1-5 こ、これが『氷帝』……!
王様の特訓クエストとやらの日、オレはリアと並んでギルドへの道を歩いていた。
「それにしても珍しいな、ステラがカゼ引くなんて」
「そうだね~。私らの中じゃ一番頑丈そうなのに。あ、でもルイは一番カゼ引かなそうだよね」
「ほっとけ!」
コイツ今、絶対「バカはカゼ引かない」って意味で言っただろ! ま、でもそう考えると一番ナイーブそうなステラがカゼを引くのはそんなに不思議じゃないか。
「明日お見舞いに行こっか」
「そうだな。なんか見舞いに買ってってやるか。リア、どこかいいお菓子屋とか知ってるか? きっとクッキーとか喜ぶだろ」
「あ、ルイにしてはいいこと言うじゃない」
ルイにしては、は余計だ! まあ、その辺はリアに任せた方がいいだろうな。
しっかし、あれだけはりきってたステラがダウンするとはな。根を詰めすぎたのかね。それでも行きますって言ってきかなくて、昨日はリアも大変だったそうな。ま、女の子にムリはさせられないわな。
気合と言えば、リアも例の戦闘服買ったんだよな。確かに今までのビラビラでよれよれの服とは全然違うわ。新品なせいもあるだろうけど、エリとかそでとかシャキッとしてる。さすが5000リルするだけのことはあるな。
クエストを延期できないか、昨日リアが一応ギルドで確認したら、二人だけでも全然問題ないって言ってたそうだ。特訓クエストはまた追加できるから、明日はとりあえず二人で受けておきなさいってさ。
王城へ続く大通りとの交差点にある噴水広場には、掲示板のようなものが設置されている。いつも王国のいろいろなニュースが貼ってあるんだが、それをチラッと見たリアが、なぜかなんとも言えない顔をした。
「あ~……」
「ん? どうした?」
「いや、あれ……」
そう言って指差した先には、この前王城で行われたという貴族のお嬢様たちの弓術大会の結果が貼ってある。その優勝者の似顔絵を見て、オレもリアがげんなりしたわけを理解した。
「あのお嬢サマじゃねーか……」
「うん……」
その似顔絵は、以前オレの誕生日にいろいろと揉めたお嬢サマ、ベルフォール公爵令嬢エリザベートのものだった。この姉ちゃん、顔は好みなんだけどなあ……。
渋々といった顔で、リアが言う。
「あのお嬢サマ、弓の腕は確かなんだよねえ……」
「でもさ、これって貴族のお嬢様のお遊戯みたいなモンなんだろ?」
「まあそうなんだけどさ。あの人、王国の弓術大会でもベスト16の常連でさ、準決勝まで勝ち上がったこともあるんだよね。フサじいもあれは本物だってほめてたし、口だけのお嬢サマじゃないんだよね……」
「そ、そうなのか……」
そう言えばギュス様も晩餐会でそんなこと言ってたっけか。へえ、人は見かけによらないのね……。
腫れ物にでも触れるような感じで記事を読んでいたリアが、えっ、と思わず前のめりになる。
「どうした?」
「うん……これ……」
「なになに……え!? 優勝賞金を全額教育の普及のために王国に寄付ぅ!?」
ウ、ウソだろ!? あの人を人とも思わない超ワガママなお嬢サマが!? オレらのこと、賎民賎民ってバカにしまくってたじゃん!
オレの表情に、リアが「ね?」と寄ってくる。
「あの人、何かあったのかな……? ほら、ここのインタビュー見てよ、『民は国の宝』だってさ。どういうこと……?」
「点数稼ぎ……? いや、そんなことするようなタマじゃないよな……」
ホント、どんな心境の変化があったんだ……? 以前のお嬢サマからは想像もつかないような言動の数々に、オレとリアは首をかしげながらギルドへと向かった。
ギルドに到着し、オレたちは受付へと向かう。オレたちに気づいてアンジェラが手を振ってくる。オレたちもそれに応えようとしたその時、背筋をぞっとするような悪寒が走り抜けた。
アンジェラの前に立っていた女性がオレたちの方を振り向いたのだ。全てを凍てつかせる切れ長で吊り目ぎみのその瞳に、オレは氷漬けにでもなったかのようにその場で硬直する。隣ではリアが真っ青になって震えだしていた。
「ひょ、『氷帝』……!」
リアがかろうじて声をしぼり出す。こ、これがウワサの『氷帝』か……! マジかよ、怖ええってモンじゃねーぞ!?
背はそこまで高くはない。多分ステラよりちょっと低いくらいか? 青い髪をポニテにしてまとめている。顔立ちは硬質な美貌ってところか。胸はほどよいサイズで、結構ってかスゲえ美人だ。
だが、その顔には表情らしき表情がない。オレたちを見ても眉一つ動かしやしねえ。そしてあの目……。何人殺せばこんな目になるんだってくらい冷たい視線が、容赦なくオレたちを貫く。ヤバい、チビる。てか、ほんのちょっとだけチビったかも。
ガクブルするオレたちを、アンジェラが能天気に呼ぶ。
「あなたたち、いつまでそこに立ってるの? 早くこっちにいらっしゃい。セーラもさっきからずっと待ってるわよ?」
「ひゃ、ひゃい! すみましぇん!」
泣きそうな顔でリアが返事する。出たよ、必殺ロボット歩き……。オレもガチガチになりながら、アンジェラの下までたどりつく。
ち、近くで見ると軽く五割増しで怖ええ……。その槍、いったいどれだけの血を吸ってきたんだ……。あいかわらず『氷帝』はニコリともせずオレたちをにらみ続けている。この人、ホントに人の心持ち合わせているのか……?
「今日は特訓クエストね。ステラちゃんがお休みで残念だけど、彼女の分までがんばってくるのよ」
「ひゃ、ひゃい……」
答えるリアの歯がカタカタ鳴ってる。目が丸になって、今にも泣き出しそうだ。てか、ステラ今日休みでいいなあ……。オ、オレも腹痛くなってきたんで、早退していいっすかね……。
「今日あなたたちをサポートしてくれるのは……紹介するまでもないわね。我がシティギルドのエース、『氷帝』セルヴェリアよ。今日はたっぷりと戦闘のコツを教えてもらうのよ?」
その紹介に、『氷帝』が無表情にアンジェラを一瞥する。ちょ、超怖ええぇぇぇ! アンジェラ、アンタなんでそんなニコニコしてられるんだよ! チビるぞフツー!
そんな『氷帝』に、アンジェラがいつもの調子で話しかける。
「それじゃ、この子たちの面倒お願いするわよ。期待の新人たちだから、ビシビシ鍛えてあげてね?」
よ、余計なこと言うんじゃねええぇぇぇ! こんなのにビシビシやられたら確実に死ぬわ!
その言葉に、『氷帝』がゆっくりとうなずく。
「……わか……た……」
ヒィィィイイイィィッ!? 何!? 今の声! 地の底から這い上がるかのような低いかすれ声だったぞ!? いったいどこからそんな声が出るんだよ!?
完全に泣きそうなオレたちに、アンジェラが苦笑する。
「ごめんなさいね、その子、昔からあんまりのどの調子がよくないの。ここ一、二年は特によくないわよね」
「……せ……」
なっ、何!? 何を言おうとしたの!? のどを空気が抜けていく音だけが聞こえてきてマジ怖いんだけど!
リアはガタガタ震えながらオレの後ろに回って背中の服を引っぱっている。いや、頼られるのはいいんだけど、オレを盾にしないで……。
「とりあえずまずはお互いあいさつしなさい。まずは後輩からよね」
「ル、ルイです! 詩人です! 今日はよろしくお願いします!」
「リ……リアです……。よろしく、お願いします……」
オレが直立不動で絶叫し、リアは半分泣きべそをかきながらもなんとか声をしぼり出す。
そんなオレたちに、関心など微塵もないかのような無表情で『氷帝』が一言つぶやく。
「……よろしく……」
「よ、よろしくお願いします!」
オレが叫び、リアはキツツキみたいに何度もうなずく。その様子を見て、アンジェラがなぜか満足そうな顔で言った。
「それじゃみんな、今日はがんばってね! セーラ、この子たちをお願いね!」
「……」
言葉にならないかすれ声を漏らし、『氷帝』がゲートの方へと歩いていく。遅れたら殺されると思い、オレたちも必死に後を追いかけた。ヤベえ、オレたち、今日生きてクエスト終えられるのか……?
どうでもいいけど、あの『氷帝』をあだ名呼びとか、アンジェラさんマジでパねえな……。




