1-1 知らない部屋と知らない少女
……これはいったい、どうなってるんだ……?
今、「自宅」を出たオレはなぜか桃色ショートカットの女の子といっしょに「冒険者ギルド」に向かっている。
……いや、冒険者ギルドっていったいなんなんだよ。ついさっきまでごく普通の大学生だったはずだぞ? オレ。
だいたい、その「自宅」ってのもオレの家とは似ても似つかない建物じゃねーか。さっきこの姉ちゃんから聞いた話だって、とてもじゃないが信じられないことばっかだ。なんなんだ、このリアルなはずなのに妙に現実感のない感覚は……?
そう、まるでゲームの中の世界にでも入ってしまったかのような。
今朝いつものように目が覚めると、オレは寝ぼけたままとりあえず布団から出ようとして……そこでふと気づいた。うちって、ベッドじゃなかったっけ?
おかしいなと思いつつ、昨日の出来事を思い出してみる……あれ、なんでだろ、全然おぼえてないわ。
あ、でも、これはもしかして、あの伝説の「一夜の過ち」ってヤツか? いや、オレ女とつき合ったことなんかただの一度もないけど。
なんてことを思いながら家の中を見渡すと、どう考えても様子がおかしい。長年慣れ親しんだオレの部屋と似ても似つかないのはもちろんなんだけど、他人の家にしても明らかにおかしい。なにせ部屋の中に電化製品がひとつもないのだ。
それどころか、置いてある家具もやたらと粗末なものばかり。おいおい、なんで何から何まで全部木製なんだよ? プラスチック製品も全然ないし、てか、とにかくモノが少ねえ!
いやホント、マジでどうなってんだ? さすがにあわてたオレは布団から跳ね起きて、そしてさらなる異変に気づく。あれ、なんか視界がおかしくないか……? 妙に目線が低い。
寝ぼけてるのかと目をこすろうとしてまたびっくり。目に飛びこんできた自分の腕が……何これ? 白っ! 肌白いよ! しかも細っせえ!
ちょっと待て、マジでどうなってんだ!? 動転したオレは一心不乱に鏡を探すんだけど、それらしきものが全然見つからない。
その時、水を張った桶が置いてあるのが目に留まったので、水になら映るんじゃ? と思い、その中を覗き……水面に映った顔に絶句する。
そこには、典型的日本人であるオレの顔とはかけはなれた、金髪で白い肌の少年の顔が映っていた。
しばし呆然としていたオレだったが、さらに妙なことに気づく。明らかにオレの暮らしていた部屋ではないその部屋の中を見回していると、その部屋での生活の記憶らしきものが脳裏に甦ってきたのだ。
何日か前に目の前のテーブルでなんだか固ったいパンを食べた記憶や、つい最近すねをイスにぶつけた記憶。おいおい、なんだこれ? オレはこんな部屋に来たこともなければ暮らしたこともねーぞ?
てか、そもそもこんな部屋、今時日本にねーよ! 今時ってレベルですらねえ! いつの時代だよ!
謎のちょいイケメン風金髪少年と化した自分と、まるで見覚えのない前時代的な部屋、そして徐々に甦るまったく身におぼえのない記憶。
そんな状況にとまどっていると、ぐぎゅうぅぅと腹からひどい音が鳴った。あ、今オレすっげぇハラ減ってるわ……。こんな時でも食欲は不安に勝るのな。
拉致られたにしては身体を拘束されているわけでもないので、とりあえず朝食をとることにする。腹が減ってはなんとやら、考えごとよりまずメシだメシ。てか、食料のチェックは大事だしな。
案の定と言うか、こんな部屋だから当然冷蔵庫もないのだが、なぜか食材のある場所もおぼえていれば、家庭科の授業以外では今まで人生で全然やったことがないはずの「料理」もなんとかできてしまう。いや、ホントどうなってんだよ……。
ま、「料理」っつっても、イモとニンジンとなんかをぶっこんで塩茹でしただけのシロモノなんだけどな……。
うまくもなんともない朝飯を食い終わり、空腹も収まった。気持ちも落ち着いたところで、さて今の状況を考えようと思った矢先、ガンガンとドアを叩く音が聞こえた。なんだよ、朝っぱらからうっせぇなぁ……。
「ルイー、入るよ~」
――――!? お、女の声だと!? こんな朝から?
声の主への対応を検討するヒマもなく、玄関のドアが開かれる。っておい! 勝手に開けんなよ! てかこのドア、カギかかってねーのかよ!
入ってきたのは、十六、七歳くらいの女の子。白い肌にほとんど凹凸のない胸、そして……ピンクの髪ぃ !? こんな色、アニメかコスプレでしか見たことねーぞ!
ゴワゴワしたシャツの上にピラピラのジャケットをはおり、下は短パンというラフな……てか年ごろの女子にしてはいささかアレな服装。腰にはなんか小さな剣みたいなものをぶら下げている。
そしてなぜかこの子の顔を見るだけで、その名前やら何やらが思い出せてしまう。なんではじめて会ったコのことがわかっちゃうんだ? オレの脳ミソ、マジでイッたのか?
とりあえず、その女の子に話しかけてみる。
「お前、リアっていうんだよな」
「はぁ? 朝から何言ってんの?」
オレの問いにすっとんきょうな声を上げると、いぶかしげな顔でピンク頭ちゃんが問い返してきた。
「あれ? 違った?」
「違うわけないでしょ! なんか悪いモノでも食べたの?」
「いや、オレにもよくわかんないんだけど……」
どうやら目の前の子はオレと親しい人物のようだ。そらそうか、朝イチで人の家に上がりこんでくるくらいだしな。
マンガやラノベの幼なじみポジかよ、などと思いつつも、だったらこの子からいろいろ聞き出すことにしようと心に決める。現状、それが一番無難そうだ。
「とりあえず、君がなんの用でここに来たか聞いていいか?」
「何さ『君』って。キモいよ。今日はギルド寄ってクエストだってこの前言ったじゃん」
「すまん、いろいろ質問させてくれ」
なんだよ、ギルドとかクエストって? いったいどこのゲーム世界の住人だよ。しかしまたしても、話を聞いているうちにこの前この子と話してた情景やら内容やらがオレの脳裏に思い浮かぶ。これ、ホントどうなってんだ?
そんな自分に得体の知れない薄気味悪さを感じつつも、目の前のコに質問を続ける。
「まず、ここは日本か?」
「はぁ? ニッポンって何?」
はぁ? じゃねえよ! 日本知らないとかありえないだろ!
さすがにオレの語気も荒くなる。
「じゃあここはどこなんだよ!」
「だから何言ってんの? 今日のルイ、なんか変だよ?」
ダメだ、全然かみ合わねぇ……。
だがしかし、こんな不毛なやりとりをしている間にも、例によってオレはここの国名と街の名前を思い出していた。
レムール王国、王都ロニアン。
……。
…………。
………………。
わかった、夢だこれ! うん、もう確定! なぜって? だってこれ、オレがやってたゲームの中に出てくる国と街の名前だもん! なぁんだ、夢かよ、まったくもう。一時はマジであせったぜ……。
まあ、夢だとわかれば後は簡単だ。せっかくこんなカワいい女の子といっしょにいるんだし、とりあえず目が覚めるまでは楽しまなきゃ損だろ、絶対!
「よしわかった! わかんないけどわかった!」
「ホントどうしちゃったの?」
「なんでもない! よし行こう! ギルド行こう!」
「変なヤツ~」
リア、だっけ? ピンク髪の女の子が不審者を見るような目でオレを見る。そんな視線を、しかしオレは気にも留めずに身支度にとりかかる。
夢のわりには細部に至るまで妙にリアルな気もするが、まあそれだけオレの想像力が豊かだということだろう。夢だとわかればクエストでもなんでもやってやるさ!