1-7 『氷帝』、マジで怖い……
五十一階は暗くてせまい、超本格派の洞窟だ。な、なんかマジでヤバそうな気配がする……。リアのレーダーにもビンビンきているのか、さっきから縮こまって全然しゃべろうとしない。
そんなオレたちを振り返ることもなく、『氷帝』はずんずんと奥へ進んでいく。うう、あんまこの人に近づきたくないけど、さりとて置いていかれるとオレたち二人じゃ確実にゲームオーバーになりそうで悩ましい……。
というわけで、オレたちは『氷帝』の後方2メートルという絶妙の距離を保って歩いている。
(ちょっとルイ、もうちょっと前に行きなよ……)
久々に口を開いたかと思えば、そんなことを言いやがる。
(だったらお前が行けよ……。女同士、気が合うかもしれないだろ?)
(いやいや、実は『氷帝』はルイに気があるかもしれないよ?)
互いに前を押しつけ合う。てか、オレに気があるとかありえないだろ、どう考えても……。まあ、確かにスゲえ美人ではあるけれど。なんせ表情がピクリとも動かないんだもんなあ……。そんなことを考えながら、オレとリアが言い合いを続ける。
その時、突如前を行く『氷帝』がこちらを振り返ったかと思うと、次の瞬間、オレとリアの顔の間を一筋の稲妻が貫いた! ひッ! まったく目にも止まらない速さで『氷帝』の長槍が繰り出されてる! 今の会話、全部聞こえてたのか!?
あまりの出来事に、オレの血が逆流するかのように顔から血の気が引いていく。それはリアも同様だったようだ。死を覚悟しながら、オレとリアが必死に謝る。
「す、すすすすいません! 別にあなたのことを悪く言ったつもりはないんです!」
「ごごご、ごめんなさい! もう言いません! 言いませんから!」
泣きべそをかきながら訴えるオレたちにはまるで興味を示していない様子で、『氷帝』が槍を引く。その先っぽには、なんだか禍々しいデカい蛾みたいなのが突き刺さっていた。キ、キモいな……。
「これ……黒死蝶?」
「黒死蝶?」
「並みの人間が刺されたら、皮膚が黒く変色して死んじゃうんだよ。こういう暗いところだと、よく見えないからいつの間にかってことも……」
「そ、そんなヤバい虫なのかよ!?」
そんなのがオレたちの後ろにいたってのかよ!? 気配全然なかったぞ!? てか、こんだけ離れてたのに『氷帝』は気づいたのかよ! 何者なんだアンタ! 第六感でも持ってるのかよ!
オレとリアの顔をギロリとにらむと、『氷帝』がドスの効いた低いかすれ声で言う。
「……気をつけて」
「す、すすすすいませんでしたァ!」
「ひゃ、ひゃい! ごめんなさい!」
オレたちは直立不動で謝罪の言葉を口にする。目をキッと細めてもう一度オレたちにガンをくれると、『氷帝』は身をひるがえしてまた歩き始める。青髪のポニーテールがふわりと揺れて、かすかにいい匂いがしてきた。
「うぐっ、ひっく……」
ついに限界を超え、リアが涙をこぼし始める。右手でぐしぐしと涙を拭いてる。オレももう泣きたいよ……。
「あれ? でも」
ふと気づいて、オレがリアに話しかける。
「さっき『氷帝』はオレらの後ろにいたあの虫を倒してくれたんだよな? もしかして、オレたちを助けてくれたってこと?」
「わかんない……そうかも……えぐっ」
あー、こりゃ泣き止むまでダメだわ。でも『氷帝』、オレらのこと助けてくれたのかね……。それとも、戦闘マシーンみたいに身体が勝手に反応して敵をしとめただけなのか? う~ん、後者の方が『氷帝』のイメージには間違いなく合致するんだけど……。わかんねえ……。
しばらく歩くと、下へと降りる階段が見えてきた。詰所の近くだからか、特に戦闘らしい戦闘にはならなかったな。さっきの黒死蝶はビビったけど。
階段を下りると、目の前の視界が一気に開けた。ひ、広れえ……。そして明るい! さっきの洞窟とのギャップで、少々光がまぶしいぜ!
「ここで訓練……」
『氷帝』がかすれ声で言う。後半はよく聞き取れないが、この階でトレーニングするってことだな! よかった、動きやすそうなフロアだぜ! まあ、五十階だから敵も超強いんだろうけど。そこは大丈夫なんすよね、『氷帝』さん……。
「それじゃリア、索敵してみるか」
「う、うん」
うなずくと、リアが足輪のスイッチをカチッと押す。敵を発見したのか、あっち側の木々の向こうを指差して言う。
「あっち側にモンスターの反応があります。い、行きますか?」
おそるおそる確認するリアに、『氷帝』が眉一つ動かさずにうなずく。オレもカラ元気を出して叫んだ。
「よ、よーし! それじゃいっちょ、特訓といきますか!」
オレの言葉に、リアが遠慮ぎみにうなずく。な、なんか調子が狂うな……。いつもなら「アンタが戦うわけじゃないでしょうに」とかなんとかツッコんでくるのに……。そ、そして、『氷帝』の視線があいかわらず冷たい……。
リアの先導で、オレたちはモンスターの反応がある方へと歩いていく。木が集まっているところを抜けると、目の前にモンスターの群れがいた。そのモンスターを見て、オレとリアの表情が凍りつく。
「ド、ドラゴン……!?」
異口同音にオレたちが呻き声を上げる。あ、あれ、ドラゴンだよな……? デカいトカゲとかじゃなくて……。そのドラゴンの頭上では、三匹の翼竜がくるくると旋回している。
「ワ、ワイバーンまで……!? そんな、相手が悪いよ!」
リアが狼狽の色を見せる。そ、そうだよな、どう考えても相手が悪いよな! 『氷帝』さん、ここはひとまず逃げ……。
「問題ない……」
は、はい? 今なんか、すっごい空耳が聞こえた気がしたんですけど……」
「レッサードラゴンとワイバーン……訓練にはちょうどいい相手……」
えええ――――ッ!? マ、マジでコイツらとやるんすかぁ!? ヤバいって、絶対逃げた方がいいって!
「二人とも……後ろで見ていて……」
そう言って、『氷帝』が長槍を敵に向かって構える。あわわ……ホントにやる気だ……。と、止めても聞かないよな……。
当の『氷帝』はと言えば、これだけヤバそうな敵を前にしてもあいかわらず顔色一つ変えない無表情だ。こ、これはオレたちも覚悟を決めるしかないか……?
「ル、ルイ! 歌、歌!」
慌ててリアが叫ぶ。そ、そうだ、戦うんならオレたちも仕事しないと! すでに投げナイフを両手に構えているリアにうながされて、オレも急いで竪琴を準備する。
よ、よーし、スッゲえヤバそうな敵だけど、こうなったらとにかくやってやるぜ!




