1-1 いったいどうして、こんな事に……
(ねえ、ルイ……)
(なんだよ)
(やっぱり、ここってすっごーい場違いなんじゃないかなぁ……)
(オレだってそう思ってるよ。てか、こんな所で話しかけるなよ)
(だってぇ……)
いつもはずうずうしいリアが、ずい分と心細そうにオレに声をかけてくる。ステラに至っては緊張のあまり直立不動で、さっきから歯がカタカタ鳴りっ放しだ。それも仕方ないよな。こんな所、オレも正直チビりそうだもん。
周りをぐるっと見回してみる。うちの母校の体育館くらい広いその部屋は、壁や柱に細かな模様が彫られている。ところどころ小さな窓が開いてるが、特に天井の方には大きなステンドグラスとかがあってそれなりに日差しが入ってくる。足元には立派な赤いカーペットが敷かれていて、これまでの人生で経験した事がないほどにフカフカだ。
そしてカーペットの両脇には……立派な服を着たエラそうな人たちがズラッと並んでいる。実はオレたちの斜め後ろのあたりには、あのギュスターヴも並んでいたりする。
さらに視線を正面に戻すと、奥は二段ほど高くなっており、そのてっぺんには……やたらデカくて豪華な作りの椅子が、威圧感たっぷりにデーンと置かれていた。
オレたちは、今……レムール王国の王城の中にある、謁見の間で王様の登場を待っている。なんでこんな事になったんだ……。話は今から三日前にまでさかのぼる。
ゾンビとの戦いが終わってすぐにぶっ倒れ、丸一日眠った後ギルドのベッドで目を覚ましたあの日。
さてそろそろ家に帰ろうかとベッドから起き上がったその時、ノックとともに部屋のドアが開かれた。そして入ってきたのは……まさかのギュスターヴ!? リアとステラのテンションが一気にMAXになるのがわかる。ちっ、イヤミな野郎だぜ!
「ええっ!? ギュスターヴ……さん!? なんでこんな所に?」
「わわわ……ど、どうしましょう……!?」
あーあ、二人とも顔真っ赤にしてのぼせ上がっちゃってるよ。おかげでオレのテンションはダダ下がりだけどな!
なんだよ、ナンパでもしに来たのか……? 心の中で毒づくオレをよそに、ギュス様は二人にさわやかスマイルで応じながらオレに近づいてくる。え、オレに用なの? この人王国のかなり偉い人らしいし、なんか途端に緊張してきたんだけど……。
ガチガチになったオレに、ギュス様がやはりさわやかな口調で語りかけてきた。
「はじめまして。あなたがルイさんですね?」
「は、はい……オレ、いや、僕がルイっす」
ヤベえ、言葉使いがなってねえ……。ちゃんと敬語勉強しとくべきだった……。
特に気にする様子もなく、ギュスターヴさんが話を続ける。
「昨日の事なんですが、あれほどたくさんいた魔物たちが全て消えてしまいましたよね。あれはあなたの竪琴の力だったようですが、間違いはないですか?」
な、何!? なんでそんな事聞くの!? パニくりながらも、半音高いヘンな声で答える。
「は、はい! オレがレクイエムを弾き始めたらああなったんで、多分そうだと思います!」
「レクイエムですか……。なるほど、あなたの竪琴には何か不思議な力があるようですね……。他にも何か特別な力があったりするのですか?」
「はい! い、いや、実はオレにもまだよくわかってないんです……。でも、応援歌やバラードを歌うと仲間が元気になるようです! な、お前ら!」
「え!? は、はい! ルイの言う通りです!」
「はい、ルイさんの歌を聴くと力が湧いてくるんです!」
急にオレに振られ、慌てて返事をする二人。オレに負けず劣らず声がうわずってるよ。
「そうでしたか……。いえ、とにかく昨日はあなたのおかげで、私を含め多くの皆さんが救われました。皆を代表して、私からお礼を言わせていただきます」
「え! いや! そんな滅相もない! オレなんかがそんな!」
ヤバい。オーラに圧倒されて、オレ今ムダに卑屈になってる。だって、どう考えても人としての格が違うんだもん……。
「いえいえ、そんなご謙遜を。失礼ながら私は今まであなたの事を存じ上げなかったのですが、シティギルドではどのような役職に就かれておいでなのですか?」
「役職?」
ギュスターヴさんの言葉に、オレの頭の中に無数のクエスチョンマークが浮かぶ。何言ってんだ? この人。
「すいません、役職ってなんの事っすか?」
「役職は役職ですよ。まだお若いとはいえ、ルイさんほどの冒険者なら、シティギルドでも相応のポジションに就いていらっしゃるでしょう?」
「はい?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。いや、マジで何言ってんの? 重要ポジどころか、オレいっつもリアに小突き回されながら細々とクエストに励む毎日なんだけど?
と、そこにリアが割りこんでくる。
「いやいや、コイツはそんな大した奴じゃないんですよ? 役職どころか、いつも私たちの後にくっついておこぼれにあずかってるだけのケチな奴でして……」
確かにそうだけど! オマエに言われるとすげぇムカつくな、おい!
てか、なんだよそのしゃべり方! どっかの時代劇のチンピラかよ!
そんなリアの言葉に、ギュス様はえらく驚いた様子でオレの方を見ている。
「まさか……これほどの冒険者が、今まで埋もれていたと……? 我が国では才能の発掘に努めているつもりでしたが、これは痛恨の極み、ただただ恥じ入るばかりです……」
そう言うと、ずい分深刻そうな表情でオレに頭を下げるギュスターヴさん。いやいや、ちょっと待って! オレそういうのに慣れてないから!
「ギュ、ギュスターヴさん! 頭上げてください! オレなんてマジで大した事ないっすから! きっとギュスターヴさんの思い違いっす!」
「バカ! ギュスターヴ”様”でしょ! すみません、ギュスターヴ様! コイツの言う通りなんです! ルイは歌うしか能がないだけの奴ですから! 頭を下げるだなんてとんでもないです!」
だからオマエは一言も二事も多いんだよ! てか、オマエだって最初さん付けで呼んでたじゃねーか!
「類稀なる力を持ちながら、常に謙虚で驕らない……。ルイさん、あなたはやはり我が国になくてはならない人材です。間違いありません……」
ええぇぇ――――ッ! なんでそうなるのー!? だからギュスターヴさん、大げさすぎますってばぁ……!
そんなオレの心の声はもちろん届くはずもなく、ギュスターヴさんはうんうんとうなずくとオレの肩に両手を乗せてきた。
「ルイさん! あなたの事は、この私が責任を持ってシティギルドの幹部と王国の上層部にお伝えいたします! もちろん今回のクエストの最大の功労者はあなたですから、近いうちに陛下より恩賞も賜る事でしょう! いえ、必ず私がそうなるよう取り計らいます! 楽しみに待っていてください!」
興奮した面持ちで一気にまくしたてると、実にごきげんな様子でギュス様は颯爽と部屋を出て行った。その後姿を半ば呆然と見送るオレたち。
てか、え――っ!? あの人、マジで言ってんのぉ!? ギルドや国の偉い人たちにオレの事言っておくとか、なんかエラい事になってんぞ!?
「なあ、リア……さっきのギュスターヴさんの言葉、お前どう思う?」
「え、いや~、さすがにリップサービス……でしょ?」
そう言いながらも、あまり自信がなさそうな様子のリア。そりゃそうだ。だってあの人、あんま過剰なおべんちゃら言うようなキャラには見えないもんな……。
「ステラは……どう思う?」
「え、えーと……でも、ルイさんが素晴らしいのは事実ですよ? そこはギュスターヴさんのおっしゃる通り、もっと自信を持ってもいいのではないでしょうか……?」
ステラさん、マジ天使! そうやってオレを肯定してくれるのはステラさんだけだよ……。いや、ギュスターヴさんがそれ以上にベタ褒めしすぎるから今こうして悩んでいるわけだけどさ!
「ま、まあ、そんなに心配しなくても大丈夫だって。国もギルドのお偉いさんも、ルイの事なんか知るわけないんだしさ。きっと軽くスルーされておしまいだよ」
「そ、そうだよな! お前に言われるとなんかムカつくけど、確かにオレを相手にするわけないもんな!」
自分をディスる事で安心するってのもなんだか残念な話だが、それでも少しは落ち着いてきた。それからは普段の調子に戻り、荷物なんかを片づけながら部屋を出た。
部屋を出ると、向こう側に受付が見えた。どうやら位置関係的にはゲートの部屋の反対側にあるらしい。そっか、こっち側には来た事なかったからな……。
リアいわく今日はアンジェラの出勤日だそうなので、あいさつでもしていこうかと受付へと向かう。てか、どうせ通り道にあるんだけどな。
さて、受付。オレの姿を見るや、アンジェラがこちらに手を振ってくる。ああ、この人もオレの事心配しててくれてたんだな……。てか、それにしては妙にテンション高くないか……?
「ルイ君! 凄いじゃない! ギュスターヴさん、ルイ君の事とっても褒めてたわよ!」
「え……あれってホントにリップサービスじゃなかったの……?」
「なぁに? リアってば、ギュスターヴさんの言う事信じてなかったの? 大丈夫、ギルドの上には私からもキチンと伝えておくから!」
そう言いながら、アンジェラが右手の親指を立ててオレの方に突き出す。え、あれ……? これって、ホントに評価されてる流れ……?
混乱するオレをよそに、アンジェラが興奮しながら話を続ける。
「あなたたち、いいパーティーだし、いずれ私の方から上に伝えようとは思っていたのよ? でも本当に良かったわね、ギュスターヴさんからも言ってもらえれば、もう話は通ったも同然よ! まだランクが低いからすぐには役はつかないでしょうけど、幹部候補生のような扱いにはなるかもしれないわ!」
あれ、これってなんかデジャブ……? ついさっきもこんな光景を見たような……? てか、アンジェラさんてこんなにテンション上がる人だったんだ……。
目をキラキラさせながら語り続けるアンジェラに何やら危険なものを感じたオレたちは、手早くあいさつだけ済ませる事にする。
「ごめんアンジェラ、オレたちちょっと疲れてるから、今日はこのまま帰りたいんだけど……」
「あら、そう? それもそうね、今日はゆっくり休みなさい! これから数日は忙しくなるでしょうから、クエストの手続きとかはその後でいいわよ。それじゃ、みんなおつかれさま」
そう言って笑顔でオレたちを見送るアンジェラ。よっぽど機嫌がいいのか、いつまでもオレたちに手を振り続けている。
しかしアンジェラ、えらいノリノリだったな……。ヤバい、また不安が甦ってきた……。
「なあ、しばらく忙しくなるってどういう事なんだ?」
「うーん……特に深い意味はないでしょ」
「そうか……そうだよな」
ギュス様やアンジェラの言葉に何やら得体の知れない不安にかられながらも、オレたちは明日の昼にモンベールで待ち合わせをする約束をした。ま、心配しなくても、またいつも通りの明日がやってくるだろ……。
結局この日は交差路の噴水でリアと別れた後、家に着くや水だけ飲んで速攻で床に就いた。やっぱ相当疲れてたみたい。




