1-2 オレの職業、『詩人』でした
そんなわけで、今オレたちはギルドに向かって街の大通りを歩いている。しっかし見れば見るほど『デモグラ』と同じ町並みだな。平屋や二階建ての石造りの家ばっかりで、道も全然舗装されていない。どう見てもここが横浜じゃないのは明らかだ。
『デモグラ』ってのは『デモンズアンダーグラウンド』の略で、オレが高校の頃ハマってたVRMMORPGだ。いわゆる魔法にあたるものはなく、全六十階の地下迷宮をひたすら潜っていくっていう、まあどこにでもありそうなゲームだな。選べる職業は剣士、槍兵、弓兵、斧兵、盗賊、格闘家、僧兵の七種類あり、お察しの通り剣士と槍兵の人気が高い。
また、遠距離攻撃ができる弓兵や各種探索用スキルを持つ盗賊、神の加護による回復スキルを持つ僧兵は人数が少ないこともあってかなり重宝されるので、新規にプレイする奴や女の子にはわりと人気がある。
格ゲーマーから入ったヤツには格闘家を選ぶのもいるみたいだが、コマンド入力が複雑なのと、何より射程が短いということでかなり上級者向けの職業だ。
別の意味で上級者向けなのが斧兵で、こいつは戦闘能力は結構高いんだが、いかんせんビジュアルが絶望的にヒドい……誰得なんだよあのデザイン!
そんなことを思い出しながら王都の町並みをながめていると、隣のピンク頭のコ、リアがひじでオレの脇腹をつっついてきた。
「ちょっと、あんまりキョロキョロしないでよ。恥ずかしいじゃん」
「別にいいだろ、減るもんじゃねえし」
「私は恥ずかしいからやめてって言ってんの。人の話聞いてる?」
最初はカワいいコとデートできてラッキー! とか思ってたんだけど、早くも後悔し始めてる。リアル(?)の女ウゼぇ……。
だいたい今は夢の中なんだから、ツン要素なんていらねえんだよ! オマエは黙っておとなしくチョロインでもやってろっつーの!
そんなやり取りを繰り返しながらしばらく歩いていると、目的の場所に到着した。ギルドもやっぱりゲームで見たとおりの門構えで、大きな扉が開け放たれている。扉に描かれている剣と盾の紋様はこのギルドの紋章だったな、確か。
中に入ると受付に何人か女の子が座っているのもゲームと同じだ。あ、でもちゃんとおっさんもいるわ。
リアは左端の方にいる赤毛の女性に話しかける。
「やあアンジェラ、来たよ~」
「いらっしゃい、お二人さん」
気さくに答える受付ちゃん。
「今日のクエストだけど」
「はいはい、地下六階の薬草採取ね。パーティーランクEだから、ルイ君に無理させなければ問題なくクリアできるわね」
ん? 今なんかサラッと聞き捨てならんこと言わなかったか?
「ちょっと待てよ? オレらってそんなに弱いの?」
「当たり前でしょ、アンタまだFランクなんだし」
はあぁぁぁぁぁあ!? なんだこの夢はぁぁ!
なんで自分の夢の中なのにこんなショぼい扱いなんだよ! こういうのはオレTUEEEEしてハーレム作るのが定番だろうが!
そんなオレの内心を知ってか知らずか、アンジェラと呼ばれたお姉さんが苦笑する。
「まあ、ルイ君は詩人だしね」
「……は?」
わりとマジで意味がわからない。困り顔で何言ってんだ? この人。
「いや詩人って、オレそんなポエミーなこと言った?」
「だって、ルイ君は詩人でしょう?」
不思議そうな顔をするアンジェラ。いや、わけわからんのはこっちだって。
「ごめんね、コイツ今朝からなんかおかしいんだ」
「いやおかしいも何も、詩人ってなんのことだよ」
ややイラッとして問いただすオレは、しかし心底あきれたという顔のリアのセリフに絶句してしまうのだった。
「何ってアンタ、まさか自分の職業も忘れちゃったの?」
……?
は……?
はああぁぁぁぁぁぁぁあ!?
おい、ふざけんなよオレの夢! なんだよ詩人って! そんな職業ねーよ!
てか、よりによって詩人とかどんなセンスだよ! まともに戦ってる詩人なんか見たことねーぞ! 某大作RPGのすぐに隠れるニート王子様かよ!
「あ、あんた、ホントに大丈夫……?」
心配そうに、というか若干引き気味にリアが声をかけてくる。
てか今の心の声、全部声に出てたのかよ! 気がきかないにもほどがあるだろ、オレの夢!
見ればアンジェラの方は明らかに引いている。いや、なんていうか、もはや憐れみの表情じゃないか? あれ。
「報酬は300リルですので。パーティーランクEですから、地下六階へはあちらのゲートをお使いください。それではお二人ともがんばってくださいね」
事務的な口調でそう告げると、アンジェラは後ろで待っていた一団にお待たせしました、と声をかけた。もうオレの相手はしたくないってことかよ!
とは思いながらも、ジャマにならないようにオレたちはその場から少し離れる。
「ねえ、調子悪いなら今日はやめとこうか……?」
わりと本気でオレを心配してるのか、リアがいくらか優しい声をかけてくる。美少女に本気で気遣われるシチュってのは確かにグッとくるんだが、いかんせん、なんだか釈然としないものがあるな……。
「大丈夫だ、行こうぜ」
オレにも意地というものがあるので、つとめて冷静に答えてみせる。
てかどこが大丈夫なんだよ! 詩人がどうやって戦うんだ!? 歌でも歌ってろっていうのか? 寝言は寝て言えこの野郎!
『デモグラ』では、迷宮移動のショートカットとして「ゲート」というものがある。パーティーランクによって使えるゲートに制限はあるが、これがあるお陰でダンジョン内で野営するハメに陥ることはそうそうない。
もっとも、このピンク髪少女とキャンプできるならむしろそっちの方がオレは嬉しいが……いや、どーだろ。リアルはやっぱウゼぇしなぁ。
ゲートに着くと、ふと気になることがあってオレはリアに声をかけた。
「ところでさ、リアの職業はなんなんだ?」
「……アンタ、ホントに私をからかってんの?」
そんな気は毛頭ないんだが。確かに装備を見れば盗賊だということはすぐわかる。てかもうオレの記憶の方でも再生されてるんだけどな。この過去の記憶らしきものは何なんだよ。演出?
んなことより、なんだよ盗賊と詩人のパーティーって! 戦闘能力ゼロじゃねーか!
確かに盗賊の女の子は貴重だから人気があるって言ったけどさ! まともなパーティーに参加してないサポート職なんてただのザコじゃん! こいつも何をトチ狂って詩人なんかとつるんでんだよ! てかそもそも詩人てなんだよ! 話戻るけど!
「さて、それじゃ行くよ」
オレの内心の葛藤はさておき、とりあえず二人でゲートの魔法陣みたいなものに乗る。
しばらくするとオレたちの身体がなんだか青い光に包まれる。それもつかの間で、光が消えるとオレたちは先ほどとは違う部屋に転移していた。
転移先の部屋はそんなに広くはなく、魔法陣が全部で三対ある。あれって二つでワンセットなのかね。
ずいぶん薄暗いその部屋には窓もなく、ただ扉が一つあるだけだった。
その扉を開くと、今度は明るい部屋へと出る。
部屋は結構広く、数人が集まって雑談したり本を読んだりしている。
そのうちの一人がオレたちに気づいて声をかけてきた。
「やあ、いらっしゃい」
「やっほ~」
リアとこいつらは顔見知りのようだ。オレの記憶には……ない顔だな。
「そっちの兄ちゃんははじめて見るな」
「ここに連れて来たことまだ五回もないからね」
「そうか、まあリアといっしょなら問題ないだろ」
どうやらリアは結構優秀な冒険者らしい。盗賊なんて戦力になるのかよと思ってたんだが、正直意外だ。
もしかして詩人も結構強かったりするのか? てか、オレまだ自分が職業詩人であることを受け入れられてないんだけど。
「それじゃ、二人とも気をつけてな」
「ありがと」
軽く手を振りながら言うと、リアは出口らしき扉へと向かった。オレも後に続く。
扉を開くと、外にはいかにも洞窟といった空間が広がっていた。薄暗くて岩がゴツゴツしてる。ゲームでよく見るダンジョンみたいな感じだ。
後ろを振り返ると、そこにはちょっとした交番くらいの建物があった。なるほど、ゲートを守るための詰所か。『デモグラ』でもそうだったな。外を見回っている奴も二人いる。
オレの隣で、リアがひとつ伸びをする。
「さーて、じゃあ行きましょうか」
「おう」
こんな調子で、オレのはじめてのクエストは幕を開けるのであった。いや、明らかに前途多難だろ、これ……。