サイドストーリー 中央ギルドのステラさん 2
ギルドからゲートを抜けて二十六階の詰所へと飛んだステラさん。三対の魔法陣が並ぶ部屋からドアを開けて詰所の広間に出ると、そこに詰めていた人たちが何人かこちらを振り向きました。しかしそれがステラさんだとわかると、ある者は何事もなかったかのように、またある者は慌てた様子で視線をそらしてしまいます。そんな彼らに、「し、失礼します……」と申し訳なさそうに頭を下げながら、ステラさんは詰所を後にするのでした。
二十六階の詰所を出ると、さらさらと川のせせらぎが耳に入ってきました。天井は高く、明るいダンジョン内は緑にあふれていました。見晴らしのいい草原には、何本もの小道ができています。草の臭いが意外と強く、ステラさんの鼻腔を刺激します。クエストは二十八階の岩掃除という事なので、まずは二十七階への階段へ続く道をまっすぐ突き進んでいきます。
そんなわけで、二十八階目指して道を歩くステラさん。それでもたまに他のパーティーとすれ違う事がありましたが、ステラさんの姿を見るやあわてて横道にそれていきます。中には彼女の姿を見るや悲鳴を上げて逃げていく女の子もいたりして、その度にステラさんは申し訳なさそうに「すみません……」と頭を下げるのでした。
レベル32の中堅プレイヤーという事もあり、このあたりのフロアのモンスターとはめったにエンカウントしないステラさんでしたが、二十七階、足場の悪い湿地帯で、三匹のトカゲ人間と二匹の大ガメに遭遇しました。筋力と防御力に優れる種族・リザードマンと、圧倒的な物理防御力を誇るモンスター・ロックタートルです。トカゲの手には、ごついナタのようなものが握られています。モンスターたちはステラさんの姿を確認すると、獲物を見つけたとばかりにずいずいと迫ってきました。ステラさんも、自身の肩まで届くほどの丈の巨大な大斧を両手でつかみ、戦闘態勢を整えます。
リザードマンの一体があと十歩の距離に入ってくるや、足場の悪さをものともせずステラさんが猛然と突進していきました。六歩駆けて斧を振るうと、リザードマンはその斬撃のあまりの速さになす術もなく真っ二つになりました。残る二体も驚いた様子でナタを振り上げますが、その動きはステラさんのそれとは比べ物にならないほど緩慢なものでした。ナタより遥かに重そうな斧を一閃、二閃すると、強靭な肉体を誇るはずのリザードマンたちの体は、いとも容易く引き裂かれていきました。
さて、残るはカメだけです。しかし名前からもわかる通り、ロックタートルの甲羅の硬さは尋常ではありません。通常は甲羅から出てきた頭や手足を辛抱強く攻撃するのがセオリーです。足が速いパーティーの場合は全力で逃げ出す場合も多いです。
そんな大ガメさんに、しかしステラさんは、躊躇する事なく斧を振りかぶりました。そのまま、甲羅目がけて全力で振り下ろします。すると、がぁんという大音響とともに、岩にも匹敵する硬い甲羅がなんと木っ端微塵に砕け散っていきました。致命傷には至らなかったようですが、よほど驚いたのでしょう。甲羅を砕かれた方のみならず、もう一匹のカメさんも恐れをなして逃げ出していきました。
「ふぅ……」
逃げていくカメたちを見送りながら、ステラさんはひとつ息をつきました。もっとも、それほど疲れているようには見えません。顔を上げると、彼女は再び二十八階目指して歩き始めるのでした。
ちょっとした戦闘などもこなしつつ、しばらくして到着した二十八階。眼前にはいかにも洞窟らしい薄暗い岩場が広がっていました。岩でふさがっているのは二十九階へとつながる東側の通路だそうです。西側の通路は使えるのですが、東側通路の向こう側の素材を採集する時には西側から遠回りしなければならないので不便な事この上ないのです。そんなわけで、人気のない東側の道を、ステラさんはひとりてくてくと歩いていきました。
ほどなくして、塞がっている通路が見えてきました。大小さまざまなサイズの岩が通路にゴロゴロとつまっています。大きな岩は、斧で砕けば取り除けるでしょう。小さな岩を脇によけると、ステラさんはさっそく斧を持ち上げ大きな岩へと振り下ろし始めました。
がこぉぉぉん、とダンジョン内に大きな音が響き渡ります。狭い通路内に音が反響する中、ひとり黙々と岩を砕き続けるステラさん。とても女性の力で砕けるような岩には見えないですが、そこは大ガメの甲羅も軽々と粉砕してしまうステラさん、そんな事はお構い無しにどんどん岩を砕いていきます。砕いた岩をよけ、再び斧をふるい、そんな事をしばらく繰り返すうちに通路を塞いでいた岩もずい分と減ってきました。
「ふっ……!」
ひとつ大きく息を吸い、目の前の一際大きな岩に斧を振り下ろすと、ごごぉぉんと落雷のような轟音とともに岩が砕け散りました。そしてその向こうには、塞がれていた向こう側の通路と……緊張した面持ちで武器を構える冒険者たちの姿がありました。
「ひっ……!?」
「斧兵……!?」
「マズい……!」
「に、逃げろっ!」
恐らくは岩を砕く爆音があちらにも聞こえていたのでしょう。向こう側で素材を採集していた者や、音を聞きつけた者たちが何事かと集まり迎え撃とうとしていたようでした。それも相手がステラさんだとわかると、彼女の噂を知る冒険者たちは散り散りになって逃げ出していきました。ステラさんの噂は他ギルドの冒険者にも広まっているようです。彼らが逃げ出すのを見て、ステラさんを知らない者たちも後を追うように逃げていきます。慣れているとは言え、やはりつらいのでしょう。肩を落として悲しそうな顔で作業に戻ろうとするステラさん。
「あ、あのっ……!」
背中からかけられた声に驚き後ろを振り返ると、そこには使い込まれた槍を抱え込むようにして持つポニーテールの女の子が立っていました。ステラさんの噂を知っているのかいないのか、かすかに震えているように見えます。
「な、何かご用でしょうか……?」
「ど、どうして岩を壊してたんですか……?」
「あ、あの、ギルドのお仕事でしたので……」
「お仕事……もしかして、ここの道を開けていたんですか……?」
「は、はい……」
声をかすれさせながらも必死に質問してくる女の子に、こちらも緊張しながら返事をするステラさん。しばし気まずい沈黙が流れた後、女の子が口を開きました。




