2-4 どうして今まで隠してたの?
ぺたりと座りこんだまま、不安げな目でこっちをみつめてくるベティちゃん……エリザベート公爵令嬢。
今にも泣き出しそうな顔でおろおろする彼女に、オレとリアは――。
「すっ、すすすいませんでしたぁ――っ!」
「ご、ごめんなさい――っ!」
「え、えええっ!?」
その場にひざをつくと、思いっきり土下座した! てか、リアもかよ!
驚いた顔でお嬢様が叫ぶ。
「ど、どうしてあなたたちが頭を下げるのです! どう考えてもあやまるべきなのはわたしの方じゃないですか!」
「だ、だって、公爵様ってチョーエラい人じゃないっすか!」
「し、しし知らなかったんです! 今までのご無礼、どうかおゆるしを! 私はともかく、このバカとステラの命だけはぁ!」
そうそう! マジで知らなかったんだよ、公爵様ってのがそんなにチョーエラい人だなんて! 王様の次くらいにエラいんだろ? どうかこいつらにはヒドいことしないで! できればオレにも!
「あ、あなたたち、モンベールではそんなこと気にしなかったでしょう!?」
「あの時はコーフンしててよくわかってなかったんす!」
「ごめんなさいごめんなさい! どうかこの二人だけはぁ!」
「だから、どうしてわたしがゆるすゆるさないの話になるんですか!」
お互いに叫び声を上げ、ぜぇはぁと息を切らすオレたちに、ステラが穏やかな声で提案した。
「皆さん、とりあえず落ちつきましょう。これでは話し合いにもなりませんから」
というわけで、暗い洞窟の中でオレたちとエリザベート様は正座して向かい合った。セーラさんのおかげで、マジメな話の時は正座がすっかり定着したぜ。
てか、リアのやつまだガクブルしてるよ……。モンベールじゃあれだけ威勢がよかったのに。でも、考えてみればこいつって元々権威とかにチョー弱かったよな……。
とりあえず、一番冷静そうなステラがこの場をしきる。
「それでは、まず……。ベティさん、あなたはベルフォール公爵閣下のご息女、エリザベート様で間違いありませんね?」
問いかけに、お嬢様が小さくこくりとうなずく。
リアが心細げに聞いた。
「あ、あの……私たち、これからどんな罰を受けるんですか……? 二人は私のマネをしてなれなれしくしただけなんで、罰は私だけにしてほしいんですけど……」
「だ、だから、そんなことはしません。むしろ、皆さんをだまし続けてきたのですから、わたくしの方こそどんな罰でも受ける覚悟はできています」
「いえいえ! そんな、とんでもない!」
リアがプルプルと首を横に振ると、ステラもうなずいた。
「私たちはそんなことをするつもりはありません。ただ、どうして身分を偽って私たちのパーティーに加わったのかを知りたいのです。ですよね? ルイさん」
「あ、ああ」
オレも別にバツなんて考えてないけどさ。
「てか、なんでベティ……エリザベート様はうちのパーティーなんかに入る気になったんすか? あんなに愚民愚民言ってたのに」
「そ、それは……あなたたちに言われて反省したのです。陛下のように国のため尽力されておられるわけでもなく、何もせずに権威を振りかざすだけの自分の愚かさを」
「い、いや、そんな気にしないでくださいっす! どーせオレもなんにもしてないっすから!」
あわてて言うオレをスルーし、エリザベート様が続ける。
「あなたたちのパーティーに入ろうと思った理由は、入る時に説明した通りです。あなたたちといっしょにいれば、わたくしにもなすべきことがわかると思ったからです」
エリザベート様が真剣な顔でうったえる。もちろんうそっぽさは全然ない。てか、もう半年近くもいっしょにクエストしてきたわけだしな。そんなテキトー言う人じゃないことはわかってる。
と、エリザベート様がオレたちを見ながら口を開いた。
「ところで、その話し方はやめていただけませんか? いつも通りの話し方で、名前もベティと呼んでもらえるとありがたいのですが……」
「え、でも、いいんすか?」
オレたちが聞くと、エリザベート様はこくりとうなずく。
「そ、それじゃお言葉に甘えて……いつも通りでよろしく、ベティちゃん」
「はい、よろしくお願いします」
リアも口をパクパクさせたが、そのまま黙ってしまう。こりゃかなり緊張してるな……。
ステラがさらに質問する。
「では、どうして身分を隠されたのですか? ベルフォール家のご息女がシティギルドに入るのは、やはり問題があったということでしょうか」
「そ、それもあるのですが……。もしわたくしが、エリザベート・ド・ベルフォールとして皆さんの前に現れれば、パーティーには入れてもらえないだろうと思いまして。わたくしは皆さんにあんなことをしてしまったわけですし……」
ま、まあ、それはそうかもな。あの時のことは別にもう気にしてないけど、やっぱいきなりお嬢様が来たら、いろいろと疑うだろうし。
ベティちゃんも、だんだん泣きそうな声になってきた。
「わたくし、あの後いろいろ考えたんです……。お恥ずかしい話ですが、皆さんに指摘されるまでわたくしは身分が低い者のことを本当に気にもとめていなかったのです。わたくしたち貴族は国を導く存在、平民はそれにしたがう義務がある、と。でも、貴族がそうしていられるのは平民が支えてくれているからなのです……」
ベティちゃんの話を、オレとリアはこくこくとうなずきながら聞いている。まさかあの後、あのお嬢様が反省してたとは……。
その声に、しだいにぐずぐずとした音が混じり始める。
「でも、わたくしは、あの時、皆さんにあんなにひどいことをしてしまいました……。しかもあやまりもせずに帰ってしまい……。ゆるされないことなのはわかっていますが、どうしても今まで言い出せなかったんです……」
今にも泣きそうなベティちゃんに、オレは言った。
「でもベティちゃん、本当にあいつらがリアやステラに乱暴しようとしたら止めるつもりだったんだろ?」
今までいっしょにやってきて、ベティちゃんの性格は少しはわかってきたつもりだからな。ベティちゃんなら、そんなことさせないだろ。
ベティちゃんも大声で否定する。
「も、もちろんです! たしかに少しこらしめてやろうとは思いましたが、もしそれ以上のことをしようものなら、わたくしがみずから止めるつもりでした!」
「だろ? 別にあの時のことをゆるすわけじゃないけど、ベティちゃんがそこまでやりすぎるヤツじゃないことくらい、オレたちはみんな知ってるよ」
いや、さっきは一瞬オレ死刑になるのかと思ったけどさ。
「でも、わたくしは、あの時もそうですし、その後も皆さんをずっとだまし続けて……」
そこまで言って、ベティちゃんの目元から涙が一滴こぼれ落ちた。
それをきっかけに、とうとうベティちゃんが泣き出してしまう。
「うえぇぇえん……」
まるで子供のように泣きじゃくるベティちゃん。そうか、このごろずっと調子がおかしかったのは、そのことでいろいろ悩んでいたからなのか……。
これは、ここでスパッときっちり解決しておくべきだな!
オレは立ち上がると、ベティちゃんに向かってどなった。
「よーし、話はわかった! でもベティちゃん、オレはモンベールでリアやステラをバカにしたことも、今までオレたちをだまし続けてきたことも、どっちも絶対にゆるせない!」
「え、ル、ルイさん!?」
「ル、ルイ!? ちょっと待って! 気持ちはわかるけど、あんまり怒らないであげて!」
「びええ……!」
何か言おうとするリアとステラに手を突き出して制止すると、オレはベティちゃんに提案した。
「だけど! もしオレの出す条件を飲んでくれるなら、オレは今までのことを全部水に流してもいい!」
「ぐすっ……」
涙をふきながら、ベティちゃんはこくこくとうなずいた。
きっと今ここで単にゆるすって言っても、ベティちゃんはずっとそのことを気にしたままで、ぎくしゃくした関係はなおらないだろう。ここは一つ、この場でズバッと禍根を断って、前よりもっと絆を深めてやるぜ!




