1-8 強すぎんよ、『氷帝』!
ドラゴンと三匹のワイバーン。見るからにヤバそうな敵を前に、まるでその辺のザコモンスターでも狩るかのような口ぶりで槍を構える『氷帝』。ガクブルしてたオレも、竪琴を構えて歌の準備をする。
「そ、それじゃ歌いますよ!」
一応そう伝えてからオレは歌を歌い始める。ヤ、ヤベえ、『氷帝』が聞いてると思うと普段の三倍くらい緊張する……。トチったらどうしよう……。
ロック調の歌を歌い始めると、『氷帝』が少しだけ表情を動かす。お、お気に召しませんでしたか!?
そんなオレの心中など知ったことではないといった調子で、『氷帝』がダッシュを始める。お、おい、真正面から突っこむのかよ!?
その姿を見て、空を飛ぶワイバーンたちが上から火の玉を吐いてくる! マジかよ、こんな敵初めてだぞ!?
てか、空から攻撃とかズルいだろ! 弓兵がいなきゃ手も足も出ないじゃねーか! あと、このフロア異常に天井高いな! ダンジョンのクセに超明るいし!
ワイバーンの火の玉を、しかし『氷帝』は火の粉でも振り払うかのように槍で薙いでいく。なんか火の玉が真っ二つになりながら空気の流れに巻きこまれるようにして消滅していくぞ!? なんだあの槍さばき!?
敵の攻撃をものともせずに突っこんでいった『氷帝』は、勢いそのままにジャンプ! ――って、た、高けえええぇぇぇ! どこまで飛んでいくんだよ!? 某RPGの竜騎士かよ!? 装備も槍だし!
って、なんか『氷帝』も慌ててないか? まるでミサイルみたいにスゲえ勢いでワイバーンに接近した彼女は、勢いにまかせて槍を突き出す。
まさかこんな形で攻撃されるとは夢にも思っていなかったのだろう。ワイバーンがなすすべもなく長槍に串刺しにされる。
だが、『氷帝』の上昇は止まらない。おいおい、いつになったら最高点に到達するんだよ! 天井にぶつかるぞ!?
てか、マジで天井まで届いちゃったよ! 身体を反転させると、水泳のターンのように天井を蹴りつけながら次の獲物へ向かってロケットのように突っこんでいく。
自分より上方からの攻撃に、なんの対処もできないまま二匹目のワイバーンが槍の餌食になる。二体のワイバーンを串刺しにしたまま、『氷帝』は空から隕石のように地上に降下してきた。
ドォォォォォォォン!
「うおおおぉぉぉ!?」
「きゃぁぁぁぁああ!」
雷でも落ちたのかってくらいものスゴい爆音と共に、砂煙が舞い上がった。ちょっ、『氷帝』さんは大丈夫なのか!? その衝撃に、文字通り地面が揺れる。オレとリアも思わず悲鳴を上げる。
そして、土煙の中から何事もなかったかのように『氷帝』が姿を現した。なんかハリウッド映画の予告シーンっぽい……。例によって無表情ながら、本人もどこか不思議そうに首をかしげている。いや、首をかしげたいのはこっちの方だよ……。
彼女が衝突したあたりは……な、なんかクレーターみたいになってる……。ワイバーンはもう跡形もなくなってるし……。どうなってるんだよアンタ、その威力……。
「ル、ルイぃ……」
完全にビビったリアが、半べそかきながらオレの服のすそを握る。いや、オレの陰に隠れないでくれよ……。
と、『氷帝』がリアの方に視線を向けてきた! リアがビクついてオレにしがみつく。おい、だから隠れるな!
リアを見つめながら、『氷帝』は上空を指さす。その先には……もう一匹のワイバーンが飛んでるな……。
「おい、あれってお前にやれって言ってるんじゃないのか……?」
「え、ええぇ……?」
あ、なんかナイフ投げろって感じのジェスチャー始めてる……。てか、まだドラゴンもいるってのにメチャメチャ余裕っすね……。
「ほらリア、『氷帝』のご指名だぞ? とりあえずちゃっちゃと投げとけよ」
「う、うん、わかった……」
渋々うなずくと、リアが前へと出る。ワイバーンとドラゴンはと言えば、『氷帝』に火の玉を吐くことに夢中でこっちなんか全然気にも留めてない。オレらなんてただのザコ、てかエサかなんかだと思ってるんだろうな、きっと……。
「チャンスだぞリア、敵もこっちに意識が向いてない!」
「よ、よーし、とりゃー!」
腹をくくったリアが、渾身の力でナイフを投げる。ナイフは空を切り裂きながら矢のように飛んでいき、見事にワイバーンの脇腹に命中した。おお、効いてるじゃねーか!
「いいぞリア! その調子でガンガンいけ!」
「う、うん、わかった!」
いくらか調子づいてきたリアが、必死の形相でナイフを繰り出す。そのうちいくつかはワイバーンの胴やら翼やらにヒットし、敵の動きが止まる。
そのタイミングを見計らったかのように、『氷帝』が跳躍する。助走なしで軽くジャンプしたようにしか見えないのに、軽々とワイバーンの頭上まで飛ぶと、目にも止まらぬ速さで一突きする。その槍が心臓を的確に捉え、ワイバーンはあっさり絶命した。
今度は悠然と、『氷帝』が地面に着地する。一つ槍を振るうと、ワイバーンの死骸はそのままあっちの方へと吹っ飛んでいった。
オレとリアは、固唾を飲んでその様子を見守る。もちろんオレは演奏続けてるけど。
「つ、強ええ……」
「人間じゃないよ……」
オレたちが見守る中、『氷帝』は無造作にドラゴンへと歩み寄る。そ、そんな雑に近づいて大丈夫なんすか? 相手はレッサーとはいえドラゴンなんすよ?
近づいてくる敵に、ドラゴンが火の玉を吐いて応戦する。ワイバーンの吐いた奴より一回りデカいその火の玉を、しかし『氷帝』は槍の一突きで消し飛ばしていく。ホントどうなってんだよ、あの突き……。
目の前までやってきた敵に、ドラゴンが雄たけびを上げる! こ、怖ええぇぇぇ! ずい分と離れたところにいるオレとリアが、チビりそうなくらいガクブルする。で、でも『氷帝』に比べればまだマシかも……。
そんな竜の咆哮にも臆することなく、『氷帝』が少し腰を落として槍を構える。おお、なんかめっちゃスゴい必殺技が出そうな構えだ……。
と、『氷帝』がドラゴンに向かい一気に詰め寄る! は、速ええ! 音速超えてんじゃねえのか!?
なんかソニックブーム的な何かを放ちながら突貫すると、『氷帝』から槍が繰り出され……ホントに槍かアレ!? なんか剣山か何かにしか見えないんだが!? 槍の壁がドラゴンに迫っていく!
その一突き一突きが命中するたびに、ドラゴンの肉がごっそり削り取られていく! おいおい! みるみるうちにドラゴンの巨体が縮んでいくぞ!? オレとリアがその光景を茫然と見つめる。その間にも、ドラゴンの姿はみるみる小さくなっていく。
「はあっ!」
気合と共に、『氷帝』が最後の一突きを見舞う。
って、うおおおお!? なんかまた轟音と共に土煙が舞い上がったぞ!? その槍、マジでどんな威力してるんだよ!
そして例によって、土煙の中から何事もなかったかのような顔で『氷帝』が姿を現す。ドラゴンの体などどこにもなく、そこには当然のようにクレーターが……。アンタは歩く天変地異かよ!
悠然とした足取りでこちらに戻ってくる『氷帝』に、オレとリアがビビリまくってねぎらいの言葉をかける。
「お、おつかれさまっしたっ!」
「こ、これ、お水ですっ!」
リアがカバンから水筒を取り出して『氷帝』に手渡す。コ、コイツ、ちゃっかりポイント稼ぎやがって! オレが気の利かないヤツって思われたら、風当たり強くなっちまうじゃねーか!
リアから水筒を受け取った『氷帝』は、表情を動かさずに一礼する。こ、この人、礼とかはするんだ……。思わぬ反応に恐縮したのか、リアがそのままの姿勢で固まる。
『氷帝』はといえば、水筒に口をつけながら、何やら不思議そうに首をかしげている。な、何かご不満でもありましたでしょうか……?
ビビるオレに、『氷帝』が尋ねてきた。
「あの……」
「は、はい! なんでございましょう!」
だからその声怖いんだって! なんだってそんなかすれ声なんだよ!?
「さっき……力……わいて……」
「は、はい? 力がわいて?」
なんのことかわからずオウム返しに繰り返すと、『氷帝』がギロリとオレをニラんでくる! ひっ! すいません! 考えるからニラまないで!
「あ、あの……もしかして、いつもより力がわいたってことですか?」
おそるおそるといった調子でリアが聞くと、『氷帝』は眉ひとつ動かさずにうなずく。サ、サンキューリア、助かったぜ! マジでチビるところだった!
「そ、それはですね、ルイの歌には聞いた者の力を引き出す効果があるんです! だ、だからセルベラさんも……」
そこまで言って、リアの顔が硬直する。こ、こいつ、よりによって『氷帝』の名前をトチりやがった……!
みるみる青ざめて唇を震わせるリア。その顔を、『氷帝』は心臓まで凍りつくんじゃないかと思わせる切れ長の冷たい目でじっと見つめている。ち、沈黙が怖ええ……。
「……そう……」
一言そう言うと、『氷帝』は納得したかのようにうなずいて、水筒をリアに返した。
「ご、ごめんなさい……」
今にも泣きそうな顔でリアが水筒を受け取る。はあ、マジでよかったぜ……。『氷帝』って呼んだだけであんだけブチキレるんだから、本名トチったら殺されるかと思ったわ……。
こうして、オレたちは『氷帝』の力を眼前でまざまざと見せつけられたのだった。




