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野良怪談百物語

すっごい守護霊

作者: 木下秋

「私ね、“すっごい守護霊”が憑いてるらしいんですよ」



 その人は今年の春から入った新入社員だったが、転職者だったらしく、歳は三十を過ぎているように見えた。



「“すっごい守護霊”?」



 仕事仲間とプライベートではあまり付き合いのない私だったが、その日はたまたま誘われて仕事帰りの飲み会に参加していた。――すると隣に座っていたNさんが、ほろ酔いと言った様子で急に話しかけてきたのだ。



「ええ。そりゃあもう強力で」



 彼が語ったエピソードは、こんな話だった。



     *



 ――彼は去年、それまで十年間勤めてきた会社を急にリストラされ、路頭に迷った。社員寮を追い出され、四畳半のアパートに引っ越した。


 両親とは死別し、兄弟もいないので天涯孤独。貯金がそれほどあるわけでもなく、特別な資格を持っているわけでもない。次の就職先の当てもなかった。――生きることに絶望し、自殺を決意した。



 最初は、首を吊ろうと思った。ホームセンターで縄を買い、部屋の鴨居にその先端を結びつけた。もう片方では輪を作り、その中に首を突っ込んで――踏みしめていた台を蹴った。



 ……ところが、瞬間。鴨居はバキン! と大きな音を立てて、折れてしまった。



 Nさんの最初の自殺は、こうして未遂に終わった。



 次に彼は、高い所から飛び降りようと思った。近くの適当な雑居ビルに入り、階段を登って柵を越え、屋上に出た。


 屋上の手すりの手前に着くと靴を脱ぎ、向こう側に降り立った。そして――意を決し、飛び降りた。



 ……ところが。急に吹いた突風に流されて、近くの大きな木に突っ込んだ。枝葉に全身をこすられながら、彼は落ちた。――奇跡的に、両足で着地をした。



 結局、全身をりむいただけで済んでしまった。その日はもう死ぬ気になれず、再び屋上に登って靴を履くと、家に帰ったという。



 こうして、二度目の自殺も未遂に終わった。



 しかし、彼はここで諦めなかった。次の日、睡眠薬を大量に買い込むと、それを一気に服用した。――大変危険な行為だ。(これでようやく死ねる……)そう思いながら、深い眠りについた。



 …………次の日。彼は普通に目を覚ました。



(……なんで⁉︎)



 こうして、三度目の自殺も未遂に終わった。



 どういうわけか死ねない彼は、その数日後。ぼんやり外を散歩していた。すると、向こうからやってきた腰の曲がったお婆さんに、急に話しかけられた。



「アンタ、“すっごい守護霊”が憑いてるねェ」



 言われた意味がよくわからず、聞き返す。



「“すっごい守護霊”?」



「そう。……アンタ、両親死んでるだろ?」



 ――言い当てられ、面食らった。



「二人も憑いてるなんて、中々ないよ」



 そう言って、歩いて行ってしまった。



 Nさんは、(あぁ……私は死ねないんだ)と悟り、次の日から就職活動を始めたという。



     *



「いろいろあったけど、また就職できたし。やっぱ、今となっては“生きてて良かったなぁ”って。思いますよ」


 全てを話し終えたNさんは最後にそう言うと、うまそうにビールを飲んだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 死にたいのに死ねないというのはある意味では拷問のようにも感じます。でも、幸せそうならば良いですかね。 あっ、少し別の見方をすると、決して殺させない。生きて苦しめー。という悪霊なのかもしれませ…
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