様ぬしさまの力を解除してもらうこと出来ますか?」

『うむ、我がやろう。任せておけ。』

「はい、オリビ…って主様ぬしさま!いつの間に背後に!」

怖いから本当背後に立つの止めて欲しいんだけど!!


『相変わらず気配には疎いの。いいからさっさと作業せんか。我の力でもここまで留めるのがギリギリなんだ。』

「わかりました。オリビアさん、二十三階層の主さんの破片、拾ったものをいくつかもっているんでしたよね。全部頂いてもいいですか?」

「もちろんよ。…だからお願いね。」

「はい、力を尽くします。」

くるまれた布から破片を受け取り、蓋を開けたインクの瓶を近くにおいておく。リィナちゃんに瓶の中身がなくなりそうになったら新しいものを開けてもらうようにお願いして。


一呼吸。


「それでは、いきます。無惨に散り砕かれた魂に新しき生を。」

これはオリビアさんの祈りであり願いでもある。

真剣な面持ちで頷いたオリビアさんを確認して魔法手帖を取り出す。

すっかり手に馴染んだ表紙の感触に心が凪いでいくのがわかる。


「検索 "構築"。」


先ずは失われた記憶を再び形作る作業から。

書籍であった頃の記憶が少しでも多く残っていればいいけど。

足元から沸き上がった魔紋様の糸が手のひらの破片を優しく包む。


グレースに視線を投げる。

頷くグレースを確認してから合図を。

思っていたよりも欠片が拡散している範囲が広いようだから手伝ってもらおう。

主様ぬしさま、解除して下さい。」

『応。』


闇の力が解き放たれた、瞬間。


「グレース。"集束"。」

「承知しました。」


『集束』

使用者が認識できるものを集め望む形態に変化、固定させることができる。

この場合、認識できるというところが重要だ。

魔力の塊としてではなく、記憶の欠片を…生命という曖昧なものを認識できるか、否か。

『ご安心下さい。光の精霊は万物の根源である生命に干渉するのが得意な種なのです。』

自信たっぷりに請け負ったグレースだったが…根はポンコツだしな。

皆に言わなかったけど、実は一か八かの賭けだったが今回は無事に私の勝ちのようだ。

集束された生命の欠片は溢れることなく空間に固定され通路の真ん中に丸く形作られる。


「お疲れさま。」

「どうぞご存分に。」

一礼して下がるグレースを横目に早速光の糸を素早く巻き付けていく。

金色の毛糸玉が出来たところで一気に魔紋様まもんようの中へと取り込んだ。

うん、良かった。反応がある。

わずかにこちらへ呼び掛けるような声が聞こえた。

もうちょっと待って。直ぐに貴方をできる限りもとの形に近い状態にするから。


魔法手帖に魔力を流す。


一気に膨れ上がった消費魔力に一瞬意識を失いそうになる。

危なかった…ここで気を失った全てが台無し。

踏みとどまったところで収納から一冊の本を取り出す。


「その本は?」

「ダンジョンの壁に埋められていたものです。修繕の最中に見つけたんですよ。」

オリビアさんの問いには簡潔に答える。

集中力を切らすわけにはいかない。


当たり前だけれど、失われたものを"再生"させるには新たな生命を宿す器が必要となる。


『たぶん、未使用の器じゃないかな?』

翡翠色に輝く表紙を持つこの本は生命を宿す前の無垢な状態らしい。

シロにも確認してもらって、ここにはまだ何も書かれていないことを確認している。

『新たな器として、すでに書かれているものを上書きするわけにはいかない以上、新たな記憶を宿しても耐えられる器を持つものは現状これしかないだろうね。』、とも。

そう言うシロの言葉を裏付けるように魔力を流せば簡単に吸い込まれていく。

新たな生命を生み出すことが出来るというシロの言葉を信じて、ここに二十三階層の主さんの記憶を再び甦らせることに決めたのだ。


「それでは、…"再生"。」


対価は魔力、インクと無垢なる器。

求めるは…二十三階層の主さんの記憶。

魔力を吸収した翡翠色の器は本の体裁を保ったままぐんぐんと成長し…大きくなっていく。やがて手のひらサイズから二回りほど育った本の空白の頁に、今度は魔力の筆がインクを吸い込みつつ文字を綴っていく。

失われていく魔力の感覚に、もう少しで終わるという安堵。

そして気を抜いてはいけないという緊張感に手が震える。


『もう少し絞れるぞ。糸が細くなれば、その分魔力の消費が少なくなる。』


うん、師匠覚えているよ。

あの日このダンジョンで教えてもらったことは魔法紡ぎとしてはとても大切なこと。

いつも与えてもらってばかりで、何も返せていないけれど。

こうしてこの国の誰かを助けるための力になっている、その事が貴方の助けとなればいい。

所謂自己満足であっても、思いは純粋な願いでもある。


さあ、あと少し、あと少し頑張って。

どうか貴方を愛する人達の元へ。


「おかえりなさい。二十三階層の主さん。」


割れんばかりの輝きを発した後。

作業は完了した。

安堵からそのまま床へと座り込む。

命を再び宿した翡翠色の書籍は、無言のまま揺れるように空間を漂い、その気配は母を求めるように、ふよふよとオリビアさんに近づいていく。

やがてオリビアさんにたどり着くと気配は小さく身震いした。


「…ただいま。」


寝ぼけたように目を擦りつつ、オリビアさんの広げた両腕の中に見知らぬ男の子が降りてきて。


「ああ、心配したのよ!おかえりなさい!!」


声をあげて泣きじゃくるオリビアさんと、嬉しそうに微笑む主様ぬしさまの姿に安堵する。

成功したんだ、よかった。

その一方で…妙に冷静な自分がいて、これからの対応次第で状況が大きく変わることを伝えておかなければ、と思う。

ええと、感動のシーンをぶったぎってすみません。

主様ぬしさま、オリビアさん。国にこの事を報告する前に相談したいことがあるんです。だから…」

そこまで言ったところで、くらりと体が傾く。

一気に魔力を失った感覚は何度経験しても慣れないな。


「あの、相談を…」


そう言った瞬間に、私の意識が途切れた。




ーーーーーーーー




崩れ落ちたエマを支えようと差し出される手が全て結界で弾かれる。


「触らないでくれるかな。」

エマをふんわりと結界で包み込み、持ち上げたのはシロだ。


「君達は満足だろう?エマの優しさを利用して、こうなるまで手伝わせたんだから。」

皆が結界の中で身動きすることなく眠り続けるエマを見つめる。

「忘れているのかもしれないけれど、彼女はまだ十七歳…成人前の少女だ。次代の魔法紡ぎの女王という重圧や謂れのない中傷を受けながらも負けまいとする、敬愛すべき異世界の少女。さて、その少女に国は一体何をしているんだろうね?国政に携わる者でもない彼女が、慣れない情報操作までして、何故ここまでこの国を守る必要があるのかな?」

言葉を切ると、そのまま視線をオリビアに合わせる。

この場で国との繋がりが最も強いのは彼女。


「国の上層部に会ったら伝えておいて。このままエマを守る気がないなら…この国にエマを居させる気はないと。どんな手段を使ってでもこの国からエマを連れ出すとね。」

「…彼女が拒否したとしても、か?」

「そうならないように仕向ければいいだけさ。」

薄笑いを浮かべながら白い毛玉は黒い片割れに、そう答える。

彼女が無茶をすることぐらいわかっていたのに。

理解して、なお止められなかったことに腹が立つ。


それは他者に対してだけでなく…自分に対しても。


「随分と大切にしているようだな。」

「だってそうでしょう?彼女に代えはきかないんだ。誰も守らないのなら、我の望むように守る。それを誰が責めると?」

「…責められないな。」

「そうだろう?」

唯一無二の愛おしい存在を。

真綿でくるむように、大切に、慈しんで。

彼女が望む世界の美しい光景を一つでも多く見せてあげたい。

誰も求めないのなら…彼女は、我のものだ。

白い毛玉はうっそりと微笑む。


一方、黒い毛玉はといえば。

物騒な笑顔を浮かべた白い片割れの様子に溜め息をつく。


…全く昔から変わらない。

光の精霊は清濁併せ飲む闇の精霊には理解出来ない程に潔癖で、何事も白黒つけたがるところがある。

今回の場合確かにダンジョンの管理者である国やオリビアが管理を怠った責任があるというのも理解は出来るが、そもそも全てが滞りなく管理されるのなら監視体制等というものは不要であろう。

それこそ異世界の言い方を借りれば『警察はいらない』のである。

奴が持ち前の正義感から憤るのは理解できるが、こういう直情的な思考に傾く性格は何とかして欲しい。

…ああ、また頭痛の種が増える。最近オリビアに『主様ぬしさまの毛並みに所々白い毛が混じっております』と言われたばかりだというのに。

これ以上増えたら白い毛玉がもう一匹だ。

泣く、泣いてしまうぞ。


とにかく双方が不幸になることがないように、一言だけ釘を指しておこう。

軽く白い毛玉の肩を叩く。

驚いて、ちょっと目を見開く白い毛玉。


「ん?どうしたの、闇の。」

『いいか。くれぐれも確認しろよ?それをするのは彼女が守られる事を望むのなら、だぞ。』

「それもそうだね。エマが望むことを叶えてあげたいから。」

微妙に方向性が違う回答のような気もするが一先ず暴走は避けられたようだ。

白い毛玉は表情を和らげ微笑んだ。


…どう考えても彼女は守られるだけの立場を望まないだろうがな。


黒い毛玉は不敵に笑うエマの表情を思い浮かべる。

意外と打たれ強い性格をしているのだよな。

ああ、胃が痛い。






シロさん→天然(暴走ぎみ)

主様→シロの暴走で苦労かけられる

このまま進行して白い毛玉二匹になったらどうしよう…

次は伏線回収します

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