3-10 み……見えたっ!
四十七階から四十八階につながる階段への入り口からは、ひんやりとした空気が流れてきていた。え~、こんなとこまで届くくらい四十八階って寒いのかよ……。
「あ~、涼し~」
入り口から流れる風に、リアが気持ちのよさそうな声を上げる。確かにコンビニの入り口から冷気が流れてくるみたいで気持ちいいけどな。
「ねー、ここで着替えようよ。この中、もう結構寒そうだし」
「そうですね、着替えましょうか」
「わたしも賛成です」
そう言うと、みんなカバンから用意していた冬服を取り出す。さて、オレも……って、おおお!?
「ステラ、それかわいいね」
「あ、ありがとうございます」
マ、マフラーだ! ビキニアーマーに、マフラーだ! スゲえ! なんか水着サンタコスを思わせるカッコだぜ! ふわふわの耳あてと手袋がまたかわいい!
「いい! ステラ、マジでいい!」
「そ、そうですか? ありがとうございます……」
「いやホントマジで! メチャクチャかわいい!」
ベタぼめするオレに、ステラが恥ずかしそうにもじもじ照れる。その仕草がまたいいね!
「……何ですか、あれ……」
「……ルイ、キモい……」
横からリアとベティちゃんの容赦ない侮蔑の視線と言葉を浴びせられる。い、いいもん、少しくらいキモいと思われたって、オレにとってはビキニマフラー拝む方がずっと大事だぜ!
「ステラ、上着着なくて大丈夫なの? 腹巻きとかしないとお腹こわさない?」
「ええ、大丈夫です。この鎧がある程度温度を調節してくれますから」
「へえ、便利だね~」
ホント便利だな。てか、腹巻きはねーよ! オレが悲しむだろが、ビジュアル的に! まあ、腹こわさないかは確かに心配だけどさ。
リアは毛糸の帽子をすっぽりかぶり、ぶかぶかの上着を着ていかにも雪国対策ってカッコをしてる。お前、それでちゃんと動けるのか? 盗賊なんて、素早さだけが取り柄の職業なのに。
その点、ベティちゃんは動きやすそうな服着てるな。てか、なんか高そう……。帽子はあのギャラクシー鉄道のお姉さんがかぶってそうなやつの白い版だ。服も白い毛がついたオシャレなジャケットだし。手袋つけないのはやっぱ弓を扱うからなのかね。
リアもそれが気になったらしい。
「ベティ、手袋はかないの?」
「ええ、弓には邪魔になりますから」
やっぱそうなんだ。ま、敵がいないなら普段はつけててもいいと思うんだけど。そこはプロ意識なのかね。
「てかなんだよ、『手袋はく』って。靴下やパンツじゃねーんだぞ」
あ、パンツないんだっけかこの世界。
リアがむきになって言い返してくる。
「はあ!? 『手袋はく』のどこがおかしいのさ? じゃあルイはなんて言うの?」
「そりゃ『手袋つける』に決まってんだろ。なあ?」
当然だよなあ。そばにいるステラに同意を求める。
ところが、ステラはなぜか首をかしげた。
「いえ……『つける』というのは初めて聞きましたが……」
「わたしも聞いたことがありませんね」
「えっ、えええ!?」
「ほら、誰も言わないじゃん! 何さ『手袋つける』って、手袋をどこにつけるの? 耳? 鼻? 意味わかんないよねー!」
ウソ!? 誰も言わないの!? あっちじゃみんな「つける」って言ってたぞ!? 意味わかんねえ!
混乱するオレを、勝ち誇った顔でリアが見つめてくる。
「そういうわけで、手袋は『はく』ものでーす。勝手にルイ語を世間の常識みたいに言わないでくださーい」
くっ、ムカつく……。でも、ステラもベティも「はく」派だから何も言い返せねえ……。くっそ、「手袋はく」とかどこの方言だよ……。
「それじゃみんな、四十八階に行きましょー。あ、ルイはちゃんと手袋をは・い・て、それから来てくださいねー」
「くっ……」
「リアさん、あまり人の間違いをからかってはダメですよ?」
「はーい、ごめんなさーい」
そんな会話をしながら、リアたちがぞろぞろと入り口に入っていく。うう、ステラにまで間違い扱いされた……。いいよいいよ、オレが間違ってましたよーだ。
階段を抜け、四十八階へと入る。フロアに入るなり、冷たい風が吹きつけてきた。
「ひえ~、さっむーい」
首をすくめながら、リアがプルプルと小刻みに震える。確かに寒いけど、防寒具のおかげでガマンできないほどじゃないな。
まわりの草木はなんか霜が降ったみたいになってる。雪はないけど、たまに吹く風がかなり冷たい。土もなんかパリパリしてるな。微妙に凍ってるのかね。
「あっちの方に洞窟があって、その奥に質のいい氷があるんだってさ」
奥の方を指さしながらリアが言う。
「へえ。じゃあちゃっちゃと片づけてかき氷食いに行こうぜ」
「そうですね、身体が冷えるといけませんし」
「わあ、なんか地面がシャリシャリいうよ~」
お、ホントだ。薄いあめ菓子を踏んづけてる感じ? おもしろいな、これ。
そうやってしばらく歩いていると、これまた変わった場所に到着した。
「うおっ、なんだこれ!?」
「すっごーい、一面氷だよ」
目の前にはデカいスケートリンクみたいな氷が広がっていた。湖が凍ってるのかな?
「おー、すべるすべるー」
氷の上を、リアがスケートみたいにすいーっとすべる。おいおい、調子に乗って転ぶなよ?
「ほらほら、ベティも来なよ~。楽しいよ」
「ちょ、ちょっと、やめなさい!」
リアがベティちゃんの手首を握り、氷の方へと引っぱっていく。こら、ベティちゃんイヤがってんぞ。
案の定というか、氷の上でベティちゃんが危なっかしい足取りになる。ヤバい、これは……。
「わっ、わわわわっ!?」
「え、ちょっとベティ!?」
「きゃあああ!」
「ベ、ベティちゃん!?」
「大丈夫ですか!?」
足をすべらせ、ベティちゃんがすってーん、と前のめりに転ぶ。だ、大丈夫か?
「ご、ごめんベティ、大丈夫!?」
「つっ、いたた……。ええ、まあ……」」
謝りながら駆け寄るリアに、ベティちゃんがコケた姿勢のまま答える。
ベティちゃんのケガも心配なんだけど……。四つん這いになり腰を突き出すようなカッコになってるベティちゃんの、パ、パ、パンツが……見えてる! 丸見えだよ! 白だ、白! うおおお! 短めのスカートなんかはいてるから!
……ん? あれ……?
…………ああ!
「ベティちゃん、パンツはいてる!」
「そんなの、当たり前でしょうがあぁ!」
「うごおおおぉぉぉおお!?」
オレが驚きの声を上げた瞬間、リアが矢のようにオレに迫って飛び蹴りを放ってくる。その蹴りを腹に食らい、オレが後方に吹っ飛びそうになったところをステラが首根っこつかんで受け止めた。
「げ……げふっ……」
「アンタ、バカも休み休み言いなさいよ? 女の子がノーパンなわけないでしょう」
「だ、だって、男はパンツないんだぜ?」
「当たり前じゃん。なんで男がパンツはく必要あるのさ?」
さも当然といった顔でリアが言う。いや、じゃあなんで女はパンツはいてんだよ。
「てゆーか、ついこないだもそんなこと言ってたよね?」
「え? ああ、そう言えばそんな気が……」
「あんたどんだけ女の子にノーパンでいてほしいの? そのうちホントにあいそつかされるよ?」
「……すいません……」
さすがに反省してうなだれるオレをほったらかしにし、リアは頭を押さえながら立ち上がるベティちゃんに駆け寄って頭を下げた。
「ごめん、ホントーにゴメン! 頭打っちゃった?」
「いえ、そういうわけではないのですが……」
そう言いながら、オレの方をチラリと見る。
「殿方に、見られてしまったのですね……」
「それもゴメン! クエスト終わったらおごるから! このとーり!」
「別にいいです、そんなに怒ってませんから」
「ホントごめんなさい……」
そう頭を下げると、今度はオレの方にやってくる。
「ルイもごめんね、よく考えたら私が原因なのに」
「いや、それはなんというかその、気にすんな」
やりすぎたと思ったのか妙にしょげているリアに、オレも毒気を抜かれて平凡な返事をする。
それから、腹をさすりながらベティちゃんにも謝る。
「ごめん、なんていうか、その、見えちゃった……」
「いえ、それはいいですから早く忘れてください」
オレから目をそらし、耳まで真っ赤にしてベティちゃんが言う。そうだよな、そんなの恥ずかしいに決まってるよな……。眼福眼福とか浮かれてないで、さっさと忘れることにしよう……。
「でも、これでは先に進むのが大変ですね……」
困った顔でステラが言う。確かにそうだ。氷もつるっつるだし、単純に危ないな、ここ。
「あ、それなら大丈夫だよ~」
どうしようかと首をひねっていると、リアが軽い調子でサラッと言う。
そして、手元の袋から何かを取り出した。ちょっとした金属の爪みたいな物体だな。
「ほら、これを靴につけるとすべりにくいんだってさ。説明書に書いてあるよ」
「お前、それ早く言えよ!」
あるんじゃねえか、氷対策! 遊んでないでさっさと配れよ、それを! ベティちゃん、完全に転び損のパンツ見せ損じゃねーか! オレはおパンツ拝み得だけど!
みんなで靴に爪を装着した後、オレたちはさらに先へと進んだ。
ステラさんのビキニマフラー、イラスト募集中です。




