4-8 いよいよ特訓、なんだけど……?
「そろそろ行かないとね……」
「ああ……」
「あ、でもお茶もう一杯飲んでからでいいかな……?」
「おう、オレももう一杯……」
「ダメですよ、もう行かないと。『氷帝』さんが待ってますよ」
一階のカフェでうだうだやっていたオレとリアを、ステラが注意する。ベティちゃんが観念したように一つため息をついた。
今日は例の特訓クエストの日だ。アンジェラは今日はギルドの受付で先に待ってるらしい。オレたちはここで集まってからギルドに行くことにしたのだが……。
「は~い……」
ステラに言われ、リアがあきらめ半分の返事をする。ま、まあ、確かに待たせたらそれはそれでコワいけどさあ……。
「どんな方なんでしょうね、『氷帝』さん。楽しみです」
何がそんなに楽しみなのか、マントを羽織ったステラがさっきからずっと笑顔だ。かわいいからいいけどさ。
「言っとくけど、絶対に『氷帝』って呼ぶなよ? マジで殺されるからな?」
「わかっています。セルヴェリアさん、ですよね?」
「そうそう。リアももう噛むなよ?」
「か、噛まないもん!」
リアが唇をとがらせる。そうだといいんだけどな……。
そんな調子で、オレたちは一名をのぞいて足取り重くギルドへと向かった。
ギルドまで、近いんだよなあ……。
あっという間にギルドの入り口が近づき、オレたちの足取りがいっそう重くなる。
「ね、ねえルイ! 何か忘れものしたりしてない?」
「あ、そ、そうだな! ちゃんと確認しないと! えーっと……」
「それはセルヴェリアさんにごあいさつしてからでもできるでしょう? お待たせしないで、早く行きましょう!」
「は、はい……」
二人うつむいて、先頭を行くステラにしたがう。うう、そんなに速く歩かないでよ、ステラさん……。
ベティちゃんはさっきからずっと沈黙しっぱなしだし……。こりゃかなり緊張してるな……。
開け放たれたギルドの扉から中に入ると、突然受付の方から凍てつく冷気が吹きつけてくる。
「ひぃっ!」
オレとリア、そしてベティちゃんまでもが小さく悲鳴を上げる。受付のアンジェラの目の前には――『氷帝』セルヴェリアの姿があった。
や、やっぱりとんでもなくコエえぇぇ! あの辺の空間だけ、何か結界でも張られてるかのように誰も人が寄りつかねえし! な? ステラ、コワいだろ? ハンパないだろ?
「……あら?」
さすがのステラもガクブルするかと思っていたが、『氷帝』の姿を見てステラは何か思い出すような仕草で首をかしげる。
そして、陰に隠れるオレたちをおいてスタスタと『氷帝』に近づいた! ちょっ!? おいてかないで!
こっちに気づいたのか、『氷帝』の目と口がほんの少しだけ開く! コエえ!
「あら、みんないらっしゃい」
アンジェラが手を振ってくるが、正直それどころじゃねえ!
と、ステラがいきなり『氷帝』に声をかけた!
「あの……失礼ですが、もしかしてあなたはあの時の……セーラさん、ではないですか?」
「……」
なっ、何だぁぁあ!? ステラ、知り合いなのか!? いや、絶対別人だって別人! ほら、『氷帝』もメッチャニラんでるし!
オレたちが離れたところでことのなりゆきを見守っていると、アンジェラが両手をパチンと合わせた。
「あら、ステラちゃん、セーラと知り合いだったの? でもいつの間に?」
「……」
な、なんか『氷帝』がステラに頭下げてる! ウソ、マジで知り合いだったの!?
てか、オレらもいつまでもこうしてらんないよな。
「こ、こんちゃ――っす!」
「こ、こんにちは……」
「は、はじめまして……」
おそるおそる近づいて『氷帝』にあいさつする。や、やっぱコエえよ……。
そんなオレたちに気づき、ぺこりと一礼する『氷帝』。ど、どうも……。
すると再びステラに向かい何事かつぶやく。てかうめく。
「こ……ちも……った……」
「ええ、そうなんです」
え、なんでそんな嬉しそうに返事してんの? 呪い殺されそうなうめき声だったんだけど……。
「あ、あのさステラ、ステラは氷……セルヴェリアさんと知り合いだったんすか?」
思わず敬語になる。
するとステラは、嬉しくてしかたないといった様子で笑った。
「はい。お二人には以前お話したことがあると思いますが、昔私が中央ギルドにいた時にお手紙をくれたシティギルドの槍兵さんです」
「え、えええ――――ッ!」
オレとリアがそろって叫び声を上げる。その話なら聞いたことあるけど、話に聞いてたのと全然イメージが違うぞ!? ステラの話じゃ、なんか明るくてハキハキした、コミュ力高そうな感じの子ってイメージだったけど!?
「だ、だって、その子ってステラよりレベル低かったはずじゃ……?」
「あの時から数年経ってますからね。その間に追いこされてしまったみたいです」
「ステラの話だと、すごい活発な感じに聞こえたよ……?」
「え? 活発ですよね? お声もハスキーですし」
それはハスキーって言わねえぇぇ! デスボイスやりすぎて声出なくなった系だろ、どう聞いても!
そう心の中で叫んだその時、『氷帝』が何事かをうめいた!
「……せ……」
「ひっ! す、すすすすいません!」
「そんなことありませんよ、お気になさらないでください」
ビビるオレをよそに、ステラが何やら気をつかってる。てか、『氷帝』が何言ってるのかわかんの!?
「ステラ、お前どうしてセルヴェリアさんの言ってることがわかるの? 例のスキル?」
「え? さっきからずっと普通に話しているじゃないですか。ちゃんと聞いてあげてください」
何を聞いてくるんだろうこの人は、って顔でステラが言う。ウソ、ホントかよ?
と、また『氷帝』が何か言おうとしてる! こ、怖いけどちゃんと聞いてみるよ!
すると、あいかわらずものスゴいかすれ声ながら、確かに人間の言葉が聞こえてきた。
「私、あまり声が出ないんです。すみません……」
あ、謝ってる……? リアの方を見ると、こちらも目を丸くしてパチクリしてる。どうやら聞き間違いじゃないらしい。
「ここ数年は人とお話する機会も減って、特に……」
「そ、そうだったんすか……」
じゃ、じゃあ今までも一応全部何かしゃべっていたのか、この人……。今までうめいてるだけだと思ってたからわかんなかったけど、こうしてよーく聞いてみると、なんとか人の言葉として聞き取ることができるわ……。
「でも、まさか噂のセルヴェリアさんがあのセーラさんだったなんて。こうして会えるなんて、私本当に嬉しいです」
「私もです。まさかあの時の斧兵さんが、こちらのギルドにいらっしゃっていたなんて。またお会いできて光栄です」
な、なんか感動の再会みたいになってる……。ま、まあ、ずっと会いたかった人に出会えてよかったっすね、二人とも。
そんなわけで、二度目の特訓クエストは予想外の幕開けとなった。




