4-4 ビキニアーマーとランドセルの関係性における神学的形而上学的考察
しばらく採取ポイントを巡り、薬草を集めるオレたち。ようやく袋もいっぱいになってきた。依頼人指定の袋という事でアンジェラから渡されたんだが、いやこれってランドセルじゃね? なんでこんなモンがこの世界にあるんだよ! まあ、例によってオレが背負ってるわけだが。初めは手に持ってたんだが、中身が詰まってくるとそうも言ってられなくなってきたんでね……。
「ふー、大体こんなもんかな?」
「たくさん採れましたね」
「もう手が薬草くさいよー」
オレはその薬草だらけの袋背負ってるんだよ! クセえってモンじゃねーぞ! それ以前に、いい年してランドセルとかどんな羞恥プレイだっつーの!
ひとしきり心の中で毒づいたオレだったが、ふとひらめいた。いや、むしろなぜ今の今まで思いつかなかったんだ……?
「なあステラ」
「はい」
微笑をたたえてステラが振り向く。ぐはっ……かわいいぜ……。そしてオレは、そんなステラに決然と切り出す。
「これ、背負ってみてくれないか?」
「え……?」
やった! 言った! 言えたぜこん畜生ぉぉぉ! ビキニアーマー+ランドセル! オトナのカラダで! ビキニアーマーで! 小っちゃいランドセルを背負う! ああ、まさに至高の組み合わせ!
「ちょっとルイ、何楽しようとして……」
「違ああぁぁぁぁぁぁあうっ!」
「ひッ!?」
黙れリアぁぁぁあ! これだけは絶対に、絶対に譲らん!
「これは今ほんのちょっと、ほんのちょっとだけ背負ってもらうだけだ! ダメだとは言わせねえぞ!」
「そ、そう……。それなら別にいいんだけど……」
いつにない剣幕に、さすがのリアも気圧され気味に引き下がる。オレはステラと向き合うと、必死の形相で懇願した。
「頼む、ステラ! 一生のお願いだ! これをつけてくれ!」
今や血の涙すら流しかねないオレの様子に、ステラは少々うろたえながらも返事をする。
「そんなに必死にならなくても……。別にいいですよ?」
「マ、マジっスか!」
天使! 天使が今まさに、ここにいる! ヤバい、目から熱いモノがほとばしるのを止める事ができない。
号泣するオレを前に、おろおろしながらステラがランドセルを手に取る。
「はーぁ。なーに必死になってんだかねー」
心底呆れたといった調子でリアがつぶやくも、オレの耳には届かない。オレは今、これから目の前で展開されるであろう光景を網膜に焼き付ける事で頭がいっぱいなんだ。
「これを背負えばいいんですよね?」
「はい! ぜひお願いします!」
いつの間にか敬語で絶叫しているオレ。ステラは特に躊躇するわけでもなくランドセルに左腕を通すと、続いて右腕も通していく。
「お、おお……!」
ヤバい、これはヤバすぎます! 神よ! あなたはなぜ、我々人類にビキニアーマーとランドセルを与えたもうのか!? オレの理性、どこかにふっとんじまいそうだ!
やや幼さを残しながらも、大人の雰囲気を醸し出すその顔。腰まで届かんばかりの金髪のツインテールが少女の如き純粋さを思わせるのとは裏腹に、その成熟した肉体は男を狂わせる魔性を宿らせているとしか思えない。豊満という言葉では最早言い尽くせぬはち切れんばかりの胸、歴戦の戦士に相応しく引き締まった腰周り、そして母性溢れる柔らかな肉付きの臀部に太もも。劣情を喚起してやまない淫猥とも思えるその体に宿る聖性、そして処女性。
ビキニアーマーとランドセルは、ステラに宿るこの二つの相反する性質を象徴しているようにも思える。すなわち、魔性と聖性。この二つが彼女の肉体を触媒として結合を果たす時、そこには弁証法的な止揚の果てに完璧なる昇華を果たした真の美が顕現する。
かくの如き完全なる美、あたかも予め何者かによって設計されたかの様な調和的な美を目の当たりにした時、我々はそこに造物主の存在可能性を想念する事を禁じえない。そんな事を思うほどに、ランドセルを背負ったステラは美しかった。
「う、後ろ向きになってこちらに振り返ってください!」
脳内トリップから帰還を果たし、ひたすらにステラの姿を脳裏に刻み込もうとするオレ。注文も、もはやコミケのコスプレイヤーさんに対するそれみたいになってきてるな……。
「こ、こうですか?」
おうふっ、こっ、これは……!? ダメだ、破壊力が凄まじすぎる……! だが、オレはもう自分で自分を止められない……!
「両手でランドセルのベルトを握ってみてください!」
「そのまま、片足を上げてみて!」
「ランドセルを勢いよく背負って、たゆんってさせてください!」
……。
…………。
………………。
オレの脳内撮影会は、しばらく続いた。
「はぁ、はぁ……」
ひとしきりステラにポージングをお願いし終え、脳内メモリを使い果たしたオレ。リアがジト目でオレを見る。
「……気は済んだ?」
「ああ……」
「これは友人としての忠告なんだけどさ……さすがにあれは、キモいよ?」
「オレもそう思う……」
オレの視界の片隅で、ステラがランドセルを下ろす。あのランドセル、どっかに売ってねえかなあ……。
「これで良かったでしょうか?」
「ああ、最高だったぜ……」
息も絶え絶えに仰向けに横たわるオレを、少し心配そうに覗きこむステラ。オレは右腕を上げて親指を立てる。
「はあ……。バカやってないで、早く帰るよ」
へいへい、っと。コイツはランドセル背負っても、単に痛い高校生くらいにしか見えないだろうなあ……。そんな事を思いながら立ち上がる。
「早く帰らないと、オバケが出たらいけないもんな」
「バッ……! こ、怖くなんかないもん!」
「はあ? オレはただ、ゾンビ切って武器や服が汚れたら大変だって話をしただけだぜ? 怖いってなんの話だよ?」
「なっ……!? 何さ、ルイのクセに! そんなの、わかってるもん!」
顔を真っ赤にして声を荒げるリアの頭を、ステラが優しく撫でる。うっわ、ホントいいお姉ちゃんだなおい。
「あんまり女の子をからかっちゃダメですよ?」
「わ、わかった……」
笑顔でオレを諭すステラ。やっぱこの人、二十六歳なだけあるわ。




