魔法手帖一頁 エイオーンへ
白く深い霧が闇にとけて、消えていく。
木々の隙間を空気の流れにのって音もなく霧が流れていた。
霧を追い視線を巡らせるも、森の中にいる、という感覚しかわからない。
どこか遠くの方で獣の鳴く声が響く。
陰鬱な、無常感漂う雰囲気に思わず『あの世』という言葉が頭に浮かんだ。
まず、落ち着こう。
確か自宅から出て玄関を開けたところまでは覚えていて。
そこからふわっと何かを踏み越えた感覚があって…。
今、ここにいる。
どうしよう、余計に混乱してきた。
途方にくれ立ち竦む私の近くで突然女性の声が響く。
『起点を指定しました。』
足元から光が膨らんだ。
白い光の糸は徐々に金へと色を変え全身に纏わりつく。
やがて一定のリズムで動く光の糸は地面に複雑な花の模様を描きはじめ、薔薇のような幾重にも重なる花びらは次第に大きく育ち、やがて散るように光の渦から離れていく。
鮮やかな光の残像を茫然と目で追う私の背後から突然声がかかる。
「アリアの花冠か。これは期待できそうだね。」
振り向くと一人の男性がこちらに向ってひらひら手を振っている。
自身の足元から発せられる眩い光に照らされているせいで、相手の容姿はよく見えない。
ただ、彼の柔らかい声は聞いていて心地が良いと思った。
…意外に余裕があるな、私。
しばらくすると光は収まり、手にランプを持つ男性と二人闇の中に取り残された。
それを見て男性は静かにこちらへ歩いてくる。
「はじめまして。私の名前はルイス。」
顔が視認できる距離まで近づくと一旦その場に立ち止まり彼は問う。
「混乱しているところ申し訳ないけどね。君の名前教えてくれるかな?」
…優しそうに見えて、この人怪しさ満点なんだが。
普通に考えたら警察に通報するレベルだな。
この近くに警察があればの話だけど。
落ち着いているようで頭は混乱のまっただ中。
暗いし怖いし、今から逃げて逃げ切れる自信もない。
すがるような気持ちがあったことは否定しないし、本名かわからないけれど名乗った相手に名乗らないのは、いくらなんでも失礼だ。
とりあえず、今のところ危害を加えてきそうな気配はない。
うん、まあ、名乗るくらいなら。
ため息をひとつついて、吐き出すように答える。
「はじめまして。エマと呼んで。」
その瞬間、ふわりと風が吹く。
び、びっくりした…。
包まれる空気の質が変わったような気がして固まる私の様子に気付いたのか、彼…ルイスさんが笑ったような気配が伝わってくる。
「ごめんね、脅かすつもりはなかったのだけど、君達には説明してもわかってもらうのが難しいみたいだから省略した。」
確かに難しいでしょうね、説明することは。
ですがせめて『何かあるかも』位は言っておいてくれてもバチは当たらないと思いますよ?
「ようこそ、エイオーンへ。これはこの世界の名前。」
深くなっていく闇の中、ルイスさんの声だけが響く。
そして続く言葉に更に私は固まった。
「そして君には、この世界で魔法を紡いで貰いたい。」
連載に挑戦します。
お楽しみ頂けると嬉しいです。
8/3本文修正しました。