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それは友達の彼女。

作者: 刀根のぞみ

「良いの?帰らなくて」

とあるホテルの一室に、俺――豊中俊也(トヨナカ シュンヤ)澤木紀香(サワキ ノリカ)と居た。

「んー……」

紀香は起き上がる様子もなく、俺に背を向けるようにコロンと寝返りをうつ。

まだ終電に間に合う時刻だったから言ってみただけ。

なんて、ちょっと意地悪だろうか。

正直自分だって、帰る気はなかったのだから、それはただの決まり文句のようなものだった。

「俊也、帰るの?」

気がつくと、携帯をいじっていた俺を紀香は見つめている。

「どうしてほしい?」

そんなふうに聞き返せば、

「……好きにして、」

と猫のようにぷいとする。

「置いてきぼりにする訳ないだろう。俺は宮田じゃないんだから」

俺は言った。


そう、俺達は恋人じゃない。

紀香には宮田(ミヤタ)という彼氏が居た。宮田は俺の友人の一人でもあり、むしろ友人の彼女が紀香だった。

「忘れさせてよ、そんなこと」

「そんなこと言ったって、紀香は宮田と別れないんだろう?」

困らせるであろう質問をしてみるが、紀香は顔色一つ変えることなく、

「あなたこそ、」

と言うものだから、俺は黙って頷いた。俺には遠距離の彼女が居る事になっているのだから。

この関係は半年前、宮田と紀香がうまくいってないと知った時のこと。

俺の遠距離を聞いた紀香が発した、

“さみしくないの?”

という言葉で始まった。


俺と宮田は居酒屋で仲間内の飲み会をしていた。

宮田はその場に彼女を呼びつけた挙げ句、上司に呼ばれたと言ってそこに彼女を残したまま居なくなってしまったのだった。

「あいつって、いつもこんな感じなの?」

たまたま隣に居た彼女はそう言った。

「わりと、」

幾度か顔を合わせたことはあったけれど、言葉を交わしたのはそれが初めてだったように思う。

「あなたは、彼女さん居るの?」

「まあ、一応」

嘘ではなかった。その頃は。

俺には確かに遠距離の彼女が居た。

「どんな方?」

「普通の人ですよ、」

「会いに行ったりするの?」

「いえ、最近は全然……」

「連絡は?」

「人並みですかね、」

お酒が入っているとはいえ、我ながら適当な答えを繰り返していると思った。

あまり聞かれたくないとう気持ちもあったから、だろうか。

その席で彼女が“さみしくないの?”と聞いてきた事だけは、今でも忘れられない。

気がつけば彼女もひどく酔っ払っていて。

気がつけば今と同じホテルで朝を迎えていたのだから。


「おはよ、」

「あ……俺……」

「言っておくけど、謝らないで。

……誰も悪くないんだから」

彼女のそんな言葉は、“宮田が悪いんだから、”という言葉を含んでいるのだと俺は考える。

その後俺は勢いで、遠距離の彼女に電話をし、別れを切り出すこととなる。

「やっぱり遠距離って難しいね。でも、円満に別れられて良かったと思うの」

彼女は明るかった。

「私たちって最初から、恋人というよりも、友達みたいだったものね」

また、そんなふうにも。

もしかしたら、切り出されるのを待っていたのかもしれない。

そして同時に、紀香との関係が始まった。

――別れたことを告げることもなく。


そして今日、俺は聞いた。

「最近、宮田とは会っているの?」

と。

「……どうして?」

俺は二人で同じ布団にくるまっている時、ヤツの話をすることは一度もなかったものだから、紀香は驚いたように、でもどこか悲しそうな顔をする。

「いや、最近俺ら、会いすぎなんじゃないかと思って」

俺の中では素朴な質問でしかなかったのだが、紀香は口を尖らせて、

「確かに私はあなたとばかり会っているわ、」

と言う。

それはどういう意味だろう。

そうは思ったけれど、紀香はすかさずに、

「あなたこそ、良いの?」

なんて聞く。

「何が?」

「彼女さん……」

もう半年もたったんだ。

俺はサラリと「別れた」と言ってやる。

「……え?」

紀香が声を発するまで、だいぶ間が空いたように思った。

「どういう、こと?」

「俺は今、一人身だってこと」

「黙っていたの?いつからよ」

「君と初めてここに来たあとすぐ。

彼女とは、もともと友達みたいな関係だったし、いつ別れを切り出されるか、向こうも待っていたんだと思う」

俺がそう言うと、紀香は俺の前で初めて泣いた。

そして、

「あはは、バッカみたい!」

と言って、大きな声で笑いだす。

「感情が忙しすぎるわ!」と言いながら。

「どういうこと?」

「ごめんなさい。私、ずっと嘘ついてたの。私だけじゃないわ、宮田もよ」

「宮田?」

「私たち、はじめから付き合ってなんかいないのよ」

「……は?」

今度は俺が、聞き返す番だった。

「私ね、宮田にあなたを紹介してもらいたかったのよ。でも当時あなたには彼女が居た。

ただそれだけなんだけどね、」

ああ、俺はずっと隙を狙われていたということなのか。

「それは笑いが止まらない。間違いないよ」

俺も笑いながら言う。

すると紀香は、

「ねえ私、好きなんだけど、」

と、子猫のような目で俺を見つめる。

だから俺は、

「大丈夫。俺のほうが好きだから、」

そんなふうに言った。

そうして俺達は眠りに落ちる。


夜は明ける。

乗り込んだ始発電車。

乗り合わせた客は疎らだった。

まだ外は暗い。

俺は帰って、今一度寝ようと心に決めた。

今日からはゆっくり眠れそうだと、俺はそう思った。

それはきっと、紀香もまた同じだと――そう信じて。




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