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第三話

 20××年12月23日



 天皇は言っている。今日は働く定めではないと。


 大学は本格的な冬休みに入るが、その分何人かの教授はここぞとばかりに恐るべき量の課題を出してきたりする。俺は言ってやりたいね。受講しているのはあんたの授業だけじゃないんだぜ、と。冬休みと言ってもせいぜい2週間しかないのに、英語の論文集を250ページも読む暇なんかないだろ、常識的に考えて。どうせ俺だけじゃなくて他の連中も無理だと言っていたのだから、これはやんなくてもいいか。


「おいおい竹下、そんな心構えで大丈夫か?」

「大丈夫だ。問題ない」

「あ、ああ、それならいいんだけど」


 俺が自信をもって頷くと、助手席で森岡は困ったような顔をして笑った。


「竹下さんは英語苦手ですもんね。任せてください」


 後部座席から聞こえてくる小鳥のさえずりのような声の持ち主は、森岡の彼女である塚原ユカリだ。今日は今朝から生憎の雨。免許を持っている俺が、近場の駅までこの二人を送っている最中である。2泊3日で北陸旅行をするのだそうだ。ふざけるな。爆発すればいいのに。

 もっとも、この送迎(なし崩し的に帰りも依頼されてしまった)の引き換えに、帰国子女である塚原に英語の課題をお願いすることでナシを付けたので、差し引きプラスと言っても過言ではないだろう。

 英語もできて気が利く。そして何よりちっこくて可愛い。これだけの逸材が森岡とくっつくのだから世の中はわからない。


「竹下の課題なんだし、ホント無理してやる必要はないからね」

「そういうお前は俺に何もしてくれてないじゃないか」

「やだなあ、綺麗どころを紹介したじゃん」

「オヤジみたいな単語使うんじゃねえよ。なんだよ綺麗どころって」

「高槻さんに決まってるじゃない」


 うへえ、あれはお前にとって英語の課題250ページに匹敵する仕事量なのか。

 まあ、高槻が綺麗どころだという説自体に異を唱えるわけじゃあない。


「それで、その後どうなった?」乗り出すようにこちらに顔を向けてくる。

「どうとは」

「高槻さんのこと」

「だからナンパじゃないってのに。どうもこうもなってないよ」

「何言ってんの、昨日、五十嵐さんとのことを占ってもらったんでしょ?」


 何を当然のことを、と森岡は塚本に同意を求めた。


「そんな事実はない」


 ワイパーの速度を一気に二段階上げながら言う。

 森岡は実に意外だという声音で不満がった。


「だって、昨日の5限に高槻さん本人から聞いたよ」


 誰がなんと言おうとそんな記憶は無い。俺はほとんど、高槻と会話らしい会話をしていなかったはずだ。こういう言葉を使いたくはないが、本人が【予言】だと主張するなにがしかを聞いたのは間違いない。だが、占いなんてしてもらってはいないし、本人も占いではないと否定したのではなかったか。

 そのことを告げると、森岡は額に手を当てて唸った。


「あー、確かに、僕の勘違いかも。昨日、僕から高槻さんに聞いたんだよ。竹下が探してたみたいだけど、会ったかって」


 高槻はそれに対し、『1時過ぎに食堂で会った。どうしてもというので話だけ聞いてあげた』と言ったそうだ。それで、森岡は、俺が占いをしてもらったものと誤解した様子。


「彼女そもそも、終始シケたツラしてて、そんなホイホイと人に占いを披露するようなタイプには見えなかったけど……」

「そこなんだよ」俺が素直な感想を口にすると、森岡は食い気味に口を挟んできた。

「高槻さんって、すっごい良い子なんだよ。細かいところに気がつくし、優しいし、何も言わなくても陰からこっそりサポートするみたいなポジションで、男女問わずウケがいい。それになにより、笑顔が素敵なんだよなあ」

「お前、自分の彼女の目の前でよく他の女をそこまで褒められるよな」


 意外にもバックミラーに膨れ面は映っていなかった。


「気にしてないですよ。高槻さんってほんと美人だし、もう人格者って感じなんですもん。私たちの出会いも、高槻さんのおかげみたいなとこがありますし」


 初耳だった。

 そうか、自分たちで占いの効果は実証済みってわけか?

 それならそうと先に言っておいてくれよ……と、過ぎたことは仕方がない。


「今話題に上がってる聖人君子、本当に俺が昨日会ったのと同一人物だよな?」

「当たり前だろ。そんな彼女が、一昨日森岡にナンパされてから急に変わったんだ。まるで真反対。ほとんど喋らないし、無表情だし……竹下、ホントに彼女に何もしてないよね?」


 森岡が知る高槻は、俺が知る高槻とはおおよそ同じ人物とは思えなかった。

 だが、一昨日高槻と話した時は、二人とも同じ人物を目にしているはずなのだ。俺が話しかけたその時から、高槻の態度が変わったのだとすれば、俺のせいだという森岡の意見も頷ける……わけあるか!


 まさか、双子が入れ替わってる、なんてマンガみたいな展開じゃないだろうな?

 馬鹿馬鹿しすぎる想像だ。仮にそれが可能だとして、何でそんなことをする必要があるのだ。


 少しだけ興味がわいたので、考えてみる。

 たまたま、いつも来ている姉の方がインフルエンザか何かで休みだった。それをきっかけに、何らかの事情で大学に行っていない妹が、キャンパスライフを体験してみたいと考える。姉が復帰したときに人間関係がこじれていると困るから、三日後には死ぬなんていう言葉で俺を遠ざけた。これなら筋が通る。


 ──うん、無いな。

 だいいち、今日、学校休みじゃん。



  ******



 森岡たちと別れた後も、気分はすっきりしないままだった。

 このモヤモヤから逃れたくて、ダメ元で五十嵐さんにメッセージを送ってみようと考えた。なんだかんだ言ってもう明日はクリスマスイヴなのだ。コトの成否は別として、今日誘わなかったらいったいいつ誘うというのだ。

 駅チカのファミレスの駐車場に入り、エンジンだけ止めてジーンズのポケットからスマートフォンを取り出した。メッセージアプリを起動し、五十嵐さんの名前をタッチしたところで、俺は天井を見上げた。

 文面が思いつかないのだ。連絡先は登録されているが、実は今まで一度もメッセージのやりとりをしたことがなかった。もちろん、五十嵐さん以外の女子に対しても、いわゆる業務連絡以外でのメッセージを送ったことなんかあるはずがない。

 これは想像以上に困難な作業だった。何しろ、声をかけるのと違って、メッセージは半永久的に残ってしまうのだ。下手な文面を打てばインターネット上で晒し者にされてしまう可能性も頭を過ぎる。それはさすがに心配しすぎか、とも思うが、とにかく俺にとってはそのレベルの話なのだ。声をかけることすら躊躇していたのが馬鹿馬鹿しく思えてきてしまう。


『竹下です。昨日は休講を教えてくれてありがとう。ところで、今日は嫌な天気ですね。』


 送ってから激しく後悔した。ところでって何だよ。そして何故、同学年のクラスメイトに対して敬語? アホか。余命の半分を払ってタイムマシンが買えるなら俺は喜々として1分前の俺をぶん殴りに行っただろう。

 もうメッセージの存在自体を忘れるしかない。それしか俺の精神を安定させる方法はないのだとすら思えてくる。だが、意外といえば意外なことに、わずか数秒で返信が来た。

 慌ててスマホの画面を再タッチ。


『だね!』


 なんだこりゃ。世界で一番短い手紙か?

 気分を切り替えよう。嫌な天気だね、という問いかけに対して、同意の返事をしたということだ。すぐに返事が来たということは脈ありということではないのか。以前ウェブで【デーマニ!】(「デート完全攻略マニュアル!」の略だ)にそう書いてあったことを思い出し、慌てて続きの文を打つ。

 これ、上手くいけば誘えるんじゃないか……そんな下心を隠しながら。


『実は今、車で駅まで来てるんだ』


 五十嵐さんの家が駅に近いという情報だけは知っている。

 次の返信は少し遅かった。


『そうなんだ、雨なのに大変だね。私はこれから一日かけてXファイル見るよ♪』


 続けてどこからダウンロードしたかもわからないUFOの絵が2枚ほど送信されてくる。可愛らしい円盤が、謎の光でウシを略取し、そのまま去って行くという2コマ漫画風のストーリー仕立てになっていて、ほのぼのとした気分にさせてくれる。

 それにしても、なぜ今更Xファイルなんだろう。この発想のフリーダムさが五十嵐さんの魅力でもあるのだが。

 俺は話題を繋ぐべく、思ったことをとにかくそのまま書き連ねていく。


『Xファイルかー。正直、超常現象とか信じてないから見たことなかったよ。ドラマとしては面白いのかな?』


 すぐに『絶対面白いって!』という返信が来た。

 五十嵐さんとはそういう話題をしたことがなかったけど、オカルトとか好きなんだなあ。意外だった。俺だってオカルトが嫌いなわけじゃない。ただ信じてないというだけで。


『マジ今度会ったら死ぬほど語るから覚悟しといて!』

『ポプコも準備ずみだし今日は寝れないなー!』


 俺が返信を作っている間に、一気に二つもメッセージが来た。打つの早っ。俺が遅いのか。

 それにしても初めてのアプリ越しのトークにもかかわらず、話が弾んでいると感じるのは自意識過剰だろうか? 話に食いついてくれるし、何よりすぐに返信くれるし。ここまで来たらもうどうにでもなれと思った。まるで自分が自分でないようなふわふわした感覚でメッセージを書いていた。


『そうなんだ、じゃあ明日とか忙しかったりする?』


 我ながら不自然すぎる誘い方だと思った。

 返事はすぐだった。


『うんうん。明日明後日も忙しくて、だから今日中に見ちゃわないとなのだ。ごめん&そいじゃ!』


 ダメだ。フラれた……。


 重力に引っぱられるように肩を落とした。一昨日高槻に声をかけて拒否されたものとは傷心のレベルが全く違う。今回はガチでデート的な何かを誘おうとして、つまるところナンパに近いことをして、真っ正面から拒否されたのだ。冷静に考えると明日の予定を聞いただけなんだけど、そんなものは関係ない。断られたという結果が全てだ。耳が燃えるように熱い。冬だというのに脇に汗が滲んでくる。周りで誰も見ていないことを幸いとして思い切り叫んだ。力の限り叫んだ。ひとしきり叫んだらスッキリした。常識的に考えて、ちょっと誘うのを早まったかなとも思うし。それにしても恥ずかしい。このメッセージのやりとりだけでも異次元空間に抹消してやりたい……

 とにもかくにも、せっかくの五十嵐さんのメッセージを無視をするわけにもいかず、それじゃあまた、と、等身のおかしなウサギの二次元画像を貼り付けて返信し、再びエンジンをかけた。

 いままさにバックを使用とブレーキから足を外したとき、再度ポケットに突っ込んだスマホが鳴り響いた。驚いたあまり、みっともなく急ブレーキを踏んでしまった。

 期待をもって画面を見ると、全く知らない携帯番号からの着信である。五十嵐さんの番号は登録されていて、彼女からの着信であれば名前が表示されるはずであるから、残念ながらそのセンは無い。俺は一瞬で興味を無くした。

 間違い電話か、あるいは、訳の分からない商材の勧誘か。

 そう考えてしばらく放置するも、初期設定のままの単調なビープ音は鳴り止む気配を見せない。こんなことならドライブモードにしておくべきだった。後悔しながら着信ボタンをタッチした。




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