3-2 憧れの喫茶モンベール
で、モンベールの店内。
正直、言うほどオシャレには見えないんだが……。これなら横浜にあるチェーン店の方がずっとオシャレじゃね? まあ、今のオレの部屋に比べれば遥かにオシャレではあるんだが。一昔前の喫茶店って感じ?
しかし女性陣はそうではないらしく、入るや否やテンションMAXって様子だ。窓のカーテンがフリフリしてるの見ただけでカワイーとか言ってんだから、チョロいもんだぜ。昼時という事もあり結構混んでいる店内を、彼女らはずいずいと進んでいく。窓際や壁側はすでに埋まっているので、オレたちは店の中ほどの席に着いた。
「さっすがモンベール、テーブルにもいい木材使ってるよ」
「クッションもフカフカです」
オマエ、木材の良さとかわかんのかよ。まあ確かに木目そろってるし、キレイに磨かれてるけどさ。そんな事を思っていたオレに、ニヤニヤしながらリアが言う。
「よかったねルイー、両手に花だよ。私たちみたいな美少女とモンベールに来れるなんて、神様に感謝しないとね」
絶対言うと思ったよ。
「何が美少女だよ。よく恥ずかしげもなく言えるな」
「はぁ!?」
おいおい、こんな所でキレ声出すなよ。隣の客も見てんじゃねーか。あれ? なんかステラが申し訳なさそうに頭をすくめてる。
「すみません、私なんかが……」
「え、いや! オレはコイツに言っただけだから!」
「でも、私いい年ですし……」
「だから、気にしないでくれって!」
「ルイー、女の子の年をイジるとかサイテー」
思わぬ反応に、つい慌てて必要以上に取りつくろってしまう。てかリア! オマエに言ってんだよ! 他人事みたいに聞いてんじゃねえ! それにオレは年なんか一切イジってねえ!
そのリアが、まるで何か思い出したかのように口を開く。
「そう言えばステラって、今いくつなの?」
年がうんぬんとか抜かしてたその口で聞くのかよ! でもそれはオレも聞きたいな。ステラが恥ずかしそうに答える。
「私、今年で二十六になります……」
「ウソ!」
「若っか!」
思わず叫んじまったよ! そんなに年いってたのか! せいぜい二十一、二くらいかと思ってたぜ!
「そんな、全然若くないです……」
「いや、若いっていうのは見た目の話な」
「私、二十歳くらいかと思ってた……」
やっぱこんな気軽に呼び捨てていい相手じゃないんじゃないか? まあでも、今さらだよな……。
ひとしきり驚いた所で、店の人が注文を取りに来た。
「じゃあ、まずはお茶頼もっか」
「そうですね」
「ああ、じゃあオレも」
とりあえずお茶を頼む事にして、テーブルのメニューを見る。
「席ごとにメニューが置いてあるなんて、すごいよねー」
「ですよねー」
「ほら、皮もリッパだよ」
「わ、本当です」
コイツら、そんなとこに感心するのかよ……。
「てか、メニュー置いてない店なんてあんのか?」
「はぁ? 何言ってんの?」
オレの問いに、リアが心底呆れたという顔で答える。
「座席ごとにメニュー置いてるお店なんて、普通ありませんよ」
「え、そうなの?」
「当たり前じゃん。あるとしてもせいぜい壁に一枚掛かってるくらいでしょ」
マジかよ。メニューない店って、日本だったらむしろ超高級店とかのイメージだけどな。
「さ、食べ物選ぼ?」
「モンベールと言えば、やっぱりスパゲティですよね」
「だよねー。ちょっとお値段はっちゃうけどねー」
ほう、ここの売りはパスタなのか。どうでもいいけど、何でパスタって店で食うとやたら高いんだろうな? スーパーで買えばクッソ安いのに。
「それにしてもステラ、パスタの事スパゲティって言うのか。意外と年寄りくせえんだな」
「はぁ? 何言ってんの?」
またしてもリアが呆れ顔で言う。
「パスタってのは、小麦でできた麺類や練り物一般を指す言葉なんだよ。で、長い麺をスパゲティって言うの」
「え、そうなん?」
「人を笑う前に自分の無知を恥じたら? ほら、ステラに謝りなさいよ」
「なっ、何でそこまで言われなきゃならねえんだよ!? 別にそんなに……」
「いいんです、私が年なのは事実ですし……」
「え、違っ、オレそういうつもりじゃないんだって!」
ヤベえ、なんかステラがヘコんでる!? これじゃオレ、完全に悪者じゃん!
「ご、ごめん……。マジでそういう意味で言ったんじゃないから……」
ああ、空気が重い……。わりと本気で、ごめんよみんな……。
「ご、ごめんね? さっきのは私が言いすぎたよ……」
「あ、ああ。気にすんな」
しばし気まずい沈黙が続いた後、リアがオレに詫びを入れる。今は一刻も早くこの空気をなんとかしたいわ……。
「さ、さて、気を取り直して頼も頼も!」
「そ、そうですね!」
さすがにリアもオレと同じ気持ちなのか、ことさらに大きな声を上げる。それに同調するステラ。やっぱステラがいるとなると、今までとは勝手が違うよな。
「あ、このキノコのやつっておいしそうじゃない?」
「あ、いいですね」
「お、カルボナーラもあるのか」
メニューには得体の知れない記号が書いてあるんだが、オレにはなぜかカルボナーラと読める。これは本を読むときも同じで、なぜか謎の記号が日本語で読めてしまう。ちなみに字を書く時も勝手にこちらの文字で書けるんだから至れり尽くせりではある。
「てか、高っか!」
「そりゃそうだよ、玉子いっぱい使ってるもん」
「ぜいたくな料理ですよね」
マジかよ! 玉子がぜいたく品とか、オレのじいちゃんの時代かよ!
「ここのはコショウもきいてるから、なおさらなんじゃない?」
そういやコショウも高級品なんだよな。てかコショウが高いとか、ド○クエⅢかよ! ああ、ツッコミが追いつかねえ!
「あ、それじゃ私は思い切ってトマトソースにします」
「え、ホントに!? 超ぜいたく品じゃない!」
はあ? トマトソースなんて百円くらいで売ってるだろ……って、は、80リルぅ!? さっきのカルボナーラも50リルとかボッタクリ価格だったし。80リルってオレの一週間分の食費並みだぞ?
「こ、こんなの頼んで大丈夫なのかよ?」
「ま、まあ、ステラはCランクだから稼ぎはいいだろうけど……」
「いいんです、今日はせっかくこうして皆さんとお食事できるんですし」
ステラがほほえみながら言う。
「それにパーティーにまで入れてもらえるんですから、これはそのお祝いです」
か、カワいい! 何この萌えゼリフ! こんなコ、マンガかアニメにしかいないと思ってたぜ……。
「そう言ってもらえると嬉しいねー。ルイはカルボナーラでいい?」
「いいわけねえだろ! オレはこっちのガーリックオイルにするから」
「あー、ルイってばせっかくのステラのお祝いにケチっちゃうのー?」
「違げえよ! てか、そう言うオマエだってキノコソースじゃねえか!」
しっかし、この最安メニューでも単品で30リルか……。どんだけブルジョワなんだよ、モンベール。
ああだこうだ言ってると、先に注文したお茶が来た。持ってきた店員に、パスタの注文をする。
「あー、このカップ、かわいー」
「本当ですね」
ヤベえ、女子会がマジでわからん領域に入ってきたわ……。あ、でも陶器のカップはこっち来て初めて見たかも。お茶ってか、紅茶なのね。
「あー、シュガースティックやガムシロはないんだよな……」
「がむしろ?」
「ああ、こっちの話。てか、砂糖も置いてないんだな」
「え? ちゃんとメニューにありますよ?」
ステラがメニューを指さす。
「は? いやいや、なんで有料で売ってんだよ。砂糖くらいテーブルに置いとけって。どこのボッタクリバーだっつーの」
「はぁ? 砂糖がタダで手に入るわけないじゃん」
何言ってんの? って顔でリアがオレに言う。
「テーブルに砂糖とか、どこの王侯貴族だって話だよ」
「ルイさんって、おもしろい冗談言うんですね」
うう、ステラまで……。そういや砂糖って高級品なんだっけか。ついついトトールやステバのノリで考えちまったぜ。




