1-6 そ、そのゲートって……!?
王様のセッテイングしてくれた特訓クエスト。そのトレーナー役、『氷帝』セルヴェリアがギルドの中をずいずいと進んでいく。オレとリアも、微妙に距離を取りながらその後についていく。
『氷帝』に聞こえないくらいの声で、オレはリアに聞いてみた。
「なあ、今日はどこで訓練するんだ?」
「し、知らないよ。特訓はトレーナーに任せてるって言ってたし……」
「ムチャな階じゃなきゃいいんだけどな……。ちょっと聞いてみるか」
「うん、お願い……」
リアの奴、今からこんなにビビっててちゃんと特訓になるのかねえ……。
そ、それにしても怖ええな……。話しかけるだけで勇気がいるぜ……。よ、よーし、それじゃ聞くか……。
「あ、あの、『氷帝』さん……」
「……」
ひッ!? 声かけたらめっちゃにらまれた! 血も凍りそうな無表情で、一言オレにつぶやく。
「……『氷帝』って、呼ばないで」
「ひっ、ひぃぃぃいッ! す、すいませんでしたああぁぁぁぁアアッ!」
ぞっとするほど低いかすれ声に、オレは完全涙目の直立不動で必死に謝った。こ、怖ええぇぇぇっ! 縮む! マジでアレが縮む!
その様子を見ていたリアも、もらい泣きみたいにべそをかいている。歩き方がカチコチで、危なっかしくて見ていられない。
オレはリアのところまで戻ると、『氷帝』に聞こえないように耳打ちする。
(なあ、なんであの人『氷帝』って呼んだら怒るんだ……?)
(し、知らないよ、そんなこと……)
すっかり怯えきった顔で、リアが首を振る。と、とりあえず名前で呼ぶことにしよう……。
ヤバい、怖すぎて結局どこ行くのか聞けてねえ……。
『氷帝』はギルドの廊下をずいずいと進んでいく。あれ? ゲートの部屋、もう通り過ぎたけど……。
不思議に思っていると、『氷帝』は一番奥の突き当たりのドアを開く。な、なんか妙に厳重と言うか、ごつい扉なんですけど……。やたらいっぱい怪しげな文様が彫りこまれてるし……。
中に入ると、そこには一対の魔法陣が描かれていた。今までくぐってきたゲートとは、漂うオーラがどこか違う気がする。ま、まさかこれって……?
「あ、あの、もしかしてこれって……」
「五十一階への、ゲート……!?」
おそるおそる聞くオレたちに、『氷帝』が無言でうなずく。
「えっ、ええええぇぇぇええ!?」
「ム、ムリムリ! ムリですよぉ!」
イヤイヤイヤイヤ! 絶対ムリだろそれ! マジで死ぬぞ、そんなの! それってAランクの人しか行けないところじゃん!
「ム、ムリっすよ! そんなところ絶対……」
そう言うオレを、『氷帝』がギロリとニラむ! ひィ! すいません! 死ぬ! 逆らったら、今ここで死ぬ!
「……」
無言でオレたちを一瞥すると、『氷帝』がつかつかと魔法陣へ向かう。マ、マジで行くのかよ!? ええい、もうどうにでもなれ! オレとリアも、思い切ってゲートへと飛びこんだ。
ゲートを抜けると、いつもより部屋がせまいことに気づく。かわりに扉や壁はスゲえ頑丈そうだ。心なしか、ヤバげなフインキがする……。
扉を開くと、いつもの詰所より小さな部屋に出た。三人の男が イスに座ってお茶を飲んでる。よくわからんが、三人ともスゴい強そうだ。
ゲートの部屋から出てきたオレたちに気づいて、男の一人が声をかけてきた。
「よお、セルヴェリアじゃないか。ということは、その二人が隊長の言ってた特訓希望の冒険者だな?」
男の言葉に、『氷帝』がこくりとうなずく。「隊長」ってことは、このおっさん調査隊の人なのかね。
「は、はじめまして、リ、リアです」
「ル、ルイっす。よろしくっす」
オレとリアが、ぎこちなく頭を下げる。三十過ぎくらいのおっさんが、オレたちに笑いかける。
「ああ、お前さんのことなら隊長から聞いてるよ。お前、詩人なんだろ? ギュスの奴にずい分と気に入られてるみたいだな」
「は、はあ……」
おっさんの言葉に、愛想笑いを返す。ギュス様、調査隊の人にまでオレのこと話してるのか……。いったい何を話してるんだろ……。
笑ってオレとリアの顔を見比べていたおっさんが、不思議そうにオレたちに聞いてきた。
「あれ? 確か三人組って聞いてたはずなんだが、もう一人はどうした?」
「あ、ステラ……もう一人の子は、今日はカゼ引いちゃって来れなかったんです……ごめんなさい……」
「そうなのか? まあ心配するな、二人でも問題ないさ。セルヴェリアがいっしょなら、お前さんたちがケガする可能性なんて万に一つもないからな。な、そうだろ?」
そう言って、おっさんが笑う。それを聞いた『氷帝』が、オレたちの顔を氷の刃のような目でギロリと一瞥する。こ、怖ええ……。オレたちから視線をはずすと、彼女はこくりと一つうなずいた。
「ところで、これから何階に行くつもりなんだ?」
「……五十階……」
『氷帝』が、空気のこすれるような声でつぶやく。ああ、下の階に行くのか……。オレが聞けなかったことを聞いてくれて、助かったぜ……。
「お、もう行くのか?」
無言で外に出ようとする『氷帝』に、おっさんが声をかける。うなずく『氷帝』に、オレたちも慌ててその後を追いかける。ちょ、置いてかないでくれよ!
「それじゃお前ら、気をつけろよ」
「無理すんなよー」
「う、うっす!」
「は、はい!」
『氷帝』を追いかけるオレたちの背中に、おっさんたちの声がかけられる。振り返って頭を下げると、オレたちは詰所の外へと出た。
「お、セルヴェリアか。ん? お前らうちのギルドの奴じゃないか?」
外に出ると、見回りをしていたおっさんがオレたちに声をかけてきた。四十歳くらいかな。てか、でっかい剣だな……。
と、オレの隣でリアが驚きの声を上げた。
「あーっ! た、大剣のベン……!?」
「お、お嬢ちゃんは俺のこと知ってるのか」
「は、はい! 大剣のベンと言えば、シティギルドの冒険者の憧れですから!」
「へえ、そいつは光栄だね。俺もお嬢ちゃんのことはギルドで見かけたことあるぜ。確かリアだったな?」
「は、はい! 覚えてもらえて、こ、光栄です!」
なんかリアの目がキラキラしてる……。そっか、このおっさんうちのギルドの人なんだ。デカい剣持ってるだけあって、筋肉がハンパねえな……。
そのベンさんが、オレの方を見て笑う。
「てことは、そっちの坊主がルイか。ずいぶんと活きがいいらしいじゃないか。今うちのギルドで一番の有望株って聞いてるぜ?」
「いやいや、とんでもない! 私たちなんて、まだまだ駆け出しです!」
リアが首をぶんぶん振る。こいつ、先輩にはスゴい殊勝なんだよな……。
「でも、ただのペーペーがウチのエースを引っぱりだしたりはできないだろ? 今日は特訓か?」
「は、はい! いろいろ勉強させてもらおうと思いまして!」
「そうか、お前たち凄く運がいいぞ。あのセルヴェリアの神業を間近に見ることができるんだからな。よく目に焼きつけておけ」
「は、はい!」
「それじゃ、気をつけてな」
「い、行ってきます!」
「セルヴェリア、今度久しぶりに飲もうぜ。稽古の方も頼むぞ」
ベンさんの誘いに、『氷帝』は無表情に一つうなずく。さっきのおっさんといい、『氷帝』に話しかける人って一応いるのね……。
そんな感じで、オレたちはビビりまくりながら『氷帝』の後についていくのだった。




