3-4 一流プレイヤーの心得!?
突如乱入してきた王様を交え、オレたちはあらためてお茶をいただくことにする。ふう、やっと一息つくことができるぜ……。
目の前にはお茶うけにいろんなおやつも置いてある。こんがりいいにおいのクッキーに、カカオの香りも豊かなチョコ……って、チョコ!? この国、てかこの世界にもあんのか、チョコ!
案の定こちらでは珍しいものらしく、リアがもの珍しそうにずーっと(彼女にとっては)謎の黒い物体をみつめている。
そんなリアの様子に気づいたのか、チョコを指さしながらリシュリューさんが言う。
「お前ら、遠慮しないで食えよ? チョコなんてそうそうお目にかかれないだろ?」
「で、でも……」
「なんだよ嬢ちゃん、今さらだろ? ほら、王様だって食べてるんだからお前らも食え」
見れば、王様はぱくぱくぱくぱくチョコを口に詰めこんでいる。おい! 食いすぎだろ! だからそんなだらしない腹になるんだよ! てか、もう年なんだから少しは健康に気をつかえよ! オレのオヤジがこんなにチョコ食ってたら、さすがに止めるぞ!
「そ、それじゃお言葉に甘えて……」
王様をチラリと見てから伏し目がちに言うと、リアがチョコに手を伸ばす。
そのまま一つつまみ上げると、珍しそうにしげしげとみつめながらつぶやいた。
「へぇ~、これがチョコかぁ……」
「私も、これほどのチョコを目にするのは初めてです……」
オレをはさんで反対側にいるステラも、目を細めながら注意深くつやつやしたチョコを観察する。こ、これは食通の目か……。
オレも久しぶりのチョコレートに、少しばかり心が躍る。チョコってこんなにうまそうなにおいだったっけ……。どれ、そんじゃオレも一口……。
「ウメぇ!」
「だろ? 安物のココアとはモノが違うんだ。もっとも、安物ったってそのへんの衛兵の給料がぶっ飛ぶくらいの値段だけどな」
「い”っ!?」
サラッと言われ、オレとリアの手が止まる。そのまま硬直してるオレたちに、リシュリューさんが人差し指を左右に振る。
「おいおい、そのくらいでビビってちゃこれから先が思いやられるぜ? それに、お前たちもこれからは持てる者になっていくんだからキチンと金の使い方は覚えていかないとな」
「金の使い方っすか?」
首をかしげるオレに、チョイ悪がレクチャーし始める。
「いいか、金を持ってる奴ってのはそれをガンガン使う義務ってのがあるんだ。俺たちが金を使えば、俺たちを相手にしてる連中に金が回る。そいつらは俺たちとだけ商売してるわけじゃないし、そいつらだって普通に生活してるわけだから金はさらに回ってく。こうして金ってのは世の中を回っていくんだ。俺たちみたいな連中が金を貯めこんだりするのはあまりよろしくない」
「はあ……」
よくわかんねーって顔のオレに、リシュリューさんは人差し指を立てる。
「もう一つ、俺たちには大事な役目があるぞ」
「大事な役目?」
「俺たちはヒーローらしく振る舞わなきゃいけないってことだ」
「ヒーローっすか」
はっ、ヒーローって。ガキじゃあるまいし。
オレがそう思っていると、リシュリューさんが目を細めてやや低い声で言った。
「ルイ、お前今ガキじゃあるまいしって思っただろ」
「え”!? いやいや、んなことないっすよ!」
このオヤジ、鋭いなおい! てか、この慌てぶりじゃ完全に認めてるようなもんじゃん!
冷や汗をかきながら、オレは必死に取りつくろう。
「そ、それより、ヒーローらしくってどういうことっすか?」
「ああ、それだ。簡単なことさ。ルイ、お前、俺が普段まっずいパンばっか家族に食わせてていっつもボロい服で歩き回ってたらどう思うよ? あ、一応これでも俺は結構偉いってことになってるからな」
「知ってますよ!」
それもホントならオレらなんか顔も見ることできないレベルでな! てか、わかってて言ってるだろこのオヤジ!
「で、どうよ?」
「どうって、イヤっすよ。全然イメージじゃないし。国のお偉いさんがそのへんの家のオヤジと変わんないかそれ以下だなんて」
「だろ? もし俺がそんな調子だったら、女だって言い寄って来やしねえ」
「はあ……」
それはむしろ喜ばしいことのような気がするけどな。
「俺は若い連中の目標だからな。連中の憧れの対象としてそれ相応の振る舞いが求められるわけだ」
「そりゃ大変っすね」
自慢乙、と思って聞いてると、リシュリューさんが渋い顔になって言ってきた。
「大変っすね、じゃねーよ。お前もそうなんだよ」
「は? オレ?」
「お前以外に誰がいるっつーんだよ。いいか、お前らは今や冒険者たちの憧れのパーティーの一つになろうとしてるんだぞ? そのお前らがいつまでも貧乏暮ししてたんじゃ、後に続く奴らが夢見れねえじゃねえか」
「そ、そうなんすか……?」
マジかよ、オレらそんなポジションにいるのかよ……? またオレをおちょくって遊んでんじゃないのかと思ったが、それにしてはおっさんの目がマジだ。マジか、そんな話聞いたら緊張する……。リアもステラもすっかりおとなしくなってるし。
そんなオレらに向かい、ベティちゃんがあきれた顔でため息をつく。
「はあ……。そんなことくらい当たり前でしょう? もしかして、今までそんなこともわかっていなかったんですか……?」
そ、そっか、そういやベティちゃんはオレらに憧れてパーティーに応募したみたいなこと言ってたな。マジか、もうすでに目の前にいるんじゃん、うちのパーティーに憧れてる人。
オレらの中でただ一人、なんの遠慮もなくおやつをつまんでいくベティちゃんに、リシュリューさんがウィンクする。
「さすが、新人なのに飲みこみが早いじゃねえか。どうやら金の使い方をよくご存じと見える」
その言葉に、ベティちゃんが表情をこわばらせて無言でお茶をすする。ダメっすよ、その子あんまり冗談通じないんすから。てかベティちゃん、ホントにお城来んのはじめてなのかよ。こんな状況でぱくぱくぱくぱくおやつ食べて、アンタは王様か? 並みの心臓の持ち主じゃねーぞ。
「つ、つまり、オレらもこれからはもっと堂々と振る舞わないといけないってことっすね?」
「そうだ。お前らがビシッとしてパーッとやってれば、後に続く連中もお前らに憧れて死に物狂いでがんばる。見ろ、調査隊だって、俺がしっかりしてるからギュスたちが必死になって追いかけてくる」
「いえ、隊長の場合は少し違う気が……」
「なんだギュス、何か異論でもあんのかよ?」
「い、いえ……」
久々に口を開いたギュス様が、リシュリューさんにひとにらみされて黙りこむ。やっぱスゴい人なんだな、この人……。
「そういうわけで、上に立つ人間ってのは周りに夢を見せるのも大事なわけだ」
「そのとーり!」
うおぉ!? いきなり声がデケーんだよ、王様! なんだよ急に、クソデカい声で!
「この国も、僕がこうしてしっかりちゃっかり王様やってるからこんなにも平和なのです! みんな、もっとホメてホメて!」
「は、はあ……」
いや、この姿みんなに見せたら終わるだろ、この国……。いっそ国民向けには宰相のサイモンさんを王様ってことにしといた方がいいんじゃない? あの人、迫力パねえし。
「ねえルイ君、僕スゴいでしょ? でしょでしょ?」
「あー、はいはい、ホントスゴいっすね……」
カンベンしてくれよ……。子供の相手するより面倒だぞ、これ……。駄々っ子のように迫ってくる王様に、オレはかなーり投げやりな返事を返す。
「やっぱり? ねえ、どこ? どこがスゴいの?」
具体的な答え求めてきやがった! 知るか、そんなこと! てか、そもそもオレなんかに王様のスゴさがわかるわけねーだろ!
「陛下、そのくらいにしてやってくださいよ。後で俺とハルミさんが目いっぱいホメてあげますから」
「ホント? やったー! 二人とも、約束は絶対だからね!」
おお、リシュリューさんがあっさり場を収めてくれた! やっぱスゲえんだな、この人! てか、王様完全に手なずけられちゃってんじゃん……。
王様を加えてのお茶会は、それからしばらくの間続いた。




