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エル・カダルシアの魔法手帖  作者: ゆうひかんな


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魔法手帖九十頁 セーフゾーンと害虫駆除、予兆


「え、歪みがあるかも、ですか!!」


血の気が失せる。

それは…どうしたらいいんだろう。

「もしくは何か蝕むものがあるかも、だ。最後まで良く聞くように。」

「…はい、先生。」

一瞬本当に学校の先生に注意された気分になりましたよ。

魔人さんは棟梁に説明の続きを話すよう促す。


「十五階層まで修繕を進めたところでふと気になったんだが、大抵修繕が終わると空気が安定するというか、家が喜んでいるような、そんな気持ちを感じるんだがな。今回は妙に下から上がってくる空気が落ち着かないんだ…そのせいで胸騒ぎがするんだよ。せっかくお嬢ちゃんが五百年は持つ位の補強をしてくれたのにそういう場所から崩れてしまうのは申し訳ないじゃねえか。」

そうなのだ。

単純に補強をするだけでは壁や床の割れも欠けも残ったまま。

本当はそういった箇所を含め一気に補強と修繕ができたら楽だったのだけど、いったい魔力量がどれだけ必要なのか想像がつかない。

多分私の魔力量では足りないだろう。


「その問題ある箇所がどの辺りか、見当はついているのか?」

「ダメですね。私の場合、実際に見てみないことには判断つきませんよ。」

「そうか。」

そういったきり、魔人さんは考え込む仕草を見せる。

でも棟梁なら実際見てみればわかるっていうことですね!!

となれば、やることはただ一つ。

「十六階層以下へ降りましょう。」

「でもエマさん、先程彼に十六階層以下へ降りるのを止められたでしょう?」

「ですが多分降りないと問題解決しませんよ?」

「…二十階層は問題ないぞ。」

考え込んだ姿勢のまま魔人さんが答える。

耳だけはこちらの言うことを聞いていたということですか?

器用ですね!

主様ぬしさまのいる三十階層も問題ないわ。」

すかさずオリビアさんも言う。

実際に目で見て無事なのはこの二階層だけか。

残りあと十三階層。

「闇雲に各階層へ突撃しても時間がかかるだけですから…もう少し絞り込まないと。」

「だが各階層の主が自分の階層に問題があるのを見過ごすとは思えないが。」

確かにそうだよな、とは思う。

いかにも崩れそうな壁やひび割れがあったら連絡の一つも寄越しそうなものだし。

それにもしそのひび割れなどの損傷が外部からの侵入者がつけたものであれば、それこそ各階層の主が黙ってはいまい。

そこから戦闘にでも突入し連絡はできなくても他の階層に音が漏れそこから異変に気がつくはず。

もちろんオリビアさんも外部からの侵入者には警戒していて、各階層の主に対し緊急連絡用の魔道具を渡しているそうだ。

「各階層の主達にはこちらが極力干渉しないという条件で、錬金術の書籍から産み出される宝石類、武具や魔道具等を定期的に管理者へ納めてもらっているの。だから歴代の管理者はそういう品が置かれる各階のセーフゾーン以外は立ち入らないということにしているわ。ちなみに今のところ各階で納品が遅れているところはない。不定期に行っている各階層の主への連絡にも皆応答しているわ。」

各階の主とはそういう契約が出来ているのか。

先月までセーフゾーンへの納品に遅れは無し。連絡にも応答済みと。

そういえばディノさん達が見つかったのもセーフゾーン…ん、セーフゾーンか!


「それなら先ず各階のセーフゾーンへ入ってみましょう。そこに痕跡が残っていれば…。」

「そこの階層で何かがあった、と言うことね。」

「魔人さん、各階の主さんが関与しない場所なら行っていいですよね?」

「決めるのは私ではない。」

一応お伺いをたてるも特に反論はないようだ。

ならば行ってみましょう!!

行き先は各階層を繋ぐ安全地帯。

ん、そんな面倒なことせずに、一気に階層へ突撃してしまえと?

ダンジョンで無双なんていい経験だぞ、とか?

…絶対イヤ。

私、省エネ設計なのです。



そして、現在。


「いいですか~皆さん。慌てず、騒がず、安全第一ですよ!!」

「ちょっとエマさん、腰にひっつかれると歩きにくいんだけど!」

「空気だと思ってください!!」

「…どう考えても無理だろう。」

魔人さんのツッコミをものともせずオリビアさんを盾に各階のセーフゾーンを巡っていく。同行者はオリビアさんを筆頭に私、シロ、魔人さん、棟梁と続いて最後尾がグレース。

棟梁は確認だけだからと、"雷神の鎚"の皆さんをダンジョンの外へ帰した。

魔人さんは乗り掛かった船、ということで同行していただいております。

グレースは『お嬢様、私にお任せくださいませ!!』と列の一番最後を守ってくれて、シロは『なんかあったら起きるから』と言って私の腕の中でうたた寝している。

うん、現状光の大精霊が一番役に立ってない。

「エマさんたら、ダンジョンの外で狩りの練習して魔物も狩ってきたんでしょう?何でそんなに腰が引けているのよ?!」

「それとは怖さが別物なんです!!」

想像していただきたい。

例えるならこのダンジョンの雰囲気は、怖いと評判のお化け屋敷を十倍ぐらい怖くして、よりリアルに近づけたものだと…。

例えば、所々にある覗き窓から中を覗くとね(以下自主規制)。


慣れるまで、絶対に一人では来れません。

というか慣れる日が来るかも微妙なところです。

『あら、みんなかわいいのに』ってオリビアさん、本当にごめんなさい。

理解不能です。

『驚かせようと襲ってくるところがまた愛らしいの』と頬を染める貴女には独自の世界観が広がっているようですね!!

醸し出す雰囲気が十五階層までとは別格だわ。


「ここが二十二階層と二十三階層の中間にあたるセーフゾーンよ。」


ここまでは、特に大きな問題もなく降りてきた。

オリビアさんが壁に手を当ててセーフゾーンの扉を開く。

各階とも壁の一部が横にスライドして開く仕様のようだ。

この部分はオリビアさん達管理者の魔力でないと反応しないとのことだから閉じ込められないように注意しなきゃ。

「納品の回収以外でセーフゾーンに立ち入る場合ってあるんですか?」

「本来は冒険者達が安全に休めるような場所なんだけど、ここまで冒険者は来られないからね。特別な場合を除けば管理者として各階の主に話をするときくらいかしら。干渉しないという条件があるから階層に入らないで済むなら扉越しに会話をして済ませるようにしているし。」

「そうなんですね。…っと。」

返事をしたところでセーフゾーンの違和感に気づく。


静かすぎないか、ここ。

上階や下階から響いてくる雑音が全く聞こえないなんてことがあり得るのか?

「おかしいわね、音が聞こえないなんて。」

「オリビアさんもそう思います?」

多分何らかの力が働いてこの空間だけ隔離されている。

隔離されているのは上下の階層の両方とも、もしくは…。


このセーフゾーンだけが。


「静かに。」

魔人さんが口元に指を当てつつ、じっと一方の壁を見つめている。

まるで中の画像を透かして(・・・・)見ているかのよう。

「いるな。しかも大量だ。闇属性、…虫だ。」

「虫って、まさか!!」

「多分あれ(・・)だろう。」

棟梁の鋭い声が事の深刻さを伺わせる。

一見、壁には何の変化も見られない。

もしかすると隠蔽されているのか。


「その虫を駆除する方法はありますか?」

私は魔人さんの横に立つと、並んで壁を見つめる。


「この虫は壁ごと魔力を喰らう。だから直接魔力をぶつけるのは無しだ。それに魔力を持つものなら魔物や野生生物も襲う…人間でもな。一般的なのは特殊な魔道具で捕獲したものを火で焼くことなんだが…。これだけ大量にいると一度に捕獲するのは難しい。下手に拡散して別の壁に潜り込まれると厄介だし、群をなして襲われる可能性もある。」

「どの程度の範囲にいます?」

「大体この円の中に収まるくらいだ。」

魔人さんの腕が壁に伸ばされ、大きく円を描く。

壁の四分の一程度か。


「何かする気なら、気を付けろよ。」

「何を?」

「奴等は羽を持っているから飛ぶぞ。」

イメージとして、黒いアイツが脳裏に浮かぶ。

カタカナのゴから始まるあれだ。

いや待て、ここは異世界なんだ。

流石に世界は越えられまい…よね。

「一匹の大きさはどのくらいです?」

「このくらいだ。」

直径十センチくらいの円が空中に描かれる。

お、大きさもあれに近いな。

「…色は?」

「闇属性だぞ。」

黒か、それに近い色。

あらイヤだ。

想像力が力を振るうことを拒絶するわ。

まあいい。

あれに似た彼らなら、多少減らしても種が絶滅することはあるまい。

遠慮なくいこう。


「ではまずこの部屋の結界をかけ直しますね。」

今展開されている結界は、この騒動を仕掛けた人物がかけたもの。

どんな悪しき効果を含んでいるかわからない。

「ならそれは私がやるわ。」

オリビアさんが魔力の網を広げ結界を上書きする。

一瞬の隙もなくかけ直された結界。

オリビアさんは闇属性に特化もしくは相性のいい属性を持っているみたいだな。

今回のように闇属性の魔素が充ちる場所で反発する属性の魔力を含む結界を張ると建物に影響を与えることがあるらしい。

例えば壁がダメージを受けている場合はそこから崩れる場合もあるそうだ。

そういうわけで暫く様子を伺うも、特に揺れはないようだ。


よしよし。

「オリビアさん、この結界に盗聴や透視を遮断する機能ついてます?」

「エマさん、私を誰だと思っているの?」

艶やかな笑みを浮かべるオリビアさん。

知ってますとも!最強の閻魔さ…ゲフッ管理者様ですよねえ~!!

凄いなー、思い浮かべただけで拳が飛んでくるとは。

「じゃあ、早速計画をお話ししますね。」


そこから体感で一時間程度。

「準備終わりましたよー。」

「それじゃ、予定通りにお願いね、エマさん。」

「ハイハイ~。」

「気を抜くな、返事は一回でいい。」

「ハイ…。」

だから魔人さん!急に後ろに立たないで下さいよ!!ほんとに怖いんだから。

いないはずなのに師匠がいるかと思いましたよ…ああ、魔人さんが保護者枠に含まれていく。


そして協力な助っ人が…。

リィナちゃんがお店から召集されました。

助かりますよ!!


「じゃあ棟梁、壁の様子を見ておいてくださいね。」

「おう、虫が全部ひっぺがされたら補強が必要か確認して、

不要なら修繕を進めていいんだな。」

「そんな感じでお願いします。魔人さんはそれをフォローしてくださいね。」

「わかった。」

「オリビアさんは結界の維持をお願いします。」

「ええ、任せてちょうだい。」

「それじゃ、リィナちゃん!!いきますよ!」

「はーい。」


レッツ、害虫駆除!!



ーーーーーーーーー



「「お疲れさまでしたー!!」」

「いやー。なんかこうあっさり終わったな。」

「皆さんのご協力のお陰と、事前準備が出来たからでしょうね。」

私とリィナちゃんの終了報告に棟梁の思いが込められた感想。

本当に優秀な皆様が揃っていてよかった!!


初めの計画では私一人で偽装の解除と同時に逃げないよう穴の回りに結界を張り、さらに虫達の捕獲をする予定だった。

文字にするとこの程度だが、現実にこれらを一人で作業するのは骨が折れるだろう。

そこでオリビアさんにお願いして、器用なリィナちゃんに手伝ってもらったのだ。

具体的にお願いしたことは壁の穴の回りに結界張って逃げた虫の捕獲。

大活躍ですよ!!

そして私がやったことといえば。

「なんかこの捕まり方、虫にとっては不本意よね。」

「捕まっちゃえば本意だろうが不本意だろうが一緒です。」

ダングレイブ商会の一件で大活躍した ゲージを改良し、内側が強力な粘着力を持つ箱にしてみました。しかも餌として私の魔力の塊を入れてあります。

それをリィナちゃんが張った結界内に置いて偽装を解除と。


名付けて『魔力で虫取ホイホイ』。

虫さん達が私の魔力に食い付くのを待って、そっと蓋を閉めます。

そしてすかさず結界の外に設置した魔紋様まもんようの上へ置き魔力を流します。

すると箱の中の温度が上がって…あとはご想像の通りです。

最後に万全を期して箱ごと結界内で燃やしました。

ちなみにとらえ損ねた虫達はリィナちゃんが結界に包んで捕獲、そのまま火の中へ投入されております。

まるでティッシュで掴んでゴミ箱に捨てるかのごとき、鮮やかな動きでしたよ!

そしてその当事者は今。


「…かわいい。」


本当に器用ですよね。

一匹だけ別枠で生きたまま捕獲していました。

魔力を遮断し捕らえた状況のまま中身を保存できるという特殊な魔道具に虫を閉じ込め、それをうっとりとした表情で観察している。

人の好みは千差万別。

ええ、全く気になりません…けどもあれは魔物では?

「…。」

「大丈夫よ、そのうち慣れるから。」

「ええと、慣れ?」

「慣れるから。」

「でもあれ、慣れちゃいけな」

「慣れるから。」

台詞被せてきましたね、オリビアさん。

慣れるのか?

そして本当に、慣れていいのか?!

ちらっと見えた瓶の中にいる虫はカナブンと黒いアイツを足して二で割ったような外見をしていた。

良かった…さすがに世界は越えていないらしい。

「あれはスナイアガラカ。別名『壁食い虫』と呼ばれている。今回の種は大人しい方だが、体に赤い線が入っているものは気を付けろよ。毒を持っているからな。」

魔人さんが無表情で凄いことを教えてくれた。

建築に携わるものからは『黒いアイツ』と呼ばれ恐れられているそうだ。

…呼び名は世界を違えても一緒なんだな、うん。

ちなみに赤い線の入ったレッドスナイアガラカは霧状の毒を吐くそうだ。

毒を吸った獲物が動けなくなったところで一斉に襲いかかり頭から食べるらしい。

凶暴である一方、体内に蓄積される毒は薬の材料となるそうで生きたまま捕獲出来ると、それなりの値段で取り引きされるそうだ。

生きたまま捕獲か。

ホイホイに空気を循環させる機能でもつければいいのか?

もしくは急速冷凍?


とりあえず無事に虫の捕獲と駆除が出来たので壁の状況を確認する。

簡単な修繕だけで済みそうとのことで、棟梁がすでに作業を進めていた。

無事に塞がった壁の傷跡を確認し棟梁がため息をついた。

「ギリギリとは言わねえが、このまま食われ続けてたら危なかったな。」

「虫食いによって壁が貫通するまでどのくらいでした?」

「そうだな。保ってあと一ヶ月か…一ヶ月半といったところか。」

今すぐ、というわけではないが時間がたつほどダンジョンの危険度が増すと。

さてどうしようか、そう思ったところで背後からグレースの声がする。

「お嬢様、ただいま戻りました。」

「おかえり。どうだった?」

「ここ以外のセーフゾーンは問題ございませんわ。ただ十六階層以下、各階層には規模に違いはありますが破損箇所があるようです。特に二十五階層の床と壁に随分と大きな破損が見られました。主に話を聞いたところでは、徐々に広がってきているので管理者に相談しようと思っていた、とのことでした。」

「わかったわ。後で状況を確認するわ。貴方も一緒についてきてもらえるかしら?」

「ああ、かまわない。」

オリビアさんが魔人さんと共に様子を見てきてくれるようだ。

ならばそこは結果を聞いてからでかまわないだろう。


そう、グレースは書籍としての扱いだから各階層に出入りが自由だった。

そこで棟梁から、ある程度レクチャーを受けた上で建物に損傷を受けている箇所がないか下見してもらってきたのだ。

できるかな、と思って心配していたけれどグレースは何でもないことのように言い切った。

『私は侍女ですから。』

いや、これ絶対に侍女スキルには含まれてないよね。

ただ、ずいぶんと嬉しそうだったので、ついでに各階層の様子を見て普段と違うような状況があれば報告するようにとお願いしていたのだが。


「他に問題のありそうな階層はあった?」

「私の基準で判断させていただいてもよろしいでしょうか。」

「うんいいよ。」

「二十三階層と二十七階層ですわ。」

全員の視線が二十三階層の入り口へと注がれる。

あの先に何が?


「状況を説明してくれる?」

「二十七階層は全員が眠りについております。」

「でも、あそこはそういう(・・・・)階層でしょう?」

「ですが全員です。そこには主も含まれております。」

「それは…変ね。」

途端にオリビアさんの顔色が変わった。

なんでだろう、ものすごく嫌な予感がする。

「グレース、二十三階層は?」

私の言葉を受けて彼女が表情を変えないまま答えた。



「二十三階層は主が不在です。

突然いなくなった、と同じ階層の魔物達が申しておりました。」







修繕の方を先に進めることにしました。


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