3-1 新人さん、初日からやってくれます
作戦会議の日の朝。あのクエストの後二日も続いた筋肉痛もようやく引き、今日からはまともな生活が送れそうだ。朝飯を食って後片づけや洗濯を済まし、お茶を片手に一息ついていると玄関のドアがドンドンと叩かれる。リアの奴か。
「やー、ルイ君おはよう。早くドアを開けたまえ」
なんだよそのキャラは。そんなのに萌えるヤツがいるとでも思ってんのか? 仕方ない、開けてやるよ。
「もー、こないだまではカギ開けっ放しだったクセにさ」
そりゃオマエみたいなのがずけずけと家に入ってくるからだよ! てかカギかけてないとか、そっちのがおかしいだろ!
めんどくさいなーと思いながらドアを開けたオレはしかし、そこに佇むリアを見て驚いた。
「お前、その服、どうしたんだ……?」
「へへっ、どう?」
リアが着ているのはいつものボロいジャケットや短パンではなく、シンプルな白のワンピース。スカートの端にはなんかフリフリしたのが付いてる。まさかこの男女が、こんないかにも女の子な服を着てくるとは正直夢にも思わなかった。
「ちょっと、何か言いなさいよー」
不服そうにリアがオレをにらむ。何か言えって言われてもなあ。まあ、確かにカワいいけど。
「こんな美少女がかわいいワンピ着てるってのにさー、気の利いた事の一つも言えないの?」
だからコイツ、そういう事よく自分で言えるよな。
「そんなに気合入れて、ナンパでもされたいのかよ」
「何言ってんのさ、モンベールに行くんだからヘンなの着ていけないでしょ」
「そういうモンなの?」
なんだかデパート行く時にオシャレするうちのじいさんばあさんみたいだな、言ってる事が。
「ほら、ルイもちゃんとしたの着なさいよ」
「いや、オレはいいよ」
「よくないよ。アンタがボロ着てたら、いっしょにいる私まで同類に思われちゃうでしょ?」
うっわ、女めんどくせえ……。だったら初めからそんな店選ぶなよ。
「ほらぁ、そこのヤツに着替えなよ」
「うわっ、押すな! てか、着替えるにしてもお前がいたらムリだろ!」
「あ、そっか」
「それとも何か? そんなにオレの裸が見たいのかよ?」
冴えない冗談を言ったつもりだったが、リアの反応は過剰気味だった。
「は、はぁ? バッカじゃないの? そんなの見たいわけないじゃん!」
顔を真っ赤にして外へ出て行くリア。いや、こんなクソつまらん冗談にそんなに大げさに反応する事ないだろ? いいや、ちゃっちゃと着替えよ。
てか、パンツすらないとかこの世界どんな設定だよ! どおりでどの女もスカートの丈が長いわけだぜ。
「おい、もういいぞ」
あんまりのんびりしてるとまたリアがヘソを曲げそうなので、早いとこドアを開ける。
「早かったね」
よかった、特に機嫌悪そうではないな。リアがじろじろとオレを見る。
「馬子にも衣装とは、よく言ったものだよねえ」
孫にも衣装とか、お前はばーさんかなんかかよ。てかよく知ってんな、そんな言葉。こういうことわざって、この世界にもあるもんなのかね。
「それ、褒めてるんだよな?」
「当たり前じゃない。ルイ、この言葉の意味知らないの?」
「それくらいわかるっつーの。知ってるから確認してんだろ」
「もう、人の好意は素直に受け取りなって」
いや、お前の場合は今までが今までだからな。
「でも、ホントにカッコいいよ?」
「え? なに?」
「いや、なんでもない!」
なんだ? 小声で言われても聞こえないっての。そんなオレの疑問をよそに、リアがことさらに声を上げる。
「さーて、遅れてもいけないし、ぼちぼち行きましょうか」
「え、まあいいけどよ。まだそんな急ぐ時間じゃないんじゃ?」
「いや、あの子って絶対早めに来て待ってそうじゃん?」
「あ、なるほど……」
言われてみれば確かにそうだな。一時間くらい前から待ち合わせ場所で待ってそうなイメージがあるわ。
「それじゃ行くか」
「あ、ちょっと待って」
「なんだよ」
「ルイ、この前の報酬はちゃんと残ってる?」
「報酬?」
「ほら、前言ったでしょ、ステラにも分けなきゃって。まさかルイ、もう使い切ってないよね?」
「んなわけないだろ」
そういやそうだったな。とりあえず前にもらった100リル銀貨四枚と5リル銅貨十枚の入った袋を引っ張り出してくる。
「今度こそ忘れ物はないね」
「ああ、竪琴も持ったし」
「それじゃ行こっか」
そんなわけで、オレたちはちょっと早めにモンベールに向かう事にした。
結論から言うと、ステラはまだ来てなかった。それどころか教会の鐘が鳴ってもまだ来ない。おい! あの姉ちゃん、キャラと行動が全然一致してねえじゃねーか!
「あのコ、なかなかやってくれるね……」
「ああ……」
左手を腰に手をあてながら、リアが右手で頭をかく。おいおい、純白ワンピでそのカッコはないだろうによ。
「ヒマだね……」
「ああ……」
「お店、入りたいね……」
「ああ……」
あまりのヒマさにテキトーなあいづちを打ち続ける。人を待つって、こんなにヒマなのね……。今までずっと待たせる側だったから知らんかったわ……。
「遅刻したら先に入るって事にしておけばよかったよなあ、今思えば」
「そうだね……」
別に鐘が鳴ってからそんなに経ってはいないんだが、三十分ほども前にモンベールに到着してたオレたちとしては、もうずい分と待たされているような錯覚に陥っていた。
「ねえ、しりとりでもするー?」
「いや、ガキじゃねえんだから」
「だよねー」
いよいよヒマなのか、右足で地面によくわからない四つ足の生き物を描き始めたリア。おいおい、大丈夫かコイツ? あー、オレもスマホで動画でも見てー。そんな事を思い始めていたその時。
「すみませーん」
ちょっと鼻にかかったアニメ声。振り返ると、ステラが小走りにこちらに駆け寄って――!?
ちょっ、何アレ!? クリーム色っぽいセーターに包まれた胸の膨らみが、一歩踏み出す度にまるでバスケットボールのように上下にばうん、ばうん……。案の定、周りの男どももみんな足を止めて凝視してるじゃねーか!
「ちょっ、ルイ、何見てんのさ!」
「ぐへぇっ!?」
だから脇腹殴るのはやめろ! あんなの見せつけられたらしょうがねえだろうによ! オレが苦悶してる間に、ステラがオレらの所までやってきた。
「遅れて、すみませんでした……」
少々息を切らしぎみにステラが謝罪する。正直オレは待たされた事にちとイラッとしてたんだが、さっきの猛ドリブルを目にしてそんなのはすっかり吹っ飛んでしまった。てか、これ着けてないんだよな、下着……。むううっ、ぽっち見えろ、ぽっち……。
「いいっていいって、私たちもさっき来たばっかりだから」
いや、どう考えてもウソだろそれ! せめて足元の落書き消してから言えよ! バレバレじゃねえか!
「待ち合わせなんて久しぶりだったんで、おめかししてたら遅れてしまって……」
ああ、わかるわかる。オレもみんなに失礼がないようにと身支度整えてたら、つい遅刻しちゃうんだよね。決して少しくらい待たせたっていいじゃんとか思ってるわけじゃないから。
「おっけ、それじゃ仕方ないよ。じゃあさっそく、中に入ろ!」
「はい!」
「おう」
こうしてようやくオレたちは庶民憧れのおしゃれスポット、喫茶モンベールに入店できたのだった。




