*38
「アヒャヒャヒャヒャヒャ」
白黒反転した景色の空間の中で、私は一人の青年を青い大鎌で首ごと切り落とした。
笑いが止まらない。
楽しくて堪らない。
ねぇ、今どんな気持ち? ねぇ、どんな気持ち?
私はキモチイイ! 最高なんですよ!
力なく倒れる彼の姿がまた私の中のモヤモヤとしていた気持ちを晴らしてくれる。
ああ、この日をどれだけ待ち望んだ事だろう。
まさかあちらから来てくれるなんて私は幸運だ。
今日はなんて良い日なんだ。
「気持ち悪い……」
倒れていた彼の方から声がする。
気持ち悪いと吐き捨てるような声だ。
そう言えば、止めをさして無かったっけ。
私としたことが……。
「バイバァ~イ」
やや狂ったような声を出す。
狂気を滲ませた明るい声。
そして無慈悲な意味を込めた言葉。
普通のミソラなら出さないだろう声だが、
終という存在はミソラの人格さえも歪めた。
青い大鎌がもう一度彼の身へと牙を向く。
ヒュッと空気を裂く音と共に私は目を瞑る。
目蓋を閉じて彼の死ぬ姿を想像する。
でも、見たくはない。
カツンッと乾いた音がする。
まるで何もない地面に刃を突き立てたような乾いた音が私の耳に響く。
それに独特の引き裂く感覚もない。
違和感……。
私は瞑っていた目を開ける。
見えたのはおどけた調子で、数歩ほど後ろに移動していた彼の姿があった。
しかも切り落としたはずの首も繋がっている。
こちらを見ながら苦笑している。
へらへらとした作り笑いが私をまた苛立たせる。
「あれあれぇ? なんでぇでぇすかぁ?」
狂っている声や気配を出し続けながらも、私は彼の生きている理由、原因を考える。
確か5年前にも私と同じ化け物だと言っていた。
何の化け物だと言っていた?
……思い出せない。
「あはは、ごめんねぇ死ねないから」
「にはは、知らない、死ねない、止められない!」
やはり彼の笑い方はミソラには聞くに耐えなかった。
だから、殺そうとまた青い大鎌を振るう。
このイライラの原因の一部には、【死を望まぬ庭園】の効果も入ってそうだが、大方終のせいだろう。
「うおっ!? 危ない危ない。駄目だよ? 女の子が刃物を持つなんて……ヤンデレ属性?」
「むー、死に死に殺し……ヤンデレ違う」
「よっと、困ったな……」
私は未だ生きて立つ彼に大鎌を薙ぐ。
縦に振り下ろしても、横に振り回りしても、彼はひょうひょうとした態度は変わらず渾身の一撃も避けられてしまう。
言葉に怒りは込めず冷静になってくると、
彼も困ったと首の後ろを掻いている。
少しばかり肩で息をしながら、彼の一挙一動を見逃さないと言わんばかりに見詰める。
だけど、そんなのは無駄にしかならなかった。
「うん、もう一方通行な方法で良いよね♪」
彼は困った顔を止めて、明るい顔になる。
こちらへと歩きながら近付いてくる。
そして一メートルもないくらいの距離まで接近を許してしまう。
まるで恋人が愛を囁く程の距離感。
彼の顔も近付いてくる。
チュッ……。
彼は私に――キスをした。
「何? えっ……?」
いつの間にかミソラの手には大鎌は抜け落ち、ぼーぜんと立ち尽くす。
一瞬何があったのかが理解できなかった。
唇を指でなぞるように撫でる。
思い出す羞恥にミソラは顔を赤らめて、
もう一度、大鎌を取り出そうにも上手くいかない。
憎い、難い、悪い。
憎く思うことが難しく、最悪な気分になる。
心なしか動悸が激しい。
体温が、全身が熱くなるのを感じる。
「そんな可愛い顔しないで、襲いたくなるよ」
彼は捕食者のような目をしながら、私の下顎を指で持ち上げ視線を無理矢理合わせられる。
彼の囁きが耳を擽る。
耳まで熱くなりそうだ。
「返して欲しかったんでしょ? コ・コ・ロ」
にやにやと気味の悪い笑顔を張り付けた彼は、悪戯が上手くいったような声で言う。
内容は――喜ばしくはある。
でも、それによって導かれる私の現状は不味い。
「大分、冷静になったかな?」
「……今更、何が目的?」
「だって、面白くないんだもん。
君が周りを是が非でも死なせないのは割りとどうでも良いんだ。あの時は責めたけど、実際に自分もやったし。
でも、君から罪として奪った“ココロ”のせいでラブコメにならないんじゃつまらないじゃん」
「ラブ……コメ?」
「ああ、最近それが自分の中で熱くてね。
フラグというフラグは大好物なんだよ」
「……君は」
「だからといって、心の全部はあげないよ?
前世かな? これは不味い。
最悪な事になりかねないからね」
「クッ……」
彼の言葉に私は最初はぼーぜんとハテナマークを浮かべ、変な顔をしただろう。
だけど、最後の言葉には苦虫を噛み潰したような顔になる。
前世――つまり、男だった頃のココロ。
現在は? 女だ……恋ココロすら持たない。
哀れな、罪だけ被る少女であった。
彼はココロを返したといった。
つまりは私が今抱いてしまっているのは、
この青年に対してこれ程の激しい動悸が胸を打つのは、
きっと先程まで気付くことが出来なかった。
「このココロが……恐怖心……」
「うん、違う」
「あれ? 違う?」
「あれーー?」
またハテナマークだ。
今回は終も同じように首を傾げている。
恐怖心でなければこんなにドキドキしないだろうに。
私はそう突っ込みたかった。
だけども彼は違うという。
後他に何があるだろう……難しい。
取り敢えず、大鎌が使えないし、物理で殴る。
「う~ん、やっぱりあの二人に任せるか……」
「意外と余裕そうだけど、
平然と私の攻撃を避けないで欲しいな」
「死神ちゃん、ちょっとした優しさをあげるよ。
君の中に思いを抱く二人の内、一人の天使が君の未来。もう一人の天使が君の過去となるだろう、ね♪」
「そんな人居ない」
「はいはい、おっともう12時か。
お喋りはここまでかな、じゃ、おやすみ」
「ちょっ? 待っ……て、よ」
「おやすみ」という言葉に私は急な眠気に襲われ意識を完全に閉ざしてしまう。本当に一方的に言うだけ言って彼は私が倒れると、終は消えた。
バタンッ。
先程までの彼のように力なく倒れる私。
いつの間にか消えた終。
白黒反転した景色は色褪せて、
もとに戻る。
12という文字を指し続けていた針は動き出す。
カチカチカチ……。
静かになった空間では秒刻みに独特の音だけを残していた。




